織姫さんの悩み事
次の日、高等部の生徒会室に迷いつつ何とか辿り着く。ノックをして名乗れば、要件まで言わないといけない。
「神野愛良です、聞きたいことがあって来ました。」
「またどうしたんだ?」
「あのね、」
私には分からなかったの。早姫になんて言ってあげたらいいか、二人には分かるかな。
「そうだな。話を聞いてあげるだけで良い場合もあるし、そっとしておくのが一番だよ。」
「え~。」
私が何とかしてあげたいのに。弘樹はいけないことが何かは教えてくれるけど、相談事では頼りにならないみたい。
不満を表情で訴えると、桃子も助言をくれようとする。
「なら愛良、私にも教えてくれる?その早姫って子はどんな子なの?見た目とか、愛良から見た性格とか、印象とか。」
「えっとね。クラスで一番背が高いの。髪と目がお日様みたいな色で、髪は長いの。前髪も、目が隠れちゃうくらい。」
前が見にくそう。だけど、躓いているところを見たことがないから、見えていると思う。色はぽかぽかしている色なのに、お話していても、ぽかぽかしてこないの。
「それから、褒めてほしいみたいだったのに、綺麗って言っても喜んでくれなかったの。」
どうしてかな。綺麗も可愛いも嬉しいよ。頑張ったねも、よくできたねも。会いたかったよも嬉しいけど、昨日は教室で会った後だったから、言えなかった。
「それから、よく分からない子、かな。」
私の話の終わりを確認して、桃子は考える。それから言葉を選びながら、ゆっくりと話してくれる。
「まずね、愛良。私はその子のことを直接は知らない。だから想像にはなるんだけど、その子は素敵な自分になりたいけど、今の自分が素敵だと思えないのよ、きっと。」
素敵な自分。早姫にとってはたくさん褒めてもらえるような自分、かな。それならもう褒めてあげたのに。
「うん。もっといっぱい、今の早姫も素敵だよって伝えればいいの?」
伝え方が違ったのかもしれない。私は褒めたつもりでも、伝わっていなかったのかな。それなら、色んな言い方で素敵だよ、と伝えるだけ。
私は解決策が見つかったと思った。だけど桃子の表情は優れなくて、私の答えが合ってないのではないかと不安になる。
「可愛い愛良から言われても、慰めとか、本当のことを言っていないとか、そう思ってしまう子もいるの。」
嘘を言っていると思われてしまうなんて。慶司みたいに普段から嘘を吐いているわけではないのに。
「どうやったら、嘘じゃないよって分かってもらえる?」
「難しいわね。これは、愛良の言動の問題じゃなくて、相手の心の問題だから。」
「心の問題?どういう?」
桃子は考え込んでしまったけど、代わりに弘樹が教えてくれた。
「羨ましいと思っている相手から、その羨ましいと思っている内容で褒められても信じにくいんだ。」
「そうなの?」
私は嬉しくても、早姫は嬉しくなれないのかな。私が苦手なことで褒めたら、信じてもらえるかな。私の苦手なことって何だろう。
「そう。だから、他の誉め方をしてみたらどうだ?大人っぽいとか、格好良いとか。」
可愛いがダメなら、格好いいがいい。次は素早く具体的に答えてあげよう。
「それなら、信じてもらえるんだね。」
「さあな。」
「えー!」
信じてもらえないかもしれない。試してみる価値はあるけど、他の人にも聞いてからにしよう。
土曜日を待って、お兄ちゃんに今週出来事を伝えて行く。そしてやっと、今日一番話したい早姫の悩み事に関する相談ができた。
「その子にはどんな良いところがあるんだ?」
「お掃除が上手で、先生にも頼りにされてて、返事もはっきりしてて、教科書とかもきっちり重ねる子なの。」
あと何かあったかなと考えていると、お兄ちゃんが素早く助言をくれた。
「なら、そう伝えてあげたら良い。他の子みたいにじゃなくて、その子にはその子の良いところがあるんだって。」
本当にそれだけで解決するかな。だって、素敵ではダメだったから。
「弘樹と桃子にも相談したんだけどね、私が言っても信じてもらえないかもって。」
「でも、君はそう思ってるんだろ?」
「うん。」
「だったら、自分はそう思ってる、って言ってあげたら良い。他の子から同じように見えているかは分からないけど、自分からはそう見えるって。」
「それなら信じてもらえる?」
「きっとな。」
その言い方なら信じてもらえる。安心していると、お兄ちゃんが真面目な顔で続けた。
「こういう問題はたった一つの正解があるわけじゃない。相手によっても変わるから、色んな人に聞いてみるのも良いし、自分で考えて試してみるのも良い。」
対早姫には、弘樹と桃子の案か、お兄ちゃんの案か。やってみないと分からないなら、友兄にも聞いてみよう。
「あのね、」
詳しい説明をどんどんしていくけど、桃子たちみたいに簡単に答えを教えてはくれない。
「愛良は、その早姫って子にどうなってほしい?」
「悩み事がなくなって、元気になってほしい。」
なんだか苦しそうな、悲しそうな顔をしていた気もするし、いつもより意地悪になっていた気もするから。
「その子は本当に不器用で、不細工で、馬鹿?」
「少し工作とかは苦手だけど、綺麗だよ。勉強は、私よりはできないけど。」
友兄は時々口が悪い。三つとも言ってはいけないことだから、私はそんな言い方していないのに。
「まず、悩み事をなくすのはできない。」
「できないの?いっぱい褒めてあげても?私は素敵だと思ってるよって言ってあげても?」
色んな人の助言を試せば、どれかは成功するかもしれないと期待していた。
「そう。愛良と一緒にいたいと思ってもらえるかもしれないし、少し元気にはなるかもしれないけど、なくなりはしない。」
「そっかあ。」
難しいね。悩み事をなくしてあげられないなんて、と気落ちしていると、友兄はまた別の考え方を提示してくれる。
「その子はどうなりたいんだろう。どうしてそうなりたくて、そうなるためには何をすれば良いんだろう。」
「聞いてみるね。それで、また何か分からなかったら、また聞いていい?」
「もちろん。」
日曜日、学園に戻って、さっそく早姫に話を聞いていく。
「早姫はどうなりたいの?」
「器用になりたいし、可愛くなりたいし、勉強もできるようになりたい。」
次は、どうしてそうなりたいか。
「なんで器用になりたいの?」
「可愛いでしょ。」
器用なのは可愛い、らしい。それなら瑞穂も可愛い。だけど、器用に色んな形を飴細工で作れる慶司も可愛いになってしまう。綺麗とか格好いいは分かるけど、可愛いは違う気がする。可愛いには私の知らない意味もあるのかな。
「可愛いって何?」
「えーと、ね。小さくて、器用で、気づかいもできて、お上品で、お淑やかで、」
「そっか。じゃあ、なんで可愛くなりたいの?」
いくらでも出てきそうだけど、理解できそうになかったから、後で他の人に聞くことにしたの。
「……好きに、なってもらえるから。褒めてもらえるから。」
「綺麗とか格好いいじゃダメなの?」
「私は可愛いがいい。可愛いじゃなきゃ、ダメなの。」
追及しても理由は教えてもらえなかったから、次に進む。
「勉強は?」
「何でも分かるようになれば、相手の気持ちも分かるし、どうしたらいいかも分かるでしょ。」
これは分かる。相手の気持ちも分かるようになれるかは分からないけど。
最後に聞くのは、どうすればそうなれるのか。
「どうしたら器用になれるかな。」
「なれないの。練習してもダメなんだから。あれは才能、天性のものなの。」
そうかな。私は前のお部屋を出てから色々なことができるようになってきているような気がするよ。だけど、上手く説明できそうにないから、器用になる方法も他の人に聞いてこよう。
「可愛くはどうしたらなれると思う?」
「それも生まれつき。愛良ちゃんは生まれつき可愛いの。いつも笑っているし。」
他の人にもよく言ってもらえるけど、自分ではよく分からない。笑うかどうかは、楽しいことがあるかどうかだから。
「早姫は楽しいことないの?」
「逆に愛良ちゃんはいつも楽しいことばっかりなの?」
「うん。まずね、毎日お外に出られるの。」
前はずっとお部屋の中だった。お庭を眺めることしかできなかった。お話の中のお外を想像して、自分で歩いた気分になるだけ。
「二つ目が、毎週、お兄ちゃんと友兄に会えて、お話できること。」
前にいつ来るか分からないアルセリアとベアトリスを待っていた。今は毎週会えると分かっている。その会った時も、私が望めば一日中だって一緒にいられる。
「三つ目が、慶司に魔法を教えてもらえるの。四つ目が、エリーちゃんとか瑞穂とか秋人とか、友達といっぱい遊べるの。五つ目が、授業で色んなことを知れるの。六つ目が、」
「もういいよ。愛良ちゃんが毎日幸せななのは分かったから。」
もっともっといっぱいあるのに。数えきれないくらい。アルセリアとベアトリスもいたら、もっと嬉しいけど。
「早姫は?」
「お話できるのは楽しい時もある。だけど、私だけ何も取り柄がないから、辛くなる。」
「いいところあるよ!大人っぽくて、教室綺麗にできて、はっきりきっちりしてるの。」
「あ、ありがとう。」
少し頬が紅くなるけど、すぐに俯いてしまう。
「でも、それは可愛い、じゃないよね。」
「どうして可愛くなりたいの?」
「好きになってほしいから。」
だけど格好いいや大人っぽいは嫌。難しいよ。これも聞かないと。
次の日の放課後、また高等部の生徒会に行って、桃子と弘樹にお話を聞くの。
「ねえ、どうしたら器用になれるかな?」
「……特定の技能を習得したいなら、修練でどうにかなると思うけど。」
弘樹にも分からないみたい。桃子も首を傾げているし、知っているようには見えない。早姫はやってもできなかったと言っていたから、参考にはできない。
「じゃあ、可愛くなるには?桃子は何をしたの?」
「愛良は十分可愛いわ。」
「私じゃないの!早姫がね、綺麗なのに可愛くなりたいって言うから。」
早姫やり取りを伝えて、また聞くの。
「器用も可愛いからいいんだって。で、可愛くなりたいのは、好きになってほしいからって。でも、格好いいとか大人っぽいは嫌みたい。」
「恋する乙女ね。きっと好きな人が、可愛い子が好きなのよ。」
どういうことか分からないという顔をしていると、弘樹が助け舟を出してくれようとするの。
「愛良にはまだ早いだろ。」
「あら?でも、私は初等部五年生の頃には恋していたわ。」
「桃子さんのその頃と、愛良の今は違う。」
二人でよく分からない話をしているの。だから、私はそれに割り込む。
「ねえ!どうして好きになってもらうのに、可愛いがいいの?」
「特別な誰かに自分を好きになってもらいたいから、かしら。」
特別な誰か。私にとってのお兄ちゃんと友兄かな。だけど、可愛いは繋がらない。
「可愛くないと好きでいてくれないの?褒めてくれないの?」
アルセリアとベアトリスはあまり褒めてくれなかった。その上、好きとも言ってくれなかったから、どう思ってくれていたか分からない。だけど、お兄ちゃんと友兄はたくさん褒めてくれるし、好きって言ったら好きと言ってくれる。
「まだそんなに仲良しじゃないのよ。」
「そのために、可愛くなりたいの?」
たくさん話しかけて、相手のことを褒めてあげて。それでもなれないなんてこと、あるのかな。
「そう。乙女心は複雑なのよ。愛良も大きくなれば分かるわ。」
「大きく?」
「中等部に上がった頃には分かるかしら。」
再来年か。まだ早姫だね。その時にもう一度考えてみよう。
「最後は、勉強ができるようになる方法。」
「分からないところをきちんと先生か誰か分かる人に教えてもらうことだな。」
一人では難しいから、かな。早姫に教えてあげよう。




