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武士がいる  作者: 長埜 恵
2.武士がいる
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おでかけ編2

「ぬおおお! 速い! 速いぞ、大家殿! 某たち風になってる!」


 時速60キロで大はしゃぎである。そういやネコバスに乗ったメイちゃんもそんな反応してたなぁ。

 窓から手は出すんじゃないぞ、危ないから。


「ならば手を振るのは!?」


 ……まあ、車の中でする分にはいいけど……。


「そこな稚児ーっ! どうだ良いだろう、ピカピカでしるばーな某の車だ! 猫ーっ! あ、もう見えんなった!」


 忙しい奴である。あとこれお前の車じゃないからね。レンタカーだからね。ホンダのライフちゃんです。

 そしてなおも私は安全運転で、平日よりは数の多い車の群れの中を進んでいく。信号を守り、指示器を出し、他の車に道を譲り。だけどそんなのんびりとした運転にケチをつけるでもなく、武士は楽しそうにキョロキョロと景色を楽しんでいた。


 ──楽しんで“いた”。過去形である。


「うぼぇああェッ!!!!」


 武士は、酔った。

 あんだけキョロキョロしてりゃそりゃなぁ。


「うむむ……。よもや最初にドラ殿の店に参ることになるとは……」


 ドラッグストアが言いにくいので、「ドラ殿の店」と呼ぶ武士である。それだとほんと、あんな夢こんな夢みんなみんな叶えてくれそうな店になるな。

 ぐったりとしてしまった武士に、とりあえず酔い止めの薬を買って渡してやる。あと冷たいお茶も。


「かたじけな……良くない味!」


 良薬口に苦しって言うじゃん。四の五の言わずに飲みなさい。

 それですぐ出発するのもあれなので、紙パックのジュース飲みながら武士が落ち着くのを待っていた。秋空は青く澄み渡っており、頬を撫でる風が心地いい。絶好のお出かけ日和だ。


「不思議よな」


 ぼーっと空を見ていると、武士がぽつりと言った。


「あれほど強くて大きな鉄の塊がウヨウヨしておるのに、皆行儀よく列を作って走っている。無論大家殿も。あまつさえ、他の車を仲間に入れてやることまでしておる」


 あー……まあ、ルール守るのは大事だからね。焦って事故したらそっちのがおおごとになるし。


「某、最初はこの車が恐ろしくて堪らなかったのだがな。大きくて、冷たくて、人のものじゃないようで怖かったのだ」


 ……。


「だが乗ってみるととても楽しかった。今や某、車が道をどんどこ走っておってもまあまあ平気だ」


 そう言いながらレンタカーを見つめる武士の目は、どことなく寂しそうに見えて……。


「お゛う゛え゛ぇ゛っ!」


 突然えづいた。台無しである。

 それで結局何言いたかったんだ、お前。


「いやな、某気づいたのだ。どこへ行っても、詰まるところ人のものなのだなと」


 人のもの?


「この薬も、茶も、ドラ殿も。売った者がおるし、作った者がおるし、運んだ者がおる。どこかで必ず人が関わっておる。それは車とて同じで、作る者がいて、組み立てた者がいて、乗る者がおる。

 そこにいるのが人だと思えば、江戸でもここでもそう変わらん。故に怖がることはないと思ったのだ」


 ……。


「お゛う゛え゛ぇ゛っ!」


 いやーっ! 吐くな! せっかく飲んだ酔い止めを吐くな!! 戻せ戻せ!


「おえっ!」


 違う間違えた胃の中に戻せってんだ! 頼む流れで分かってくれ!


 そんなこんなで、三十分ほどドラッグストアで足止めを食らったのである。

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