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シキ  作者: 現野翔子
白の章

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88/192

もう一人の友人

 杉浦さんとはお礼をされて以降、〔琥珀色の時間〕で会うことも多くなっていた。だから次に会った時にと思っていると、予想外の出来事があった。


「友兄とマリアって、仲良かったんだね。」


 ラウラが何か言ってくれたのか、愛良も一緒に来てくれていた。並んで座っていると、本当に兄妹のよう。


「愛良が会いたいと言うものですから。」

「あら、そうなの?屋敷に遊びに来てくれても良いのよ。」

「ううん。お兄ちゃんと友兄がね、貴族街のほうにはそんなに気楽に行くもんじゃないって言うから。」


 平民の方にとってはそういうもの。愛良のもう一人のお兄さんは騎士をされているという話だから、貴族同士のしがらみなどにも詳しいのかもしれない。そういった揉め事に巻き込まれることを心配されての発言を、愛良は聞いている。

 私としては愛良にももっとたくさん会いたいのだけれど。


「ただのマリアが友人を招くのよ。そう身構えなくても構わないわ。」

「うん。だってさ、友兄。」


 そう、説得する相手は愛良ではない。杉浦さんが愛良を貴族街に入れることへの抵抗感を減らすと良い。ひいては、杉浦さん自身の貴族街への抵抗感を減らすこと。まずはエリスさんとの関係から始めよう。

 原因は貴族と平民の違いや個人の感覚の違い。これが本当に貴族との関わりをほとんど持たない相手なら、服を見立てて差し上げたり、礼儀作法について教えて差し上げたりすることで、不安を解消させられる。けれど、杉浦さんは仕事上、貴族との付き合いも持っておられる。

 相手も同じただの人間と教えて差し上げることで、少しは抵抗感が減ると良いのだけれど。


「エリスさんは、貴族としての立場ではなくて、ただの一人の人間として、貴方と親しくなりたいと思っていらっしゃるのよ。」

「なんですか、それは。」


 あまり良い反応ではない。もう既にエリスさんに悪印象を抱かれてしまっているのかもしれない。けれど、今日は愛良という心強い味方もいる。


「少し素直ではないだけなの。ね、愛良も、エリスさんとお兄さんが仲良しになってくれたら、嬉しいわよね。」

「うん、それは思うよ。だってなんか、変なんだもん。前の慶司とラウラみたい。言いたいことがあったら、素直に言うほうがいいんだよ。」


 そこから愛良は、以前学園で起きた、出会ったばかりのラウラと慶司さんに関する話を聞かせてくれる。その時もラウラは慶司さんを困らせてしまったみたい。


「ねえ、愛良。その時はどう解決したのかしら。」

「ラウラには、本当は何が聞きたいの?って言ったの。慶司には、嘘吐くのは駄目って。」


 同じことをエリスさんに私から言っても、同じ効果は期待できない。それは愛良だからこそ為せたこと。私なりの言葉がやはり必要になる。


「エリスさんも偽りをおっしゃっているわけではないのよ。ただ、本当のこともおっしゃらないだけで。仕方のないことではあるのよ、素直になれない人もいるものだから。」

「友兄もだよね。だって、秋人が来たら嬉しそうなのに、気軽に来ちゃ駄目って怒るもん。」

「大人には立場があるんだよ、仕事上の。あと、愛良。それはあんまり外で言わないようにな。マリア様も、今の話は内密に。」


 この人もただの自分を持っていらっしゃらないのかもしれない。エリスさんの専属騎士と親しいと知られたくないのは、エリスさんと繋がり得るからだと推測はできる。けれど、そんなに避けたがることは不思議。


「ええ、エリスさんには伝えないわ。」

「エリス様にではなく、お願いします。」

「理由をお聞きしてもよろしいかしら。」


 先ほどまでよりも真剣な様子で、私に口止めをされる。言いふらすつもりはないけれど、そんなに大切な秘密がある関係なら、余計に会わないことが不思議に感じられる。迂闊に触れてはいけない話題だったのかもしれない。エリスさんの様子からは分からなかったけれど。


「無理にとは言わないわ。聞かなくとも、私は誰にも今の話をしない。自分の胸にしまっておきたい大切な秘密くらい、誰にだってあるものだもの。」

「そのように美しい話ではないのです。職業柄、特定の貴族と親しくし過ぎることは、時に不利益をもたらすというだけで。マリア様は〔聖女〕様ですから、こうして会っていても、特に勘繰られることもないのですが。」


 立場で交友関係を限られてしまうのは悲しいこと。会いたい人と満足に会えず、親しくなりたい人に距離を取られるようなことだって起きてしまう。


「でも、秋人もう貴族じゃないって言ってたよ。なんか、エリスが色々してくれてるからそんな感じの扱いになってるけど、って。」

「それなら秘密にしなくても良いのかしら。」

「ええ、まあ、そうですね。」


 ぼそりと、何をやらかしたんだ、あいつは、とおっしゃられるけれど、それに対する答えを私は持ち合わせていない。私を煩わせるようなことでは、とおっしゃって、オルランド様が詳細を教えてくださらなかったから。

 けれど、この会話で得られたものもある。杉浦さんの言い方から察するに、二人はご友人。つまり、エリスさんと親しくなり得るということ。


「だったら、エリスさんとも仲良くなれるわ。ご友人のご友人でしょう?」

「友人の主人です。専属騎士として仕えていると言っていましたから。」


 間髪入れない訂正。そこは正確に把握しているらしい。だけど、本人はお認めにならなかったけれど、貴族のエリスさんとは主従関係でも、ただのエリスさんとは友人に近い関係を築いているかもしれない。私とラウラも〔聖女〕と聖騎士という関係と、姉妹という関係を両立させている。


「でも、私は秋人ともエリスとも友達だよ。私は、エリスと会った時に、友兄も喜んでくれたら嬉しい。前の時もちょっと嫌そうだったもん。」

「今度エリスさんからお話があった時に、できる範囲で構わないから、機会を与えてくださらないかしら。私からも、エリスさんに素直になるようにお話しさせていただくわ。」


 互いに一歩、踏み込むだけで良い。貴族街への抵抗が減れば、私もエリスさんも愛良ともっとたくさん会える。杉浦さんだってご友人と会いやすくなる。

 貴族の友人が増えれば、貴族街への抵抗は減るはず。貴族だと思っていた専属騎士の子とは既にご友人だったのに、まだ抵抗があるなら、貴族のご友人を増やせば良い。


「そんなお話が来ないことを、祈っています。」


 随分と拒まれる。私とはこうしてお話しくださるのに。


「普段は〔聖女〕のマリアだけれど、ここでの私はただのマリアなの。私は貴方に、ただのマリアとして接していただけていると感じているわ。」

「俺はほとんどここでしか貴女に会っていませんから。」


 だから〔聖女〕然としている私を知らない。〔シキ〕の公演の時と、それ以来のここでの交流だけ。どちらにも〔聖女〕のマリアはいない。


「エリスさんも、貴方と会う時は貴族ではないただのエリスさんになられるの。どうか、貴方もただのエリスさんを見てくださらないかしら。」


 ただのマリアを見つけてもらえて、私は新しい自分を知れた。ただのマリアを意識して過ごせば、今まで以上に豊かな時間を過ごせるようになった。だけど、ただのマリアでいたい人に〔聖女〕のマリアしか見てもらえないとしたら、それはとても悲しいこと。


「マリア様。貴女の知っているエリス様はただ親しくなりたいと言ったり、素直でないと表現できるような人間なのでしょう。ですが、貴女の知らないエリス様の一面だってあるでしょう?」


 エリスさんのことを自分は知っているとでも言うような言葉。もちろん、人である限り、誰かの全ての面を知ることはできないのだけれど。

 ただのマリアは知らないことばかり。〔聖女〕のマリアにも知らないことはたくさんある。エリスさんに関しても知らないことは多い。その上、意図的に隠されていなくても、異なる人物から見るその人は異なるものに見えていることも多い。


「もちろんよ。私は全て知っているなんて思わないわ。貴方は、貴族だからエリスさんと会いたくないのでしょう?それなら、ただのエリスさんと会って差し上げて。平民や貴族なんて身分は、みんな後から人間が作り出したものだもの。みんな、同じ人間に過ぎないのよ。」


 突然意識を変えることは難しい。だからまず、少しお外を散歩するくらいから。そう考えていると、思いつけば即座に行動したいのか、愛良が杉浦さんの手を掴む。


「じゃあ早速、エリスに会いに行こう!」

「え?ちょ、それは駄目だ。」


 エリスさんもお忙しい方だから、会う約束がなければ難しい。だけど、今日はすぐに向かえる。人が増える程度なら対応してくださるお方でもあるから。


「午後に会う約束をしているの。お昼ご飯を済ませたら、広場で待ち合わせましょう。愛良も、それで良いかしら。」

「うん、楽しみだね。エリスも身分とか気にする人じゃないから大丈夫だよ。だって、秋人の仕える人なんだから。」




 スコット邸へ向かう馬車の中、最後の足掻きのように杉浦さんは必死に抵抗される。


「マリア様、正気ですか。俺たちは約束をしていません。」

「人が増える旨は連絡したわ。エリスさんは快諾してくださったの。何も心配することはないわ。」


 今は不安になっておられるだけ。だから安心できる言葉をかけて差し上げれば良い。愛良はひたすらわくわくしているから、きっと引っ張って来てくれた。


「そうはおっしゃいますが、俺はマリア様のようにエリス様と親しくありません。」


 言葉を重ねる杉浦さんに良心が痛む。ここまで抵抗されるのは想定外。だけど、これを乗り越えることは、きっと彼のためにもなることだから。


「お仕事柄、貴族の方のお相手をされることも多いのでしょう?エリスさんで慣れれば、少しは気が楽になるのではないかしら。貴族への苦手意識を克服する、お手伝いをさせてくださいな。」


 ぐ、と言葉に詰まられる。きっと、会わないための言い訳を探しておられるだけ。一つ一つ封じていけば、会わない理由はないといずれ気付かれる。


「ただの、ただの貴族であれば、俺は問題なく対処できます。マリア様のお手を煩わせるようなことでは、ありません。」

「煩わしいなんてことないわ。誰かと誰かが親しくなるために、誰かが成長するために、私が何かできたのなら、それはとても嬉しいことだもの。」


 また口を噤んで、次の口実を探される。

 エリスさんに会いたくない理由は、貴族だからというだけではない。何か特別な理由を抱かれている。私には見当がつかないけれど、一つ一つ知っていけば良い。神ならぬ身なら、そうして探っていくしかないのだから。


「ねえ、なぜエリスさんにお会いになりたくないのかしら。」

「貴族だからです。」

「先ほど、ただの貴族なら問題ないとおっしゃったわ。それ以外の理由をお持ちなのではないかしら。」


 ご自身が気付いておられないなら、こちらから質問して、自己理解を深めていただく。なんだか〔聖女〕のようだけれど、私はこの方法しか知らないから。


「それ以上は、ご容赦を。申し訳ありません、マリア様。」

「隠す理由をお聞きしてもよろしいかしら。」

「エリス様に会わせていただきますので、もう本当にこれ以上はご勘弁いただけませんか。」


 困り果てた表情の杉浦さん。悪いことをした気分になるけれど、これでも構わない。私は考えるきっかけを与え、きっとご自分で何かに気付かれるから。私に対する答えを求めていたわけではないから、秘密にされても良い。


「ごめんなさい、困らせるつもりではなかったの。ただ、私でお力になれることはないかしらと思って。」

「もう十分すぎるほど、心を砕いていただいております。」


 抵抗することを諦められたようで、馬車の中に沈黙が下りる。そこへ、先ほどまで静かに話を聞いてくれていた愛良が真っ直ぐな問いを投げる。


「友兄はエリスのこと好きなの?嫌いなの?」

「そんな単純な問題じゃないんだよ。」

「あのね、学校で友達から聞いたの。知られたくない、は恥ずかしいからのこともあるんだって。それでね、嫌いは知られても恥ずかしくないけど、好きは恥ずかしいんだって。それから、好きなら会うのが恥ずかしいこともあるんだって。」


 杉浦さんも素直になれない人なのかもしれない。どちらかが素直になれば、すぐ親しくなれると思うのだけれど。


「愛良の年齢ならそうかもしれないな。」

「友兄はエリスのこと好きなの?」

「間違ってもあり得ないから、そういうのはやめような。」


 そこまで全力で否定することもないと思うのだけれど、心底嫌そうな表情を浮かべられる。これ以上はエリスさんのほうが期待できる。会うことすら躊躇される杉浦さんと、積極的に会おうとするエリスさんなら、まだエリスさんのほうがきっと素直になれるから。


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