忘れた頃に
その事件は風呂場で起きた。
いつものようにシャワーを浴び、体を拭く。そういや最近体重測定から遠ざかっていたなと思い出し、体重計を取り出したのだ。
次の瞬間、黒く小さい影が視界の隅をよぎった。
イニシャルG――!!(※ゴキブリのこと)
間違いない。あの速度、あのサイズ、あの動き。Gだ。私はすかさず殺虫剤を取り出し、黒い影が消えたと思しき場所に吹きかけた。
きっかり2秒! Gはおろか他の虫ですらこの攻撃には耐えられないだろう。私は勝利を確信し、暗がりを確かめた。
そこに転がっていたのは、真っ黒なネジだった。
そして私は思い出したのだ……。
~数年前・回想~
「んぬおおおおっ!! おおっ!? おおおおおおん!!!!」
風呂場から武士の雄叫びが聞こえた。何が起こったのかと慌てて脱衣所に繋がるドアを開けると、全裸の武士が角に向かって殺虫剤を吹きかけていた。
どうした!? まさか、Gが出たのか!?
「うむ……! しかし某の武士たる機転により、見事退治と相成ったのである!」
人類の英知である殺虫剤を片手に言われてもな!
でもやっつけてくれてありがとよ。それじゃ死骸を回収するか。
……あれ?
「お?」
なあ武士、これ、ネジじゃね?
黒いネジ。
「……」
……んふ。
ンフフフフフフフフwwwwwww
「大家殿、それを貸すがよい」
んひっひひひひひひwwwwww え、何? ネジいる? はい。
どうすんの、それ。
「そうだな……元あった場所に仕込んでおこうと思う」
なぜ。
「いつか芽吹き、大家殿に牙を剥かんがために……」
どういう意味だよ。無意味だろ。
あ、もうどこに行ったかわかんなくなった。バカお前アレ何のネジだったんだよ。大事な何かのネジだったらどうするんだよ。
~回想終了~
……。
「大家殿、どうした? 何やら悲鳴のあとにシューッと音がしたが」
なんでもないよ。あっち行ってな。
そうして私は何食わぬ顔で元あった場所にネジを戻したのである。いつか芽吹き、武士に牙を剥かんがために。