母の日って?
「ねえねえ、愛良ちゃん。愛良ちゃんは母の日に何にするの?」
「母の日?」
新しい行事を教えてくれたのは瑞穂。今日も自分で刺繍をした可愛い猫さんのハンカチをポケットに入れている。制服の裾も銀色の糸で刺繍している。
「お母さんにありがとう、ってする日だよ。」
「私、お母さんいないから。」
関係ない話かな。でも、代わりにお兄ちゃんに言うのはいいかも。お兄ちゃんの日があれば、その日でもいいか。いや、ありがとうは気付いた時に言わないと。
「じゃあ、お母さんみたいな人はいないの?」
「みたいってどんな感じ?」
「んっとね。抱き締めてくれたり、いろんなことを教えてくれたり、悪いことをした時に叱ってくれたり、心配してくれたり、するかな。」
私にとってはお兄ちゃんだ。友兄も、だね。慶司も魔法を教えてくれて、悪いことをして叱るのは生徒会の弘樹がそうだった。
「ありがとうって言う以外には何かするの?」
「心を込めた贈り物。私は毎年ハンカチにカーネーションの刺繍をして贈ってるの。」
それから母の日がいつなのかも教えてくれた。今週の日曜日、だそうだ。今から準備して間に合うものでないと。一週間もないからできることは限られる。刺繍はしたことがない上に、時間がかかりそう。
他に何ができそうかな。そう思って、授業のものとは違うノートを見ているエリーちゃんにも聞いた。
「私の成長を見せることが、何よりの孝行よ。だから、領民のためにできる施策案を渡しているわ。一部、それを参考にして実行してくださっているの。」
なんだか次元の違う話をしている気がする。だけど、エリーちゃんなりに、なりたい自分のためにできることをしている、ということかな。領主様はお母さんではなくてお父さんと言っていた気もするけど。
成長を見せる。私の場合は、どうやれば見せられるかな。そう悩んでいると、隣の席に戻って来た邦治が助言をくれた。
「一般的にはカーネーションを贈ることが多いね。あとは手作りの何かを贈るとか。手紙を書く人もいるよ。まあ、気持ちが伝われば、何でも良いと思うけど。」
カーネーション限定なのかな。でも、心を込めるなら、決まった物だと難しそう。かといってお花に範囲を広げると、どれがいいか分からなくて選べない。
それなら手作りの物、と考えても、今から用意しては間に合わない。お兄ちゃんを驚かせようと思えば、帰る前に完成させないといけないから、土曜日には作れない。
手紙くらいなら、書ききれる。ありがとうの気持ちをいっぱい詰め込んで、好きなところをいっぱい書いて。四人分でも十分間に合う。
母の日のことを考えていたら、次の授業が始まっていたの。授業中はきちんと話を聞いておかないと。
授業は全部終わって、放課後。今日こそ一人で調理室に辿り着いて見せる。気合を入れて、中等部・高等部の門に行ったのに、秋人が待っていたの。
「一人で行こうと思ってたのに~。」
「来れたことないだろ。」
それから、方向音痴って言って私のことを馬鹿にするの。そういうの、いけないのに。後で弘樹に言いに行こう。きっと怒ってくれるから。
「慶司先輩、愛良を連れて来たよ。」
「ありがとう。この分かりやすい校内で迷ったら困るもんね。」
慶司までそんなことを言うの。後で弘樹に言いつけるからね。慶司のことも怒ってくれるかは分からないけど。秋人もまた馬鹿にしたように見てくるの。
抗議の意味を込めて、慶司の腕を掴む。横の調理台にはもう飴細工の準備が整えられていて、火を点けるところだったから、少し危なかったかな。
「もう!慶司、今日は何を作るの?お花、カーネーション?」
「そう、今週だからね、母の日。まあ、愛良にはあまり関係ないかな。」
「関係あるよ!お母さんとお母さんみたいな人にありがとうってする日でしょ?」
だから私も母の日をするの。そんな思いを込めて胸を張ると、なぜか慶司は少し驚いて、それから優しく言ってくれるの。
「そうだね。愛良は誰にするつもり?」
「お兄ちゃんと、友兄と、慶司と、弘樹。何をするかは内緒。」
「俺にもしてくれるつもりなんだ。」
まだ準備できていないから、言わない。だけど、慶司は楽しみにしてくれるって。いつも教えてくれているからね、魔法とかお菓子とか。あ、そうだ。
「秋人もちゃんとしなきゃダメだよ、弘樹に。」
「は?するわけないだろ。」
「ダメ!悪いことを叱ってくれる人も、お母さんみたいなんだって。だから、母の日をして、ありがとう、って言うの。」
何度も怒られているからと思ったのに、秋人は返事をしない。きちんとしなさそうだ。今日と前回は秋人が迎えに来てくれたから、日曜日は私が迎えに行ってあげよう。それで、一緒に弘樹の所に行けばいい。
寮まで戻ったら、すぐお部屋でお手紙を書くの。あ、カーネーションの飴細工はうまくできなかったから、もういいの。できたらあげようと思ったけど、何のお花か分からない形になってしまったから。
今日はお兄ちゃんと友兄に渡す分を書くのが目標。書けそうなら慶司と弘樹の分も。内容はいつもしてもらっていることへのお礼と、その人のいいところとか私の好きなところ。
まずお兄ちゃん宛て。最初は書きたいことを書きだして、それから文章にする。
1.いつもしてもらっていること
お帰り、と、行ってらっしゃい、を言ってくれたり、聞いてくれたりする。
お話を聞いてくれる。
おいしいご飯を作ってくれる。
一緒に寝たり、お風呂に入ってくれたりする。
迎えに来てくれる。
最後はいつもではないかな。だけど、前のお部屋に迎えに来てくれたのは、一番嬉しいこと。お外に連れ出してくれたの。
2.お兄ちゃんのいいところ
優しい、暖かい、格好いい。
なんだか曖昧。どういうところが、って後で付け足しておこう。これで文章にすればいい。
お兄ちゃんへ。
いつもありがとう。いつもしてもらって嬉しいことと、私が大好きなところを書きます。
一番は、前のお部屋に迎えに来てくれて、連れ出してくれたことです。
外を教えてくれてありがとう。それから、お帰りと行ってらっしゃいをしてくれて、ただいまをさせてくれて、ありがとう。
ご飯を作ってくれるのも、一緒に寝たりお風呂に入ったりできるのも大好きです。
にこにことお話を聞いてくれるのと、頭をわしゃわしゃとな撫でてくれるところが、優しいと思います。抱っこしてくれたり、ぎゅっと抱き締めてくれたりするのが、暖かくて大好きです。私を片腕で抱っこできたり、転びそうになった時に咄嗟に支えられたりするのが、格好いいです。
書けた、これでいいね。次は友兄宛て。
友兄へ。お休みの日に遊びに行った時に、いつもお話してくれて、色んな所に連れて行ってくれて、色んなことを教えてくれてありがとう。
応急手当も、花冠の作り方も、蝶々さんとか鳥さんとかとのお話の仕方も、お買い物も、お歌も、私の知らない物語も、ボードゲームもカードゲームも、お料理も全部、友兄に教えてもらいました。おかげで、学校でみんなとお話したり、遊んだりする時に教えてあげられました。
何でも知っていて、何でもできるのが素敵だと思います。
帰る時に、気をつけてね、って言ってくれるところとか、すーっと髪を梳くように頭を撫でてくれるところが、優しくて大好きです。ふんわり抱き締めてくれたり、手を繋いでくれたりするのが、暖かいです。お誕生日を教えてくれたのも、とても嬉しかったです。
友兄にはこれでいいかな。まだいっぱい書けそうだから、慶司と弘樹の分も書いておこう。
日曜日の朝、自分の引き出しに隠していたお兄ちゃん宛ての手紙を取り出す。見つからないように気を付けた。
「あのね、母の日だから、お兄ちゃんにお手紙書いたの。」
手紙を広げて、しっかりと心を込めて読み上げる。すると、お兄ちゃんはぎゅっと抱き締めてくれる。やっぱり暖かくて嬉しくなって、大好きって気持ちになったの。
「どうして、母の日なのに俺に手紙をくれたんだ?」
「お母さんみたいな人にも何かするんだって。」
他にも瑞穂から聞いた母の日について教えてあげたの。もっと色んなことをできるようになったら、もっと色々しようと思っているけど、今日はお手紙だけ。
「友兄にも母の日してくるね!」
「行ってらっしゃい。」
「行ってきまーす!」
お兄ちゃんは喜んで、抱き締めてくれた。だから、友兄にも早く伝えたくて、手紙を持って友兄のお家に走っていった。
「母の日をしに来たの!」
家に上げてもらって、手紙を読もうとしたけど、手紙がくしゃくしゃになってしまっていた。読めるからいいや。
読み上げると友兄も抱き締めてくれた。お兄ちゃんみたいに力強くはないけど、ふんわりしていて暖かいの。
「ありがとう、愛良。」
なんで友兄も言ってくれるのだろう。分からないけど、ありがとうと言ってもらえるのはそんなにも嬉しいことみたい。
それから寮に戻って、慶司にも手紙を渡す。一回、自分の部屋に取りに戻ってから、すぐ男子寮へ行くの。もう夕方になってしまっていたけど。
玄関で慶司に会いに来ましたと言えば、近くにいた人がお部屋まで案内してくれた。
「母の日をしに来たの!」
「うん、分かってるよ。」
慶司には一回言ったからね。お兄ちゃんや友兄宛てに比べると短いけど、気持ちはしっかり込めた慶司宛ての手紙を読み上げる。
「慶司へ。
魔法とかお菓子とかを教えてくれてありがとう。初めて見た飴細工は本当に魔法みたいで今も魔法だと思っています。
初めて慶司と会った時、私は自由に外を歩いてもいい最初の日でした。そこでキラキラした魔法で慶司が鳥さんを作ってくれてとってもびっくりしました。お外には本当に色んなものがあるんだと知りました。
だから、私にとって慶司は、魔法使いで、初めての友達です。」
ちゃんと言えたし、渡せた。慶司は頭をぽんぽんとしてくれるの。
「ありがとう。お兄さんにもこうやって読み上げてあげたの?」
「うん!喜んでくれたよ。」
「だろうね。」
「それでね、秋人と弘樹の所に行こうと思うの。だから、秋人の所に連れてって。」
「はいはい。」




