トイレを借りた日
帰宅すると、武士が神妙な顔で出迎えてくれた。
「本日、外出中に尿意が限界を迎えてな」
会話がロケットスタートすぎるだろ。せめて私が手洗いうがいを済ませるまで待ってくれませんか。
「爆発しそうになってな」
膀胱が?
「急ぎ解決せねば、往来にて恥を撒き散らすこと必至。某は小走りで周辺をさまよったのだ」
それは大変だったね……。撒き散らすのは恥という名の尿だろうけど。
「すると、たまたま近くに稚児らが通う寺子屋があった。その時の某は既に一刻を争う事態。恥をしのんで向かった」
確かに学校でトイレを借りるのと往来で漏らすの、ハードルが低いのは前者だからな。それでどうなった?
「驚かれたが、無事に雪隠に案内された」
そりゃそうでしょうよ。
「ここの寺子屋は堅牢な城のごとし。外から寺子屋を訪ねる命知らずなど滅多におらんのだろう」
驚かれた部分そこじゃねぇわ。ちょんまげが内股小走りで現れたことにびっくりされてんだよ。
「刺客と思われたか?」
違うよ! この時代、ちょんまげってだけでちょっと目を引く対象なの。数年住んでるんだからそろそろわかってくれよ。
「しかし周りの者は一切動じぬぞ」
それは単なる慣れです。
「慣れか……」
はい。
「とにかく某はあの寺子屋に一雪隠の恩ができた。いずれ返していきたいと思う」
一飯の恩みたいに言う。




