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シキ  作者: 現野翔子
緋の章

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家族

 難しい顔で黙り込んでいる恵奈。暗い過去の話ばかりだったせいだろう。ここからは明るい未来の話にしよう。


「シーロを呼べ。」


 城の侍女に呼ばせる間、恵奈にシーロが何者か教えてやる。彼がパパと呼ぶ人物を目の前で殺害し、彼の両親もあの戦争で亡くなっていることも、全て隠さず。


「お久しぶりです、お姉ちゃん。」

「ああ、元気にしていたか。」

「はい。あと三年もすれば、お姉ちゃんを支える仕事ができるだろうと言ってもらえています。待っていてください。」


 抱き着きこそしないが、会えて嬉しいと顔に書いてある。それを見せられた恵奈は戸惑いを隠せない。私の話から、あの男性と同じような反応を想像したからだろう。

 簡単に紹介すれば、シーロは丁寧に挨拶をする。恵奈もそれに返すが、その仕草はぎこちない。


「シーロ、私を支える仕事には何を考えているんだ。」

「サントスとバルデスを結びつける仕事を。僕は元バルデス人ですから、うってつけでしょう。この女性も似たようなものではありませんか。」


 現状、そのつもりはなかった。皇国には私自身がおり、バルデスのような因縁があるわけでもない。シーロのような存在を用意する必要性に欠けている。


「僕がサントスとバルデスの、エナさんがサントスと皇国の架け橋になる。違いますか。」

「それも悪くないな。では恵奈のために、私の質問に答えてくれるか。」

「お姉ちゃんのために、答えます。」


 シーロには分かっているのかもしれない。自分が私を慕っている姿を見せることが、どのような意味を持ち、どのような影響を与えるのか。


「お前はなぜ、私をそんなにも慕ってくれるのだ。両親を殺し、パパと呼ぶ人物を殺した私を。」

「敵兵を殺すのは当たり前です。それにパパは僕にとって優しい人ではありませんでした。両親はお姉ちゃんが直接殺したわけではありません。お姉ちゃんは敵兵の僕を保護し、高水準の教育を施してくれました。だから、恩返しがしたいんです。」


 私にとって都合の良い答えだ。しかし、拾ってからの処遇によっては、彼も私を憎む人の一員となった可能性を思い出させてくれる。


「私はお前の両親だけでなく、多くのバルデスの民を殺している。あの女王と同じだ。」

「違います。あの女王は殺さないとどうにもできなかった。でもお姉ちゃんは、普段は優しい。無意味に人を殺したりなんかしない。誰かのせいにもしない。女王の命令だからと言い訳ばかりしていた僕の周りの大人と違って。」


 こういう言葉はきっと、私から伝えるより、年配の人間が言うより、シーロのような子の言葉のほうが心に響く。そればかりを鵜呑みにして、免罪符にしてはいけないけれど。


「だから僕を引き取ってくれた。自分がパパを殺したのに。僕を見て、辛そうにすることもあったのに。」


 気付かれていた。この子の紅い瞳を見て、戦場を思い出していたことに。


「ありがとう、シーロ。もう良い。あとは恵奈自身が考えることだ。少し、私たちに時間をくれないか。」

「うん。エナさん、何が遭ったのか知らないけど、僕はお姉ちゃんが優しくしてくれたから、両親を殺す命令を下していても、パパを殺されても、お姉ちゃんが好きなんだ。じゃあね。」


 言い残していくシーロ。それにまた、恵奈が考え始める。思考の邪魔になるかもしれないが、これだけは言わせてほしい。


「あの子は優しい。私の罪を知ってなお、あの態度を取ってくれる。だが、それは奇跡的なものなんだ。」


 あとは自分で答えを出すべき問題だ。私にも何が正解なのか、分からないのだから。だが、向き合い、乗り越えてもらわなければ、私が彼女を抱え続けることは困難だろう。それはただ、私の都合だけれど。




 恵奈に考える時間を与えれば、今度は私がイリスと兄のレオンに話したいと招かれる。


「アリシア、久しぶり。帰って来たと思ったらすぐに出かけるから、僕が話しかける隙もなかったよ。」

「連れに見せたいものがあったんだ。」

「私もお姉様とは少ししか話せなかったんですよ。」


 久々の兄妹三人の歓談という平穏な状況。二人が何を話したいのか分からないが、それに付き合う余裕が今の私にはある。


「皇国での生活はどうだい?」

「あっ、それは私ももっと聞きたいです。お姉様ったら肝心な部分を教えてくださらないんですもの。」


 イリスが聞きたい話は恋愛関係のあれこれだ。少しは次期女王らしくなってほしいものだ。彼女は関心を示さずとも、兄上なら皇国との関係の話も興味を持ってくれるだろう。


「皇国で動ける人物を二人引き取った。」

「一人は今回連れてきたご令嬢かな。」

「ああ、子爵家第二子だ。もう一人、筆頭侯爵家の溺愛された第四子がいてな。」


 聡明さという点では恵奈のほうが頼りになるだろう。皇国との関係を考えても、恵奈のほうが適切だ。しかし、高位貴族との交流に慣れていないことが心配要素の一つだ。夜会に連れ出すにも、私が男装するわけにもいかないのが問題となる。適切な相手が見つけられない。


「あちらでアリシアが頑張っているのは聞いているよ。だけど無理をしないように。焦る必要なんてどこにもないんだから。」

「お姉様、あちらでは心ときめく出会いはなかったのですか。」

「イリス。」


 兄上がイリスを咎める。私にそのようなつもりがないことなど、お見通しなのだろう。


「私はもう問題ないが、お前はどうなんだ。次期女王なら、子を残さねばならん。」

「えっ!?私は、そんな。まだそのような人に出会えていませんもの。お母様にも自分が共にありたいと思える人を選びなさい、と言われていますの。」


 また母上は、イリスには甘い。そのように悠長なことを言っていて良いのか。この調子ではいつまで経っても相手を選べないだろう。


「母上の言うことを聞くのも良いが、自分でも考えておくべきだ。感覚だけでなく、な。」

「では、お姉様自身のお相手ではなく、私の相手として良い人はいましたか。」


 隣国との関係を考えるなら、バルデスの人間という選択肢もある。明るい式典で国の雰囲気を変えるのも悪くない。だが、国民感情も考慮に入れると難しい部分も出て来るだろう。


「大変だね、二人は。」

「兄上も婿入り先を探さねばならんだろう。」

「まずはイリスだろう。」


 兄上のうんざりした表情から察するに、具体的な人物を挙げられずとも、母上にせっつかれているのだろう。年齢から考えて、まずは兄上と言い出してもおかしくない。兄上は次期女王のイリスから、と主張しているようだが。


「お姉様もお母様に相談されてはいかがですか。お姉様が選んだ人なら、祝福してくださると思いますわ。」


 ふわふわと可愛いままのイリス。次期女王となれば母上の対応も変わってくるはずだが、あれは立場ではなく人の違いによる差だったか。


「なら僕は遠慮しておこうかな。二人で行っておいで。」

「ええ、行きましょう、お姉様。きちんとお母様と約束しておりますの。」


 素早く立ち去る兄上。加わりたくない会話らしい。私は帰郷してから初めての会話のため、断るわけにはいかない。婚姻の話をする気もないが。



「いらっしゃい、イリス、アリシア。」


 そこから始められる母上とイリスの軽快な会話。私はただ黙って聞いているだけだ。イリスは次期女王という責任を感じていないかのように、母上と伴侶たちの出会いについて問いかけている。


「いくら国益を考えて伴侶としても、不仲であれば友好関係に役立てられないでしょう?だから、国にとって益となる範囲の人で、この人ならって人を選ぶのよ。」

「私の場合は?」

「次期女王の婚姻という時点でめでたい事だわ。ただ、そうね。バルデスの人間では反発も大きいかもしれないわ。他は、国内の結束を強めても良いし、西部諸国との関係を深めても良い。」


 イリスは大陸の貴族から相手を選ぶことになる。


「国内か西部諸国、ですか。」

「今度、遊びに行ってらっしゃい。」


 遊びに、と言葉の通りに受け取ってはいけないものだ。次期女王が気軽に他国へ出かけるなどあり得ない。


「はい、素敵な出会いを期待しておりますわ。では、お姉様は?お姉様も考えなくてはいけない年齢ですわ。」

「アリシアは好きにしてちょうだい。もう、国に縛られ過ぎる必要はないのだから。」


 イリスに対する思案とは反対に、私には素早く返す。もっとも、私は自分で考えられるから問題はない。

 今回は帰国したが、バルデスへの刺激を考えれば、私はサントスにいるべきではない。どのような関係を築くにせよ、バルデスの政治体制が安定しなければ難しい。伴侶も大陸人にするかどうかから考えることになる。いっそ、諸島部に居着いてしまうほうが平穏かもしれない。


「船での行き来も容易になっていくでしょう。今まで以上に皇国との関係が重要になるはずです。」

「アリシア……。ええ、そうね。そちらでゆっくりしてくれても構わないわ。」


 不思議な沈黙もあったが、結論としては私の好きに、ということだ。もっとも、私たちの未来の伴侶に関してよりも話すべきことがあるはずだ。イリスの婚姻は重要ではあるが。


「母上、それよりも旧バルデス王家の血縁に関してなのですが。」

「手紙では詳細が伝えられていなかったわね。どうなっているのかしら。」

「両者共に接触が可能な状態です。信頼できる者に協力を仰ぎ、安全の確保を試みる予定です。」


 急に離れるのも近づくのも、不審を買う。距離の保ち方、変え方には十分注意を払わなければならない。


「先の女王の弟や妹の存在が表に出れば、国は荒れるわ。認めない人も多いもの。帰ってきても、争いが激化するだけ。姫は、どうしているかしら。」

「問題なく過ごせているようです。兄妹仲も良いようで。」


 どちらの兄とも親密になっている。愛良自身は血縁関係について何も知らないはずであるため、そこから情報が洩れることはない。友幸から伝えられているかどうかだけが問題だ。


「そう、なら心配要らないわね。分かっているとは思うけれど、あの姫に関する事実が明るみに出たのなら手を引きなさい。」

「ええ、承知しております。」


 彼らへの同情で、自国の危機を招いてはいけない。バルデスに戦争の口実を与えてはならない。私たちは、サントスの王族なのだから。


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