悩み事の解決
他の人にも聞こうと思ったけど、一人で男子寮まで遊びに行くのはいけないことだと言われてしまった。今まで行っていたのは、いけないことだったみたい。だから、今回はお茶会の日まで待つことにした。
「器用なのは可愛いんだって。慶司は器用になったの?最初から魔法が使えたの?」
作業をしながら考えてくれる。今日はいつもと違って赤と緑の二色を使って、飴を作るつもりだと。
「細かい作業をよくしてると慣れて、他のこともそれなりにできるようにはなるけど。その可愛いは誰に聞いたの?」
「早姫から。いっぱいしたら器用になれる?」
「そうだね。数をこなせば良い。」
弘樹と同じようなことだ。やってもできないと早姫は言っていたのに。
「早姫は褒めてほしいの。だけど、格好いいとか大人っぽいじゃなくて、可愛いがいいんだって。なんで?」
「それは俺より秋人のほうが分かるかも。秋人も、可愛いより格好良いって褒めてほしいもんな。」
「うん、まあ。」
「なんで?どう違うの?」
妙に歯切れが悪いけど、ねえねえと聞いていけば、考えながら答えてくれる。
「え〜、そんなの分かんねえよ。なんとなく。うーん、なんか、俺が可愛いって言われる時って、ちょっと馬鹿にされてる時とか、子ども扱いされてる時とかだから、かな。格好いいだと、そういうのがない感じ。」
「でも、早姫はその可愛いがいいんだよ。」
馬鹿にされるのが好きなのかな。褒めてもらいたいのなら、そんなわけないよね。子ども扱いは嬉しいのかな。
「女の子だからじゃねえの。」
「ふーん。じゃあ、どうやったら可愛くなれる?」
私も女の子だけど、格好いいも嬉しい。あまり言ってもらえないけど。だから、秋人のそれは理由にならないの。だからこの疑問も保留して、次に行ったの。そうしたら、やっぱり慶司が答えてくれる。
「いっぱい褒めると良いよ。女の子は可愛いって言われると可愛くなるから。」
「そうなんだ!じゃあ、会うたびに可愛いって言ってあげる。そっか、だから私は可愛いって言ってもらえるんだ。だって、いつもお兄ちゃんと友兄が可愛いって言ってくれてるもん。」
早姫も可愛くなれると言ってあげられる。そのために、私が手伝ってあげられるの。私みたいに可愛くと言っていたのも、私がしてもらっているように、早姫を褒めてあげればいいから。
「あとね、お勉強もできるようになりたいんだって。どうしたらできるようになる?」
「苦手な部分を重点的に見直すこと、かな。」
「見直す?」
わざわざそんなことをしているのか。見直している間に、他の本でも読んだほうが、色んなことを知れるのに。
「愛良はテストで間違えた部分を見直さないの?」
「間違えないよ。」
「そ、っかぁ……。えー、一度も?一学期のテスト、全部満点?」
「筆記テストは全部満点だよ。だって、授業で出て来たことしか出ないもん。教科書読んで、先生のお話聞いてれば分かるよ。」
簡単なの。テストは自分の実力を試すものって聞いていたから、ドキドキしていたのに。
「一度では覚えられない子とか、理解できない子もいるから、何度も読み直したり解き直したりするんだよ。」
「へえ。」
大変だね。時間がかかってしまって、新しいことを知る時間が減ってしまう。
相談ができたら、飴細工の続きをする。緑のほうを薄く広げて、その上に筒状にした赤いほうを乗せる。下に敷いた緑の飴で赤い筒状の飴を包んで、切る。硬貨の形の飴。スイカの柄だ。
今日は綺麗に作れたの。だんだんと綺麗にできるようになってきた気がする。まだお花は難しいけど。
またお休みの日を待って、器用になる方法と、可愛くなる方法、勉強ができるようになる方法を、まずお兄ちゃんに聞いた。だけど、たくさんすればそのうちできるようになる、という話ばかり。最初はできないけど、と。きっと早姫が欲しい答えではない。練習してもできない、と言っていたから。
一つだけ、少し違うことを言ってくれた。それは、可愛くなる方法を聞いた時のこと。
「ねえ、可愛くはどうやったらなれるの?」
「それも、その早姫っていう子がなりたいのか。」
「うん。俺は頑張ってる子なら可愛いと思うよ。なりたい自分があって、なれないって悩んでいるのなら、その子は既に可愛くなってるんだよ。」
もう可愛いのは意外。今から早姫がどう頑張れば可愛くなれるかばかり考えていたから。だけど、あんまり解決はしていないから、友兄にも聞きに行くの。
「あのね、」
また早姫の答えを伝えるの。
「その子は、可愛いと、好きになってもらえるって信じてるんだ。」
「うん。信じてる、だけ?」
「そういうこと。だから、その子には、いっぱい好きって言ってあげたら良いよ。今のうちに。」
褒めるわけではなくて、好きと言う。それはしてあげていない。可愛くなくても好きになってもらえると教えてあげよう。
「今のうちに、ってどういう意味?」
「もう少し大きくなったら、恥ずかしくなっちゃうかもしれないから。」
そういうものなのかな。かもしれないということは、そうならないかもしれないということでもある。だけど、今言わない理由もないから、早く言ってあげよう。
「分かった。あとね、勉強できるようになりたいのは、何でも分かるようになれば相手の気持ちも分かるからって。」
「まず、勉強ができても何でも分かるようにはならないし、相手の気持ちも分かるようにはなれないんだ。そう見えるだけで。」
見えるだけなのか。本当に分かるわけではないのかな。
「でも、それを伝えたら、早姫はがっかりしちゃうよね。」
「だけど、嘘を言うより良いだろ?きっと、その子の周りには何でも分かっているように見える人がいるんだよ。だけど、その人にも分からないことはあって、色んなことを知っているだけなんだ。」
色んなことを知れば、色んなことが分かる、ということだね。自分の知らないことをたくさん知っているから、何でも知っていて分かっているように感じられる。もしかして、友兄も何でも知っているわけではないのかな。たくさん教えてくれたけど。
「じゃあ、相手の気持ちが分かってるように見えるのはなんで?」
「こんな気持ちじゃないかな、ってのを経験から想像して、その時にどうしてあげたら良いのかを考えて、行動してるんだ。想像してるだけなんだけど、分かっているように見えるんだ。」
想像が当たっていることが多くて、分かっている、と思えてしまう。こんな時はこんな気持ち、というのを何度も聞いていないから、今の私には分からない。だって、母の日をするのが恥ずかしいとか、親しいと知られるのが嫌なんて、私は思いつきもしなかったから。
それから、友兄はさらに不思議なことを言った。
「他人の気持ちが完全に理解できることなんてありえない。同じように見えても、それは違うものだから。共感はできても、同じだと過信してはいけないものなんだ。近い感情を知っていても、どこか違う部分はあるんだって、理解しておかないと。」
似ていても、違うもの。少し残念なことを早姫に教えてあげないといけないね。好きは言ってあげられて、可愛くはなれるけど、何でも分かるようにはならない、と。
日曜日、今週は早めに戻って、早姫にすぐ伝えてあげる。早姫は少し離れた島から来ているから、長期休みしか家族に会えないそうだ。
「あのね、頑張ってる子は、もう可愛いんだって。」
「そんなの嘘よ。」
「それとね、私は早姫のこと好きだよ。可愛くなくても、好きになってくれる子はいるよ、私みたいに。」
「……愛良ちゃんじゃなくて、好きになって欲しい人がいるの。」
でも、誰かは教えてくれなかった。恥ずかしいのかな。それから、勉強できても相手の気持ちは分からないという話も伝えてあげる。
「そっか。他の人も、分かってるわけじゃないんだ。」
「うん、他人の気持ちが完全に理解できることなんてありえない、って。」
「そう見える、だけ。」
控えめに笑ってくれる。何か、解決したのかな。雰囲気も明るくなったように感じられる。
「それならさ、愛良ちゃんはどうやって、色んな好きになってもらったの?」
「分かんない。けど、思ったことを言って、嬉しい時は嬉しいって言って、してもらって嬉しかったことをするの。それから、いっぱいお話も。」
お兄ちゃんも友兄も、一緒にいて、ぎゅっとして、お出かけしてくれるから。全部嬉しくなる素敵なことなの。
それらを思い出しながら答えてあげると、早姫は何か納得したように頷き、ありがとうと言ってくれた。少しは力になれたかな。
「……今ならチャンスは花火大会だね。」
「チャンス?」
「好きな人といっぱいお話する、チャンスだよ。」




