もみじ饅頭
「ほ、本当に、其はこの饅頭をいただいていいのか?」
武士の両手は、大事そうに一つの箱を抱えている。
その中身は、広島銘菓・もみじ饅頭。
私は出張土産として、それを武士に買ってきてやったのである。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……おお、八つあるではないか。一日一個なら八日楽しめるが、しかし旨い菓子なのだろうな。我慢できるかな……」
全部一人で食べる気らしいな……別にいいけど……。
「もぐ」
あ、早速一個食った。
「……。……」
あ、もう一個食べた。
「ああっ! 二つ減ってしまった!」
そりゃ食べれば無くなるわなぁ。
武士の愉快な行動を肴に、寝っ転がって缶ビールを飲む。行儀は悪いが、いつもそれを叱る武士は今もみじ饅頭に夢中なので何も問題は無い。
「勿体無い。旨きものほど、早く無くなってしまうのだ」
切なそうに呟きながら、また武士はもみじ饅頭を口に運んだ。多分無意識だったのだろう。一口かじった瞬間、すごい顔をしていた。
しかし、それにしてもえらい喜びようである。
……言えないなー。
本当は武士へのお土産をすっかり忘れていて、これは近所のスーパーで調達してきたなんてなー。
言えないなー。
私は、黙ったまま武士の奇行を生温かく見守るのであった。
次の日、家に帰ったら武士がもみじ饅頭の箱の山に埋もれていた。
中央に沈む武士は、幸せな顔して饅頭を食べている。
武士は私の帰宅に気づくと、キラキラした目を向けた。
「大家殿ーっ! これを見ろ! すごいだろう!? なんと近くの店がな、ヒロシマになっておったのだ!」
……言っておくべきだったな。
もみじ饅頭でうちが破産する前に。
もみじ饅頭の妖精みたいになってる武士に、私は助走をつけて飛び蹴りをくらわせたのであった。