金木犀
なんだか年々暑くなってきている気がするが、今年の夏は本当に暑かった。
家にいるならエアコンをつけりゃ済む話なのだが、外にまで持って出るわけにはいかない。あのどうにもならない暑さ、営業で外回りをする時には閉口したものだった。
そんな夏もぼちぼち去り始め、涼しげな風がほんのり肌を撫で始めた今日。
仕事で外を歩いていた時、優しげな香りが私の鼻をくすぐった。
金木犀だ。
――こんな所に咲いていたのだなぁ。
思わぬ見つけものに、仕事や武士によって削られていた精神力が回復していく。
しばしその場に留まり、香りを楽しんでいた私だったのだが……。
「おお! 何か良い香りがすると思ったら金木犀ではないか!」
元気いっぱいの武士が現れた。
なんでだよ。
「おおー、大家殿! 今から帰るのか?」
ンなわけねぇだろ。二時だぞ今。バリバリ働いとるわ。
聞けば、この道は武士の散歩コースの一つらしい。
……ここ、家から結構距離があると思うんだけどな。健脚の武士である。
武士は腕組みをして、嬉しそうに笑った。
「なんせあまりに暑かったからな。この日本に、もはや秋は無くなってしまったのかと思っていたのだ。ところがどっこい、金木犀は秋をしっかりとその身に知っていた。某、安心したぞ」
……秋をその身に知る、か。まるで俳句に出てきそうな言葉だ。お前案外風流だよね。
そう言ってやろうと隣を向いたら、武士の姿が無かった。辺りを見回すと、金木犀の根元にしゃがみこむ姿。
ヤツは私の視線に気づくと、振り返って言った。
「大家殿! 見ろ! オンブバッタがいたぞ!!」
子供かよ!
風流とかではなく、感受性が幼児であるだけなのかもしれない。だがそれはそれとしてオンブバッタは見たかったので、私も武士の隣に腰を下ろしたのだった。