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シキ  作者: 現野翔子
白の章

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ラウラの将来

 未知の体験をした翌週。ラウラも学園を卒業し、いよいよこれからの立場を決めてあげる時が来た。


「私はマリアを守りたいの。そのために、今まで頑張って来たんだから。」


 私とラウラ、そしてオルランド様の三人での話し合い。私一人では決められそうにないため、オルランド様に頼んで、相談に乗ってもらっている。

 口火を切ったのはラウラ。本当にずっと、主張し続けてきた。その思いを変わらずに持っていてくれている。


「ええ、分かっているわ。そのためにどんな立場になるのかを決めましょう。」

「専属騎士か、聖騎士か、ですね。マリア様、貴女が決めてあげてくださいますか。」


 詳細を聞けば、専属騎士はオルランド様か私に雇われる形の、私兵。非常に名誉ある役職とされるものだけれど、あくまで私兵。雇う側の地位や身分によってはあまり名誉にならない場合まであるとか。聖騎士はリージョン教会に雇われる形の、公的な立場になるもの。ラウラの場合は〔聖女〕付きの聖騎士になる。

 ラウラは名誉なんて気にしない。実際の活動内容には大きな違いが見えない。


「オルランド様、選ぶ基準が分かりません。私には、大きな違いがあるように思えないのです。」

「こう考えては如何ですか。マリア様個人を守るのか、〔聖女〕という立場の人間を守るのか。」


 同じにも聞こえるけれど、専属騎士ならただのマリアにも仕えて、聖騎士なら〔聖女〕のマリアにのみ仕える。

 〔シキ〕の私はただのマリア。まだ始まったばかりのただのマリア。これから増えていく時間。その時のラウラとの関係性だって、これから作っていける。専属騎士として守る側と守られる側ではなく、ただの姉と妹か、友人同士にだってなれるかもしれない。


「ラウラ、私は聖騎士になってほしいわ。〔聖女〕だから、守られるの。」


 ずっと私は聖職者だった。おとぎ話の聖女と、聖職者の子と、言われて生きてきた。それを補強するものとして〔聖女〕の称号がある。私もそうありたいと願って、生きてきた。けれど、そこにいたマリアは、ただのマリアではない。

 私が狙われる理由も、守られる理由も、〔聖女〕だから。その名に恥じない行動をしているつもりではあるけれど、きっと私の素性が違っていれば、同じことをしていても〔聖女〕にはなれなかった。この髪と瞳で、あの両親がいたから、私は〔聖女〕になった。


「違うよ。私は、私を救ってくれたマリアだから、守りたいの。〔聖女〕だからじゃない。どうしてそう遠ざかろうとするの?確かにマリアは聖女様みたいな人だけど、でも、私にとっては義姉でもあるんだよ。」


 とても辛そうな表情を浮かべるラウラ。けれど、その理由が私には分からなくて、私にとっての事実を告げるに留めた。


「ええ、ラウラは私の妹よ。」


 あの時救えたから、ラウラは私の妹になってくれた。おそらく母も帰らぬ人となっていて、父も旅立ったあの時に。


「それなら分かってくれる?私にとって、マリアが特別に大切で、守りたいっていうの。」

「ええ、私もラウラが大切よ。だから、聖騎士として〔聖女〕を守ってほしいの。神の前では人は全て平等で、神は全ての人を等しく愛し、〔聖女〕もまた全てを等しく赦すから。」


 〔聖女〕の私は特別を作れない。ただのマリアは誰かを特別にできる。その特別な関係を大切な妹と築くため、聖騎士であってほしい。


「そうじゃない、そうじゃないの、マリア。家族だから、守りたいの。私にとってマリアが特別に大切だから、守りたいの。人は全て平等だとか、神は等しく愛するとか、そんなのどうでも良い。私は何を犠牲にしてでも、マリアを守りたいって思うほど、大切なの。」


 ラウラの私が大切だという思いも、守りたいという思いも伝わっている。だから私も大切だと返した。それなのに、ラウラは違うと言う。私は何かを見落としている。


「〔聖女〕は等しく接するの。ただのマリアは、ラウラと親しくなりたいの。」


 今までは〔聖女〕としての時間ばかり過ごしてきたから。ただのマリアはまだまだこれから。


「ねえ、マリア。マリアは、私の前でもただのマリアじゃなかったの?初めての公演の服装を決める時に言ってたよね。初めてただのマリアでいられる場所をくれた人、って。その人からの贈り物、って。それってさ、桐山商会の人に見せてもらった時から来てる服だよね。」

「ええ、頂いたの、〔琥珀の君〕から。」

「え?」


 ぶつぶつと様々なことを呟くラウラ。おかしい、なんで、奴の卒業後に何かあったのかも、前は違ったのに。私には何のことか分からないけれど、ラウラは確実に衝撃を受けている。

 次第に呟きも減り、震える声で、ラウラは私に問いかける。


「不純な祈り、って何のことか、教えてくれる?」

「祈りは何かを求めるためのものではないわ。贈り物を身に着けることで、勇気を得ようとして祈るなら、それは不純よ。」

「〔琥珀の君〕の前では、ただのマリア。私の前では、〔聖女〕のマリアなの?」


 今まではそうだった。ラウラが助けてくれても、私はあくまで聖職者だった。〔聖女〕のマリアが得た大切なものではあったけれど、私が救う相手であることに変わりはなかった。救う者と救われる者、救いに感謝して守る者と感謝を受け取り守られる者。そんな風に受け取って、聖職者の顔を捨てられなかった。他の聖職者からの救われても、互いを救い合う関係だから、私は聖職者のままでいられた。


「それを変えたいから、ラウラには聖騎士でいてほしい。ラウラの前でもただのマリアでいたいから、専属騎士ではなくて、聖騎士なのよ。」


 私がラウラを救ったからラウラが私を守るなら、その私は聖職者。専属騎士という名で守ってくれても、私は聖職者になってしまう。だから、〔聖女〕の時だけ、聖騎士として守ってほしい。

 そんな私の思いがラウラに伝わってほしい。


「そ、っか。分かった。私は聖騎士としてマリアを守る。普段は妹として、マリアを支える。」

「ありがとう。分かってくれて嬉しいわ。」


 ラウラとも再出発できる。〔聖女〕のマリアとその妹ではなく、ただのマリアとラウラとして。




「――ということがあったのよ。」

「俺はそんな大したことしてませんよ。」


 いつもの〔琥珀色の時間〕でのお話。ただ思い付きで行動しただけ、彼はそう言うけれど、私にとっては大事な物になっている。


「それでも、私は感謝しているの。ただのマリアが広がるきっかけをくれたから。この服、似合っているかしら。」

「ええ、とても。貴女には宝石なんて余計です。」


 人の少ないこの時間帯なら、私がずっと話していられる。だからいつも、開店直後のこの時間を狙っているのだけれど、今日はカランコロンと扉が開いた。


「いらっしゃいませ。」

「適当にお願い。」


 その人もよく来るようで、注文を完全に任せている。他にも少しこっそりと話されているような声は聞こえるけれど、内容までは分からない。


「マリア様、先日ぶりです。」


 振り返れば、公演でお会いした杉浦さん。同じ町にいればこういうことも当然あり得るけれど、今までにない経験で少し驚いてしまう。


「杉浦さんもここに通われていたのね。」

「ええ。ですが、今日は先日のお礼を、と思いまして。」


 お礼をされるようなことをした記憶はない。公演の際に会った一度しか、面識もないはず。記憶も手繰っても、他に接点は見つからない。愛良から話を聞いたことがあるくらい。

 隣に腰かけられた杉浦さんに何も語る気がないのを見て、私は問いかける。


「何かあったかしら。」

「エリス様からの誘いを断る手助けをしてくださったでしょう。以前にも似たようなことがあって、困っていたのです。」


 積極的に誘っていたらしい。これは、最初こそ困る程度だけれど、あまり何度も繰り返せば、そのうち嫌がられるようになってしまうもの。何もしなければ、いずれ二人の間に軋轢が生まれてしまう。この相談も〔聖女〕としてされたなら、赦し、問題点を見ていく。

 けれど、今の私はただのマリア。ただのマリアが、ただのマリアの友人同士が仲良くいるために、できることをすれば良い。


「エリスさんは貴方と仲良くなりたいのよ、きっと。」

「そうでしょうか。とてもそうは思えませんが。」


 もう既に困る程度ではなくなっているのかもしれない。だけどきっと、エリスさんにも悪気はない。


「貴族の方の中には、自分の誘いが平民の方には断りづらいと気付いていらっしゃらない方もおられるの。嫌なら嫌と言えば良い、という具合にね。」

「無茶を言うものです。相手によってはそれで癇癪を起こされるというのに。」


 苦労されてきている。役者をされているという話だったから、貴族の相手をすることも多いのかもしれない。

 相手がどういう人間か分からないから、断れない。それなら、安心させてあげれば良い。聖職者として懺悔の中で知り得た情報でないなら、他の人に話しても構わないから。


「そうね。エリスさんになら大丈夫よ、はっきりと断ってしまっても。この前一緒に帰られた専属騎士の男の子がいるでしょう?あの子、ラウラのお友達なの。色々としているそうだけれど、エリスさんは受け入れられているわ。」

「そう、ですね。」


 今後の対応を考えられているのか、品物を用意する〔琥珀の君〕の手を見つめて、それ以上の言葉を紡がれない。


「お待たせしました。」


 他に客はいない。杉浦さんもお菓子に夢中なのか、考え事をしているのか、〔琥珀の君〕に話しかける様子はない。


「ねえ、貴方はエリス・スコットを知っているかしら。」

「お話には伺ったことがありますよ。」


 話した記憶はない。他の人から聞いたのかもしれない。エリスさんも有名人ではあるから、知っていて不思議はないお人ではあるけれど。


「会ったことはないのね。」

「ええ、残念ながら。このような所に来られるお方ではありませんから。それを言ってしまえば、貴女もですが。」


 少し離されるような感覚。実際の距離は変わっていないのに遠ざけられる感覚が、私の胸に訪れる。ラウラの言っていた感覚はきっとこれ。


「私は平民よ。」

「そうおっしゃっていただけると、身近に感じられますね。」


 〔聖女〕として丁重な扱いを受けるけれど、ただのマリアは彼らと同じ平民。身分を気にする人の傍にだって、立っていられる。


「それが事実だもの。ただのマリアは〔聖女〕でもない、平民なの。」

「でしたら、ただのマリアさん。桜の時期の夜に、時間はおありでしょうか。」


 これはお出かけのお誘いなのか。基本的に、夜は教会での懺悔もなく、宗教省での勉強も昼間に行う。夜に時間を用意するのは容易い。


「ええ、楽しみにするわ。今日はこれで。杉浦さんも、またね。」


 お財布を取り出し、支払いを済ませようとすると、〔琥珀の君〕に止められる。


「お代は頂いておりますので。」

「あら?」


 いつも帰りに支払う。私は一人だから、同行者が支払うこともない。〔聖女〕ならひと月でまとめ払いもできると説明も一度されたけれど、それも断っている。


「あちらの方から。」

「あら。」

「先日のお礼です、マリア様。」

「ありがとう、杉浦さん。」


 それほどエリスさんの誘いに困っていらした。力になれたのなら嬉しいことだけれど、エリスさんに忠告もしたほうが良いかもしれない。


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