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シキ  作者: 現野翔子
翠の章

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七夕

 七月六日の五時間目。いつもは国語なのに、今日は総合の授業。それに、教卓の上には糸がついた色とりどりの細長い紙が乗せられていて、横には二本の笹が置かれている。


「みんな、明日は何の日か知っているかな。」

「「「七夕ー!」」」


 何人かが大きな声で答える。たなばた、とは何かな。それが顔に出たのか、先生が促してくれる。


「うん、そうだね。知らない子もいるから、みんなで教えてあげようか。まず、七夕には何をするの?」


 手を上げた人が当てられて、その発言内容を、先生が黒板に書きだしていく。

 星に願い事、短冊に書く、年に一回だけ会える、天の川、織姫と彦星。単語とか、短い文章だけで、どういうものなのかよく分からない。


「じゃあ、これを繋げてお話してくれる人ー。」


 さっきまでは黙って見ていた邦治も手を上げて、先生に当てられる。


「平民の中では、短冊に書いて、星に色んな願い事をする地域もあります。

 貴族でもすることはありますが、僕の家ではほとんど何もせず、織姫と彦星の伝承にまつわる演劇を毎年に見に行くくらいです。」


 お願い事か。私は何をお願いしよう。でも、短冊という紙に書いて、お星様に届くのかな。お願い事なら、お兄ちゃんとか友兄にしたほうが叶うと思うけど。演劇も見たことがない。友兄がやっていることだったはず、というのは覚えている。

 邦治に続けて、今度は瑞穂が先生に当てられる。


「織姫と彦星は、普段は天の川で隔てられていて会えません。だけど、年に一回、七夕の日だけ会えます。織姫と彦星はお互いのことが好きなのに、年に一回しか会えないんです。

 だけど、その七夕の夜に雨が降っていると、天の川が溢れてしまうので、結局会うことができないんです。」


 可哀そう。好きなのに一緒にいられなくて、雨が降っていたら年に一回すら会えないなんて。でも、エリーちゃんが続けたお話では、別の結論になっていたの。


「七夕の雨の意味は、色々あるわ。瑞穂ちゃんの言うような意味だという説もあれば、他の説もある。会えた喜びの涙とも、別れる哀しみの涙とも言われているの。引き裂かれた理由も、身分違いの恋だからとも、仕事をしなくなったからとも、言われているわ。」


 身分が違うと一緒にいられないのかな。だけど理由が分からない。私はエリーちゃんとも秋人とも一緒にいるのに。

 でも、雨が降っても、会えて嬉しい涙のほうがいいな。一緒にいられない理由はお仕事しないからのほうがいいね。だって、頑張ったら一緒にいられるようになるから。

 一通り七夕の話を聞いたら、先生が教卓の短冊を配った。


「じゃあ、これからみんなには、この短冊にお願い事を書いてもらうね。」


 お願い事。お兄ちゃんや友兄にはできなくて、お星様にしたお願い。何も思いつかないから、隣の席の邦治に聞いてみる。


「僕は立派な大人になれますように、かな。」


 そういうお願い事になるのか。立派な大人がどんなものか分からないから、他のことにしよう。

 浩介にもこっそり聞く。


「ねえ、浩介は何を書く?」

「好きな子を振り向かせる、かな。」


 もっと一緒にいたいということだね。でも、それはお星様でなくても手伝えるよ。


「誰なの?」

「内緒。」


 恥ずかしいみたい。知られたくない、だから。もっとたくさん一緒にいたい人がいるのは分かる。私もお兄ちゃんと友兄ともっと一緒にいたいから。うん、私も、もっと仲良く、にしよう。



 全員が書けて、笹に吊るすと、海岸へ行く。危ないから近づいてはいけないと言われているから、各クラスの先生が海に流してくれる。こうすると、お星様に届く、と。


「愛良ちゃんは明日、誰と過ごすつもりなのかしら。七夕の夜空は特別なのよ。」

「昼間はお兄ちゃんがいるよ。」


 だけど、夜は一人。お兄ちゃんも友兄もお仕事なの。特別な夜空は一人で見ることになってしまうけど。


「寂しそうね。一緒に夜空を見上げてあげましょうか。」

「本当!?」

「と言いたいところだけれど、残念ながら、次期侯爵の身では難しいわ。平民の子同士で見ていなさい。」

「そっかあ。」


 紛らわしい言い方だね。平民なら瑞穂かな。あ、いた。誰かとお話している。


「瑞穂、今いい?」

「なあに?」

「明日ね、」

「ごめんね、デートなの。」


 デートというのは、特別に好きな人と二人だけでのお出かけのこと。大好きでも、家族とはデートと言わないそうだ。瑞穂は他の人とのデートを優先したみたい。


「そっかあ。」

「愛良ちゃんもデートするといいよ。二人でお星様を見るの、素敵だよ。」


 素敵、か。私も行ってみたい。平民で、デートの予定がない人。聞いてみないと分からないよ。あっ、邦治が暇そうに短冊を眺めている。


「邦治、明日デートしよ。」

「え!?」


 なんでそんなに驚くのかな。貴族は二人で出かけることがないのかも。


「お兄ちゃんも友兄もいないのに、夜に一人は危ないって言われてるの。」

「えーと、大人の人と行ったほうが良いんじゃないかな。星が見えるのは夜遅いし。」


 他の大人の人なら、慶司、弘樹、桃子、かな。寮で聞いてみよう。




 桃子のお部屋は知っているの。もっと仲良くしたいと言って、前に教えてもらった。


「明日デートしよ。」


 なぜかぎゅっと抱き締められる。可愛いなあ、という声まで聞こえる。どうしたのかな。


「愛良は、えーとは好きな異性と行くものなのよ。私は弘樹さんとね。」

「そうなの?」


 それなら、後は慶司くらい。男子寮には行けるようになったから、また入口近くの人に慶司の部屋まで案内してもらおう。



「デート?……ああ、そういうこと。まあ、その時間なら店も終わってるし、行けるけど。」


 慶司は一緒に出かけてくれる。おれで、お外のお星様が見られるの。天の川、楽しみだね。でも、デートの説明をしてあげると、何かを納得したの。デートという言葉自体は知っていたようだったから、何を納得したのだろう。




 翌日、七月七日。午前中はお兄ちゃんと一緒にいられる。人が増えるから、暗くなり出す頃にお仕事があるそうだ。だから、その前に家を出るのを見送り、私も家を出る。

 お兄ちゃんからのお小遣いを持って、慶司のお家のお店に行くの。


 晩御飯の時間の前にお店は終わり。趣味と実益を兼ねているような、実験的なお店だから、そんなに長くはしていないそうだ。


「じゃあ、行こうか。」

「うん、どこに?」

「天の川に近い所に連れて行ってあげようか。」




 友兄のお家に近いほうに少し登る所があった。お空が近くなるから、天の川も近い。お星様の中を泳げそう。でも、まだ明るくて、お星様は見えない。


「織姫さんと彦星さんと、友達になれるかな?」

「愛良の彦星さんを見つけたら良いんじゃないかな。」

「彦星みたいだったら年に一回しか会えないから嫌。」


 私は好きな人といっぱい一緒にいたい。織姫さんと彦星さんの友達になれたら、二人のために協力してあげられるよ。


「実は、普段はこっそり地上に降りてきてるんだよ。」

「本当?誰になってるの?」

「さあ、誰だろうね。」


 慶司は知らない。織姫さんのような人と、彦星さんのような人。私には分からない。桃子も幽霊さんのようではなかったから、今度会ったら聞いてみよう。

 どんな人か想像しながら待って、暗くなったらお星様の川を眺める。あの両岸に織姫さんと彦星さんがいるのか。あれ、それだと会えてもぎゅっとできない。


「橋架けてあげないと。」

「大丈夫、泳いで渡るから。」


 どちらかが泳げるのかな。私より色んな所に行けるね。雨で川が溢れてしまっても大丈夫。


「あんまり遅くならないうちに帰ろうか。お兄ちゃんが心配するだろうからね。」

「お兄ちゃんはお仕事で、すっごく遅いの。だから、友兄が迎えに来てくれるの。」


 それまで慶司は一緒に来てくれたの。一人でも平気だけど、一緒は嬉しい。



 友兄と手を繋いでお家に行くの。今日はお話したいことがたくさんある。一緒にお風呂に入ってお布団に入ったら、枕元の熊さん人形を抱えて、今日のことを教える。


「今日ね、慶司とデートしたの。」

「デート?」


 説明したら、友兄も同じように何かを納得したの。不思議だね。


「織姫さんか彦星さんが泳いで、天の川を渡ることもあるんだって。」

「慶司はまた適当なことを教えて……。鳥が橋を作ってあげている、と言われることはあるけど。」

「嘘なの?」

「うん、まあ、そもそも、織姫と彦星も空想上の話だから、」


 慶司、また嘘を吐いたのかな。他のことは本当かな。


「こっそり地上に降りてきている、っていうのは?」

「……お星様の住人だから、難しいんじゃないかな。」


 幽霊さんもいないと言う人がいるけど、桃子がそうだというお話をしてあげるの。だから、お星さまの住人でも降りて来られるかもしれないという説明をした。鳥さんが橋を作るなら、地上まで降ろしてくれるかもしれない、と。


「そっか。」

「うん。だからね、友兄は織姫さんと彦星さんがどんな人か知ってる?」

「織姫は織物が上手で、美しいと言われているよ。彦星が一目惚れしてしまうくらい。」


 一瞬見ただけで、ずっと一緒にいたいと思うくらい好きになってしまうのが、一目惚れ。お話したことも、手を繋いだこともないのに、そう思うもの。不思議だね。


「彦星は牛飼いで、その人が世話をしていれば、牛が絶対に病気にかからないと言われているね。」


 織姫は織物上手、彦星はお世話上手。織物とは少し違うけど、刺繍なら瑞穂が得意だった。


「探してみるね!」

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