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シキ  作者: 現野翔子
翠の章

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喧嘩しちゃった母の日

 やっぱり秋人には弘樹の所に行く気なんてなかった。それどころか、何にも用意してなかったの。


「本当に何もしないの?」

「そのつもりだけど。」


 信じられない。ありがとうはきちんと伝えないといけないのに。普段伝えないなら、なおさら、こういう機会に。


「いつも弘樹に叱られてるんでしょ?だったらお母さんみたいなものだよ。」

「俺には母親がいるから、母親でも兄でも何でもない弘樹さんにする義理はねえの。」


 義理なんて知らない。私にはお母さんがいないから分からないと思ってそんなことを言うのかな。義理とかいう問題ではなくて、ありがとうとごめんなさいは伝えないといけないものなのに。


「義理はないって何?秋人は弘樹にありがとう伝えなくていいと思ってるの?」

「いいんだよ。怒られてありがとうっておかしいだろ。俺は怒られたくないの。」


 怒られることしているのは秋人なのに。その理由を考えないから。


「悪いことが何か教えてくれてるんでしょ?それなのに、何もないの?分からないままだと困るよ?」

「分かってるからいいんだよ。」

「だったらどうして怒られてるの?」

「何でもいいだろ。」

「いいことない!」


 せっかく私がきちんとお礼しないとダメだよって教えてあげて、迎えに来てあげたのに。


「俺がいいって言ったらいいんだよ。」

「いいことない!エリーちゃんのほうがよっぽど大人だね!」


 そんなことをしているから、お馬鹿さんなんて言われるの。エリーちゃんよりお兄さんなのに。


「なんでここでそいつの名前が出てくるんだよ!」

「エリーちゃんはありがとうもごめんなさいも言えるし、お母さんに自分の成長を見せるために、領民のためにできる施策案を渡しているんだって!毎年!」


 貴族には色々あるの、とも言っていた。秋人だって貴族なのに、エリーちゃんみたいに他の人のことを考えたりしていないの。


「私だって、自分にできるありがとうとごめんなさいをきちんと伝えて、伝えるためにお手紙を渡したりもするのに、秋人は何にもしないの!?」

「だから、やる相手がおかしいって話をしてんだよ!」

「弘樹にもしなきゃダメでしょって言ったのに!}

「やるとは言ってない!」


 なんで分かってくれないの。言葉にならなくて涙が滲んでくるけど、必死で堪えて睨みつける。

 そうしていると、誰かが部屋に入って来ていた。


「初等部生に同レベルで怒鳴り返すんじゃない。」


 秋人の頭に軽く拳骨が落とされる。また叱りに来てくれた。だからきちんとありがとうをしないといけないね。それなのに、秋人がまずするのは反論。


「だって愛良が!」

「落ち着け、まず。」


 弘樹は宥めるように秋人の肩を叩き、それから私の肩にも手を添える。椅子に座らされたの。


「愛良も、一度落ち着こうな。はい座って。秋人もな。」


 秋人もとりあえず座るけど、今度は弘樹を睨む。


「なんでいんだよ。」

「あれだけ騒いでいれば聞こえるに決まってるだろ。お前が何かする度に、俺に話が来るようになってるからな。」


 大変だね。いつもこんなことをしているのか。というか、何かする度にということは、それくらいいつも秋人は何か起こしているということだ。


「で、何を言い争ってたんだ。」 


 弘樹に教えたら、いきなり母の日をして驚かせて、喜ばせようという作戦が失敗してしまう。だけど、弘樹が秋人と私を交互に見てから、私をじっと見たから、仕方なく答えるの。


「秋人が、弘樹に母の日しないって。ありがとうとごめんなさいはきちんとしないといけないのに、いつも叱ってくれる弘樹に何にもしなくていいと思ってるんだって!」


 話している間に秋人が分かってくれなかったことを思い出して、また大きな声を出してしまう。その上、秋人が口を挟んできて、


「だから!」

「今は愛良の話を聞いてるんだ。」


 弘樹に止められているの。人の話はきちんと聞かないといけないから。


「する理由がないって。弘樹さんは俺の母親じゃない。」

「でも弘樹は」

「愛良。今は秋人の話を聞いてるから、ちょっと待ってな。」


 お母さんみたいなことをしてもらっているのに、と言おうとしたのに、弘樹に止められる。また秋人に話しているから、私はきちんと大人しくしないと。


「秋人の言い分もそうだよな。じゃあ、愛良は何で、秋人が俺に母の日をするべきだと思ったんだ?」


 次は私の番。きちんと理由があるの、私には。


「お母さんみたいだから。叱ってくれる人がお母さんなんだって。だから、いつも弘樹に叱られてるみたいな秋人は、弘樹にもありがとうしないとダメって思ったの。」

「愛良には関係ないだろ。」


 秋人がまだ口を挟んでくる。今は私の番で、教えてあげているのに。


「私は!」

「だから、落ち着け。」


 弘樹の手が強く押さえつけてくる。秋人にいたっては机に額を押し付けられている。


「俺が聞いた時だけ答えろ。まず、言いたいことがあるなら、挙手な。好き勝手に話すな。」

「……はーい。」


 嫌々だとすぐ分かる声で秋人は返事をして、弘樹に溜め息を吐かせている。私は話すなと言われたから、黙って頷いた。


「まず、愛良な。母の日ってのは、誰かに強制されてやるもんじゃないんだよ。本人がやろうと思えばやれば良いし、やらなくても良い。秋人はやらないけど、愛良はやる、で良いんだよ。」

「でも、ありがとうとごめんなさいはちゃんとしないとダメなんだよ。」

「じゃあ愛良はすれば良い。秋人がしなくても、愛良は困らないだろ?」

「うん。秋人なんて知らない。」


 今度から気付いても教えてあげないから。それで困ったらいい。


「次に、秋人。愛良は何が問題か分かっていなかったりするから、それをきちんと説明してあげような。」

「した。」


 嘘吐き。母の日は誰かに強制されてやるものじゃない、なんて言ってなかったのに。


「説明は相手が理解できるまでしてあげような。んで、その時は冷静でないと、相手もきちんと聞いてくれないから。」

「愛良だって冷静じゃなかった。」

「愛良はまだ初等部五年生だろう?」

「もう、初等部五年生だろ。」


 秋人が全然反省しないから、弘樹はまた溜め息を吐いて、私の手を引くの。


「少し待ってな。愛良を預けて来るから。」


 待って。弘樹にお手紙を渡してない。私が渡して、弘樹が喜んでいるのを見れば、秋人も反省するかもしれないから。


「あ、じゃあ、母の日のお手紙を書いてきたの。聞いて。

 弘樹へ。

 悪いことが何か教えてくれて、ありがとう。私は何も分からなくて、知らないことがいっぱいだから、悪いことをしていても気付かないかもしれないからです。

 だから、弘樹も私にとってはお母さんみたいです。」


 しっかりと丁寧に読み上げて、渡してあげる。そうすると、にっこり笑ってくれたの。


「ありがとう。じゃあ行こうか。」



 連れて行ってくれたのは慶司の所。


「慶司、悪いけどこの子を女子寮まで送ってやってくれないか。」

「良いよ。大変だね、お母さんは。」

「悪い。じゃあ、頼んだ。」

「はいはい。」


 少し疲れた様子の弘樹が離れて行って、慶司が私の手を引いて行く。母の日なのに弘樹に悪いことをしてしまったから、また今度、謝らないと。




 水曜日の放課後、調理室でパウンドケーキが焼けるのを待ちながら、母の日の報告をしようとすると、秋人が弘樹からの伝言をくれた。


「お茶会が終わってからでいいから、生徒会に来いって。ばーか、お説教だな。」


 なんで嬉しそうなのかな、人が怒られるのは好きなのかな。自分は怒られたくないのに。


「秋人だって怒られてたのに。」

「いいんだよ、別に。それに、ちゃんと俺も母の日したし。愛良にできて俺にできないわけないだろ?」

「結局したんだ。するわけないって言ってたのに。」


 あんなに嫌がっていたのは何だったの。慶司も秋人が言っていたのを聞いているから、笑って言うの。少し馬鹿にしているような、そこまで嫌な感じはしないけど、そんな笑い方で。慶司がそういうことをするから、秋人もしないと言うのかもしれない。

 それより、生徒会室、だっけ。数回しか行ったことがないのに、行けるかな。


「私、一人で行けないよ。」

「じゃ、送ってってやる。」

「ありがとう。」


 やたら嬉しそうに言われるのが少し腹立つけど、お礼は言わないと。




 作らせてもらったパウンドケーキを食べたら、秋人に連れられて生徒会室に。秋人はさっさと帰ってしまったけど。自分は寮でも話せるからいいって。お話したかったのかな。


「弘樹、来たよ。」

「良い子だ。じゃあ、少しお話しようか。」


 髪をくしゃっとするように頭を撫でてくれて、またソファでお話するの。


「お説教って本当?私、何したの?」


 きちんと自分のした悪いことを聞いて、次からしないように気を付けるの。


「秋人に、絵里奈さんのほうが大人だって言ったのは本当か。」

「うん。エリーちゃんはすごいんだよ。領民のことをいっぱい考えた案を、お母さんに渡してるんだって。」

「そうか。でも、それは秋人と関係ないよな。」

「知り合いだったよ。」


 首を傾げて見れば、一呼吸おいて、弘樹が言うの。


「愛良が今回した中で一番いけなかったことは、他の誰かと比べて言ったこと。」

「比べちゃダメなの?」

「他の誰かと比べてお前は駄目だ、って言われたら嫌だろう?」

「ダメとは言ってないよ。したらいいだけ。」


 だってそうだから。結局、本当に秋人も母の日をしたよ。さっさとすればいいだけの話だった。


「一緒なんだよ、それは。頑張ってもできないこととか、他の人には簡単にできてるけど、自分はすごく頑張らないとできないことに関して、したら良いだけ、できないといけない、って言われるのは、お前は駄目な奴だって言われてるのと一緒なんだよ。」


 秋人にとっては、ありがとうとごめんなさいを弘樹に言うのが、頑張らないとできないこと、だったのかな。


「うん。秋人、嫌だったかな。」

「だから怒ってたんだよ、愛良に。」


 今日会った時は楽しそうだったけど、私が悪いことをしてしまったのなら、ごめんなさいはしないといけない。


「そっか。じゃあ、今日ごめんなさいしに行くね。」

「一緒に行くか?他の人がいっぱいいる前でされると秋人も恥ずかしいだろうからな。」


 他の人に知られると恥ずかしいのか。これで二つ目、今日弘樹から教えてもらった知らないことは。


「うん。あ、それとね。母の日なのに、弘樹に迷惑かけちゃってごめんなさい。なんだか疲れさせちゃったみたいだから。」

「ああ、良いんだよ。喧嘩して、仲直りして、成長できるなら。」


 許してもらえたね。成長できるならいいなんて、本当にお話の中のお母さんみたい。




 弘樹の生徒会のお仕事が終わるのを待って、男子寮まで連れて行ってもらう。秋人は恥ずかしがるからお部屋にしてあげようなと言われたから、きちんとお部屋でごめんなさいをした。


「別に。気にはして、るけど。改めて謝られるようなことじゃないし。」


 なんで目を会わせてくれないのかな。本当は怒っているのかもしれない。そう不安になっていると、弘樹が秋人に言ってくれたの。


「愛良には分からないから、分かりやすく許してやってくれ。」

「……いいよ、怒ってるわけじゃないから。」

「良かったぁ。」


 これで一件落着、だね。

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