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シキ  作者: 現野翔子
緋の章

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喧嘩の仲裁

 これでバルデス関連の問題に対処はした。継続的に確認などを行う必要はあるが、現状でできることはこれだけだ。

 次は秋人と恵奈の喧嘩の件。二人を執務室に呼び出し、話をさせる。恵奈は言うべきことを十分に考えたはずだ。


「あの、秋人様。私が〔虹蜺〕の方に手を上げたのは、その一回だけなのです。」

「だから?一回だけだから問題ないって?」


 想像の範疇の反応だ。出国前より幾分冷静に返せているが、まだ声に怒気が混じっている。


「そういうわけではなく、」

「エリスさんも、どうしてもって言うから無理言って来てもらったのに。俺が同席するって条件で。なのに出てろって言われるし。」

「すまないな。サントスとバルデスの問題に、君を巻き込みたくなかった。」


 我ながら卑怯な言い方だ。まるで秋人を守りたいという言葉だ。事実を知る人間を減らしたいだけだというのに。


「巻き込むにも何も、もう俺にはここしかないんだよ。サントスの人間のエリスさんの所しか。いくらでも使ってくれたらいい。」


 彼はこんなことを言う性格だっただろうか。それも気にかかるが、今は恵奈と秋人の話だ。その追及は後で良い。


「秋人、恵奈にもきちんと伝えてやれ。君は恵奈の発言の何に、一番引っかかったんだ。」

「……平民相手なら、怪我させても、怖がらせても、良いのかよ。」

「その時はそう思っていました。ですが今はそうではありません。」


 拗ねるような言い方に、恵奈も感じるものがあったのだろう。様々な言葉を選び、訴えかけた。しかし恵奈から、異常だ、いけないことだ、という言葉は出ても、それを楽しんだことに対する反論は出てこない。その点だけが不安を煽る。一方的に恵奈が言い募っていて、会話になっていない。それも終われば、ただ沈黙が下りる。

 今後も積極的な会話はなくとも、同じ家に入れておく程度なら問題ないだろう。突然仲良くしろというのも無茶な話だ。

 そろそろ話は終わりかと声をかけようとした時、恵奈が口を開いた。


「その〔虹蜺〕の人にも、悪いことをしたと思っています。」

「……誰だったかすら覚えてねえのに。」


 ぼそりとした呟きは、恵奈の耳に明瞭には届かなかった。


「え?」

「べっつに。ただ、平気で鞭を振るって、楽しむような奴にいてほしくねえってだけ。エリスさんもなんでこんな奴」

「秋人。これは私の決定だ。立場を弁えろ。」


 不満だらけの顔で口を噤む。少々甘やかしすぎたのかもしれない。このまま話し合わせても何の進展もないだろう。恵奈のこれからの行動で、溝が埋まることを期待するだけだ。


「二人とも良いか。互いに不満があるのなら、まず言葉にしろ。難しいなら私にでも構わない。それと、秋人は暴力に訴えないように。」

「恵奈もだろ。」

「そうだな。恵奈もそうしてくれるか。」

「はい、エリス様。」


 ひとまずこの問題は保留だ。次に私が取り掛かれる問題は、皇国との友好に努めること、だな。



 恵奈だけを呼び止め、次の対処を図る。


「お前にはどれくらい貴族の知り合いがいる?」

「数人だけです。伯爵家以上なら、藤木家の美華様、稔様、清水家の理沙様、秀治様、くらいですわ。他は見知っていても、こちらから話しかけられるほどではありません。」


 子爵家の娘ならそんなものか。学園に行っていればまた別だが。


「侯爵家以上の者と言葉を交わす機会はあったか。」

「茶会の際にご挨拶させていただいたことはあります。しかし、それ以外には接点もありません。」


 正式な夜会などに出席し始めるのは十六歳だ。それ以前であれば、学園にも行っていない彼女に知り合いは少ないだろう。彼女はこの前誕生日が来てその年齢となった。その辺りも、子爵家はもうその体裁を保てていないため、私がやってしまおう。衣装類も簡単になら今からでも用意できる。

 問題はパートナーだ。通常は婚約者か親族の男性に頼むものだが、今回の場合はそれができない。それでも自分の知り合いが相手ならある程度は安心できるだろう。せめて彼女が名前を挙げた中から選んであげよう。


「まずは茶会に彼らを招こう。その中に社交界デビューを済ませていて、婚約者のいない男性はいるか。」

「え、あ、はい。稔様がそうだったと記憶しております。」

「あちらの都合が良ければ、パートナーを務めてもらおう。」

「えっ!?」


 非常に驚いた声を出しているが、自分の年齢を把握していないのか。それとも、私が夜会に出席させないとでも思っていたのか。


「何かあるのか。」

「い、いえ。ですが、私はエリス様の付き人として同行させていただくくらいで、」

「それでは動きづらいこともあるだろう。私はお前をただの付き人として扱うつもりはないよ。」

「は、はい。」


 今からなら皇家の主催する夜会にも間に合う。早く茶会を済ませて、ダンスは問題なかったな。年齢だけなら秋人も夜会に出られる頃合いだ。こちらも今回は参加させよう。挑発的な態度と取られるだろうが、私のパートナーとしてなら出席資格を有している。


「あの、本当に、私が夜会に出席させていただけるのですか。」

「当然だ。いつまでも隠しておく必要もあるまい。」

「な、なるべく、小さな所で、お願いします。」


 今から緊張していてどうするつもりか。だいたい、イリスたちとも話していたというのに、今更何を気にしているのか。


「私が面倒を見ていて目立たない、というのは無理がある。諦めてくれ。」

「……はい。」




 時間の都合を合わせ、小さな茶会を開催する。私の主催となっているが、今日の主役は恵奈だ。参加者は恵奈の知り合いであるという四人と、恵奈に、私を含めた六人。恵奈にいきなり大人数の相手をしろと言うのも、小規模でも主催をしろというのも無茶だろうという判断だ。


「私のお茶会へようこそ。よく来てくれたわ。」


 ラウラの助言を思い出しつつ、努めて柔らかく話す。侍女に茶などを用意させ、まずは気軽な会話ができるよう気を配る。既に知り合いであるというだけあり、皆さほど緊張せずに会話を楽しんでくれているようだ。

 ひとしきり話したところで、四人の視線がちらちらと私に向きだす。


「そうね、突然、私が貴方たちを招いたことで、気になることもたくさんあるでしょう。」

「ええ、あのエリス様がなぜ、私たちのような者を招待してくださったのか、と疑問に思っておりますわ。」


 強気な発言をするのは藤木美華。秋人やラウラとも親しく、学園では同じクラスだったという。今年婚約したとか。秋人は苦手だと言っていた相手だ。


「貴女は去年、社交界デビューを済ませたでしょう?恵奈は今年がデビューなの。だけど、私では相手を見つけてあげるのが難しくて。」


 ほう、と溜め息を吐いて見せれば、美華の双子の弟、稔が提案をしてくれる。


「実は私も今年の相手に困っているのです。昨年は美華と参加したのですが、今年は美華に婚約者がおりますので。」

「あら、おめでとう、美華さん。」

「ありがとうございます。」


 稔の提案はつまり、自分なら空いているということだ。これを言い出してくれるということは、恵奈のパートナーを頼めば断らないという意思表示だ。


「稔さん、恵奈のパートナーをお願いしても良いかしら。」

「恵奈さんさえ良ければ、喜んで。」

「よろしくお願いします、稔様。」


 一つ問題は解決だ。衣装の手配は済んでおり、恵奈のダンスも問題ない。不安そうであるため、確認の時間くらいは用意してやっても良い。


「エリス様は誰と踊られるのですか。」


 今年は一人夜会に出られない秀治が興味を持って問いかける。他の子も口には出さないものの気になっているようだ。


「秋人よ。今まではその都度パートナーを探していたけれど、これからはその手間が省けるわね。」


 理沙は驚きを露わにする。どう言われているか知っているようだ。もちろん、初回の行動次第では、これからも都度探すことになってしまうが。

 少し張り詰めた空気になるが、それをまた秀治が変える。


「エリス様のように格好良い女性なら、何度でも踊りたい男性など、いくらでもいるでしょうに。僕もいずれ踊っていただきたいものです。」

「あら、ありがとう。来年を楽しみにしているわ。」


 既に口の上手い秀治。将来有望だ。


「もう学園で人気ですのよ。夜会に出るようになったら相手をするのが大変でしょうね。」

「あらあら。理沙さんは弟君を高評価なのね。」

「大切な弟ですもの。エリス様はご兄弟がおられないのですか。」


 どう誤魔化そうか。男の子相手なら、女の秘密、とでも言えば済むが。


「姉さん、人の素性を探るような真似は感心できないよ。申し訳ございません、エリス様。姉が不躾な質問を。」

「いいえ。懐かしんでいただけよ。」

「三学期の大半は帰郷していたと伺っておりますが。」


 美華の間髪入れない指摘。研究部の女性なら学園に全く来ていないことも分かるだろうが、高等部の女の子なら寮で顔を合わせていないだけとも捉えられるはずだ。


「あら、それはどこから?」

「エリス様の大切なペットから、ですわ。」


 秋人か。情報を取られているだけとも表現できるが、家庭内のことを話せるほど親しい人物はいるようだ。


「ペット?ああ、噂のことね。もう、そんな話をずっとされて、恥ずかしいわ。」

「いつぞやの学園でのやり取りが懐かしいですわ。随分と虹彩に慣れましたのね。」


 立場の分からない相手にこの態度。度胸のある娘だ。含みを持たせた言葉で、何を探ろうとしているのか。


「ええ、頼りになる友人がいるの。話し方を変えるだけで、印象はがらりと変わると教えてくれたわ。」

「そうでしょうとも。以前はたいそう威厳のある話し方でしたわ。直接言葉を交わすのも畏れ多いと思ってしまうほど。」

「お話しできる人が増えて嬉しいわ。一人は寂しいもの。」


 以前は威圧感があったと、そういうことか。笑顔の下に本心を隠せる少女。美華も将来有望だ。次期伯爵ともなれば、そのような訓練も受けているのかもしれない。

 しかし、そんな私たちを清水姉弟は何の裏もなさそうに問いかけて来る。


「エリス様もお一人は寂しいのですか。」

「そうですよね。たった一人で異国の地に降り立ったのですもの。私も、両親や弟から離れて、一人で大陸に行けと言われれば、泣いてしまいそうですわ。」

「そんなに心配しないで。今は一人ではないもの。」


 そんな風に彼らの質問に答えつつ、出来得る限り恵奈にも話を振って、茶会は終わりを迎えた。


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