誕生日
「お前明日誕生日だろ? 有給取って彼女にお祝いしてもらえば?」
そんな心臓をメスで抉り取るような暴言を上司から受け、本日有給となりました。いいよいいよ、貰えるもんは何でも貰うから。
ってなわけで誕生日です。今からウン十年前にオギャーと生まれて、なんとかここまで生きてきました。
まさか武士と同居することになるとはなぁ。
「なぬ、今日は大家殿の生まれた日だったのか」
読んでいた漫画『火の鳥』から顔を上げ、武士は顔をしかめた。
「水臭い男だ。前もって言ってくれれば盛大に祝ったというのに」
祝ってもらうほどのことじゃないよ。
あ、でも武士にも誕生日あるんじゃない? いつ?
「ぬー……確か、5月6日だったと思う」
うわ、過ぎてんじゃん。
なんだよ水臭ぇな、言ってくれりゃ盛大に祝ったのに。
「ならば今日、二人分祝うか」
ポジティブーーーーー。
でも、そうか。確か江戸時代って旧暦だもんな。だったら少しズレてるはずだし、もしかしたら実質今日が武士の誕生日なのかもしれない。よし、祝おう祝おう。
何か食べたいものとかある?
「らぁめん!!」
じゃ、らぁめん食いに行こう。
そんでラーメンを食べたあと、私は武士を伴って本屋へと向かった。
「珍しいな、大家殿が本屋とは」
キョロキョロと辺りを見回しながら、武士が言う。
そういえば久しぶりな気もする。大好きだった作家さんが亡くなってから、なんか足が遠のいてしまっていた。
「なにゆえ」
えー。だってその人の新刊はもう絶対出ないわけじゃん。いやもしかしたら出るかもだけど、ポップに最後の新刊とか書かれてたら多分私その場で泣いちゃうし。かといって、本屋がその人の死に無関心なのも居た堪れないし。
「ふむ」
それに、私はその人の書いた本ならもうゼロからワクワクしながら読みたいからさ。だけど今は気持ち的にそれができないから、待ってるって感じ。
「大家殿は、少し風変わりな死の悼み方をするな」
でしょ。
「だが、良いと思うぞ! 死は過ぎ去った人だけのものではない! 残された者の中でこそ、落ち着かせていかねばならぬものなのだから!」
そうか。ありがとう。
「しかし……大家殿がそこまでの覚悟をして買いたい本とは、一体何なのだ?」
ん?
ソード・ワールド2.5。
「……うん?」
ソード・ワールド2.5。
「……醤油わーるど?」
またえらく美味しそうになったなぁ。
いや違う違う、テーブルトークRPGの一つで……。
「醤油……」
ダメだもう聞いてねぇもん、この腹ぺこ侍。さっきはあんなに真剣に聞いてくれてたのに。おい聞けって、ソード・ワールドってなぁ剣と魔法の世界観で……。
結論から言うと、本は無かった。TRPGは心を元気にするからと思って健康関連の書籍も探したし、関係あると思ってフィクション棚や哲学棚や文学棚も探したけど全然無かった。
この巣篭もり社会において嘘だろ? 今一番売れ筋の本じゃん……置いててよ……頼むよ……。
「大家殿、某はこれがいい」
で、武士は武士で料理本を持ってきました。コイツまだ醤油ワールド引きずってんのか。
「いや、辛いことがあった時に眺めようと思って」
独特なストレス解消法だな……。
「それにこれを目立つところに置いておけば、うっかり大家殿が目を通し、作ってくれるかもしれん」
あざとい計画だな……。
そんで、私と武士は帰りにサーティーワンに寄って、アイスケーキを買って帰りました。ポケモンの可愛いやつです。武士は引くほど喜んで、それを見たサーティーワンのお姉さんが引いてました。
ハッピーバースデー、私。あと武士。




