エミリオ視点:初陣の傷
「今日も熱心だな、アリシア。」
「当然だ、私はまだ弱いのだから。」
初陣で悲惨な光景を目にしてしまったアリシアは、休むのもそこそこに訓練に戻っていた。
「アリシアもあの場を抑え切った英雄なんだ。ゆっくりすれば良いのに。」
トリゴから帰還した兵士たちは、「英雄」と呼称されている。向かった先にいきなり大砲が設置されていて、9割以上が亡くなった。そんな中で、バルデス軍のそれ以上の侵攻を阻止し、生きて帰ってきたからだ。
たった6人。その中に、アリシアも自分も含まれていた。
「英雄、ね。」
皮肉るように呟かれる。たしかに、あの惨状は手放しで喜べるものではない。それでも、より大きな犠牲を避けたことは誇っても良いだろう。
「ああ。民を守った英雄だ。アリシアが敵兵を逃さず、あれ以上の侵入を許さなかったから、多くの無力な民が犠牲にならずに済んだんだ。」
死んだ者たちも、自分の命が無駄にはならなかったと誇りに思うだろう。そう続けたくなるが堪える。これは生き延びた者がそうであってほしいと願っているだけのことだ。
「だが、兵の犠牲は多かった。エミリオ、お前はあれを見て何も思わないのか。」
「思わないはずがない。けど、それを嘆いていても何も変わらない。バルデスが攻めて来なくなるわけでも、死んだ者が生き返るわけでもないんだから。」
アリシアと同じように自分も初陣だった。違う点は、祖父であるベルトラン将軍から戦場の美しくない部分も聞いて育ったか、いきなりそれを見ることになったか。
実際の戦場は、憧れるような華々しい戦いも、誇り高き戦士の姿もない。あるのは大義名分など関係ない殺し合いと、命のやり取りという緊張感だけ。それは、経験した者の口からしか聞けないことだろう。
「それは、そうだが。」
「守れなかったものもある。けど、守れたものも多いんだ。」
収入源と家を失った村人のことや、彼らの今後についてなど、アリシアにはただの兵士である自分より考えることも多いのだろう。
「お前は、どう割り切ったんだ。」
しばし考え込んだアリシアが問う。
「人から聞いてどうにかなるものか?」
本人の心の中の問題だ。国とより多くの人間を守れたととるのか、村一つ守れなかったととるのか。
「初めて人を殺したんだ。そうしなければ守れないけれど、本当にそれしか方法はなかったのか。」
「相手は武器を持って、領土を侵してるんだぞ。それも、人の住んでいる村に向かって進軍して、最新の兵器で攻撃してきてる。」
殺さずに済むなんてことはない。通常の感覚で殺しを悪とするのは構わない。けれど、戦場に出る立場でそれを追及していては、何もできなくなってしまう。
「そう、だな。」
「一度、何も考えずに休んだ方が良い。きっと疲れてるんだよ。」
国を守ったのだと誇ってしまえば良いのに。戦争で敵を退けるのは正当な行為で、褒められることなのだから。
それが簡単にできない彼女だから、こんなにも支えたくなるのだろう。




