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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章

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目的地に着くまでに

 徐々に緑が増えていく。それも背の低い草から、背の高い草に。さらに木々に。植物も瑞々しいものが多くなり、自生する果実も毒々しい色合いではない。

 馬を池の近くで休ませながら、私たちも休憩だ。


「で、手掛かりは?」

「バルデスの王城。」

「王城?」


 王族が仕事をしたり、住んだりする場所だ。愛良ちゃんも杉浦さんも皇国の平民であることを考えれば、縁もゆかりもない場所に思える。愛良ちゃんは以前大陸にいたと言っていたけど、やはり関係があるとは思えない。


「詳しいことは、言って良いか分からない。友幸さんだって知られたくないだろうし。」

「王城にいるかもしれないんだね。」


 でもバルデスは、今は王国ではない。まだ政治体制が定まっていないという話だった。そんな国の王城なんて、何が起きているか分からない。


「いるかもしれないし、どこかに隠されてるかもしれない。だから探しつつ、情報も探っていこう。」


 休憩は終わり、と馬をまた駆けさせた。


 結局疑問の大部分は解消されないまま、国境に辿り着く。焦りに満ちた道中だけど、さすがにこの辺りでは慎重になる。


「陸地に国境があるって不思議な気分だな。」

「大陸ではそれが基本だよ。でも、しっかり守られているものだって聞いたけど、随分甘いね。」


 私自身、国境が身近な地域には住んでいなかった。そもそも国というものを意識し始めたのは皇国に行ってからであるため、知識面は学園やオルランド様頼りだ。

 しかし、ここはその知識と合致しない。国境全てを見張るのは難しいのかもしれない。ここは砦があるわけでもなく、見張りがいるわけでもない。はっきりと線が描かれているわけでもない。地図と自分たちの移動した距離から、この辺りが国境だろうと判断しているだけだ。


「国境を守るだけの余裕がないのかもしれない。急ごう。王城への侵入経路は聞いてるから。」


 エリスからだろう。大陸から来た貴族という話だけど、なぜバルデス城の隠し通路を知っているのか。知っているのに、なぜ自分で来ないのか。


「なんでかって聞いても、答えてくれないんだよね。」

「ごめん。」

「おっけ、分かった。何も聞かない。今は二人の救出に集中する。」


 目的は二人の救出、目標はバルデス城。理由とかは後回しで良い事柄だ。




 何事もなく旧王都まで辿り着く。王城に入り込むなら馬は邪魔だけど、追われる可能性を考えるなら街に預けるわけにもいかない。近くの木々に隠して繋いでおくしかない。


「街の中歩いてくけど、あんまりきょろきょろすんなよ。俺たちは普通の市民だ。」

「了解。」


 ここにいるはずはないから、探す必要はない。何かを探っていると疑われたくない。そんなところだろう。何気ない顔で通路まで行きたいのだろうけど、秋人にそんな器用な隠し事ができるのだろうか。

 旧王都のはずなのに、街を行く人々の表情は明るくない。街を見回る兵士も常に武器に手を添え、何かに備えている。そのせいだろう、兵士と人々の距離が遠い。

 多くの人々が武器を携行していないのはおかしくない。秋人も目立つことを恐れて、武器を持たないことを選んだ。そのため、上手く民衆に紛れ込めているはずだ。


「なんか静かだね。」

「余計なこと言うなよ。」


 小声でのやり取り。兵士から離れている時を狙ってもなお、その視線が気になってしまう。こそこそと話すほうがむしろ怪しまれてしまうかもしれないという不安まで襲ってくる。王城に潜入するというのはこれほどまで緊張するものなのか。

 それぞれ目的地を目指しているのか、脇目も振らず歩いている人々。足音が重なり、人の話し声が判別できるほど、話し続けながら歩く人がいない。呼び込みも、賑わう店もない。


「変だよ、やっぱり。」

「良いから黙ってろよ。」


 そうだ、喫茶店に人がいない。陽の位置を考えれば、ちょうどおやつ時。今日は雲一つない晴天なのに、店の前の机に誰もおらず、見える範囲の店内にも人がいない。客だけではなく、店が開いている様子すらない。一つ二つではなく、ここまで見た全ての喫茶店で、その大小問わず、同じような状況だった。

 食堂は開いている。侵入前に、ここの様子を調べる必要がある。何かおかしなことに、二人は巻き込まれているのかもしれない。


「しっかり食べてから行こう。いざって時、動けないと困るでしょ?」

「余裕あるんだな。」


 溜め息を吐かれつつ、食堂に二人で入る。お腹が空いたから言っているわけではないのだけど、怪しまれないために、多少の誤解は我慢だ。

 傷んだ机と椅子に、入口に立つ兵士。食堂とは思えないほど、この空間は緊張感に満ちている。客同士の会話はなく、客と店員の会話も最低限だ。


「いらっしゃいませ。規則により、身体検査をさせていただいております。」


 兵士に体をぺたぺたと触られる。特にポケットのある部分を重点的に確かめられ、靴は脱いでまで中に何も隠していないと示させられる。


「ご協力ありがとうございます。」


 渡された表には、数品だけ料理の名が並ぶ。一つを選べば、価格のわりに量も味も皇都に劣っていた。普段食べているのはオルランド邸であり、雇っている料理人の手による物のため、その味に舌が慣れてしまった可能性もある。だけど、何度か行った街の食堂にも劣っているように感じられた。

 兵士は入口付近から店内全体を見回し続けている。全員がその様子に気付いて、ちらちらと意識しているのに、誰もそれに言及はしなかった。


「ご馳走様。ねえ、あの兵士って何なの?」

「おい。すみません、ご馳走様でした。」


 素早く支払いを済ませると、秋人は私の腕を引っ張って出た。


「目立つことすんなって言ったろ。」

「さりげなく聞くのはありでしょ。」

「全然さりげなくねえよ。」


 この状況のおかしさが気にならないのか。それに、秋人が支払いに用いた硬貨は皇国のものと違ったけど、いつ手に入れたのだろうか。私は色々忘れていてお金を持って来ていなかったため、ありがたくはあるのだけど。


「ねえ、さっきの硬貨は?」

「サントス銅貨。なあ、助けたいんだったら、怪しまれるような行動はやめろよ。本当に、後で答えられる範囲で答えるから。」


 私は見たことがなかったし、秋人にも馴染みのあるものではないはずだ。サントス硬貨はサントスとバルデスでのみ使用されている物であり、その地域では当たり前に使っている物だ。それに関心を示すことはそんなにも怪しまれる行動だろうか。旧王都なら外部からくる人だっているだろうから、旅人か何かのふりのほうが綻びは生じにくいように、私には思える。

 王城に近づいて行く。まさか正面から侵入する気ではないだろう。


「やっぱ入れないか。」


 王城の手前、大きな屋敷が立ち並ぶ通りの入り口には先ほどの兵士よりもしっかりと武装した兵士が数人立っている。おそらくこの先は貴族街だ。今の私たちでは立ち入れない。

 兵士たちは私たちに注目している。下手な行動を起こせば捕まってしまいそうな雰囲気だ。この程度の人数なら、二人で倒すこともできそうだけど、秋人にその気はない。ここで剣でも奪えば侵入に役立てることもできるけど、他を呼ばれると困る。流石に強行突破は苦しいか。

 引き返し、今度は路地裏を進む。本当に生活している人だけが使うような道なのに、十字路や丁字路には時折兵士が立っている。何人かには鋭い視線を向けられたものの前を通り過ぎることができた。しかし、そう何度も誤魔化せないようで、ついに声をかけられてしまう。


「おい、お前たち。この辺りの住人ではないな。」


 なんて答えよう。王城に行きたいですなんて言えるわけもなく、私は返事を秋人に任せた。


「少し探索してみようかと。たまには気分転換でもしないと、気が滅入ってしまいそうですから。」

「それには同意だ。さっさと解決してほしいもんだよ。」


 好感触だ。この人なら何か教えてくれるかもしれない。私も口を挟ませてもらおう。


「何が起きてるんです?私、友人に会いに来ただけなのですが、何も教えてくれなくって。」

「ああ?お嬢ちゃん、こんな時に来るなんて運が悪かったな。お貴族様同士が争ってるってだけだよ。全く、勝手にしてくれって話だ。」


 定まらない政治体制、暗い街の人々、厳しい監視。人々を監視する理由が分からない。だけど、あまり追求しすぎるのも不審を買う。それに、愛良ちゃんたちの救出には必要のない情報だ。


「お疲れ様です。」

「おう。デートも良いが、目を付けられないようにな。裏通りなら俺みたいなのも多いが、大通りならお貴族様への忠誠心のある人もいるからな。」

「ご忠告、感謝します。」


 最低限の言葉で、秋人はその場から私を連れて行く。あれ以上聞き出すつまりはなかったけど、それでも聞き過ぎだったのか。

 どの兵士からも見えないような細い路地に着いてようやく、ほっと一息吐ける。


「まじでさぁ、目付けられたらどうすんだよ。」

「大丈夫そうな人だと思ったから聞いたんだよ。」


 陽も傾いてきた。侵入するなら、これからの時間だ。夜の闇に紛れて、そっと捜索作戦を始められる。

 しかし、そんな期待も裏切られる。


「捕らえろ!」


 路地の両側を押さえられ、背中合わせで構える。しかし、相手は剣を持つ一方、私たちは丸腰。上手く奪えれば逃げられる可能性もあるが、地理に疎い私たちでは逃げ切るのも不安が残る。

 考えていても始まらない。正面から相手に突っ込み、鳩尾に拳を繰り出す。その剣を奪い取り、首を掻き斬るものの、崩れたその体の奥から別の兵士に剣を突き付けられる。


「動くな!」


 背後からも同じような声が聞こえ、確認すれば、同じように剣を突き付けられている。ただし、秋人自身の手に剣はなく、少し離れた場所に昏倒させたと思しき兵士が倒れているだけだ。


「剣を捨てろ。」


 同時に反抗すれば勝ち目はある。しかし、秋人は首を小さく横に振る。助けが期待できない状態で、あえて捕まる意図が分からない。


「こいつの命がどうなっても構わないのか。こちらとしては二人とも殺したところで何の問題もないが。」


 さらに秋人の首に剣が近づけられる。私一人での反抗では勝ち目が薄いと、諦めて剣を捨てた。


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