衣装と音楽
ラウラたちは衣装に関して何も考えていなかった。今までは制服があるからそれで済ませていた、と。そのことに関して、ラウラはエリスさんや愛良にも確認を取ってくれた。
「エリスがこれを機に頼むのも良いわねって言ってくれたの。卒業後も続けたいから、って。エリスのおかげもあるんだろうけど、多少は注目してもらえてるみたいだからさ。」
けれど、エリスさんも一緒に選ぶのは、感性に自信が持てないからと断られてしまった、と。そこでオルランド様に相談したところ、愛良にも同席してもらって、桐山商会の会長さんに来てもらおうかと提案してくださった。
「わざわざ有難う。桐山さん、でよろしかったかしら。」
「ええ、マリア様。礼には及びません。こちらも商売ですから。〔聖女〕様と懇意にさせていただけるのは、こちらとしても喜ばしい限りです。」
衣類に関する文化を肌で感じることも私にとって良い刺激となる、と私もその場に同席させていただけた。
今回のように、機会があればオルランド様は私を様々なものに触れさせる。皇国に来るまでの私やラウラが狭い世界で生きてきたことを知って、その世界を広げようとしてくださっている。それを私は有難く受け取った。
桐山さんは参考用にと、何点かの服を持ってきてくださっていた。質感などが絵では分かりにくいからだと言う。
「ラウラ、学園祭の衣装が欲しいのよね。」
「うん。でも、一回だけで終わりももったいないなって思ってるんです。」
「ショールなどは如何でしょう。合わせる服によって印象は変わります。こちらであれば、折り目を変えることで見える部分が変わって、同じ物には見えないでしょう?」
布の数か所に紐がつけてれていて、それを境目として柄が変わっている。激しく動けば見えてしまうだろうけれど、日常の動作や歌う程度の動きなら十分隠せる。
ペラペラとじっくり観察した愛良が桐山さんに質問していく。
「ねえ、これって、同じ柄で色違いはあるの?」
「はい、ありますよ。ご要望の柄があれば、それに合わせて作らせていただきます。色柄見本もございます。」
「どういう物があるの?見たい。」
二人で桐山さんが持って来られた冊子を熱心に見つめて、色々言い合っている。
「私、三人で色違いにしたいの。お揃いがいい。」
「それもいいね。愛良ちゃん、これはどう?」
その間に、私も持って来られた他の衣服を見せていただく。もう少しすれば涼しくなり、上着を羽織る季節になる。町娘らしい可愛さを持った服で歩くのも楽しそう。
前で結ぶ紐の先が毬のようになっている上着。袖の部分にもうっすらと柄が浮かび上がっていて、裾にも刺繍が施されている。そのおかげで白一色でも単調ではなく、着れば雪の精霊になった気分に浸れそう。もっとも、そこまで寒い季節に着るようなものではないけれど。
「素敵ね。これからのお出かけに着られそうだわ。」
「お気に召していただけましたか。」
「ええ、とっても。」
思わず誰かに見せたくなってしまうくらい。今も着る物は十分あるのだから、これ以上はただの贅沢なのだけれど、これを着て〔琥珀色の時間〕に向かうことを想像してしまう。
貴族街を出る所までは馬車。大通りを自分の足で歩いて、いくつもの店の前を通り過ぎる。雪も降っているかもしれない。その中に溶け込んでいくような感覚が、私を待っている。
「でしたら、今日の出会いに感謝して、こちらを贈らせていただけますか。」
「有難くいただくわ。」
いただいてしまった。素敵で着たいと思ってしまったのは確かだけれど、この贅沢に慣れないように気を付けなければ。
着てみれば、柔らかく、ふんわりとした着心地が寒さを凌げそうと期待させてくれる。今はまだ暑いけれど、これからの季節には合っている。装飾も少なく、宝石や貴金属は一切ないため、私でも抵抗なく袖を通せた。少し可愛すぎないかどうか、似合っているかどうかだけが不安な点。
「お似合いですよ、マリア様。」
「有難う、嬉しいわ。」
「礼なら次回店に来られた際に。猊下が招いてくださったと伝えると、息子が選んだのです。マリア様に、と。いつもご贔屓にありがとうございます。」
「あら。」
そう聞くと、なぜだかこれを着ている間は〔聖女〕ではなくなったような気分になる。〔琥珀色の時間〕に行くための服を選んでいる時と同じ気分。来週着ていくにはまだ早いから、寒くなるのが待ち遠しい。
ラウラたちのほうも順調に衣装を選べていた。
「待ってね。今三択まで絞ったから。」
「ええ、ゆっくり考えて。」
私はこれ以上を選ぶ気になれない。もう既に胸がいっぱいだから。
学園祭当日、特別に出される船で一般の人も学園に立ち入ることのできるその日に、私も学園へ入り込んだ。露店のようなものもあれば、店舗のように飾り付けられた教室もある。そういったものたちが、ラウラたちの時間まで私を非日常へ誘ってくれていた。
そうして陽が沈んだ頃、舞台上に制服の上に選んだ鮮やかな布を羽織った三人が並ぶ。深みを感じさせる碧に、愛らしさも見える翠、それから燃えるような紅。ピアノの前にラウラが座り、愛良とエリスさんが並ぶと、その色彩はより鮮やかに目に映る。
練習中とは異なるラウラの表情。楽しそうではあるけれど、真剣さの見えるその瞳。鍵盤と前に置かれた楽譜、そして愛良とエリスさんの二人だけを映し出している。聞いている人も、私のことでさえ、今は意識の外にある。愛良も始終楽しそうで、この世の幸福を詰め込んだような笑顔を浮かべている。エリスさんもそんな愛良と手を繋ぎ、何の憂いも抱えていないように感じられる。
この場の全ての人が、彼女たちに目を、耳を奪われている。私が〔聖女〕として注目を浴びることとはまた別種の、人を惹きつける力がここにはある。
「ありがとうございました!」
たった数分の短い時。出番を終え、体育館から出たところに声をかける。
「お疲れ様、三人とも。とっても素敵だったわ。私も憧れてしまいそう。」
「本当に来てくれたんだ。ありがとう。」
「マリアも一緒にする?楽しいよ。」
口々に言うラウラと愛良。その提案は受け入れたい。そのような発想は私になかったものだけれど、オルランド様が勧められていることにも合っている。私の知らない文化や立場に触れられるものだから、きっと喜んでくださる。
「そうね。エリスさんはどう思われるかしら。」
「私も歓迎するわ。学外なら何の障害もないもの。」
エリスさんの言葉に、ラウラと愛良も笑顔を浮かべてくれる。
「マリアが一緒は私も嬉しい。でも、儀式のほうは大丈夫?次は私たちも十二月頃にすると思うんだけど。」
ラウラの懸念ももっともで、年末には〔赦しの舞〕が控えている。今はその練習でも忙しい。
「そう、ね。難しいかもしれないわ。」
「それなら一緒にするのは来年になってからにしましょう。二人ともそれで構わないかしら。」
すぐでなくても、三人とも歓迎してくれる。また少し、私の世界が広がっていく。次は全く宗教の関係しない活動。私にとっては全く未知の世界。歌うことには慣れているけれど、彼女たちが歌っていたようなものは経験がないから、少し不安になってしまう。
「一つ心配があるとすれば、〔聖女〕が加わっても良いのかしら、というところね。」
「マリアにも護衛はいるでしょう。皇都での活動の際には私も専属騎士も連れて行くわ。私も剣の心得はある。何の問題もないわ。」
エリスさんがお強いことは船上で見ている。けれど、私は襲われたことがある。同じようなことが起きた時、彼女たちを巻き込んでしまわないかという心配は消えない。それがラウラには伝わってしまった。
「もう、マリアは心配性だね。私もエリスも一緒なんだから大丈夫だよ。むしろ離れてる時のほうが心配。ねえ、愛良ちゃん。」
「マリアは私と一緒は嫌?」
「そんなことないわ。会いたいと思っていたもの。」
年明けから私も〔シキ〕の一員。楽しみだけれど、オルランド様へのお話も忘れられない。
「ただいま戻りました、オルランド様。」
「お帰り、マリア様。ラウラはどうでしたか。」
「とても素敵でした。それで、私もその活動に誘っていただけて。儀式が終わってから、私も参加しようと思うのです。」
オルランド様なら喜んでくださる。けれど、私が変わらず〔聖女〕としてあるつもりであることも伝えない。〔聖女〕の時間から逃げたいわけではないのだと。
「もちろん、〔聖女〕としての活動を疎かにはいたしません。」
「マリア様。なぜ儀式が終わってからなのでしょう。マリア様にとって、その活動は未知のものでしょう。ですが、迷いなくそちらを後回しにした理由は何かありますか。」
想定外の質問。まさか〔シキ〕を優先しない理由を聞かれるなんて。
私は〔聖女〕。聖職者の両親の下に生まれ、聖女のようだと言われて育った。そして実際に〔赦しの聖女〕という称号をいただいた。
儀式はその〔聖女〕としての活動。〔シキ〕は私が成長するための手段。どちらを優先するかなんて、少し考えれば迷うことはない。
「私が〔聖女〕だからです。〔聖女〕だから私は儀式を優先します。」
「そうですか。その活動で、マリア様が一層成長されることを期待しましょう。けれど、爺のお節介と受け取ってくださっても構いませんが、一つだけ。自分の心に嘘を吐くことも、また罪となりますよ。」
自分の心に、嘘。思い当たる節はない。
〔シキ〕の活動に参加したいと思って、そのための予定を立てた。〔聖女〕としてありたいと願って、自分にできることをしている。〔聖女〕でない時間が欲しいと思って、〔琥珀色の時間〕に通っている。
ラウラを妹として大切に思っている。離れることで二人の成長が得られると思って、離れていた。〔聖女〕としてあるために、そのラウラが傷つけられても罪を赦した。
人を殺す罪を犯したラウラを赦し、愛した。稀にしか会えなくても、両親を愛していた。
これらの思い全てが、私の心に同時に存在している。




