断捨離ジェノサイド
なかなか来ないなぁ、春。そう思っていたら、陽気なサンバのリズムとともに夏が一斉に押し寄せてきました。夏じゃねぇよ春が来いっつってんだよ。まだうち毛布しまってないんだけど。
そうやって慌ただしく衣替えをするわけです。そんな時に必ず思い出す人のことがある。
「ほう。もしやその人とは、大家殿の昔の想い人だったのではないか?」
にやりと武士が口角を上げる。
「思うに、その者と大家殿はいっとき同じ屋根の下に暮らした仲だったのだろう。しかしいつしか心はすれ違い、想い人は静かに大家殿の家をあとにした。残された大家殿は、ある春のうららかな日に衣替えのしたくを始める。すると、ふいに着物の束から鮮やかな布地がこぼれおちた。彼女が着ていた夏物である。それはさながら彼女が残した夏のかけらであり……」
それじゃ会社のおばちゃん先輩の話を今からしますね。
「聞け。最後まで某の話を」
なんでだよ、一から十まで妄想じゃねぇか。私の話を聞け。こっちは現実だから。
うちの会社のおばちゃん先輩がね、すげぇきびきびしてしっかりした人なんだけどだ。季節の節目がくるたび断捨離! って言いながらばんばん物を捨てていくんだよ。
「ほう。大家殿は割と捨てられぬほうであるから、相性は良かったのだな」
恋人じゃねぇよ、そのおばちゃん先輩とは!
でもさ、このおばちゃん先輩、勢い余って捨てすぎてつい着る服がなくなったりするんだって。
「ぬう」
あと大切な書類とかもうっかりその時に捨ててしまったり。
「おう」
ついたあだ名が〝断捨離ジェノサイド〟。
「すべてを滅ぼしてしまうのか。難儀であるな」
そうでもないよ。うちの会社、あんまり整理整頓してないとおばちゃん先輩のジェノサイドが発動するってんで、みんなちょっとずつ片付けるようになった。だからうちの部署、他の部署よりすっきりしてるんだ。
「なるほど。怪我の功名であるな」
でもなぜか時々大事な書類が見つからない。
「じぇのさいどが発動しておるではないか」




