おうちで湯治
そういえばかなり以前の話になるが、武士が軽く腰を痛めてしまったことがあった。
「けったいな姿勢で長いこと黄表紙を読んでおった! 愚かで哀れなこの武士、笑いたくば笑うがいい!」
フヒーーーーーーwwwwwwww
「某の刀、どこにしまっておったっけ?」
教えるわけないだろ。
でも素直に笑ってしまったことに対して小さじ一杯程度の申し訳なさはあったので、武士に何かほしいものはないか尋ねてみた。
「ぬ……近所に住んでおった翁より、腰の痛みには湯治がよいと聞いたことがある。湯が薬になるものかとその時は思ったものだが……」
お、湯治! よっしゃ、やってみよう。そのじいちゃんの言葉があながち間違いじゃないことを教えてやるぜ。
「本当か!? もしや仏様の白毫の一部がほどけて湯に溶け込んでおるというのは、まことであったのか!?」
それはまことではありません! また武士が騙されてる!
といっても遠路はるばる温泉につれていくのも勤め人には難しいので、入浴剤を買ってきた私である。温泉のもと的なことを売り文句にしてるし、実質70%ぐらいは温泉だと思う。
浴槽の中にさらさらと入浴剤を入れる。風呂場に硫黄の匂いが満ちた。
「これが……温泉……?」
うん、実質温泉。
「実質……?」
とにかく入ってみなよ。
「たまごが腐ったような臭いがするが」
硫黄って成分だよ。効く証拠だって。
「だが昔某がこの臭いのするたまごを使おうとした時には大家殿が必死の形相で止めて」
いいから入れェ!!!!(ざぶーーーーん)
「ぬぬんっ!」
いかが?
「湯が少し鼻に入った」
ごめん。
「このままでは鼻の腰痛が治ってしまう」
よかったな。お前の鼻も喜んでるよ。
ゆっくり入りな。
「うむ」
武士はずぶずぶと肩まで浸かると、まったりし始める。私はそっと風呂の戸を閉めた。某漫画家が海岸で密猟をするドラマをまだ見ていなかったのだ。武士を放置して、リビングへと戻った。
三十分後、完全にのぼせた武士を風呂場から救出しなければならなくなるとは、この時の私は知る由もなかったのである。




