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シキ  作者: 現野翔子
緋の章

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救出劇

 すっかり陽も昇った頃、ようやく月長に辿り着く。何もない小さな島だ。港も簡素に形が整えられているだけで、人の姿はほとんどない。


「どこのお人でしょうか。」

「エリス・スコットだ。」


 スコット家の家紋として与えられた文様を彫り込んだ、金属の小さな円盤を見せる。身分証のようなものだ。表面に皇家の紋、裏面に自分の家紋が刻まれている。


「お待ちしておりました。あの小さな倉庫の裏でお待ちください。」


 早く向かってやりたい気持ちもあるが、詳しい場所は聞き出せず、その場に放置される。島中を探すとなると時間がかかりすぎる。いつまで待とうかと検討を始めると、存外早く男はやってきた。


「まさかスコット様直々に来てくださるとは。妻がお世話になったようで。このような所ではなんです、別荘でゆっくりお話しいたしましょう。」

「こちらは忙しいのだが。」


 意味深な笑みを見せ、ついてこいと悠然とした足取りで森の奥へと入って行く。


「スコット様、こちらの要求は聞いていただけましたか。」

「ああ、娘を受け入れることになった。」

「おや。殿下に娘を紹介していただくという話だったはずですが。」


 夫婦ですら連携が取れていない。新井子爵自身は目立つ貴族ではないが、夫人は悪い意味で知られている。しかし、子爵も目立たないだけで、権力欲はあるようだ。要注意人物だが、臆病だという話もあるため、予定外の展開に怖気づいてくれると有難い。


「そんなもの知らんな。」

「そうですか。では、もう一つ。その前に、貴女にとってこの国の権力構造が変わることは問題ではありませんね。」


 ここは橋本公爵家領。その息でもかかっているのか。しかし、当主交代で一度は収められたにも関わらず、もう一度問題を起こせば、今度こそお家取り潰しの危険が高まる。そのようなことをするだろうか。


「そうとも、言えるな。しかし、そうなることの利点もない。」

「それはこちらが提供しましょう。例えば、貴女の大切な者の身の安全、とか。」


 つまり現状は安全が確保されていない、断れば何をするか分からない、と。


「彼は今どうしている?」

「特別室で大人しくしてもらっています。大丈夫、まだ元気ですよ。」


 まだ。私の返答次第ではどうとでもなる、ということだ。証拠とできるように、場所の把握をしておきたい。


「この目で確認しない限りは信用できない。」

「ええ、そうおっしゃると思いました。こちらへどうぞ。」


 小さな屋敷内には地下へと続く階段があった。既にガシャンッガシャンッと激しく、金属同士のぶつかる音が聞こえている。下りれば案の定、碌な特別室ではなく、入口側の牢には血と思しき跡がある。


「趣味の悪い部屋だ。」

「同感です。ですが、時には非道も必要だというのは、貴女もご存じでしょう?人を飼っている貴女なら。」


 子爵の言葉は明らかな脅迫だ。それに怯んだように血の跡を睨みつければ、隣の牢からガシャンとひときわ大きな音が聞こえた。


「抵抗できる程度には収めているのだな。」

「まだ何も、していませんから。」


 牢の中の彼は両腕を後ろに回されており、手錠でもされているのだと分かる。倒れてはいるが、意識ははっきりしている。鉄格子に足を当てていることから、先ほどから聞こえていた音は蹴っていたものだろうと推測できる。衰弱した様子も、大きな怪我もない。ただし、服は汚れて乱れていることから、痣程度は覚悟しておく必要がありそうだ。


「手当てをしてやってくれ。」

「我々に協力していただけるなら。」


 断るなら痛めつける、と。秋人にも私たちの会話は当然聞こえていて、視線が完全にこちらを向いている。意識のないふりをしてくれたほうが有難いが、その機転を求めるのは酷というものか。


「具体的にどのような?」

「情報の提供だけで十分ですよ。皇族の予定など、ですね。」

「そんなものは知らん。」

「おや、彼が大切ではないのですね。残念だったね、君。スコット様は君を犠牲にするつもりだ。」


 屈んで、同情するように話しかける。私への不信感を積もらせるわけにはいかない。私が秋人を犠牲にするつもりだとして、私の所にいるしか、彼には選択肢がないのだから。


「そうではない。私の要求に応えていないと言っているのだ。牢と手錠の鍵を渡せ。そうすれば知る限りを答えよう。」

「まずは情報を。そうすれば牢の鍵はお渡ししましょう。残念ながら手錠の鍵は手元にありませんので。」


 どこかに隠しているのか。そう遠くはない場所だろう。新井子爵は自ら私を出迎え、人質の管理も自ら行っているようである。そんな人物が誰かに鍵の管理を任せるだろうか。身近な者を信用していないとすれば、手錠の鍵も自らの近くに置いているはずだ。寝室か、執務室か。その辺りを重点的に探せば見つかるだろう。


「光輝殿下が最も狙いやすいだろう。深夜から明け方にかけて、懲りずによくお忍びで出かけられている。頻度としては一週間に一回から二回。〔赦しの聖女〕マリアとよく会っているようだ。」

「ありがとうございます。」


 抵抗なく渡される鍵。偽物でもなく、本当に牢は開く。


「大丈夫か。」

「助けるから、安心しろ、って言ってたのに。」

「大丈夫そうだな。もうしばらく待っていてくれ。」


 返答からはそう判断したが、抱えるようにして簡単に体を確認すれば、服で隠されていた部分は新しい痣と小さなひっかき傷だらけだ。何かを聞き出そうとしたか、子爵にもそのような趣味があるか。


「骨は折れていないようだな。」

「加減はされてた。交渉のため、だって。それから、」

「良い。後でゆっくり話す時間はある。」


 こそこそとした会話を切り上げ、牢から出る。鍵までかけると、裏切られたという表情を浮かべるが、今は説明できない。何かを企んでいると疑わせるわけにはいかないのだから。


「酷いお人ですね。期待だけさせて、落とすなんて。ああ、それが従順な犬にするための調教に必要なことですか。」

「手錠の鍵がないことには連れて逃げることもできんからな。」

「もっと具体的な予定を調べてきてくだされば、手錠の鍵だって渡しましょう。私の妻も良い趣味を持っていますから、早くすることをお勧めしますよ。」


 手錠の鍵を探す時間が必要だ。牢の鍵は返さなくとも良いようであるため、あとはそちらを確保するだけ。


「一晩、考えさせてほしい。」

「ええ、ごゆっくり。その間に愛犬が衰弱しなければ良いですね。」


 捕らえた時点から何も与えていないということか。現時点では半日以上、明朝では一日以上。体力はある奴だが、素早く救出してあげるべきだろう。まずは騎士に連絡だ。


 島内を一人で散歩したいと伝えれば、何の抵抗もなく受け入れられる。島から出なければ良いという油断だろうか。そのおかげで、船に隠していた伝書鳩に、発見、とだけ書いた文を括り付けるのも容易だった。これで、騎士が踏み込んでくれる。

 伝書鳩を見送り、船から消毒薬と小さな水筒一つを持ち出せば、できるだけ急いで牢へ戻る。手錠への信頼からか、私を泳がせるためか、見張りはない。


「秋人、待たせた。」


 こちらを睨みつけてきている。自分の居場所を私に伝えたことで、与えた任務を既にこなしたにも関わらず、私が助け出すという約束は果たされていないからだ。

 今の状態で弁解しても信頼など得られまい。黙ったまま、数えきれないほどの傷跡一つ一つに今できる処置を施していき、少しずつ水分を取らせる。私が来るまでの間、本当にずっと居場所が分かるよう鉄格子を蹴り続けていたのなら、見た目以上に消耗しているはずだ。


「連絡をしてきた。騎士が来てくれるはずだ。今の状態のまま、騎士に見つけてもらえれば、この島は詳しく調査されることになる。どこまで排除できるかは分からんが、君の周りもある程度は静かになるだろう。」

「今の、状態の、まま?」

「早ければ明日の朝、遅くとも昼には。今はもう昼を過ぎている。もう少しの辛抱だ。終わればゆっくり休むと良い。」


 先が見えて安心したのか、意識を失うように眠りに就く。

 後は手錠の鍵だが、見つけるだけで使用はしない。秋人が捕われていることが証拠なのだから、連れ出せはしない。牢の鍵も同じ場所に片付けてしまえば、全てが奴らの罪となる。私は奴らと何の取引も行っていない。




 明朝、陽も昇らないような時間に、私は密かに屋敷を出る。このような場所の私兵程度なら、意識を奪うなど造作もないことだ。

 新しい船から出て来る、十人程度の騎士。


「ご苦労。屋敷の地下に閉じ込められているんだ。牢と手錠があるが、鍵は寝室に隠しているようだ。」

「人質の護衛と、犯人の確保、そして鍵の捜索、ですね。」

「護衛は不要だ。私が向かう。」


 指示を出すと、二人一組で素早く屋敷に侵入していく。後は牢で待っていれば良い。その間に、秋人に口止めをしなければ。




 彼を救出すれば、一足先に屋敷に戻らせてもらう。その間、彼の意識は一度も戻らなかった。そのおかげで、口止めをせずとも、騎士たちに怪しまれるようなことはなかったが、素直に喜べることではない。

 待ち構えていた侍従に医師を呼ばせれば、よほど急かしてくれたのか、想像以上に短い時間で訪ねて来てくれた。


「頼む。簡単に消毒しただけだ。」


 月長では薄暗く、よく見えなかった体が、治療のために露わにされる。改めて見れば痛々しい。

 皇国での私の立場を考えれば、迅速な排除のため、今回のことは必要だった。内乱に巻き込まれる事態は避けるべきだからだ。しかし、排除すると決定したのは私であって、彼ではない。何を犠牲とするか、それをいかに小さくするか。それが上に立つ者の考えるべきことであり、今回のこれはその結果だ。


「何をしたらこうなりましたか。」


 説明をすれば、聞きつつ治療を続けた老医者が、深い溜め息を吐く。


「彼とはどのような関係で?」

「未来の、配下だ。」

「余計なお世話かもしれませんが、それならもう少し情のある対応をすることです。その調子では、人はついて来ませんよ。」

「責任は取ろう。それが人の上に立つ者の務めだ。」


 秋人のことも、モニカのことも。後者はもうどうにもできない部分もあるが、愛良という少女との繋がりはできている。あとはそれをどうするかだ。


「内臓のほうに衝撃は伝わっていなかったようです。ゆっくり休めば問題なく治るでしょう。良いですか、ゆっくり休めば、ですよ。」

「ああ、分かっている。こんな人間を酷使するほど鬼ではない。」


 苦い顔の老医者を見送れば、侍従が戻ってくる。


「エリス様もお休みください。」

「いや、これは私の責任だ。イリスからの手紙を持ってきてくれ。」

「かしこまりました。」


 外出の間に届いたと、一通だけ別に渡される。


「ご苦労。もう下がってくれ。私もゆっくり考えたいことがあるのでな。」

「どうかご無理はなさいませんよう。」

「ああ、気を付けよう。」


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