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シキ  作者: 現野翔子
緋の章

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手記と遺書

 恵奈を連れての帰国。何の成果も上げられないままの帰還となってしまった。


「アリシア様、本当によろしかったのですか。私までこちらに来てしまって。」

「あそこに置いて行くわけにもいかないだろう。」


 恵奈をあの場から引き離す目的も、こちらに連れて来る目的もある。

 城の居住区に立ち入れば、イリスが駆け寄って来る。次期女王だというのに、落ち着きのないことだ。


「お姉様!お待ちしておりました。」

「ただいま戻りました、殿下。」


 膝をつき、次期女王に対する作法を正しく実践してやれば、イリスはうろたえ、自分の目線を私に近づける。


「やめてください。お兄様だってお姉様にそんなことをしなかったでしょう。そうだ、そちらの方を紹介してください。」

「恵奈だ。皇国での拾いものだな。」

「エナさん、ですね。初めまして、イリスです。」


 緊張した様子で言葉を返す恵奈。イリスの態度は丁寧すぎる気もするが、愛される王女としては相応しいと言えなくもない。

 イリスも連れて自室へ戻ると、私がいない間のことを聞かせてくれる。何度手紙のやり取りをしていても、話し足りないらしい。


「イリス、楽しい話も結構だが、本題に入っても構わないか。」

「はい、ではこちらを。」


 そうして渡されたのは、アルセリアの手記と、「アリシアへ」「モニカへ」「ラファエルへ」と記された三枚の遺書だった。




 この日記は誰にも見せないの、見せてはいけないの。私が思ったことを全部書きたいなら、そうしなさいって、お母様が。特に、ラファエルのことを遺したいなら、って。



 アリシアも勉強を始めた。一人よりも二人で勉強したほうが、色んなことが覚えられるよね。アリシアもお母様も喜んでくれるから、私も嬉しい。アリシアは私より一歳年下だけど、とても賢いの。私のほうが先にお勉強を始めたのに、私より覚えていて、なんだか悔しい。お姉さんらしくできないじゃない。ラファエルも私よりいろんなことを知っているし、私も頑張らなくちゃ。



 昨日もアリシアと一緒に勉強をした。だけど、様子がおかしかった。聞いても何でもないとしか答えてくれないし。何だろう。ラファエルもアリシアも、隠し事が多すぎるよ。

 だから私は、お母様が、私とアリシアが一緒にお勉強できるように女王陛下にお願いしてくれた時の話をしたの。お母様と女王陛下も仲良しだから、私たちも仲良しになれるのよ、って。


「一緒のお勉強の話をお母様が女王陛下にしようと会いに行ってくれたの。そうしたらね、私も会いたかったわ、ベアトリス、って仰ってくださったんだって。」


 暗い顔のアリシアは、真剣な目で私に問いかけた。


「アルセリアは、私に会いたかった?」


 当たり前でしょ、って言いそうになった。だけど、それだけじゃアリシアには伝わりそうにない気がして、もっとはっきり言葉にしなきゃって思ったの。それが今、何よりも大事なことなんだって。


「もちろんよ!たくさん会いたいから、一緒に勉強もしたいの。そうすれば、いっぱい一緒にいられるでしょう?アリシアも同じよね。」

「うん。会いたかったよ。」


 私から愛情を伝えれば、素直に返してくれるのはラファエルも同じ。アリシアのほうが行動的だけど。次にラファエルに会ったら、この話も忘れないようにしないと。


「アリシアに関することなら、陛下もなるべく時間を割いてくださるの、ってお母様は仰っていたわ。」


 陛下には国を治める者としての務めが多くて、忙しいって。それでも、アリシアのことが大事だから、時間を割くの。


「お父様も王家の男は育児に関われないのだから、女王も真剣になるだろう、って言ってたわ。」


 お母様とお父様はとっても仲良しで、お母様の伴侶はお父様だけ。でも、女王は伴侶を何人も持つことになっていて、誰の子どもか分からないようにするの。王位継承争い、を防ぐために。同じ理由で、女王の伴侶と王家の子は親しくしない。

 私はお母様もお父様もいないと寂しい。だけど、アリシアには最初からお父様がいないのと同じ。とても寂しいと思うの。だから私が一緒にいて、少しでも寂しくなくなってくれれば良いな、って思っているの。


「それなのに、旧バルデス王家の血を引く私との時間を許してもらえて良かったね、って。」

「今はバルデス侯爵の娘でしょ。関係ないよ、昔のことなんて。」


 何気ないアリシアの言葉が私を安心させてくれたの。お母様の周りにはアリシアたちのことを悪く言う人もいるけど、きっと、会って話したことがないせいだよ。一度話せば、アリシアがとっても素敵な人だって、すぐに分かるわ。


「ありがとう、アリシア。」


 きっとみんなで仲良くなれる。ずっと昔に喧嘩してしまっていても、バルデスとサントスは仲良しになれるの。だって、アリシアが次期女王なんだから。それに気付かせてくれたアリシアに思いを伝えた。

 アリシアが今の女王陛下のように格好良く立っている姿を想像すると、胸が高鳴る。その横には、お母様のように笑う私がいるの。そう想像するだけで私は笑顔になるのに、アリシアは暗いまま。


「ねえアルセリア、お父様ってどんな感じなの?」

「うーんとね、とっても優しいの。お母様がお仕事で忙しい時はいつも一緒にいてくれるわ。」


 お母様には侯爵としての仕事がある。私たちのことは大切だけど、その気持ちだけではどうにもならない部分があると、悲しそうに教えてくれたわ。


「お母様が疲れたって言って凭れるとね、抱き締めて頭を撫でるのよ。」


 そういう時は、私は静かにそこから離れて、ラファエルに同じことをしてもらうの。ラファエルだと抱き締めるというより、私に抱き着くような格好になってしまうけど。


「それがお母様は好きなんだって!」

「仲がいいんだね。」

「うん、とっても!」


 私はお母様とお父様の仲が良くてとても嬉しいから、その気持ちをいっぱい込めた。だけど、アリシアの表情はやっぱり沈んだまま。その理由が知りたくてアリシアに問いかけても、私の話がもっと聞きたいとしか言ってくれなくて、私の大好きな時間の話をしたの。だけど、ラファエルの話はアリシアにだってできない。それがラファエルを守ることに繋がるから、ってお母様が。いつか話しても良い日が来るのかな。



 今日は私とラファエルの七歳の誕生日。私の誕生日は、お母様やお父様、領内の人たちがたくさん祝福してくれた。だけど、ラファエルの誕生日を祝う人はいなかった。その名を口にする人さえ。


「お母様、どうして、ラファエルのお祝いはしないの?」

「アルセリア!」


 こっそりとお母様にだけ、誕生日会が終わってから聞いたのに、お母様は声を荒げた。お母様のこんなに大きな声、初めて聞いたかもしれない。その上、私室に引っ張って行かれるの。


「貴女にも、そろそろ教えて良い頃でしょう。」


 いつになく真剣な声色でお母様が語った事実は、とても悲しいものだった。


 男王のみを認めた旧バルデス王国に回帰しようという動きがある。それと同時に、お母様を女王とした新バルデス王国を樹立しようという動きもある。今、旧バルデス王家の血を引く子は、お母様と私、ラファエルだけ。

 お母様は私もラファエルも大事だから、どちらも傷つかないように、ラファエルが存在しないことにした。独立しない状態を維持しやすいように、双子の女児である私だけが、生まれたことにされた。


 こんなことを聞かされて、私はどうすれば良いのだろう。どんな顔をしてラファエルに会えば良いのだろう。私とラファエルの立場は逆の可能性もあったのに。今できるのは本当に、会いに行って、話すことだけかな。



 ラファエルが部屋にいなかった。お母様に問い詰めれば、独立したバルデス王国に留めることは、むしろ彼と私の命を危険に晒す、と。お母様は愛情を抱いていた。ラファエルに対してもきちんと。会いに行くことこそ少なかったけれど、我が子を捨てるような人じゃない。そのはずなのに、どうして。



 お母様がサントスとの友好会談を実現し、アリシアと久しぶりに会うことができた。アリシアとバルデス―サントス間の友好を誓った。今はお母様とサントスの女王陛下が両国の友好を築き始めてくれている。それならば、私とアリシアが、両国の未来を紡ぐのだ。

 私が女王のバルデス王国がアリシアのサントス王国と友好を築ければ、ラファエルもここにいられるだろうか。今、どうしているだろう。生きているのか死んでいるかさえ分からない。どうか無事でいてと祈ることしかできない。



 お母様が殺された。一歩ずつ明るい未来へ歩いて行くなど幻想だった。このままでは、反サントス派が親サントス派を皆殺しにしてしまう。お母様と同じように私も殺され、バルデスとサントスが殺し合いの未来へ歩んでいく。

 私が、止めなければ。両国が、手を取り合える未来のために。


 私が、バルデスとサントスに憎まれれば、それをアリシアが討てば。そうすれば、民は私を憎み、憎んでいたサントスにさえ、助けてくれたと感謝する。きっとこれで、両国の溝は埋まる。






  アリシアへ

 これは我が儘な私の、我が儘なお願い。だから聞き届けるかどうかは貴女に任せるわ。だけど、優しい貴女はきっと叶えようとしてくれるでしょう。

 最初に一つ、これだけは覚えていて。今回の戦争も、以前の対立も、今度の混乱も、何一つ、貴女の責任ではないということだけ。

 他にも伝えたいことはたくさんあるわ。母がなぜ殺されたのか、私がなぜ殺されたかったのか。だけど、あまり多くを書けば、貴女に一番伝えたいことが霞んでしまう。だから、本当に遺したいことだけを記させて。ただの言い訳だとしても。


 最初に、私の罪の話を。

 バルデス女王である私をサントス王女である貴女が殺せば、バルデスの民は貴女を英雄と称えるでしょう。この瞬間、この時代に多くの血が流されても、争いの輪廻は止められる。私が多くの命を奪った罪を背負うだけで。

 私は私の罪を誇ろう。血の流されることのない未来を、今の血で買ったのだと。


 次にラファエルに関して。八歳までを共に過ごした、弟のことを。彼は私のせいで存在しないことにされてしまった、哀れな子。母は私たちのために、彼を隠した。今なら分かる。母はそのことに罪悪感を抱いていた。だから外に出ること以外、全てを許し、どんな知識だって与えた。

 私はほんの少し、そんな母に反発していた。だから、彼に外での話を聞かせた。それが彼を余計に苦しめるとは知らずに。外界を熱望し、いつしか窓の外を見ることすら拒むようになるほど、苦しめた。

 生まれたばかりのモニカに会った時、彼は絶望の表情を浮かべたの。その意味も分からず、当時の私は新たな妹の誕生を喜んだ。この時、聡い彼は既に分かっていたのでしょう。彼女も自分と同じように監禁されることになると。

 そして私は聞いてしまった。ラファエルと母が言い争う声を。その果てに母が発した言葉を。


「杉浦友幸、それが貴方の新しい名前よ。」


 それは、私たちの別れを意味する言葉だ。姉弟ですらなくなってしまう。ラファエルという存在が、私たちの中からも掻き消されてしまう。ラファエルは気付いてしまったから、知ってしまったから。

 私は母の決定に納得していなかったはずだった。だけど、今この瞬間まで、そんな人間がいたと公表しなかったことが、彼への裏切り。

 どうか、彼を助けてあげて。願うなら、私は愛していたと、母も貴方を想っていたと、伝えてあげて。生きているなら、だけれど。


 最後はモニカのこと。彼女も国を割らないために、存在しないことにされた。そうして何も知らせないまま、十年を過ごさせた。ラファエルの時の反省を生かして、何も教えず、母も姉も知らせず。私は、罪を重ねた。閉じ込めて悪いことをしたと思っているのに、同じことを繰り返した。

 あの子は無邪気なお姫様でしょう、綺麗なお姫様でしょう。

 そんな彼女を私の罪に巻き込めない。ただ血が繋がっているだけで、庇護されただけで、悪し様に罵られるのはあまりに理不尽でしょう。自分で選ぶことすら、知ることすら叶わなかったあの子が。


 二人は私と母の被害者なの。自由を奪って、都合が悪くなったら捨てて。だけど、愛していることは事実だから。二人を、お願い。


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