学園祭一日目
毎日お歌の練習をして、待ちに待った学園祭当日。学園祭は土曜日と日曜日の開催で、一般の人もたくさん来るから、警備のために兵士さんが来てくれている。
今日は土曜日。私たちが出る、合唱コンクール・初等の部も、今日の開催だ。だけど、午前中は低学年だから、まだ時間がある。
「エリーちゃん、一緒に色々見て行こう。」
「ええ。どうせ一人ではいけないだろうし。千織も一緒に行きましょう。」
「十一時頃になったら、中等の部を聴きに行きたいんだけど、良いかしら。」
千織のお姉さんが出るからだと。二時間くらいはあるから、十分時間はある。
まずは瑞穂の所。高等部の教室の一つを使っているそうだ。
「いらっしゃい。見に来てくれたの?」
「うん、完成品を見たかったの。」
だけど入ってすぐに目に入るのは、ふわふわいた虹のようなドレス。斜めに色が入っていて、グラデーションになっているの。私には大きいけど、桃子とかが着たら綺麗だろうな。
「それは先輩が作ったやつだね。綺麗でしょ。私のはこっちのタペストリー。」
途中まで作っていたのは見ている。今は全体に刺繍が施されていて、踊っている人の絵になっていると見て取れる。刺繍でも絵も描けるなんて。自然の中で踊っているようにも、踊っている人から気が出ているようにも見える絵だ。
「わぁ、すごく綺麗。」
「糸は先輩が染色してくれた物を使ってるの。土台の布地も織ってもらった物を、ね。」
エリーちゃんと千織も感嘆の息を吐いて、ドレスやタペストリー、周囲の置かれた小さなリボンなどをじっくりと眺めている。
「本当に、綺麗ね。家に欲しいくらいだわ。」
「姉様なんて、こういうリボンで着飾っている時があるわ。欲しいって言いそう。」
「似合うでしょうね。」
それを聞きつけて、瑞穂がぱっと二人に話しかける。
「リボンとかハンカチ程度への刺繍なら、ここでやってるよ。大きさにもよるけど、銅貨五枚前後で。」
「安すぎないかしら。」
「学生の出し物だから、赤字にならなければいいんだって。商家の先輩がその辺りは考えてくれてるの。」
本当のお店だと、材料費や人件費などを抜いてもお金が残るようにするそうだ。今回は人件費と場所代が要らず、材料費も自分たちで染めて、自分たちで織って、としているから安くできると。
「どの程度の時間でできるかしら。」
「長くても一時間だよ。」
エリーちゃんも千織も刺繍をしてほしいようで、三人で相談して、何を刺繍するか決めている。
「私は瑞穂ちゃんの感性に任せたいわ。私のイメージでお願い。」
「難しいこと言うね、エリーちゃんは。ハンカチでいいかな。」
「ええ。」
エリーちゃんに似合う刺繍。お花でも描くのかな。
「私はリボンに。贈り物にしたいの。」
「相手はどういうのが好きなの?」
色々聞き出して、瑞穂は衝立で隠された奥に入って行く。
「一時間経ったら戻って来て、って。」
「その間は他の所を見ていましょう。愛良ちゃんはどこか行きたい所はある?」
「慶司のとこ!調理室だって。」
いつもの調理室に、今度は私が案内する。調理室の前にも机が置かれていて、その上にたくさんの飴細工が置かれている。蝶々やお花のような綺麗な物と、それらに囲まれたケーキや果物のような物。
中に入れば、瑞穂たちの所と同じように衝立で区切られていて、作っている所は見えないようになっている。
「いらっしゃいませ。」
「あら、伊織じゃない。自分がお給仕する側に回るのはどんな気持ちかしら。」
「有難さが分かる、良い経験になるよ。」
「兄様は人の世話を焼くの、好きだもんね。」
貴族の家の人は使用人が用意してくれるから、自分で食事などの用意をしない。趣味で作る人がいる程度だ。
テーブルで案内されて、メニュー表を渡される。色んな種類のクッキーやケーキ、飲み物が書かれていて、どれにしようか迷ってしまう。だから、三人とも違う物を選んで、少しずつ分け合って食べる。
食べながらお話もした。伊織は千織のお兄ちゃんで、小さい時はよくお世話をしてくれたそうだ。お茶を入れてくれたり、話し相手になってくれたり。千織と詩織と伊織が兄弟で、十一時頃に聞くのは詩織の歌。
ゆっくりとお茶をすれば、周辺を少し歩いてから瑞穂の所に戻る。
「瑞穂ちゃん、刺繍はできたかしら。」
「できてるよ、これね。」
エリーちゃんが受け取ったハンカチには赤い薔薇の花と葉、千織のリボンには淡い緑で蔦が刺繍されている。
「ありがとう、綺麗ね。私は赤い薔薇のイメージなのね。情熱的、かしら。」
「一所懸命だよね。今できることを頑張ってるの。」
なんだか分かる気がする、棘がある薔薇が似合う気がするのは。相手によっては厳しいこともあるから。
千織もリボンを確認して、満足気。相手の人も気に入ってくれるといいね。
「まだあと一時間くらいあるよ。どこに行く?」
「武術大会でも見に行きましょうか。学園祭の一大イベントだから。」
「うん!秋人が出るんだって。総合部門に。」
「今は射撃部門をやっていたはずよ。」
中等部・高等部の運動場に出て、千織が解説してくれる。
「どれだけ的の中心に当てられるかを競うの。徐々に距離を伸ばしていって、順位が付けられるのよ。弓と銃でも分けられているわね。銃は近年追加された科目らしいわ。騎士団にも導入されたから学園でも教えるようになったって。」
矢が的に当たる音だけで、とても静かだ。みんな、固唾を飲んで見守っている。
「楽しそうだね。」
「弓は引くだけでも力が要るし、銃も狙いをつけるのにコツがいるの。自分の思った通りに当てられれば楽しいでしょうけど。」
これも中等部に授業があるらしいから、取ってみてもいい。
しばらく見ていると、だんだん遠くから当てるようになってきた。何十メートルも離れていて、もしかしたら百メートルを超えているかもしれないというくらい、遠い的に当てている。弓も、銃も。
「そろそろ行きましょうか。」
中等部・高等部の体育館に行けば、ちょうど一つの組が終わるところだった。そして次に出て来た詩織はピアノの前に座る。
私たちは混声二部合唱という種類で、詩織たちの組は混声三部合唱という種類。私たちのものと曲調も違えば迫力も違った。
詩織たちの歌を聴いて、合唱というものに対する理解を深めて気分に浸りつつ、お昼ご飯を終える。それからは四年生の歌を聴いたり、ウォーミングアップをしたりすれば、自分たちの出番。詩織たちのようなものとは違うかもしれないけど、元気いっぱいに歌うの。
「人がいっぱいだね。」
「こんなものよ。愛良ちゃん、いつも通り、よ。笑って。楽しく歌うの。それが貴方の良いところなのだから。」
「うん。」
エリーちゃんは一人ずつ励ましていく。緊張してしまっている子もいたけど、エリーちゃんの言葉でいつものような雰囲気に戻る。
「今更何を言ってももう遅いわ。ただ、楽しめば良いの。」
舞台に上がれば、眼下に人が見える。学園祭のために、体育館に置かれた多くの椅子に座って、私たちが歌い出すのを待っている。制服を着ている人も多いけど、外から来たような大人も見える。
歌い終われば、大きな拍手が送られる。知っている人に褒めてもらうのと同じくらい嬉しいの。ドキドキしてくる。
そんな余韻に浸りつつ、舞台を降りる。結果は全部の組が追えてから一時間後。だから、六年生の発表を聴いてからでも、まだ余裕がある。
「武術大会に行きましょうか。総合部門、中等の部をやっているわ。」
「うん、行こ!」
エリーちゃんと千織に中等部・高等部の運動場まで連れて行ってもらう。今日は予選のため、いくつもの試合が同時に行われていて、運動場がいくつもの区画に分けられている。
「秋人、どこかな?」
「今はいないようね。そのうち出てくるでしょう。ゆっくり見て行きましょう。」
「昔は剣術部門とか槍術部門とか、色々な部門に分かれていたそうよ。だけど、武器の種類が増えたから、全てまとめてしまうことにしたらしいの。」
解説は千織だ。片手に銃、片手に剣という人がいたり、大きな槍を構えている人がいたり、盾を持っている人がいたり。
「銃の使い方にも個性があるのよ。遠くから牽制する人がいたり、剣に意識をむけさせて、その意識の外から銃で撃つ人がいたり。」
銃弾は本物ではなくて、当たると絵の具がつくような特別製だそうだ。一部、剣しか使わない人もいて、秋人もその一人だった。
「撃ってくるのに、剣だけで勝てるの?」
「見れば分かるわ。説明をしてあげるから。」
相手は片手に銃、片手に剣の人。秋人に銃を向けて、距離を取ろうとしている。
「剣しか持っていない人は、剣の扱いに自信のある人ね。その上、銃と剣の両方に練習時間を割かれる人と、剣だけに集中できる人では、差もできやすいわ。だから、剣単体での戦闘は避けるの。」
秋人は何度も距離を詰めようとするけど、相手はそれを避けている。銃を向けているけど、撃つこともない。
「銃弾は全部で十五発。それをどう上手く扱うかが重要になるわ。攻撃の種類を増やせる分、有利に働くことが多いわ。剣単体だと銃弾を防げる盾もない分、不利だと言われることが多いの。」
だけど十五発を撃ち切ってしまえば、条件は同じ。だからまずその弾を削るところから始めるのが基本。それは相手も分かっているから、無駄な弾を使わないように気を付ける。撃つか撃つかと思わせるだけ。
秋人はその銃に近づくように距離を詰める。
「あれは撃たれちゃないの?」
「反応速度の勝負ね。銃が先か、剣が先か。」
言っている間に一発撃たれる。しかし、相手の首筋にも剣が添えられている。
「勝者、有栖秋人!」
審判の宣言。それを受けて、珍しくエリーちゃんが褒めた。
「あら、意外にやるのね。」
「相手が銃に頼り切りだったのよ。照準を合わせることに集中しすぎたのね。」
それなのに、千織が厳しい評価をする。それを聞いたエリーちゃんが不思議そうにする。
「千織ちゃんはピアノを弾けるのに、これも分かるのね。」
「見る目は必要よ。自分ができなくてもね。」
「戦うような事態にしないことも重要よ。」
「それとこれとは別。」
あとは何か難しいことを色々言い合っていたけど、自分たちの結果発表の時間が迫っていたから、二人を引っ張って行く。
初等部の体育館では、合唱コンクールの結果が発表されていく。低学年の部、高学年の部、それぞれで発表される。決勝進出チームが代表者の名前で呼ばれるけど、残念ながら私たちは呼ばれなかった。
これで一日目はおしまい。そう思っていたのだけど。
「今回は誰が抽選を勝ち抜けたのかしら。」
「行ってみてのお楽しみ、ね。」
エリーちゃんと千織はなぜかうきうきしていた。お夕飯も終わったような時間なのに。
「ねえ、何があるの?」
「色々よ。来ると良いわ。」
千織も何も言わずに、私を誘う。そこは昼間とは違った雰囲気の中等部・高等部の体育館。ピアノは置かれたままだけど、他にもいくつか楽器が置かれている。絵で見たことがあるバイオリンやチェロなどだ。数個ずつ置かれている。
楽器一つ一つに一人ずついて、それらの真ん中に三人の女の人が立つ。
「まあ、彼女たちは出るわよね。」
「〔麗しの華〕って名前で活動しているの。どこかの家にも呼ばれたことがあるとか。全員が平民なのよ。」
三人とも名前に「麗」か「華」が入っているそうだ。静かに歌声を響かせていて、思わず聞き入ってしまう。見た目もみんな綺麗な女の人だ。今まで見たことのある誰よりも美しいかもしれない。
他にも何組かの演奏や歌声を聴いて、今度こそ一日目が終わった。




