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シキ  作者: 現野翔子
緋の章

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謝罪行脚

 今回は私の誘拐事件だ。皇族にとっては客人で、他の貴族たちも私が事情を抱えた大陸貴族であることはそれとなく察している。その上、秋人が色んな所に言って回り、騒ぎを大きくしてくれた。そのため、両陛下は急な私の申し出を受け入れてくださった。もともと、呼び出すつもりだったそうだ。


「我が家の秋人が大変失礼した。」


 家名こそ名乗らせていないが、所属は私の所だ。そのため、我が家の、と言うことになる。


「いや、こちらこそ、貴女を危険に晒してしまった。」

「そのことなのだが、詳細を私から伝えさせてほしい。少々異なる事実が伝わっている可能性がある。」


 私が調査のため、わざとついて行ったこと。その際、秋人がポーカーで負けたから連れて行かれたというかたちにしたこと。そのため、秋人は自分のせいで私が危険に晒されたと誤解し、あのような行動に至ったということ。


「はは、もうしっかり手懐けたのだな。」

「もともと良い子ではある。現状、空回っているが。」

「そんな貴女だからこそ、よ。」

「お褒めの言葉、感謝する。また、夜会での非礼、改めて謝罪する。」

「パートナーが目の前で連れ去られたとなれば慌てもしよう。よく知らせてくれた。」


 両陛下は非常に寛大な心の持ち主だ。しかし、何のお咎めもなしでは示しがつかない。以前は謹慎で済まされたが、二回目はないだろう。


「あれへの処罰、こちらで処理しても良いだろうか。」

「有栖侯爵にも相談してやってくれ。かなり心配しているはずだ。」


 つまり私からの処分だけで見逃してくれる、と。これは私への恩情か、有栖侯爵への信頼か。


「感謝する。」


 互いに無駄話をする時間はない。話はこれで終わりだという雰囲気を皇帝と私が出すと、皇妃が待っていたと言わんばかりに発言をされた。


「一つ助言よ。躾はきちんと、ね。甘やかしすぎると図に乗るわ。」

「肝に銘じておこう。」


 目に余る行為だったということだろう。皇帝が許したため、皇妃も表向きは許すに過ぎない。


「それで、具体的にはどうしようと考えているのかしら。」

「退学させることを検討している。」

「退学させて、その後はどうするのかしら。本格的にペットかしら、それとも愛人?」


 皇妃にもその話は伝わっているらしい。これは本人には黙っておこう。またご機嫌斜めになっても面倒だ。


「私のもとで働いてもらおうと思っている。」

「あら、まあ。お気に入りなのね。今度ゆっくり聞かせて頂戴。今日はまだお話ししたい人がたくさんいるでしょう?」

「お気遣い、感謝する。」


 話したい人、つまり私が謝罪に向かわなければならない相手は多い、ということだ。

 さらに皇妃は夜会での騒ぎを詳細に教えてくださった。混乱にならないよう、両陛下が尽力してくださったそうだ。それでも、おおよその夜会参加者は私の身に何か遭ったと知っており、秋人の取り乱し具合を見ている、と。

 つまり私は夜会参加者のほぼ全てに謝罪に回らなければならない。それに加えて秋人が直接助けを求めた相手にも、だ。面会を申し入れて、実際に会う。仕事が確実に増えている。宰相にはこの後すぐ会ってしまって、他は明日以降に回そう。




 宰相も私を待っていてくれていた。今の宰相は姉が公爵を務めておられ、皇帝の信も厚い方だ。寛大な皇帝、お淑やかな皇妃に対し、厳格な宰相という均衡を保っておられる。

 今回も私に厳しい対応を取られることだろう。それにより多くの貴族の内心を代弁し、皇帝の決定であることを強調してくださる。そのおかげで、他の貴族は表向き反対しにくくなる。


「我が家の秋人が大変申し訳ない真似をした。深く謝罪しよう。」

「そのような謝罪で許されるものだと?随分甘やかしておいでだ。」


 宰相は私がサントス王女だと知っている数少ない人物だ。余人を交えない場では礼儀を尽くされる。その彼が、自分の屋敷においてもここまで高圧的なのも珍しいが、口裏を合わせるより、実際の行動を変えてしまったほうが辻褄は合わせやすい。


「皇帝は処罰の内容に言及されなかった。退学させるつもりではいる。」

「退学だと?一歩間違えば、混乱に陥り、さらに多くの貴族を危険に晒す行為だったのだぞ。さらなる被害者を生み出した場合、どう責任を取るつもりだったのだ。」


 混乱に乗じて誘拐される可能性はある。そうなった場合、被害者の救助に協力するのは当然だ。自らの身の潔白を証明するためにも、そうするしかない。しかし、それで誘拐に関する無罪は証明できても、非礼を犯した罪は残る。


「申し訳ない。叱責は受けよう。」

「叱責程度で済む問題ではないと言っているのだ。」


 当然だ。皇子暗殺未遂の時点で退学させられていないことが不思議なくらいなのだから、宰相に対する言い分としては弱い。あの際には宰相にも世話になったのだが。


「皇帝は有栖侯爵への相談としかおっしゃっていない。」

「ほう、それで?何も言い訳はないと?」


 どのように説得するつもりか、と問うている。ここで宰相が妥協しても良いと思ってくれるだけの言葉を返す必要がある。


「以前より成長している。私が抑えたためその場では行動を起こさず、私が去ってから動いた。相手の子爵にも手を上げていない。今後は私の目の届くところに置き、私自身の安全を確保すれば、同じ失敗を繰り返さないだろう。」

「随分甘いことだ。」

「そうだろうか。焦る気持ちも理解できよう。」


 秋人にはもう行く当てがないのだから。私預かりになることで極刑を免れただけだ。それは本人も理解している。

 今回は誰にも、危害を加えるという懸念を抱かせていない。貴族として礼儀を欠いた行いであったことが最大の問題だ。その点を言えば説得できる。


「現状、秋人は私のものだ。あれに他に行く当てがないのはお分かりだろう。」

「だから多少の非礼は見逃せと?」

「そうは言わん。伝え方は間違えた。しかし、そこは指導で改善できる。私と両陛下が親しいと見て、伝えること自体は問題なかろう?」


 少し考えた宰相だが、やがてゆっくりと頷く。褒められた行為ではないが、処罰を与えるほどのことでもない、と結論付けてくれる。両陛下が受け入れてくださっているからだ。


「そうだな。だが、今回の件をどう収めるつもりなのだ。」

「そのおかげで今回は私の命が救われたとして、皇帝に表立って嘆願する。」

「良いだろう。後日、正式な場を用意する。」




 翌週以降、予定のついた人から順に謝罪に回っていく。最初は会話に割り込まれた六条公爵だ。

 六条公爵家からは当主夫妻、次期当主夫妻、光輝皇子のお相手として第二子、そのパートナーとして第三子が参加していた。次期当主伴侶が秋人の兄の夏生だったはずだ。

 手紙では六条公爵のみと会う予定だったが、行けば夏生も同席していた。一目見れば兄弟だと分かるほど似ているが、こちらの体は運動向きではなさそうだ。


「先日の夜会では騒がせて申し訳ない。」

「相変わらずやんちゃな子だ。エリス殿も大変だろう。」


 六条公爵自身も幼い頃から秋人を知っていると言う。その思い出話が一段落すると、夏生の申し訳なさそうな顔が目についた。


「私の弟が本当にご迷惑を。以前もですが、今回もまた。」

「もう私のものだ。承知の上で引き取った。夏生殿が謝罪することではないよ。」


 十も離れており、早々と婿入りしている彼だが、気にかけていたようだ。学園を首席で卒業したとか、何でも知っているとか、秋人は非常に慕っていた。その一方で、勉学面で比べられ、不愉快だと愚痴も零していた。


「もうなかなか会えないだろう?夏生が話したいと言ってな。」

「そうか、それは申し訳ないことをした。しばらく外には出せんが、話なら付き合える。」


 具体的な期間は決めていないが、来節以降になることは分かってもらえるだろう。


「私の記憶ではかなりやんちゃで。話に聞く限り今でもあまり変わらないようですが。」

「そうだな。だいぶお利口さんにはなっているよ。少なくとも、私の言いつけは守ってくれる。」


 少々手を焼いているが、あえて言う必要もないだろう。その他、日常の何でもないことでも、秋人に関する話なら楽しそうに夏生は聞いている。


「一つ、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」

「どうした?」

「秋人がエリスさんのペットや愛人という噂に関してなのですが。」


 探るような目つき。隠しきれないのはさすが兄弟といったところか。次期公爵伴侶がこれでは六条公爵も心配だろう。

 教えるべきか否か。愛人ならともかく、ペットの響きは印象が良くない。しかし、いずれにせよ私が可愛がって、大切にしていることは伝わる。それは秋人の身を守ることにも繋がる。


「肯定すれば、貴方はどう思うだろう。」

「命を救っていただいたエリスさんに対して、私から言えることなどありません。」

「思うところがあるから、聞いたのだろう。」


 沈黙は肯定。その身を案じているからこそ、私に疑念を向ける危険を冒しているのだろう。


「あの子には少々問題もあるでしょう。ですが、可愛い弟には違いないのです。決してエリスさんを疑っているわけではないのです。あのような噂話を鵜呑みにするほうが愚かな行為です。ですが……」


 噂では事実が誇張されるものだ。ペット云々でもそうなっている。それを理解しつつも、本人に確認する機会が得られたのだから、というところか。人の飼う趣味のある人間や囲った人間をペットと称する人間は、しばしば相手を人間扱いしない。そのため心配になっているのだろう。


「貴方が懸念するようなことは起きていない。安心してくれて良い。と言っても、私を信じてもらうしかないのだが。」

「また都合が合えば、会わせていただいてもよろしいでしょうか。」

「ああ、こちらからも是非。」


 今は難しいと理解してくださっている。夏生も基本的に六条家領にいることも合わせて、会うのは来年以降になることだろう。次期六条公爵伴侶なのだから、夏生とも良い関係を築いていたいものだ。




 最後に会った公爵家は橋本公爵家。光輝皇子暗殺未遂事件で当主が代替わりしており、新公爵との対談となったのだが、有難いことに新公爵は先代と大きく異なる思想の持主であった。そのおかげで、今後の良い関係を約束するような穏やかな対面となった。

 次は有栖侯爵家か、と向かった際の話は意外なものだった。会場ですら話を持って行かなかったのだ。常々気をつけろ、私のいない場での接触は特に慎重に、と言い聞かせていたのが功を奏したかたちとなった。血縁があるという落葉伯爵家も同様に、接触を避けていた。

 その他侯爵家、多くの伯爵家にも謝罪に向かう。特別な繋がりはなく、秋人も助けを求めていないが、騒ぎの場に居合わせている。私が直接向かうことで心証を良くすることができるのだ。


 実際に頼った人のうち、最後に予定が合ったのが、島口伯爵家の第二子、弘樹だ。秋人が幼い頃から慕っているようで、無条件の信頼を寄せていた。夜会に出席してなかったにも関わらず、屋敷にまで訪ねたほどだ。




「秋人が屋敷にまで頼みに来たようで、迷惑をかけた。」

「いえ。わざわざ謝罪いただくようなことでもありません。」


 丁寧な対応であるが、何か引っかかるような表情。私への疑念があるようにも見受けられる。


「もう私のものになっている。何か不手際があったのなら、私が謝罪すべきだ。」

「そうですか。」


 言葉少なに、立場を考えてか何も問うてこない。付き合いの長いらしい彼が何か異変を感じたのなら、助言を頂けると有難いのだが。


「何か気になる点でもあるのだろうか。」

「そう、ですね。」


 それでもまだ逡巡が見える。言いにくいことなのだろうか。私の教育が不十分だと示すような内容なのかもしれない。


「では聞き方を変えよう。秋人が助けを求めた時、どのような様子だった。」

「非常に、取り乱していました。エリスさんがいなくなったらどうしたら良いのか分からない、自分のせいで連れて行かれた、助けて、と。泣き出してしまって。」

「泣いた?」

「ええ。実家も頼れないから、自分の力では何もできないから、と。」


 不安と無力感か。今まではできているつもりだったのだろう。実際、家の力でおおよそのことが解決できていたはずだ。何かあっても大丈夫、と思うことができた。だが、今回はそれを封じられ、代わりに何とかするはずの私の身に危険が差し迫っていた。


「そうか。」

「エリスさん一人なら大丈夫なはずなのに、自分のせいで逃げられなかった、とも言っていました。」

「そういうわけではないのだがな。」


 その辺りの意図を伝えてあげるべきだ。私が一時的に囚われの身となったのは、彼の罪ではないのだから。


「それと、ここからは俺の個人的な疑問なのですが。エリスさん預かりになった際、どのような立場で行くことになったのか、お話になりましたか。」

「私の家の者になる、と伝えたな。」

「従者でしょうか、行儀見習いという意味でしょうか、将来の伴侶でしょうか。」


 そういう意味か。それで言うなら、何も伝えていないも同然だ。私自身、この国における味方を増やす程度で、具体的にどうするかなど考えていなかった。


「はっきりさせていなかったな。」

「本人がその家の子になる、くらいの意味合いに捉えていれば新しい家庭くらいに認識する可能性もあるでしょう。それこそ、両親や兄に甘えたように、エリスさんにも甘えるのではありませんか。」


 実年齢はたった三歳しか変わらないが、彼はもっと幼く感じられる。それは私が次期女王として育ったことも影響しているのだろう。


「だが、国外追放の代わりということは、本人も理解していた。」

「そのお話はエリスさんから?」

「ああ。」

「そうやって追い詰めたわけですね。他に居場所はない、と。」


 事実だ。自分で気付いたことでもある。私を責めるような発言だが、何か他にもありそうだ。


「何か他にあるのか。」

「色々と話してくれましたよ。恵奈という少女に関する話も。」


 二人はしばしば言い争いをしている。折り合いが良くないのは仕方ないが、互いに不干渉を貫けるほど大人にもなれていないようだ。


「新井子爵家から引き受けた子だ。あの子はあの子で、少々問題を抱えていた。」

「エリスさんが国に連れ帰った、自分は置いて行かれたのに、とか。迷惑かけすぎたかな、とか。見限られたかな、とか。本当に色々と聞かせてくれました。」

「なんだ、それは。」


 そんなに繊細だったとは驚きだ。


「新しく来た子が馴染めるように気遣うのも大切でしょうが、秋人にとっては自分の居場所が奪われるようで不安になったのでしょう。」

「十分構っているだろうに。」


 誰が学園に行けていない間の勉学の面倒を見たと思っている。剣術の相手もしていたというのに。


「要は嫉妬ですよ。恵奈という少女が自分以上に大事にされているように見えた。ただそれだけでしょう。」

「幼子でもあるまいに。」

「自分でも分かっているから、貴女には言えなかったのでは?みっともない、と。何か証でも与えてやれば安心すると思いますよ。分かりやすく立場を与えるのでも、指針を示してやるのでも。」


 専属護衛、皇国風にいうなら専属騎士にでもしてやろうか。名誉とされることもあるが、あくまで一家庭内での役職だ。専属従者でも良い。いずれにせよ、私の一任で決定できるものだ。


「助言、感謝する。私は少々、人の心の機微に疎いようでな。」


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