風船
この年になって、風船を伴って家に帰るとは思わなかった。
営業上取り扱う可能性のある製品の展示場に出向いた際、とあるブースにて手渡されたシロモノである。
いや珍しいな。普通粗品ってタオルとかそういうもんだろ。
風船て。
だが、家にいるとある武士の顔が浮かんだのもまた事実である。
よって、今私は風船を片手に家の前にいる。
……ただいまー。
「うむ、お勤めご苦労である!」
ドアを開けたら二秒で武士である。うん、今日も苦労したよ。
ほい、お土産。
「……なんだ、これは」
風船。
ご存知?
「……フーセン? しかし、浮いておるぞ? 某の知っているフーセンは、こう、紙でできており……」
折り紙のやつかな? それとも紙風船?
まあいいや。とにかくこれは浮く風船なんだ。
「ほぉー!」
武士の細い目がまんまるになった。早速喜んだようである。
「すごい、すごいではないか! ほう、何が入っておるのだ……? ぬう、押しても押しても上に行こうとしてくるな! 大家殿! この糸を取ったらフーセンはどれほど上がっていくのだ!?」
そんなの知らんよ。
部屋の中なら天井までだろうけど、外だったら際限なく上がってくんじゃない?
「……!」
……やってみたい、という気持ちと。
やったら風船が無くなってしまう、という気持ちが。
戦っている。目に見えて葛藤している。
「……二つ、無いのか?」
無いね、ごめんな。
そうだな、結構余ってたし、頼めばいくらかくれたかもしれない。
その場合の私、ちょっとした風船売りの様相をなすと思うけど。
「夢のような仕事だな?」
確かに。子供は風船が好きなものだし、それを配る仕事なら尚更……。
「フーセンを飛ばし放題とは」
あ、飛ばすんだね。
ダメだろ、集まってきた子供達ポカンとしちゃうだろ。
いや案外一緒になってはしゃぐかな。武士と子供って妙に相性いいんだよな。
いずれにしても、明日の話である。
明日晴れてたら、外に出て風船とお散歩してごらん。
「それは良い案だな! 某の明日の予定は、フーセン殿と散歩である!」
おー、何より何より。
んじゃメシにすっぞー。
翌日。
「大家殿おおおおおおおお!! フーセン殿が!!」
風船殿は、部屋の片隅でころりとしていた。
早くもヘリウムが抜けてしまったらしい。
あー……その……なんだ。
どんまい。
「もう一個!!!!」
残念、展示会昨日までだったんだよ。
またどこかで見かけたら買ってやるから。
「その際は二個!!!!」
調子に乗るんじゃねぇ。




