初めての誕生日
一部誤字を修正。2020年9月30日
友兄が決めてくれた私の誕生日。何かあるかなと楽しみにしながら目を覚ますと、家の中が変わっていた。
まず折り紙の輪っかが壁から垂れ下がっていて、とても目に楽しい壁になっている。次にお兄ちゃんが前に買ってくれた猫のお人形が可愛いフリルのついた洋服を着ているの。そして、机の上にも猫のお人形と同じくらいの大きさの包装紙に入った何かがある。
「十一歳の誕生日、おめでとう。」
「ありがとう!ねえ、開けていい?」
「どうぞ。」
お兄ちゃんに許可を取って、包装紙を開ける。中からは白い兎さんのお人形。可愛いの。目は赤くて、首には赤いリボンを巻いている。
「可愛い!嬉しい!」
「俺も喜んでもらえて嬉しいよ。」
「あのね、お礼がしたいの。」
「君が笑っててくれるなら、それが一番だよ。」
「うー。あ、そうだ!お兄ちゃんの誕生日っていつ?」
私もお兄ちゃんの誕生日をお祝いすればいい。何か準備しておこう。
「十一月二十一日だよ。」
「うん、覚えておくね。」
まだまだ先だ。時間のかかる物も用意できる。半年あるから、いまよりできることも増えているかもしれない。その時も私の成長を見てもらえる。
誕生日は生まれた日。だから、その日自体はいままでもあったはず。ただ知らなかっただけ。それを教えてくれた友兄もお祝いを用意してくれている、という話だった。
「愛良、お誕生日おめでとう。もう、十一歳なんだな。」
しみじみと言いながら渡してくれたのはお兄ちゃんがくれた物よりとても小さい。
「着けて着けて!」
「うん、よく似合ってるよ。」
「本当!?ありがとう!」
軽く髪を撫でつけて、着けてくれた若草色の髪留め。私に似合うと思って選んでくれたと。友兄のお家にいる熊のお人形が着けているリボンとお揃いの色だ。学校に着けて行って、自慢しよう。
「お礼したいから、友兄のお誕生日も教えて。」
「五月二十二日だよ。」
「えっ!?」
私の誕生日と近いね。なんだか少し嬉しい。だけど、来週の火曜日だ。何にも用意していないのに。
「あのね、来週の土曜日でいい?」
「気持ちだけでも嬉しいよ。」
それでは私が満足できない。時間がないからあまり凝った物を作れはしないけど、お手紙は母の日で渡したから、それ以外の物で。何にしようかな。
友兄へのお誕生日祝いはひとまずおいて、今日は自分の誕生日を楽しもう。
おやつの時間に自宅に帰れば、小さなホールケーキが用意されていた。誕生日には、年齢の数だけ蝋燭を吹き消すらしい。だけど、点けられていたのは一本だけ。それが神野愛良と神野優弥の年齢だと。
私は生まれてからなら十一歳。だけど神野愛良になってからは一歳。それなら新しい名前をもらった日が誕生日にならないのかな。なんで、友兄は私の誕生日を知っていたのかな。
愛良ではない私。その話は誰にもしてはいけないから、聞くこともできない。
誕生日を終えて、学園での生活に戻る。友達にもおめでとうと言ってもらって、毎週のお茶会にも行くの。
調理室に入れば、パーンと軽い音がして、細い紙が飛んできた。
「「お誕生日おめでとう!」」
「え?何?」
音と、飛んできた細い紙に驚いたけど、二人が持っている円錐形の物が気になった。
「クラッカーって言うんだ。知らない?」
「うん。初めて見た。」
使う前だと、尖っているほうに紐がくっついていて、それを引っ張ると紙が飛び出すようになっている。パーンという音は火薬の音。その勢いで紙が飛ぶそうだ。
慶司は説明しながら、飴細工の準備をしてくれている。今日は見ていてと言われた。机のうえにはもうお菓子がいくつもお皿に入れられているけど、今日作っていたわけではないよね。だって、早すぎるから。
「ねえ、このお菓子は?」
「俺からのプレゼント。家で作ってもらってきたから、絶対美味しい。」
秋人のお家は貴族の家。お家にいる本職の人が毎日お料理を作ってくれるそうだ。
お皿に入っているのは二種類で、ミルクチョコレートとバタークッキー。両方とも、慶司の作ったものとは違うけど、おいしかった。チョコレートもクッキーも甘い以外の味もしたの。
「あ、そうだ。この髪留めね、友兄がくれたの。可愛いでしょ?」
「うん、良く似合ってるよ。」
「いいセンスしてる。」
慶司の似合ってるは私への誉め言葉だけど、秋人のいいセンスは私ではなく友兄への誉め言葉。だから、友兄に伝えておこう。
「それとね、友兄の誕生日が昨日だったの。でね、私もお誕生日のお祝いをしたいんだけど、何を渡せばいいかな?」
自分で考えてみても、何がいいか分からなかったけど、二人も考えてくれた。
「友兄ってのはどんな人なんだ?」
「優しい人。暖かいの。ふわっと抱き締めてくれて、痛いのもなくしてくれるの。」
他にも色々説明したのに、秋人は分からない、みたいな顔をしているの。
「それもだけど、見た目とか、名前とか。何をしている人、とか。」
「それなら。私と同じ焦げ茶の髪で、翠の瞳なの。役者さんしてるんだって。名前は杉浦友幸。」
しっかり答えると秋人は考え込んでしまった。だけど、慶司は答えてくれる。
「友幸さんなら、愛良が一日一緒にいてあげるだけで、喜んでくれると思うよ。いっぱい抱き着いてあげて。」
そんなのでいいのかな。それならお誕生日以外でもしてもいい上に、既に何度かお泊りしている。お兄ちゃんが夜勤で帰って来ない時や遅くなる時は、一人になってしまうから友兄の所に行くの。
「うーん。もっと、特別なことがいい。だって、もうしたことあるもん。」
そうしたら慶司も黙ってしまった。何かいい案ないかな。自分ではこれ以上思いつかないけど。
考えていると、秋人が不思議な案を出してくれた。
「三人で一緒に遊ぶ、とかは?」
「三人で?」
「そ。俺も行くから。二人ではできないことってあるだろ。」
私と秋人からの誕生日プレゼント、かな。それならいいよね。でも、あれ?
「秋人は友兄を知ってるの?」
「あ。」
さっきは知らないようにな反応をしていたけど。そう思って言うと、悪いことをしたような顔をして、慶司のほうを見るの。だけど慶司は何も答えなくて、秋人はいっぱい考えてからしどろもどろに口を開いた。
「えーと、そう、だな。えっと。知ってる、けど、あんまり会えてないんだ。だから、誕生日っていう口実で、俺も行こうかなって。」
秋人は友兄に会いたいみたい。私みたいに一人でも行けばいいのに。秋人には難しいのかな、弘樹に母の日をするみたいに。だって、会いに行くだけなのに、口実が要るのだから。
「じゃあ、一緒に行ってあげる。」
「なんで上から目線なんだよ。まあ、いいか。それと、俺も友幸さんと知り合いってのは、みんなには内緒な。」
みんなに知られたくない。弘樹が言っていた恥ずかしいというものだね。みんなの前でごめんなさいされたくないのと一緒。もう、仕方ないな。
「うん、分かった。内緒にいておいてあげる。」
話がきりになったところで、慶司が飴細工の魔法を見せてくれる。私の手より大きな桃色の薔薇のような花が三つ、それを囲む鈴蘭のような形の色とりどりのお花、それらを繋ぐ色とりどりの線。全部が綺麗な形になっていて、普段は私のために簡単なものを選んでくれているのが分かる。
「すっごい!綺麗!本当に魔法だ!」
自分の誕生日を堪能したら、次は友兄の誕生日をお祝いする。土曜日には、中央広場で秋人と待ち合わせ。秋人は友兄のお家を知らないと。だから、私が連れて行ってあげるの。
「おはよー!」
「お、はようございます、友幸さん。」
「おはよう、愛良。……おはようございます、秋人様。」
友兄は私にはいつもみたいに柔らかく笑って挨拶してくれるのに、秋人には一部の子がエリーちゃんにするみたいに丁寧なの。秋人もそこまでではないけど丁寧で、会いたい友達なのに、そんな風にお話するのかと不思議になってしまう。笑顔も引きつっているの。
「友兄と秋人は友達なの?」
「うーん。愛良が思うような友達ではないけど、まあ、多少は親しいよ。」
答えたくなさそうなの。秋人も視線を泳がせて、ちらちらと友兄を気にするだけで、何も言わない。
お家に入ったら、三つも椅子なんてないから、ベッドに並んで座るの。そうしたら、友兄は少し真剣な顔で、私に注意をした。
「愛良、勝手に人の家を教えるのは、いけないことだから。」
「ダメなの?」
「そう、駄目。俺は教えられたくない。」
「そっかあ。ごめんなさい。」
素直に謝らないと。だけど、なんでそんなことをしてしまったかは、言わせて。友兄が喜んでくれると思ったからなの。
「あのね、慶司がね、お誕生日プレゼントは一日一緒にいてあげるといいよ、って言ってくれたの。でも、それだとお誕生日以外もしてるから、何か別のがいいって言ったの。そしたら、秋人が二人で友兄のとこ行こうって。」
「だって、公演の後しか会えないし。俺、友幸さんの家、知らねえんだもん。」
「どうして教えていなかったのか、そのあたりを考えていただけませんか。この辺りを貴族が出歩いているなんて、不自然でしょう。」
深い溜め息を吐く友兄。ごめんね、秋人は連れて来てはいけなかったみたい。慶司ならいいのかな。
「あのね、友兄。遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう。」
「俺からも、おめでとう。それから、これ。これで許して。」
秋人がリボンのかかった箱を友兄に渡す。一緒にいるのがお誕生日プレゼントという話だったのに、もう一つ持ってきたのか。私は何も持ってないのに。
「うん、まあ、今回だけですから。」
少し嬉しそう。えっ、それなら、私は……。
「ちょっと、愛良!危ないから!」
「お布団の上だから大丈夫でしょ?」
思いっきり抱き着いたの。たくさん抱き着くのも喜ぶと聞いていたから。でも、友兄はベッドに倒れ込んでしまったの。
その後は、友兄が秋人と仲良くしているのを見られたくないと言ったから、秋人が持ってきたボードゲームやカードゲームをしたり、話をしたりしたの。
陽が落ちてから、普段なら帰る時間だけど、今日は帰らないの。
「一日一緒だから、お泊りするの。」
「あ、じゃあ俺も。」
「二人も泊める余裕はありませんので。秋人様はお帰りください。」
怒っているような声色。それに気圧されたのか、秋人はすごすごと帰って行った。




