動物園
そんなわけで、やっと動物園に来たのである。
武士にとっては念願の動物園。
もう前日はワクワクして寝られなかったぐらいだ。
「明日は晴れるな、大家殿。菓子は持参していいのだろうか、大家殿。しかし動物の前で食べてはいけないだろうな、大家殿。キリンは直で見てもちゃんと休まず首を伸ばしておるだろうか、大家殿」
キリンそんなシステムじゃねぇから。はよ寝ろや。
さあ動物園である。
案外、入場料は安いものだ。武士の分までしっかり入場の権利を買ってやり、門前にて解き放つ。
「おお、おおおおおお!」
フルテンション上げ上げマックスである。
武士は早速一番近くの展示に走り寄ると、柵にかきついた。
「大家殿ー!」
なんだなんだ。早速キリンか。
「鴨だ!!」
それは別に珍しくねぇだろがよ!!
「尻が愛い」
それは分かる。アイツらが餌取る時に水面から持ち上げる尻の可愛いさは異常だよな。
武士はしばらくニコニコと見ていたが、突然顔を上げると、次の展示に向かった。
「おお……こちらも可愛らしいな。これは? ……かぴばら……。かぴばら!? かぴばらさん!!」
例の人気キャラは当然ご存知だったようだ。
武士は驚きとカピバラの愛らしさに緩めきった顔をして、頬杖をついて見ていた。
「形が違うな……。それにしても動かん。日向ぼっこが好きなのか。ああ、菜っ葉を食す所を見てみたいものだ」
餌やりの時間は決められてるからなぁ。こればっかりは運だよな。
武士は心ゆくまで微動だにしないカピバラを目に焼き付けた後、次の場所へ走った。
ここからはダイジェストでお送りする。
「大家殿、“みー”だぞ! “みー”がおるぞ! 本当に腹を陽にあてておるな!」
「大家殿! あれは……ふ、ふら、みんご? ふらみんご? ふらみんご!! ふ ら み ん ご!!」
「らいおんがおるぞ大家殿! 大きいぞ! 思っていたより大きいぞ! あんなものが当たり前に出てくる国があるのか!? 某、勝てるだろうか……いや、逃げきれ……いや……」
「大家殿ー! ちんぱんじぃだ! 猿だ! おおお、ああ、あっちの猿はまた違うのか!? 腕が……長い……。テナガザル? 手? 腕ではなく手が長いのか!? あれ手なのか!? 手!? どういうことだ大家殿ー!!」
やっぱうるっせぇな。
そんじょそこらの子供がビビるぐらいには、はしゃぎ倒す武士である。まぁ想像はできていた。
そして、とうとう念願のキリンゾーンにやってくる。
「……おお……!」
感極まるとは思っていたが、まさか跪くとは思わなかった。
武士は悠々と歩くキリンを眺め、ほう、とため息をつく。
「大きいな……!」
首だけでなく足も長いな、首が長い時に来れて良かった、などと武士は様々な感想を述べている。
だから短い時間とかねぇんだって。気合い入れてっから長い訳じゃないんだよ、あの首。
そうして、武士は動物園を満喫したようである。
帰りのお土産店で、滅多に来られる所じゃないからたまにはいいよと、一つだけぬいぐるみを買うことを許してやった。すると、武士は散々悩んだ挙句、あるぬいぐるみを指差す。
「ぺんぎんがいい」
キリンじゃ!! ねぇのかよ!!
「いやほらよく見てみろ大家殿! とても可愛らしいぞ!? ほら、つぶらな瞳にぴよぴよの羽!! ぴよぴよの!! 羽!!」
そういう事情で、我が家にタコとペンギンのぬいぐるみが並ぶことになったのだ。
まるで水族館の様相である。動物園にしか行ったことないのに。
武士は楽しんだようで何よりである。
しかし私は一日武士の相手をして疲れた。寝る。