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武士がいる  作者: 長埜 恵
2.武士がいる
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働く意欲

 武士が来て、変わったことと言えば。

 自宅に帰った時の景色とか、やたら賑やかになった食事とか、洗濯物の中にふんどしがたなびくようになったりとか、まあ色々あるのだけど。


 最たるものは生活費かな、やっぱ。


「そろそろ働く時が来たかと思うのだ」


 夕食時、武士が切羽詰まった顔で言ったのだ。こちとらてっきり武士の天職は無職だと思っていたので、少し驚いたものである。


「いつまで経っても江戸に戻れる気配が無いのでな。若干大家殿に対して心苦しくなってきた」


 若干か、そうか……。確かにお前、今も堂々とご飯山盛り二杯目をよそってるもんな。大いに心苦しく思ってたらそうはならないよ。


「よって、働こうと思う」


 働いてもらえるのはありがたいけどさ。住民票も無いやつを雇ってくれる所はあるのかな。あと江戸からさっぱりお呼びがかからないとはいえ、一応不安定な身だし。ある日突然故郷に戻ったら私は職場にどう説明すりゃいいんだ。


「心配ご無用。某、めるるんかりるんで稼ごうと思う」


 何だその少女アニメのタイトルみたいなやつ。メルカリな。

 つっても何売る気なんだよ。言っとくけど、私の物に手を出した瞬間お前を百円で出品するからな。


「人身売買は禁止されておる」


 いきなり真っ当な返しをするんじゃない。びっくりするから。


「そこも不安になるでないぞ。実は某には秘策があるのだ」


 胸をどんと叩いた武士は、そっとジャージのポケットに手を差し入れた。コロンと床を転がったのは、一粒のどんぐり。


 どんぐりである。


「これにゴマ粒で目をつけるであろう?」


 武士はおもむろにごま塩のごまを摘むと、ご飯粒でどんぐりの表面にくっつけ始めた。


「見ろ。どんぐり人形」


 売れねぇだろ……。


「無論本物には米粒ではなく糊を使う」


 絶対売れねぇだろ……。


「やってみんとわからん! そうだ、つまようじも用いよう! このようにすれば手足のごとく……!」


 お盆に見るきゅうりみたいになっちゃった。精霊馬っていうんだっけ? あれ私の地域には無かったんだよなぁ。

 まあいいや。いいよ、やりたいなら私の名義使って出してみな。


「ぬ、いいのか?」


 うん。なんでも好きにやりな。


「感謝する! よし、ぬしの名はどんぐり丸一号だ!」


 ふふ、もう名前なんかつけちゃって。


「某に一攫千金を与えよ!」


 それは荷が重いんじゃないかな。


 しかし翌日、テーブルの上を這い回るどんぐり丸一号から出てきた虫が引き起こした混乱により、武士のメルカリデビューはうやむやになったのだった。

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