人身売買
大谷子爵家に連れられれば、なぜか多種多様な装飾品を付けたドレスを着せられる。良く言えば豪華絢爛、悪く言えば悪趣味。宝石や金細工が隙間なく取り付けられ、繊細さの欠片もない。
「ああ、なんてお美しい。髪飾りは私に選ばせてくださいますか。」
「これらは貴方が用意したのではないのかしら。」
意味のない戯れの言葉を重ねつつ、目に痛い頭飾りを乗せられていく。鎧兜かと思うほど重く、自力での逃亡を阻止するための物としか思えない。
「完璧ですね。では、参りましょう。」
「どこへ行くつもりかしら。」
「どこか遠くへ。」
夜道を過剰なほどの護衛と共に進み、港へ連行される。この島から出るのなら、手掛かりを残していくべきだ。目を盗んで、死守した自分の耳飾りを引き千切り、船へ乗せられる前に捨てていく。
行き先はまだ分からないが、子爵なら領地を持っていない。誰か協力者がいるはずだ。
「こんなに着飾って、どこへ連れて行くのかしら。」
「新天地ですよ。」
船室の一つに入れられる。掃除の行き届いた簡素な部屋だ。寝台と椅子があるだけで、生活感はない。護衛が私を見張っているが、私を拘束するような動きはなく、他の者と連絡を取る様子も今のところない。
船が出航してから、一人の女性が船室を訪れる。
「この女ね。まあ良いのではないかしら。きっとお気に召していただけるわ。着くまでにしっかりこのような服に慣れさせておきなさい。」
舐めるように私の全身を見るが、今の状態で何が分かるのだろうか。この衣装なら誰が着ても同じ状態になるだろうに。
「私は用事を済ませてきますので、こちらでお待ちください。」
人の気配のない小島に着いた時、大谷子爵がわざわざ伝えに来る。その上、鍵もかけて行かず、簡単に外に出ることができる。護衛たちも私の外出には気付いているのに咎めない。どうせ逃げられないと高を括っているのか。
密かに子爵を尾行すれば、護衛たちには気付かれるが、やはり子爵への報告はない。子爵本人に気付いた様子もない。そのまま数分行けば、小屋に辿り着いた。子爵がそこから連れ出す、何人もの少年少女。どの子も見目麗しく、腕を縛られている。
違法行為の証拠だ。これを確認できたのなら、次に私がすべきは、私を捜索する騎士にこの証拠を引き渡すこと。拘束されている子らには悪いが、証拠として拘束されたままでいてもらおう。
「おや、スコット様。私は船室でお待ちくださいと申し上げたはずですが。」
「ごめんなさいね。貴方のことがもっと知りたくて。」
「お可愛らしい部分もあるのですね。」
特段の罰もなく、一週間ほどの船旅。周囲に船影はない。正式な航路ではないのだろう。進行方向はおおよそ南西。国外へ出るなら小さいが裕福な公国が一つある。ただし、そこへ辿り着くには幾つもの領地を通過する必要があるため、どこかでは救出してもらえるだろう。
救出のため、港に停泊させたい。しかし、彼らは騎士や兵士が来るであろう港を避けるはずだ。それらに停泊せざるを得ない状況を作り出す必要がある。できることは三つ、船体の破壊、船員の殺害、食料の破棄だ。いずれも航行の続行が困難となるが、食料の破棄以外は沈没や座礁の危険もある。
大谷子爵などの寝静まった夜、極力音を立てないよう、護衛を無力化していく。見つかっても、声を上げる前に口を封じてしまえば、見られていないも同然だ。
食糧庫を探し当て、何度も往復して海に投げ捨てる。しかし、見通しが甘かったのか、その途中で朝日が昇る。起き出した船員たちが私を発見した。
「何をしている!」
その声に眠っていた船員たちも集まって来る。意外にも大谷子爵本人まで。まだ小さな港を選ぶだけの余裕がある程度しか、食料は破棄できていない。こうなればもう、脅すでも何でもして、最寄りの大きな港に寄らせよう。しかし、彼らは互いの命に重きを置いていないだろう。むしろ、最も傷つけられたくないのは私自身だ。
自分を人質とすることを考慮に入れつつ、欄干に立つ。私に注目が集まったのを見計らい、嘘を混ぜつつ要求を告げる。
「食料は半分以上捨てたわ。船員も護衛も、ここに転がっている以上に使い物にならなくなっているわ。もう船の上は飽き飽きなの。どこかの港へ遊びに行きたいわ。」
揺れる船の上で欄干に立つという、いつ落ちてもおかしくない状況。私に価値を見出しているのなら、何とかして宥めようとするはずだ。
「あとひと月もすれば、新天地にお連れします。それまで、」
「そんなに我慢できないわ。最寄りの港に寄せなさいよ。それに一か月も食料はもたないわよ。」
悩んでいる。正規の港には寄りたくないはずだ。協力者を用意している寄港予定の港もあっただろうが、そこからも遠いのだろう。その地の領主が関係しているなら、捕まったとて事実上の無罪放免もあり得る。それにも関わらず最寄りへの寄港を拒むということは、今は協力者の領地にいない。
「なんなら、今夜以降も食料を捨ててあげようかしら。港で遊べないなら、何か新しい玩具でも買って来て。」
「調子に乗るなよ、余所者が。」
これが大谷子爵の本性か。私の前で取り繕うことも止めたようだ。
「貴女の立場が分かっていないのですか。港に着いたところで、貴女を人質に逃げ出してしまえば、こちらのものです。」
「何の話かしら。私はただ、遊びたいだけよ。」
歯を食いしばり、床を蹴りつけ、苦々しく子爵は指示を出す。
「最寄りの港に寄せろ。食料の補給だ。」
私も無為に命を危険に晒したくはない。欄干から降りても指示は覆らないと判断し、抵抗を止める。この動きにくいドレスでこの成果なら上出来だろう。
ようやく辿り着いた港では、厳重な検査が行われていた。私が出て行けば、船内の検査も行われる。
検査の妨害を試みる船員たち。しかし、兵士たちはそれを取り押さえ、少年少女を保護している。
「エリス・スコットよ。どうすべきか聞いているのよね。」
「はっ、ご無事で何よりです。」
私の救出、それが任務だと。夜会が終わっても私の行方が本当に分からなかったため、動いてくれたそうだ。
簡単に説明を終えて、自分の屋敷まで送ってもらうと、秋人と恵奈が二人揃って出迎えてくれる。しかし、その二人の顔色は良くない。目の下を見ればあまり寝ていなかったのだろうと分かる。その上、恵奈は瞼が、秋人はなぜか頬が腫れていた。
「二人とも心配をかけたな。」
「本当だよ!エリスさんなら自力で逃げられたはずなのに、なんで船に乗ってっちゃうんだよ。ピアス落としてくし、って、あっ!耳、大丈夫なのか。」
正しく外さず強引に引き千切ったため、耳を傷つき、針に血もついていただろう。
「ああ、今は痛みもない。」
「手当てはしないと。恵奈、エリスさんを部屋に。」
恵奈に言いつけると、秋人は慌ただしく屋敷の中に入って行く。恵奈も私を支えるように歩いてくれる。
「エリス様、お部屋でゆっくりお休みください。本当に、ご無事で安心しました。私にはエリス様をお助けする力がなく。」
いない間のことを確認したいのだが、休む以外の選択肢を用意してくれるつもりはないようだ。
「お前の、この瞼に免じて、しばし休息を取らせてもらうよ。」
「エ、エリス様!これは、その、」
「秋人の頬も腫れていたな。私がいない間に喧嘩でもしたか?暴力は控えろと伝えたはずだが。」
可愛らしく恥じらいを見せてくれる恵奈だが、続ける言葉は手厳しいものだ。
「だって、秋人様がエリス様の傍にいたのに、エリス様を危険な目に遭わせるのですもの。近くにいたなら守るべきでしょう。結局騒ぎにするなら、その場で相手を殴ってしまえば良かったのです。」
結局騒ぎ、とはどういうことだろう。あの場にいたのは私と大谷子爵、それから秋人のみ。私は大人しくついていったため、目立つことはなかっただろう。私の行方不明が発覚しても、混乱を避けるため、捜査は密かに行われるはず。
秋人の証言を鵜呑みにするはずもない。証言を無視こそされずとも、慎重に取り扱うことになるはずだ。
私が考えを整理している間にも、私が行方不明になったことに関して秋人を罵り続ける恵奈。要約すると、秋人が私を守れなかったから殴った、という話だ。そうしている間に、秋人の待つ部屋に辿り着く。
「疲れてんのにお前の長話を聞かせんなよ。エリスさん、一応消毒からするけど、しんどかったら寝ててもいいから。」
ソファに腰かけさせられ、慣れた手つきで手当てをしてくれる。装飾品を外しにかかる恵奈の反論は完全に無視だ。
「そもそも秋人様が簡単にエリス様を攫わせなかったらこんなことにはならなかったでしょう。みすみす攫わせて、そこから騒ぐなんて、いったい何をやっているのですか。」
「その騒ぐ、の詳細を聞かせてくれ。」
気まずそうに黙り込み、手当てを続ける秋人に対し、よく聞いてくれたと言わんばかりの恵奈。何をやらかしたのだろう。
「会場で秋人様ったら、両陛下に直接、それも大きな声で、エリス様のことを伝えたのです。」
「何をやっている。」
思わず治療を行う手を掴み、至近距離で見つめる。しかし、その目は逸らされてしまう。
誰か知り合いに伝えてくれるだろうとは思っていた。ただし、私と秋人の共通の知り合いだ。あの時、秋人は両陛下と初対面のはず。光輝皇子とは面識があるが、一人で話に行けるほど親密ではない。あくまで私を介することで、その場に居合わせ、時々参加できる程度だ。
「知り合いにも片っ端から伝えたのです。その上、自分も夜会を中座して、そこから夜会に参加していなかった知り合いにも伝えて回ったのです。」
「色んな人に手伝ってもらったほうが早く助けられると思うだろ!」
私が自らついて行った状況を見ていたはずだが。どう伝わっているかによっては、私自ら礼と謝罪を伝えに行かなくては。
「秋人、両陛下には具体的にどのように伝えたんだ。」
「え、や、それは、えっと……」
「とても慌てて、他の人と話しているのに割り込んで、」
「しょうがないだろ!俺が負けたせいで連れてかれちゃったんだから慌てても!」
不敬罪案件だな。すぐさま謝罪が必要だ。服装も失礼のないものに変えなくては。
「二人とも、私は用事ができた。身支度を済ませ次第、すぐ謁見に向かう。」
「そんな、お疲れでしょう?」
「怪我もしてんのに。」
二人のせいで疲れが増しそうだ。恵奈が手を上げたことも説教しなければならず、秋人の行動の問題点についても説明しなければならない。素早く着替えの準備をしつつ、他にも気になる点を問いかけていく。
「恵奈、お前はどうやって帰って来た。」
「稔様が送り届けてくださいました。秋人様が先にお帰りになってしまいましたので。」
「お前は会場にいたのに、夜会に出ていなかった者にも秋人が伝えて回ったと、どうやって知った。」
「あれだけ騒いでいれば、そうしただろうと簡単に推測できますわ。」
随分な大事になっているらしい。装飾品が全て外れてもなお悪趣味なドレスを脱ぎ掛ければ、恵奈は慌てる。
「エリス様!お脱ぎになるのならそうおっしゃってください!秋人様も見てないで早く退室を!」
かなり強引に秋人を追い出す恵奈。それに秋人も特に抵抗せず、苦情も入れない。私がいない間に多少親しくなったのだろうか。
「肌着は着ているだろう。」
「そういう問題ではありませんし肌着でもいけません!」
肌着まで脱ぎ捨て、簡単にシャワーを浴びれば、手を借りつつ謁見できるような服に着替える。時間を無駄にしないよう、脱ぎつつ話を聞いていくつもりだったのだが。仕方がないため、誰に伝えたかだけを秋人から聞き出し、それらの場所へと向かった。




