学園祭二日目
学園祭の二日目は、もう自分たちの発表も終わっているから、のんびりと学園祭を堪能するの。
「剣舞部門ってのもあるのよ。」
エリーちゃんはどこかに行ってしまったけど、千織が中等部・高等部の運動場に連れて行ってくれる。
「一人ずつ舞うの。とても綺麗なのよ。」
昨日の試合と違って、見ている人に向かって踊っている。ゆっくりと動いたり、剣をすっすっと動かしたり、飛び跳ねたり。一人なのに、相手がいて、戦っているようにも見える。
「うん、格好いい。」
「こういうのを見るのも良いでしょう?基本の型をしっかりするのも大事なのよ。」
ここでは高等部の人が舞っている。素早く斬り上げ、ゆっくりと構え直し、と動いている。そうやって見惚れていると、いつの間にか昼食の時間を迎えていた。
「せっかく本選に進んだのだから、見に行ってあげましょう。」
今度は初等部の運動場に連れて行かれる。昨日のように区画が分けられていることもなく、同時にも試合は行われていない。
「千織も来たのね。」
「姉様。愛良が興味あるみたいだから。」
「今からよ。しっかり見てあげて。珍しくキリッとしている瞬間だから。」
詩織もいて、今から秋人と他の中等部三年生の人との試合だと教えてくれる。
相手は盾も持っている相手だ。斬りかかっても防がれてしまうから、どうするのだろう。何度も打ち合うような試合になって、当たれば痛いはずと思って、私ははらはらしながら見ていたのだけど。
「頭を使わないからこうなるのよ。」
「あの体力馬鹿。こんなのじゃ、後のほうでばてるでしょうね。」
なんだか辛辣。でも、二人ともこの試合には勝てると思っているみたいなの。
昨日の試合より長く、互いに決定的な一撃が入れられない。相手も、何度も秋人の首当たりとか心臓を狙う動きを見せているけど、剣で弾かれ、体を捻って避けられ、当てられていない。
「盾ってね、結構重いのよ。相手の動きを盾で制限しているから、上手く使えているんでしょうけど。」
千織の言葉で意識して見れば、秋人は盾を避けるように相手を攻撃しているが、それも盾で受け止められている。
「だけどそうやって受け止めるのも体力の消耗は激しくなるわ。盾の分、荷物が多いわけだからね。」
「秋人もそれに乗ってガンガン打ち込んでいるから、どっちもどっちね。静かに様子を伺うなんて芸当はできないみたい。」
だから、体力勝負になる。終わったらくたくただね、勝っても負けても。
「どちらの体力が先に尽きるか、ね。相手は平民だったかしら。剣を始めてから三年も経っていない。それでこれよ。将来有望ね。」
話しながらいて見ていたけど、その間もガンガン打ち合っていたの。そのうち秋人が盾を蹴って、相手は後ろにふらついた。その隙を逃さず、剣を相手に突きつける。そこで審判の声が掛けられた。
いくつも知らない人の試合を見ている中で、二人が面白い組み合わせ、という試合が始まった。
「藤木美華と稔よ。藤木伯爵家の双子ね。美華が第一子、稔が第二子、という扱いよ。」
今度は詩織が解説になってくれる。美華は両手に銃を持っていて、三十発以内で勝つしかない。だけど、それはここまで全部の試合をその制限の中で勝ち上がってきたということだ。
「見て分かるように拳銃だけだから、近づかせないのが基本ね。うっかり銃身で受け止めて、そっちの銃が壊れでもしたら困るもの。だけど、確実に外さない距離を狙って、あえて相手の攻撃を誘う、ということもできるわ。」
二人とも距離を取って見合っている状態だ。美華は外してしまうことを心配して撃てず、稔は剣だから攻撃が届かない。
「稔は慎重な性格ね。だから、今も距離を自分からは縮めないの。先に我慢できなくなるのは美華のほうでしょうね。」
その言葉が聞こえたように、美華は踏み込む素振りを見せる。持っているのは拳銃だけなのに。稔は正面を避けるように距離を詰めようとするけど、美華がすかさず稔へ向けて撃つ。
「意外とすっと撃つんだね。」
「ケチって負けたほうが悔しいでしょ。惜しんでいたら負ける相手だって分かっているのよ。」
銃弾は当たらない。だけど、そのせいで稔は距離を縮められないまま。美華に有利な距離だ。剣しか持っていない稔は近づかせないと攻撃を加えられないから。
「稔としては飛び込んで来た美華をいなすつもりだったのでしょうけど。躱すので精一杯になってしまったみたいね。」
何度も近づいては離れて、というのを繰り返し、ついに美華が追い詰められる。
「ねえ、あと一発しかないよ。」
「それで仕留められなければ稔の勝ちね。足掻くこともできるけれど、銃だけの人はたいてい、銃弾なくなれば降参するわ。」
稔は撃たせて躱せばいいだけ。だけど、そうはならないだろうと。美華も距離を保ち、確実に当たる機会を狙っている。だけど稔も動き続けて、ゆっくりと狙わせはしない。
「あっ!ねえ、今のはどっち?」
「審判の宣言を待とう。」
正面から身をかがめた稔が近づいて、美華の心臓の位置に剣を突き立てたのと。美華が稔の額に拳銃を向けて、発砲したのと。どちらが早かったのか。
「勝者、藤木美華!」
祝福の拍手が送られる。距離があっても撃ったのか。
「最後の一撃は勇気があったわね。あと一発というところで、確実性を狙っていれば、剣のほうが早かったはずよ。」
もう少し撃つのが遅ければ、稔の勝ちだった。だけど、確実に当たる距離を持っていれば、剣が届くかもしれないと、最後の一発を賭けて撃った。それを一瞬で決断し、勝敗も決した。
楽しい楽しい学園祭ももう終わり。明日からは普段通りの授業に戻る。
「あら、メインイベントが残っているじゃない。」
「何かあるの?」
「夜会よ。貴族のものと違って、探り合いも騙し合いもない、平和なものね。」
今日も夜に行く場所があるそうだ。エリーちゃんはこれから、そのためにおめかしをする。ドレスを着て、色々着けて。でも、私はドレスなんて持っていない。
「それって、誰でも参加できるの?」
「ええ、もちろんよ。予約していれば学園からドレスやアクセサリーを借りることもできたのだけれど。平民の貴女がドレスなんて持っているはずないものね。不相応だけれど、私の物を貸してあげるわ。」
エリーちゃんのお部屋でドレスを見せてもらう。私にはどれが似合うか分からないけど、エリーちゃんが色々考えてくれている。
「大きさが合わないわね。誤魔化せる物にしましょう。胴体なんかもしっかり締めれば余っているようには見えないでしょうし。」
私は綺麗と思って眺めることしかできないけど、エリーちゃんはてきぱきと選んでいく。
「これくらいかしら。あまり大胆なデザインは似合わないわ。好きなほうを選んで頂戴。と言っても、愛良ちゃんに似合いそうなふわふわした物は持っていないのだけれど。」
一つは黒地に薔薇の柄が刺繍されていて、スマートなシルエット。もう一つは白地に緑で唐草模様を基本に刺繍されている。
「ショールでも羽織れば良いわ。」
「じゃあ、白いほう。」
「分かった。」
ドレスは一人で着られるように作られていない。だから、エリーちゃんを手伝い、私も手伝ってもらった。
「髪は自分でできるから、少し待っていてもらえるかしら。」
「うん。」
長い髪を垂らして、櫛で梳いている。それから、リボンがたくさん入ったキラキラした箱の中を見つめる。
「今日はどれが良いかしら。」
エリーちゃんのドレスは、私が選ばなかったほうに似ているけど、肩の部分が大きく開いている。格好いい女の人のようだ。
「これは?」
「可愛らし過ぎるわ。」
「これは?」
「きつい印象になり過ぎないかしら。」
いくつか提案するけど、エリーちゃんはどれも気に入らないようで、結局自分で選んだの。濃い桃色のような、薄い赤色のような色で、うっすらとギンガムチェックになっているリボンを。
「じゃあ、次は愛良ちゃんね。」
「私も髪飾りなら持ってるよ。」
今度は私のお部屋に移動して、見せていく。お兄ちゃんがくれた物もあるけど、あまり着けていないの。
「あら、意外と持っていたのね。まあ、制服だと選択の余地が少ないものね。私もだいたい数個で回してしまうわ。瑞穂くらいできると良いのだけれど。
髪は垂らしているほうが良いわね。さほど長くもないし、それで十分可愛らしいわ。いつものバレッタも可愛いけれど、せっかくだから違う物を着けてみましょうか。……これね。」
エリーちゃんが選んでくれたのは、お兄ちゃんが夏休みにくれた髪飾り。お花のような形のリボンが、顔の横に垂れてくる物だ。お勉強の時には邪魔になってしまうからあまり着けられない。
「うん。桃色に、緑。お花の妖精さんみたいよ。」
仕上がりに満足した様子のエリーちゃんに先導されて、お部屋を出る。
「愛良ちゃんは夜会に参加する予定ではなかったのよね。」
「うん。」
「それならパートナーもいないわね。」
「パートナー?」
「ええ。夜会は基本、男女一組で参加するの。学園のものは一人や同性同士でも参加できるけれど、その日限りでもパートナーを見つけて参加することが多いわ。」
夜会では踊るから、そのためのパートナーだそうだ。上手な相手なら踊れなくてもその場で教えてもらえるから大丈夫と言っていた。
「エリーちゃんのパートナーは?」
「婚約者よ。今、高等部一年生なの。もうすぐ迎えに来てくれるはずだわ。一緒に行きがてら、愛良ちゃんのパートナーでも探しましょうか。」
平民でもあらかじめパートナーを決めているような人なら、どちらもダンスの練習をする。だけど、今パートナーがいない人は夜会に参加する気がない人が大半だから、おそらく踊れない。私が参加しないなら、まだ相手の決まっていない貴族の人、かつ、私が頼めば参加してくれそうな人を探す必要がある。
「私の知り合いの貴族の人、だね。」
「そういうことね。同じクラスの邦治はもう相手が決まっているわ。他のクラスの貴族令息の知り合いなんているかしら。」
「いないよ。」
「でしょうね。となると他の心当たりは……」
貴族の知り合いなんてそんなにいない。婚約者がいるかどうかも知らない。
「分かんない。」
「まず、貴族の知り合いを挙げて頂戴。」
「エリーちゃんと、」
「異性の貴族を挙げて頂戴。」
男女の二人一組で踊るからだね。貴族の、男の人。
「でも、弘樹は桃子がデートに行くって七夕の時に言ってたよ。夜会には行かないの?」
「行くでしょうよ。婚約者なんだから。」
「それなら、伊織。」
「それも婚約者がいるわ。」
「えー、あとはー。」
他に貴族の男の人なんて知っているかな。心当たりはない。
「あら、うってつけなのがいるじゃない。忘れていたわ。」
エリーちゃんは婚約者、六条雅貴という人が迎えに来たら、一度男子寮まで連れて行ってもらう。それから、エリーちゃんのお目当ての人物を呼んでもらう。
「有栖秋人さん?愛良ちゃんが夜会に行ってみたいんですって。お相手してあげなさい。」
不敵な笑みでエリーちゃんがお願いしてくれるけど、秋人はとても嫌そうにして、雅貴のほうを見る。雅貴は少し申し訳なさそうだけど、お願いもしてくれるの。
「ごめんね、秋人君。でもエリーにとってこの子は大切みたいだから。秋人君も、学園の夜会に出られるくらいの服は持っているよね。」
「……雅貴さんが言うなら、行きますけど。」
「うん、じゃあ、お願い。」
さっと二人は出て行ってしまうの。腕を組んで行くのは、仲良しの証だと自慢していた。
「私たちも行こ。」
「今着替えてくるから。」
ロビーで待たされる。男子寮に一人にされるけど、入る時は一緒だったうえに、これは秋人のせいだから。
戻って来た秋人はいつもと服装が違うせいか、なんだか雰囲気も違って見える。剣を握っている時ともまた違って、貴族のよう。
「じゃあ行こう。」
「夜会ってどこでやってるの?」
「普段は使われない、大きいホールがあるんだ。」
手を引いて連れて行ってもらった先にあったのは、体育館よりずっと大きい建物。演奏している人たちもいる。
「あれも一部は学生で、あれに合わせて踊るんだ。」
「踊ってみたい!けど、知らないの。」
秋人は踊れるのかな。
「適当に合わせてくれればいいから。あー、えっと。……お相手いただけますか、お姫様。」
わざわざ向かい合う形にして、改まって手を差し出した。こういうのは、素敵な王子様がするものなのに。
私はそっと手を乗せる。力いっぱい握りしめてはいけないから。
「うん。」
「喜んで、だな。」
「喜んで。」
踊る前の言葉まで決まっている。だから秋人も変なことを言ったみたい。
初めはなんとなくステップを教えてもらって、なんとなく合わせてみる。
「秋人も上手なほうだったんだね。」
「一応貴族だから。やらされてたし。」
そうやって色々お話しながら踊るの。
「覚えるの早いな。」
「だって同じ動きの繰り返しだもん。難しくないよ。」
一曲踊り終わって、壁際でウェイターを呼ぶ。手を上げるだけなの。
「何飲む?」
「リンゴジュースがいい。」
「じゃあ俺もそれで。」
小さなグラスをそれぞれ受け取る。細い足があって、飲み物が入っている部分は小さい円錐型。ウェイターさんもこの日だけ外から来ている人で、普段は学園に通っている人のお家で働いているそうだ。
「貴族の人って、いつもこんなパーティしてるの?」
「いつもじゃないな。それに、こんなに気楽じゃない。ある意味、戦いの場だから。」
戦い。まさか剣や銃を使うわけではないよね。普段は聞かない貴族の話をしていると、誰かに声をかけられる。
「お前が参加する珍しいな。」
弘樹も桃子も一緒にお話して、何度か踊ったら寮まで送ってもらう。弘樹も踊ってくれたの。
初めての学園祭。自分も参加して、余すところなく満喫できた。あんなにたくさんの人の前で歌うのも、戦いを見るのも、夜会もダンスも、全部が初めてだったから。




