VR
そういえば先日、武士と一緒にちょっとしたVR(Virtual Reality)体験ができる施設に立ち寄りました。武士が目を輝かせて私とVR機器を交互に見るので、私は優しくこう言いました。
じゃ、用も済んだし家に帰るぞ。
そう、私たちの本来の目的はVRではなかったのです。しかし武士は粘りました。具体的に言うと、私の服の裾を両手で掴み、抜群の体幹でその場に踏みとどまりながら「ならぬならぬならぬ某はこれをやりたいぞおおおおお!!!!」と赤子もびっくりな声量で駄々をこねました。
三秒で折れました。お前、それで武士名乗って恥ずかしくないのか?
「ほう、これが〝ぶぶいある〟か!」
恥の文化を失った武士は、VRゴーグルをためつすがめつして感嘆のため息をついている。そしてスタッフに教えてもらいつつ、ついに装着した。
「……おお……!」
途端にあたりをぐるぐる見回し始めた武士である。今やつの目の前には、ファンタジーな世界が広がっている。見たこともないような不思議な花が咲き乱れ、遠くの空にはドラゴンが飛び、色とりどりの霧に包まれた丘の向こうには物理法則をフル無視した浮かぶお城が見える……。
「おおっ! おおおおお大家殿! この世界は……ぬおおおっ!? 大家殿がいた場所に羽ありし見知らぬ小さき者が!?」
それは妖精だね。
「大家殿の声をしとるではないか!! もしや大家殿、悪しき者の手によりかような姿になったというのか!?」
……。
アタシの名前はごんぶと丸!(高音) アナタを手助けにきたの!(高音)
「おぞましかる甲高き声が!」
うっせぇわね!(低音)
アナタはサファイアの女神に選ばれし者……この世界を救う勇者よ。
アナタはこれからアタシといっしょに、魔王と呼ばれる悪の親玉を倒しにいくの!
「なんと……! あいわかった! では某とごんぶと丸でその魔王とやらを倒しに参ろうではないか!」
ありがとう、勇者様!
「あ、すいません、お連れ様。そのようなストーリーではありませんのでアフレコはおやめくださいませ」byスタッフ




