刺繍
先日武士が裁縫を始めたことはお伝えしたとおりだ。その後、楽しくなってきたのか、私のシャツのボタンをつけてくれたりと日常生活でもかなり役に立っている。
そんな武士だが、このたびついに刺繍を覚えた!
「つまり針と糸で絵を描くのである」
私は刺繍を丁寧な暮らしを送る人のみに許された高等スキルだと思っているので、武士のこの発言には驚かされた。そういう認識なんだな……。
「うむ。そしてこれは某の持論であるが、やりたいと思った時に準備は必要ない。よっぽど命に関わることでなければ、手近にあるものを使って気軽に手をつけてみるのがよいのだ」
なるほど。だから刺繍も普通の縫い糸でやるの?
「うむ」
やれるの?
「今まさにやっておる。案外できるぞ」
そういうもんなんだなぁ。で、何刺繍してんのよ。
「小さき猫のぬいぐるみの腹に愛らしき花を描いておる」
既製品のぬいぐるみに!? え、刺繍ってなんか丸い輪っかに布はめてやるもんじゃないの!?
「非常に針を刺しにくい。なぜ皆あの輪っかを使うか理解した」
だよねぇ! あと、刺繍って下書きみたいなのがあるもんだろ! お前まっさらなところに針ぶっ刺してるけど!
「思ったとおりの絵にならん。なぜ皆図案を作るか理解した」
だよねぇ!! 何が準備は必要ないだよ! 準備の必要さをめちゃくちゃ理解らせられてるじゃん!!
「だが……できた」
できたの!? アッ、かわいいネコチャン! だがここまでは据え置き! 問題は刺繍の部分だ!
……アー……!! 初心者感がありありとわかる! でも思ったよりかわいい! 刺繍ってそれだけで良さがあるよね!
「そうであろう。準備をしている間に熱が冷めてはこの子はできあがらんかった。これでよかったのだ」
準備をしている間に熱が冷めるかどうかは人によると思うけど……。まあいいか。うん、かわいいよ! よく頑張ったな、武士!
「では、この子は大家殿にやろう」
え?
「贈り物である」
……いや、ちょっとこれは成人男性がカバンにぶら下げるにはかわいすぎると思
「では某はそのあたりを走ってくるゆえ!」
あーーー行っちゃった! 武士には持病があるがこうして走り回れるようになるまでは回復したのだ! いやそれはいいけどお前このぬいぐるみキーホルダー……!
……。
翌日、カバンに刺繍入りねこちゃんキーホルダーをぶら下げて出社したところ、後輩に「彼女さんからのクリスマスプレゼントですか?」と尋ねられた。しかし奴は私に彼女がいないことを知っているので、これは疑う余地もなく煽りである。訴訟も辞さない。




