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シキ  作者: 現野翔子
白の章

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気がかりな時間

 応接間に案内されるとすぐ、正面の愛良がエリスさんと楽しそうに話し始める。けれど、それが一段落すれば、沈黙が下りてしまう。それを破るのもやはり愛良だった。


「もう、なんで友兄とエリスはお話ししないの?友兄はエリスに会いたくなかったの?」

「会いたくなかったんだよ。」


 少々の苛立ちを含んだ言葉。ここはエリスさんに頑張ってほしいから、一言伝える。〔聖女〕のようでいて、少し意地悪な言葉かもしれないけれど、間違いなくただのマリアの言葉を。


「エリスさん。今まで臆していた罪は赦されているわ。けれど、同じ罪を犯すかどうかは、これからの貴女の行動次第よ。」


 少しはっとしたように、こちらを見られる。これでエリスさんの決心もついた。


「友幸さん、私は貴方に会いたかったわ。」


 しかし返答は沈黙。次にどうにかすべきは杉浦さんのほうになる。どうしようかしらと思っていると、愛良が何かを疑問に感じたようで、杉浦さんに問いかけた。


「なんでエリスにだけ冷たいの?そんなの、悲しいよ。」


 大切な人同士が対立する苦しさは私も知っている。ラウラと慶司さんの対立した原因は、ラウラが大切にされないと不安になったことだった。エリスさんと杉浦さんの原因は、どこにあるのだろう。


「色々、あるんだよ。」


 苦しい言い訳にもならない言葉。愛良もそんな言葉では納得せず、追及の手を緩めない。彼女なりに今までの経験を生かして、二人の仲違いを解消しようとする。


「慶司とラウラがね、今の友兄とエリスみたいに変だった時、ラウラは私にあまり聞かせたくなかったって言ってたの。友兄も私がいたら話しにくい?」


 愛良から視線を逸らして、口を噤まれる。けれど、先ほどまでより言うべき事柄を吟味するように、エリスさんに視線を向けておられる。

 いないほうが良いのは私かもしれない。伝えられることは伝えた。十分に背中も押した。後は二人次第になる。


「それとも、私がお暇しましょうか。」

「私、マリアとももっとお話ししたい。先にマリアと帰ってるね。」

「そうね。きちんと送り届けるから心配なさらないで。それじゃ、行きましょうか。」

「ちょ、ちょっと待ってください。今、考えます。」


 立ち上がり、愛良と手を繋いで扉の前に立てば、動揺を隠せていない杉浦さんが愛良の手を掴む。何を考えるのかは分からない。いきなり二人で話すことが難しいのかもしれない。それを避けるための言い訳を探しておられるなら、杉浦さんも思春期の子どものような部分をお持ちだ。


「美しい風景を見ながらなら、お話もしやすいのではないかしら。素敵な場所は、杉浦さんのほうがご存じよね。エリスさんもご存じかしら。」


 まだ何かの答えを出せないでいるお兄さんに対し、愛良は無情にも手を離す。


「帰ろ、マリア。ちゃんとお話してね。」

「お先に失礼するわ。」




 馬車に乗り込み、愛良に見せたい場所へ向かう。


「友兄とエリス、ちゃんとお話しできるかな。」

「ええ、きっとね。信じましょう。」


 降りれば、以前見た神秘的な桜に案内する。もう花は全て散って、散らばった花びらも片付けられているけれど、神聖な空気は漂っている。


「綺麗だね。」

「でしょう?」


 ラウラや慶司さんと夜に満開の姿を見るのも素敵だったけれど、愛良と明るい時間に青々しい姿を見るのも新鮮な気分になれる。神聖なのに、少し浮ついた気分にもなってしまう。愛良の空気が、神聖で落ち着いた教会にも似た雰囲気を変えているのかもしれない。

 二人で黙って見上げていると、この地域の方と思しき女性に声をかけられる。


「リージョン教の〔聖女〕様でしょうか。」

「ええ、お邪魔しているわ。素敵な場所ね。」


 他の宗教の方と話す時はいつも以上に慎重になる。こちらの言葉でふいに傷つけてしまうことがあるから。今日はただのマリアのつもりだったけれど、今は〔聖女〕のマリアになってしまいそう。


「そう感じていただけるのですね。」

「ここって神様がいるんだよね。」


 馬車の中で、簡単にその説明はしたけれど、私も詳しくはない。実際の人々がどのように感じ、扱っているのか。私も知りたくて、その女性を見つめた。


「この地域の守り神です。この木は私たちの先祖の時代からずっと、ここから私たちを支え、見守ってくださっているのです。」


 そこから始められる伝承を聞きつつ、精霊のような存在を意識する。〔名も無き神〕とは異なるけれど、神聖な存在。〔名も無き神〕より近く、触れることすらできるような存在。そういったものを求めてしまうのもまた、人間なのかもしれない。


「素敵なお話をありがとう。私は人を愛しています。宗教を越えて、人は繋がれる。同じものを美しいと思い、同じ時を共有できるのですから。また時間がおありなら、お話しくださいますか。」

「ええ。私も貴女とこの場で出会えたことに感謝します。」


 また一つ、素敵な出会いを得た。ただのマリアではなくとも、〔聖女〕のマリアもまだ、もっと豊かになれる。

 去っていく女性の後ろ姿を見送ると、その愛良はまた神聖な木を見上げた。


「すっごく大切なんだね、この木が。」

「ええ、そうね。愛する心を忘れていない人だわ。」


 あの二人も思い出してくれると良い。互いの純粋な思いを、立場で覆い隠してしまわないように。


「次は愛良の素敵な場所に案内してくれるかしら。」

「うん!あ、でも、場所が分かんないの。初めて友兄がね、連れて行ってくれた綺麗なお花畑があるんだけど。」


 それは困った。私では教えてあげられない。思い出す手助けならできるけど、それにも何か手掛かりが必要になる。


「近くに何があったかは分かるかしら。」

「お花があったよ。」


 そこに行くまでの間に何があったのか聞きたかったのだけれど、その場にあった物を答えられてしまった。


「お花畑の前はどこにいたの?」

「えっと、慶司のとこ、〔琥珀色の時間〕。その前は、どこか分かんないけど、友兄がいたの。お花畑の後は、詰所に行ったよ。」


 〔琥珀色の時間〕からそう遠くない、兵士たちの詰所にも近い場所とは分かった。けれど、困ったことに私もこの街の地理に明るくない。


「二人で歩いてみましょうか。見つからなくても構わないわ。同じ時間を過ごすことが、大切なんだもの。」

「うん。」


 私一人では立ち入らないような路地にも入って行き、道もない林の中へ行く。もちろん、愛良とお話ししながら。その話題は多岐に及んだけれど、最も多かったのはエリスさんと杉浦さんの話。


「友兄、大丈夫かな。」


 とても抵抗されていたところを愛良も見ている。あれでは心配になるのも納得というもの。


「大切なお兄さんなのでしょう?信じてあげましょう。大丈夫よ、エリスさんも杉浦さんも同じ人間なのだから。きっと分かり合えるわ。」

「うん。だけどね、みんな私には何も言ってくれないの。私は心配しなくていいって。秋人まで私は知らなくていいって言ったんだよ。」


 悲しそうに目を伏せる愛良。繋いだ手にほんの少しではあるけれど、力が込められる。

 知りたいという思いを持っている。だけど知るための方法が分からない。知っている人たちは何も教えてくれない。何も分からない暗闇を手探りで歩かされているような感覚。きっと、愛良はそんな不安を抱えている。

 守るために隠し事をする人はいる。けれど、そうやって守られている人は、ただ相手への信頼しか寄りかかれるものがない。不安でも、ただ信じることしかできない。心を強く持っていなければ、辛く苦しい時間を過ごすことになる。


「仲良くなれたら良いわね、二人が。」

「うん。エリスの話をするとね、友兄いつもちょっと嫌そうな顔するの。でも、それを言うとね、そんなことないって言うんだよ。」


 話題に上げるのすら拒まれるなんて。


「エリスにだけ、冷たいの。友達もね、会ったことのある子は、いつも優しく微笑んでいらして素敵ね、って言うの。知ってる?友兄ね、〔萌葱の君〕って呼ばれてるんだよ。」

「ええ、聞いたことはあるわ。」


 その瞳の色からの連想だろう。柔らかい雰囲気も自然を思い出させるのかもしれない。今日はその優しさが鳴りを潜めておられたけれど。

 よく見ると、愛良も同じ色の瞳をしている。それなら愛良は〔萌葱の姫〕になっても良い。お姫様のように愛らしく、色んな方から大事にされているから。


「それとね、誰かにだけ違う態度を取るのって、特別ってことなんだって。エリスにだけ違うんだから、友兄はエリスが特別なんだよ。特別なのに、会いたくないのっておかしいでしょ?」


 特別に大切なら会いたい、と思う。けれど杉浦さんは何度も拒まれていた。確かにとても不思議。かける言葉が見つからないから、先延ばしにしていたとも考えられる。私もラウラにかける言葉が見つけられなかった時には躊躇した。けれど、すぐに追うべきだと慶司さんに言われた。そしてそれは正しかった。時には溢れる思いを整理することなく、溢れるままにすることも、望ましい結果に繋がる。

 今、彼らは思いを溢れさせているのだろうか。


「その辺りも、仲良しになったら教えてくれるかもしれないわ。」

「本当に?」


 ここで肯定して、安心させてあげることは簡単。けれど、それが実現するかは私にも分からないことだから、私は私が知っていることを教えてあげる。


「でも、焦ってはいけないわ。仲良くなるには時間もかかるもの。」

「聞いてみるくらいはいいよね?」

「そうね。良いんじゃないかしら。」


 可愛い妹の問いになら、きっと答えてくれる。私も基本はラウラに教えるから。


「じゃあ早速聞いてみよ。友兄のお家なら分かるから、帰った頃に行ってみようよ。」


 どれだけの時間、話しているかは分からないから、ひとまず夕方まで愛良と過ごそう。




「こんばんは、杉浦さん。」


 驚きに目を丸くされる彼に、愛良の手を渡す。


「マリア様、このような所に」

「ねえ、友兄。エリスと友達になれた?」


 答えはない。数時間では難しかったようだから、来週もお誘いしよう。まず今は、この場を辞すること。私も気になるけれど、私には〔琥珀色の時間〕でゆっくり聞く時間がある。今日はきっとお疲れだから。


「愛良を送っただけよ。今日はお付き合いいただきありがとう。またお会いしましょう。愛良もまたね。」

「またね、マリア。」


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