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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章

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二人を助けるために

 マリアも愛良ちゃんを助ける気が薄そうだったけど、最終的には送り出してくれた。そのため、言えない、とばかりの秋人と共にスコット邸へ向かう。馬車の中でも、いくら問いかけても秋人は何も答えてくれなかった。

 案内された先に待つエリスに、出かける様子はなかった。


「愛良ちゃんが誘拐されたって。助けに行こう。」


 エリスは私たちより強い。今もそうなのかは分からないけど、少なくとも私たちと同程度のはずだ。


「どこにいるかも分からないのに、助けには行けないわ。」

「秋人は知ってるんだよね?」


 オルランド邸では知っていそうな雰囲気だった。それなのに、秋人は何も答えない。エリスもそれに反応することなく、愛良ちゃんの誘拐を知らないような明るい表情だ。


「二人で旅行に行くのよね。行ってらっしゃい。」


 そんな呑気に見えるのか。助けに行くと言っているのに。


「秋人は最悪死ぬって。そんな危ない場所に愛良ちゃんがいるんだよ。エリスは強いんだから一緒に来てよ。行くって言ったってことは、場所は分かってるんだよ。ねえ、エリス、お願い。」

「ごめんね、ラウラ。二人で行ってらっしゃい。」


 どうしてエリスは来てくれないのだろう。二人より三人のほうが助けられる可能性が上がると分かるはずなのに。


「愛良ちゃんの居場所は分かる。私も秋人も行ける。エリスも行けるでしょ?」

「行けないの。」


 エリスを説得してほしい。そんな気持ちで秋人を見るけど、諦めたように何も言わず、目を伏せている。確実さを求めるなら、協力を求めるべきだ。


「愛良ちゃんが大切じゃないの?今、危ない場所にいるんだよ。それも二人じゃ助けられないかもしれないって言うくらいに。」


 二人とも何も答えない。オルランド邸では言えないと言っていたけど、スコット邸でも言えないのか。


「秋人も、そろそろどこにいるか教えてくれても良いんじゃないの。」


 困ったようにエリスを見るだけ。ああ、そうか。エリスの専属騎士だから、理不尽だろうが何だろうが、反論せずに従うというのか。

 助けたいはずなのに、そのためにできる最善の行動を取らない二人に、苛立ちが募る。


「愛良ちゃんと杉浦さんを助けたいんでしょ。だったら、エリスにも来てもらえば良い。何とか答えたらどうなの!」

「この国では言えないんだよ!着いたら教えるから、今は、駄目なんだ。」


 国外に誘拐されている。そうされる理由なんてあるのか。人身売買とかなら、どこに連れて行かれたかなんて簡単に分からないはず。それに、隠さなければならない理由も分からない。


「そればっかり。何を隠してるの?なんで隠してるの?何を知ってるの?なんで私には言えないの?教えなくても良いから、エリスも助けに行くべきだよ、愛良ちゃんが大切なら。」


 私の好奇心より、愛良ちゃんたちの身の安全が優先。そう思って譲歩したのに、エリスはきっぱりと私に告げた。


「ラウラ。何と言われようと私は行かない。行けないの。」

「エリスの馬鹿!愛良ちゃんが大切なんじゃないの!?」


 行けない理由なんてない。エリスは学生時代、学期中一度も学園に来ないことがあった。今は政府で働いているのかよく分からないけど、あの時帰郷できたのに、今愛良ちゃんを助けに行けないのはおかしい。緊急事態なのだからお休みくらいもらってほしい。

 力づくでも説得する。そう気合を入れてエリスの前に立ったのに、秋人に腕を掴まれる。


「明日の準備をしたほうが良い。エリスさんは来ないんだ。」

「二人で説得すれば勝てるでしょ!」

「来ないんだよ!もう、決定事項なんだ。」


 決定事項。それはエリスが決めただけのことで、私には関係ない。私は私で愛良ちゃんたちを助けるためにできる最善の行動を取るだけ。それが救助に向かう人数を増やすこと。それなのに、秋人にはエリスを説得する気がない。それどころか、エリスに向けた私の拳を受け止めている。


「どうして?エリスだって愛良ちゃんを可愛がってたでしょ。なのになんで助けないの?」


 答えはない。再びエリスに振りかぶっても受け止められ、体を拘束される。純粋な腕力勝負になれば、私に勝ち目はない。

 エリスが身振りで指示するだけで秋人は従い、私を強引に部屋から連れ出した。


「ふざけないで!危険なんでしょ!?エリスも来るべきなんだよ!」


 拘束の解かれた手で、秋人の胸倉を掴む。


「言ってたろ。行けないんだよ、行きたくないんじゃなくて。エリスさんにも立場があるから、」

「だったらそれを言ってくれないと分からないって言ってんの!そんなに大事?立場ってのは!」


 今度は私が胸倉を掴まれる。首が締まらないようには気を付けてくれているけど、その気になれば私の足は簡単に浮くだろう。


「守りたいから、行けないんだよ……!エリスさんも助けたいから、長期休暇をくれたんだ。」


 助けたいなら自分も来れば良い。秋人にも私にも協力してと言えば良い。


「私には分からない。助けたいのに自分で行かない理由なんて。けど、エリスに行く気がなくて、秋人にもエリスを説得する気がないってのはよく分かった。」


 秋人の手が私から離れる。だけど、もう一度エリスに突撃しても意味はない。エリスの返答は変わらず、何度でも秋人に連れ出されるだけだ。時間を無駄に使うだけ。それくらいなら、他に協力してくれそうな人でも探すほうが良い。


「皇国の騎士は駄目なんだよね。」

「ああ、皇国の人間には伝えられない。」


 その理由も分からないけど、行くと言えば力づくでも止められるのだろう。私に協力が願えたのは、私がリージョン教の人間だからという部分を考えるなら、聖騎士ならどうだろう。そう思考を巡らせると、先手を打つように頼れない人を挙げられた。


「個人的に助けに行く理由がない人も駄目だ。友幸さんか愛良と、危険と知っていてなお助けに行くほど親しくないと。」


 そんな人、私はほとんど知らない。心当たりは一人だけだ。


「愛良ちゃんのお兄さんは?」

「行方不明自体は知ってる。だけど、連れては行けない。」

「なんで?」


 また目を逸らされる。本当に隠し事ばかりで嫌になる。


「し、仕事とかあるだろ。優弥さんにだって。」

「それこそ休みもらえば良い話でしょ。」


 咄嗟に出ただろう言葉は明らかに言い逃れるためだけのもの。そんな程度で騙されるとでも思っているのか。


「俺たちみたいに融通の利く上司じゃないんだろ。」

「じゃ、行ってみよっか。」


 今度は肩を強く掴まれる。


「ちょっと!」

「駄目なんだって!優弥さんも駄目なんだ。都合がつかないし、そんなすぐ来られないし、あと、ああ、もう、とりあえず一緒に行けないんだって。」


 はっきり理由を言えない。また隠し事だ。


「なんで言えないの。」

「い、言えないから、言えないんだよ。」


 手は離されるけど、私が出ていけないように、廊下を塞ぐように立っている。


「それは誰に口止めされてるの?」

「言えない。」


 口止めはされている。そんなことする、秋人が従わなければならない相手なんて、エリス一人だ。


「エリスは何か知ってるんだ?」


 返事はないが、それこそが答えだ。


「秋人も知ってる。だけど、私には言えない。」

「誰にも言えないんだ。なあ、頼むから向こうに着くまで待ってくれ。」

「エリスに口止めされてるから?」


 何も言わずに、自分の部屋に戻ろうとする。


「ちょっと!」

「明日朝一の船に乗るんだから、早く寝ないと。」

「早すぎるでしょ!」


 まだ陽も落ちていない。この場から逃げるにしても言い訳が下手すぎる。


「口止め云々も、全部向こうに着いてからでないと無理なんだよ。こんな所で言い争ってるくらいなら、明日以降に向けて体を休めておくべきだろ。」


 下手な隠し事ばかりしている秋人から真っ当なことを言われても腹が立つばかり。


「全部、全部教えてもらうから。隠してる内容も、理由も、二人だけでないといけない理由も。」

「分かった、約束する。」


 今はこれが最大の答えか。それならもう一つ。


「急ぐなら今すぐ出るべきでしょ。」

「目的地に向かう船がない。」


 これは突っかかっても意味がない。船を出せと言って出せるわけはないから、大人しく朝を待とう。




 船に乗っても、やはり秋人は黙ったまま。これは約束通りのため、私も黙って待った。そして長い船旅を経て辿り着いた港は見覚えのあるものだった。


「ここ、私知ってる。」


 私とマリアが皇国に向かう時に通った、エスピノ帝国領の港だ。大陸にまで攫われるなんて、いったい何なのだろう。


「ラウラも大陸から来たんだっけ?」

「そ。そろそろ教えてくれても良いよね。」

「後で。町ではまだ言えない。」


 着いたらと言っていたのにまだ駄目なのか。よほど重要な秘密なのだろう。だからエリスから厳しく言いつけられている。


「どこに行くの?」

「ここから南。まず馬を借りよう。歩いて行ける距離じゃない。」


 南には行ったことがないけど、学園の授業では習っているはずだ。

 角の丸いおおよそ四角形の大陸の大部分はエスピノ帝国。西部に小さな国が数多くあり、それらよりは大きいサントス王国が南中央、そしてバルデス国が南東。現在地は大陸の東中央付近のため、そこから南なら、国境までは歩いて行ける距離だ。

 目的地はバルデス国。初めて足を踏み入れる地だ。東部の中では発展した地域だけど、隣のサントス王国には劣る。そんな教科書の知識では、愛良ちゃんたちが誘拐された理由は分からない。


「で、愛良ちゃんたちはどこにいるの?」

「話してる間があったら、少しでも進んだほうが良いだろ。」


 馬を急かして、どんどん南下していく。ああ、そう、結局言わないのか。大陸に着いたらというのも、その場凌ぎの言葉だった。私の追及を先延ばしにしたかっただけ。だけど、秋人の言葉には付け入る余地がまだある。


「捕まってる場所は正確に分かってるの?」

「分からない。けど、捜索の手掛かりになりそうな場所は分かる。」


 早く見つけるために、情報の共有は重要なはず。それを隠す正当な理由はあるのか。秋人は既に私に嘘を吐いたのだから、私を納得させたいなら相当な理由を持ってくる必要がある。ないなら上手く誤魔化すなんて芸当、こいつにできそうにない。


「その手掛かりって?二人で探したほうが早いよ。この辺についてはほとんど何も知らないから、教えてもらわないと。」


 秋人は周囲を見回し、誰もいないことを確認した。しかし、その場で話し出すようなことはしない。


「次の休憩の時に。」


 聞かれないためなら、仕方ないだろう。軽く走る馬上での会話は少々大きくならざるを得ない。今度こそ、先延ばしでないことを祈ろう。


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