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シキ  作者: 現野翔子
緋の章

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二人の安全

 今はバルデス国内の争いも激化し始め、サントスに意識を向ける余裕はない。ただし、争いの激化は愛良たちの身の危険も意味する。つまり、私たちは愛良たちを急ぎ確保しなければならない。

 男王制派、女王制派にとっては、次期男王や女王として重要な存在だ。同様に共和制派にとっても重要な存在である。彼らの連名で共和制を宣言してもらえれば、誰から見ても正式なバルデス共和国となり、彼らを亡き者としてしまえば、共和制にするしかなくなるからだ。

 帰ってからも、彼らとの接触は慎重にしなければ。愛良とは努めて今まで通りに、杉浦友幸とは目立たないように接触を図ろう。

 そのため、長くは滞在せず、恵奈を皇国へ連れ帰る。


「エリス様、私は帰ってから、何を言えば良いのでしょう。」


 サントスにいる間中、考えてくれていた恵奈。自分なりの答えは出せたのだろうか。


「何かを言わなければならない、とは考えているのか。」

「はい。ですが、私の言葉は聞いていただけないでしょう。もちろん、私から謝罪するつもりではいます。ですから、許していただけるよう、エリス様もご協力いただけませんか。」


 謝罪という答えに至ったのなら、それには口を出すまい。しかし、許すかどうかは本人の判断に委ねられるべきだ。


「それはできない。どちらかに肩入れするようなことはできんからな。」

「私には秋人様に肩入れしているように感じられます。」


 謝罪する相手は秋人。自分が鞭を振るった相手ではない。


「場を設ける程度ならするが。」

「お願いします。」

「では、今一度確認しよう。お前は、誰に、何を言って、どうしたいのだ。」


 一言ずつ区切って聞けば、もう一度考え直す。そして、自信なさそうに、ぽつりぽつりと話し出す。


「一度だけ、なんです。私が直接、手を出したのは。だから、秋人様に、そのことを伝えて、誤解を解きたいのです。」


 問題は回数ではなく、秋人の知り合いがその被害に遭い、その時のことを本人から聞いていたこと。つまり、恵奈の訴えは秋人にとって何の意味もないものとなるだろう。


「誤解を解いて、どうするつもりだ。」

「え?」

「秋人は何に対して怒っていた?お前に加虐趣味があることか?」


 私も秋人から全てを聞いたわけではない。しかし、その交友関係や主張から推測することはできる。

 一番の問題点はおそらく、加虐趣味の話題の時に恵奈が、自分は貴族だから悪くない、と言い放った点にある。相手が平民であれば何をしても構わないとでも言うような主張だ。彼には平民の友人も多い。恵奈が何食わぬ顔で屋敷の中を歩いていたことも気に障ったのかもしれない。


「分かり、ません。ですが、その人にも何度も暴行を加えていたわけではないと言えば……」


 身分に関して、錯乱しつつも言えていたのに。なぜ今、その答えが出てこない。その時の自分はそうだったが今の自分は違うと、そう誤解を解きたいと主張すれば良いだけなのに。




 皇国に着いたのは、学園が春期休業に入る前。屋敷の門をくぐれば、庭で鍛錬していた秋人が駆け寄って来る。


「お帰り、なさい。」


 元気よく私を出迎え、恵奈が視界に入ると僅かに睨む。私と共に出かけたのだから、同時に帰って来ることくらい予測できそうなものだが。多少隠そうという努力が見えるだけ、成長しているとも言える。


「ただいま。秋人、早速で悪いが、〔虹蜺〕の公演の日程を確認してくれ。可能なら観覧権と、杉浦友幸との面会の予約も頼む。恵奈は私の支度を手伝ってくれ。すぐ学園へ向かう。明日には戻る。」


 曜日の都合上、急がなければ愛良との接触に日数を要してしまう。秋人と恵奈の問題にも早急に対応したいが、命の危険が差し迫る愛良のほうが優先だ。



 急いで学園に戻り、愛良とラウラに会う。しかし、気持ちが急き過ぎて、何と切り出すかに悩んでしまう。


「エリス、何か悩み事?」

「いや、明日、愛良の家に訪ねても良いかしら。」

「うん!友達だもんね。」


 問題はエミリオ、いや優弥にどうやって伝えるかだ。直接関係ないはずの私が優弥と二人で話したがるのは不自然すぎる。やはり愛良の前でそれとなく表現するしかない。




「ただいまー!」

「お帰り。」


 翌日の放課後、元気いっぱいな愛良に紹介されて、エミリオ改め優弥との個人的な繋がりを得た。いきなり深い話はできない上に、愛良に悟らせないようにバルデス関連の問題をどう伝えようか。


「お兄ちゃんあのね、エリスとラウラと三人で〔シキ〕を始めたって言ったでしょ?エリスはすっごい格好いいんだから。」

「そうか。エリスさん、妹がお世話になっています。」

「いえ、私のほうこそ元気をもらっているわ。いつも楽しい話を聞かせてくれて。兄妹仲が良くて羨ましいわ。」


 何も疑うことなく、愛良は優弥を兄と呼んでいる。無垢な笑顔で、何も知らないまま。


「エリスにはお兄ちゃんとか家族はいないの?」

「いるにはいるが。」


 いつだって私は次期女王で王女だった。それ以上でもそれ以下でもなく、王族としての立場が最優先の王女だった。


「どんな人?仲いいの?」

「兄と妹がいるわ。親しくはあるわね。」


 仲が良いかどうかは難しい。私はいずれ兄を部下として使うものだと思っていたし、兄も私を将来仕える相手と思って接していたはずだ。それが変わって今回、多少兄妹として話せた気もするが、あれが仲の良い兄妹の姿かは分からない。愛良とその兄たちと大きく異なる関係性であることは確かだ。

 しかし、この話題は有難い。それとなくアルセリアの話に持っていける。


「それよりも友人のほうが深い繋がりを持っていた。その知り合いがこちらに来ているようだから、思い出話もできるかもしれない。」

「そのご友人は?」

「亡くなっている。」


 視線を真っ直ぐ優弥に合わせれば、しっかりと感じ取ってくれる。警戒の色に染まるその瞳が、バルデス関係者の存在を読み取ったと言ってくれている。私とアルセリアが友人同士ということは知らずとも、因縁の相手という認識で分かってくれる。

 私たちの会話の表面をなぞる愛良も悲しそうな表情を浮かべ、次に不思議そうなものに変わる。


「家族よりも深い繋がりのある友達?その人は家族じゃないの?」

「ええ。だけど、家族よりも強いもので結びつけられているの。」


 愛良の言葉に返しつつ、優弥に警戒を怠らないよう視線で忠告する。愛良には彼がいるのだ。いざという時、何をおいても愛良を助ける存在として、立っていられる。私は手を出せば余計に危険に晒してしまうが、彼は違う。


「そんなに仲いい人がいなくなっちゃったのは寂しいね。もう、会えないんだ。」


 母や姉が死んでいることも伏せるべきだ。知っても悲しませるだけ。繋がりを排除するなら、彼女らに関する情報を私が伝えるべきではない。愛良の知っているアルセリアと暴君の女王アルセリアが別人だということにしてしまうのだ。




 問題のもう一人。アルセリアが想い続け、何度も手記で触れ、届くはずのない、出すつもりのない手紙を書き続けた相手。その人にようやく会える。

 春季休業に入ってからの〔虹蜺〕の公演後、彼を屋敷に招いた。


「エリス様、聞いていた話と違うのですが。」

「そう警戒するな。あれには聞かせたくない話があるだけだ。間違いなくこの屋敷にはいるから安心すると良い。」


 基本的に貴族の屋敷に来ないという彼の主義を曲げさせたのは秋人の存在だ。彼は秋人を同席させるという条件で、私の屋敷に招かれてくれた。

 

「なぜわざわざ人払いをしているのでしょう。」

「君の主義を曲げさせたのだ。その程度の配慮はしよう。」

「配慮、ですか。」


 あからさまに怪しむ視線。茶や菓子にも手を付けていない。


「ああ。これは君にとっても大事な話だ。」


 サントスから持ち帰ったアルセリアの遺書のうち、ラファエル宛を渡す。何回も拒否されるが、封を開けてその手に押し付ければ、渋々受け取ってくれる。

 熟読するが、目を上げると、遺書を机に投げ捨てた。


「人違いです、エリス様。俺はラファエルではありません。」


 彼の事情を探ることはできる。しかし、手記で知ったとすれば、ただ正体不明の相手が探っているように映り、彼の信頼は得られない。多少こちらの立場も明らかにせねばならないが、そのための言葉は、私がアルセリアから遺書をもらうような立場であると示すことになる。


「ほう、不思議だな。私宛の遺書にははっきりとかつての名と現在の名が記されていたのだが。」


 ぎりぃと歯を食いしばり、睨みつけてくる。彼は事実を知った上で、隠しているようだ。


「今の俺は、杉浦友幸です。」

「ああ、分かっている。私と違ってな。」


 彼の場合は愛良同様新しい名前、私は偽名だ。


「分かっているのなら、なぜ暴くような真似をするのですか。」

「状況が変わった。君を狙う者が現れたのだ。そこで、だ。君が望むのなら、私が保護しよう。」


 本来であれば好ましくないことだ。しかし、愛良とは異なり、彼にはその身を守ってくれる者がない。これまで接点のなかった私だが、彼が来訪の条件として名を出した秋人を口実に、我が屋敷に招くことができる。その不利益は、私が秋人を溺愛し、甘やかしているという噂が増えることだけ。


「お断りします。これ以上、巻き込まないでいただけますか。俺も、愛良も。」


 愛良にも同じ接触を図ると勘付いている。おかしいな、彼は赤ん坊のモニカしか見ておらず、モニカが愛良と知らないはずだ。愛良は船に乗る前の話をしないよう厳しく言いつけてられているため、そこから伝わることもないはず。彼はどのように把握し、どこまで知っているのだろう。

 気になることは多いが、こちらの情報も開示しなければ彼は口を割らないだろう。


「私はアリシア・サントスだ。」


 こちらで広められると困る情報だ。しかし、彼自身もラファエルであると隠しているのなら、広められないはずだ。


「知りません、俺は。聞いたことも、」

「知っているな?」

「それでも、エリス・スコット様と杉浦友幸に、個人的な関係はありません。」


 名前を強調して、はっきりと告げられる。これが彼の意思なのだろう。それなら無理強いはできない。これ以上、私たちの被害者にするわけにはいかないのだから。しかし、その身に危険が差し迫っていることもまた事実。


「アルセリアの血縁者を探している者たちがいる。」

「それならなおさら、構わないでくださいますか。」


 付け入る隙も無い。なぜ狙われるのか、分からないわけではないだろうに。


「妹君とはどうなんだ。」

「妹のような子ならおりますが。」


 愛良のことを示唆してやれば、苛立ち紛れに訂正される。もう一人のお兄ちゃんと愛良からは聞いているが、こちらはあくまで他人という立ち位置を崩さないつもりらしい。

 その後は主に愛良に関する話をして、代金を渡す。


「要りません。その代わり、二度と呼ばないでください。」

「私からの気持ちだ。次からは秋人を介して伝えよう。代金は、気になるのなら姫のために使ってくれ。」

「……はい。」


 軽く拒まれつつも玄関まで送れば、彼は一度だけ立ち止まる。


「愛良は、本当に……」

「ああ、間違いない。だが、くれぐれも内密にな。」


 黙って頷き、今度こそ帰って行った。



「なあ、エリスさん。」


 彼を乗せた馬車が見えなくなるとすぐ、秋人が声をかけてくる。ずっと様子を伺っていたのだろう。何を言い出すか分からないため、執務室に入れてから話を聞く。


「エリスさんがアリシアって本当?」

「聞いていたな。私は下がっていろと言ったはずだが。」

「だって!」


 口止めと、その必要性と。どこまで話すべきか、どこまで納得させられるか。


「これは誰にも話してはならん。私がアリシアなら、どういうことか分かるだろう。」


 彼も貴族で、もう高等部二年生なら、サントスの姫将軍を知っているだろう。あの惨劇も、遠い異国の出来事として学んだはずだ。


「アルセリアの話は、」

「極秘だ。」

「友幸さん家、行ってくる。」

「待て!」


 踵を返し、出て行こうとする彼を引き留める。友幸は下町に住んでいたはずだ。防音設備など何もないだろう。家同士も近かったはずだ。そんな誰が聞いているか分からない場所で話されては困る。


「なら教えろよ。」

「誰に向かって口を聞いている。」

「教えてください。」


 何から説明すべきか。アルセリアの悪評と、それを討ち、姿を消した姫将軍アリシアの話は知っているはずだ。何か起きた時に一番動かしやすい人間ということを考えれば、友幸と愛良のことを伝え、守るよう指示するのも悪くない。だが、彼らを守るのはアルセリアの最期の願いであり、それを叶えたいのは私の贖罪。秋人には関係のない事情だ。

 知らずとも、私に近しい人間として、情報を求める者に狙われる危険はある。それならばせめて教えるのが誠意というものか。私が教えなければ、より他人に聞かれやすい状況で、友幸が話すこととなる。


「教えてくんねえんだ。じゃあ聞くけど、友幸さんが狙われてて、アルセリアの血縁者が探されてるってことは、友幸さんはアルセリアの血縁者ってことになるよな。」


 最初から聞いていたか。


「それからラファエルって言ってた。」

「ああ、そうだ。友幸はアルセリアの双子の弟、ラファエルという人間だった。そして愛良の兄でもある。彼を、守ってやってくれ。」

「言われなくても俺の友達だから。けどなんでエリスさんが頼むんだよ。アルセリアを倒したのはアリシアだって習ったけど。」


 友人だから、彼女の守りたかった者を頼む。友人なのに、彼女を殺した。これをどう伝えるべきなのか。秋人は人を殺したことなどなく、そんな感情など知らないだろう。

 隠せば何も説明できず、理解できない。言ったところで簡単に理解できる感情ではなく、理解する必要もないことだ。しかしそれでは、ただ殺した相手の弟を守ろうとしているだけになる。


「倒したのではなく、殺した。彼らから奪ったのだ。」


 分かっている。これを秋人に頼み、私の事情に巻き込むことが正しくないことくらい。愛良や友幸は元よりバルデスの問題に関係しており、もう既に巻き込まれている。一方の秋人は何ら関係のない人間で、私が頼むことで関係を持たされる。

 王女として立つのであれば、愛良や友幸のことなど捨て置くべきだ。王女や侯女としてのアルセリアが彼らの存在を隠したのなら、王女としての私は彼らを知らない。しかし、彼らを守ることはアルセリアの遺志だ。歴史上には極悪非道の女王として名を遺しても、その最期の愛情くらいは叶えてあげたい。


「でも、理由があったんだろ。愛良も友幸さんも、きっと話くらいは、」

「愛良に聞かせるつもりはない。さっき盗み聞きしていたのなら、友幸に私の話を聞く気がないのは分かるだろう。」


 反論できはしない。それでも何かを言いたそうに、無垢な瞳が揺れる。


「なんで、今、友幸さんを保護しなきゃならないんだよ。それって、アルセリアの血縁者を探してるのと関係あるよな。」

「バルデスの現状を知っているか。」


 簡単に説明してやる。女王制派、男王制派、共和制派と分かれて激しく争い、内乱のような状態になっていると。


「えっと、それは、つまり。アルセリアの血縁者がいなくなれば共和制にせざるを得ない、ってこと?それとも、アルセリアが自分たちを苦しめたから、その弟とか妹に仕返ししようって話になってるってこと?」

「どちらもある。だが、他言は許さん。奴らはまだ、アルセリアの血縁者を見つけられていない。」

「恵奈にも、内緒?」


 なぜここでわざわざ言及するのだろう。


「もう知っているが、誰がどこで聞いているか分からん。話はするなよ。」

「知ってんのか……」


 落胆の表情を見せるが、その意味は分からない。恵奈が知っていようといまいと、秋人には関係のない話のはずだ。

 知っている人間は少ないほうが情報は漏れにくい。そうは言っても、彼らの素性が知られるのも時間の問題だ。アルセリアの手記や遺書を私たちが入手できたということは、彼らも多くの情報を得ているはず。私の周囲を監視してこれから得ることも考えられる。理由なく関わることは避けるべきだ。


「友幸のことはお前に任せた。これはお前にしか頼めないことだ。」


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