花嫁の幽霊さん
あの後、お兄ちゃんともいっぱい話した。私たちはだってまだ二、三か月しか経っていないから、絆はこれからできるものだ、って。仲良くなるために、もっとたくさん話そう、って。だから、学園で起きたことをたくさん話すの。
次の水曜日、エリーちゃんと慶司と秋人に大丈夫だったよ、って報告するの。またエリーちゃんに連れて行ってもらって、ね。お話を聞いてもらったから。
中等部・高等部の調理室についたら、今日はお菓子の作り方を教えてもらった。お砂糖や卵、小麦粉など材料を混ぜるのを手伝わせてもらって、型に流し込んで。焼いている間に、お話をするの。
「あのね、家族の話ね、お兄ちゃんに聞いてみたの。怒ってなくて、いっぱいお話すればいいんだってなったの。だから、ありがとう。」
「いえ、良いのよ。私こそ、余計なことを言ったわ。もっと勉強しなくては。だから、こんなことをしている場合ではないの。」
エリーちゃんは立ち上がって扉のほうに行ってしまう。
「え?お茶会は?」
「あなたたちと違って、私は暇ではないの。愛良ちゃんの悩み事が解決したのなら、ここにいる必要はないでしょう。一人前のレディは、自分のやるべきことを見つけて、動けるものよ。」
振り返り、キリッと決めるエリーちゃん。いつもの腰の手を当てた格好だ。
自分のやるべきこと。私の場合は何だろう。分からなければ、聞けばいい。
「ねえ、私のやるべきことって何かな?」
「遊ぶことだよ。今はまだそれで良い。」
慶司は頭をぽんぽんと撫でてくれる。遊ぶなら簡単だ。紐跳びも竹馬も教えてもらったから。まだ乗れないけど。エリーちゃんも、レディはそんなことしないの、と言って乗らなかったの。
エリーちゃんがいなくなって、姿勢を崩した秋人がいい話を聞かせてくれた。
「じゃあさ、花嫁の幽霊の話は知ってる?」
「何、それ?」
「学園の七不思議の一つでさ、」
まとめると、こんな話。
学園の中を、白いドレスの幽霊さんが歩き回っていて、見かけた人にキスをする。それは、学園に通っていた人が、結婚式前に学園内の崖から落ちて死んでしまったから。その時に、死体や服が一切見つからなかったから、今も探せばあるかもしれないね、って。
「なんでキスするの?」
「え?」
なぜか答えにくそうにする秋人。慶司も楽しそうにするだけで、答えてくれない。家族以外への挨拶にキスはしない。それなのに、見かけた人みんなにキスするのは不思議。
「さ、寂しいんじゃねえの。」
「そっかぁ。じゃあ、会いに行ってあげよう。お友達になってあげたら、きっと寂しくないよ。」
それで、いっぱいお話してあげるの。幽霊さんだから、夜に行ってあげないとね。私はワクワクしてきたのに、なぜか秋人は一瞬驚いた顔をして、すぐ嫌そうにしたの。
「でも、どこにいるか分かんないだろ。」
「そういえば、海沿いの崖下に白い布切れが見えたような。」
慶司は幽霊さんの居場所を知っているみたい。
「どのあたりで見たの?」
「さあ?適当に散歩してる時だったからね。何かが流れ着いただけかもしれないし……」
結局分からないままだ。海沿いの崖がある部分なんて、知らないから。分かる人と行けばいいか。
「一緒に探そう、ね?」
「二人で行って来たら?幽霊さんも可愛いのほうが喜ぶよ。」
「うん。秋人、寮まで迎えに来てね。」
男子寮の場所も分からないから。だけど、秋人は二人で行くことが不満みたい。
「慶司先輩も美人だから大丈夫、一緒に行こう。」
「魂を持っていかれないように気を付けてね。」
なんだか早口で必死にお願いしているのに、慶司は楽しそうに返す。そんなやり取りを数回繰り返して、秋人も頑張ると言ってくれた。魂なんて友達になれば持っていかれないから、心配いらないよ。
「私が守ってあげるね。大丈夫、お話すれば分かってくれるよ。だから、案内してね。」
案内がなかったら目的地に辿り着けないよ。移動教室の時も、いつもエリーちゃんがいてくれるから一人で行ったことがないの。
だから、守る代わりに、という意味で言ったの。だけど秋人はなぜか嫌そうな、不満そうな、でも驚いているような、そんな不思議な顔をした。それから何を言おうか迷っている様子を見せて、結局言ったのは迷う必要のないようなこと。
「迎えにも行くし、案内はするけど、守ってもらう必要はないから。俺が負けるわけないだろ。少なくとも、愛良よりは強い。」
「うん、じゃあ、頼りにしてるね。」
秋人はいればいいみたい。自信満々だから。それなら、その秋人が一緒に行きたい慶司は、もっと強いはず。慶司はなぜか、私と秋人が話している間もずっと笑っていたけど。
深夜、女子寮の前で待ち合わせ。みんなが寝静まった頃に、静かに起こさないように出かけるの。少し待っていると、制服ではない秋人が来た。
「お待たせ。」
「うん、じゃ、行こ。」
手を繋いで引いて行けば、とても強く握り返される。
「秋人、痛いよー。」
「え、あ、ごめん。」
少し緩めてくれたから痛くはなくなったけど、それでも繋いでいるというより掴まれているように感じる。私は置いて行かないのに。
歩いている間も、秋人はいちいち物音に反応した。頑張って探してくれているのかな。
「今、何か通ったよな。」
「幽霊さんって足音とかするの?」
「……いや、しない。」
ふわふわ浮いているよね。
「今のは!?」
「波の音だから、幽霊さん関係ないよ。」
ねえ、本当に探してくれているのかな。自分でも頑張ろうと、あちこち見つつ歩いていると、正面から白い女の人が来た。
「まじかよ……」
「こんばんは!」
少し離れていたけど、声をかける。
「馬鹿っ、逃げるべきだろ!」
「なんで?」
お友達になりに来たのに。小声で叫ぶような声を上げて、信じられないと言うように見てくる。大丈夫だよ、という意味を込めて手を握ってあげれば、傍に来た女の人が返事をしてくれた。
「こんばんは。」
「幽霊さんですか?お友達になりに来ました!」
なってくれるかな。これも初めてだ。幽霊さんのお友達。
「幽霊?」
「違うの?」
「いいえ、そんな風に聞かれたのは初めてだから。」
「キスはしないの?」
聞いた話と違うのが不思議で本人にきくと、思い出したように私の頬に、次いで秋人の頬にキスをした。だから、私はお友達のしるしにお返しのキスをしてあげたのに、秋人は硬直したまま動かない上に、手に痛いくらい力が入っているの。
頬に幽霊さんの唇も暖かくて、幽霊さんでも冷たくはないのだと初めて知った。
「ふふ、ありがとう、可愛いお二人さん。」
「どういたしまして。幽霊さん、これで寂しくないね。」
「ええ、そうね。じゃあ、もっと寂しくないように、私のお願い事、聞いてくれる?」
なんだろう。でも友達のお願いなら聞いてあげたい。秋人が手を引っ張ってくるけど、私は今忙しいから、後でね。
「うん、なあに?」
「高等部の生徒会役員に伝えてほしいの。本当に花嫁さんはいたのよ、って。そうしたら、会いに来てくれる人が増えるような手を考えてくれるかもしれないから。」
「分かった。」
「じゃあ、今日はもう帰りなさい。」
「はーい!」
私が返事をするなり、秋人は勢いよく手を引いて行く。走らないと追いつけないくらい。手も痛い。
「ちょっと、早いよー。」
「追いかけられてたら困るだろ!」
何に追われているのだろう。私の息が切れていることに気付いてからは、抱っこで寮まで連れて行ってくれたけど、あんなに急がなかったら自分で歩けたのに。
「授業が終わったら、門の前にいるから、迎えに来てね。」
「うん。」
「忘れないでよ!ちゃんと、私が言わないとダメなの。友達のお願いだからね!」
「うん。」
大丈夫かな。秋人、きちんと聞いてくれているかな。さらに何度も念を押したけど、不安は残った。
次の日、自分の授業が終わったから、門の所に行こうとした。
「愛良ちゃん、そんなに急いでどこに行くのかしら。」
「秋人の所!約束してるの。」
「まだ授業ではないかしら。あちらのほうが授業は長いはずだもの。秋人がきちんと受けているかは分からないけれど。」
行ってもいないのか。昨日はそんなこと、言ってなかったのに。
「うーん。そうだ、本読んで待ってる。いつ終わるか分からないから。図書館で借りてくる。」
「そう、それなら一緒に行ってあげるわ。あくまでも私も用があるからだけど、有難く思いなさい。」
中等部・高等部の図書館で面白そうな本を見つけたから借りようとしたの。そうすると驚かれた。
「愛良ちゃん、それが読めるの?」
「うん。どうしたの?」
今の教科書やみんなが使う文字とは違うけど、前のお部屋には同じ文字で書かれた本が多かった。だから、私にはなぜエリーちゃんが驚いているのか分からなかった。
「いえ、何でもないわ。そう、読めるのね。」
門の所で地べたに座って読んでいると、秋人もエリーちゃんと同じようなことを言った。
「難しそうな本を、え、てか、読めんの?それ。」
「うん、面白いよ。」
なんで二人とも驚いているのかな。その上、秋人はまじまじと私の本を見て、考え込む。
「……まあ、いいか。ほら、生徒会室行くぞ。」
「うん。」
鞄にしまって、ついて行く。今日はゆっくり歩いてくれるし、繋いだ手も痛くない。
いつもの教室や調理室より綺麗な扉の前で、秋人は何度も深呼吸する。それからようやく、ノックをした。
「有栖秋人です、」
「どうぞ。」
なぜかすぐには入らず、また深呼吸をしてから入っていく。緊張しているのかもしれない。理由は分からないけど。
「失礼します。」
「殊勝な心掛けだな。」
お部屋にいた男の人が秋人に厳しい目を向けている。何かしたのかな。少し後ずさりしている秋人が、何か言って、と言うような目で見てくるから、私は自分の用事を済ませる。
「神野愛良っていうの。生徒会の人?」
「ああ。初等部の子がどうしたんだ?」
私には雰囲気を和らげて、目線も合わせてくれる。
「あのね、幽霊さん、花嫁の幽霊さんから伝言なの。本当にいて、いっぱいの人に会いたいから何とかして、って。」
「そうか。じゃあ、詳しく話を聞かせてくれるか。」
「うん。」
にっこり笑うと、私の鞄を持って、部屋の端のソファに座らせてくれたの。秋人も隣に座ったけど、なんだか嫌そう。
「まず、幽霊に会ったって話だけどな。幽霊が出るような時間に出歩いたわけだ、二人は。」
「ダメなの?」
「校則に書いてあるから、しっかり読んでおこうな。」
「でも、それだと幽霊さんが一人のままだよ。」
可哀そう。お人形さんもいなかったよ、幽霊さんには。
「それは大丈夫だから、」
扉の開く音で、生徒会の人は言葉を途切れさせる。振り向いた先には高等部の制服を着た幽霊さん。
「あっ、昨日の幽霊さん!」
自分で来られたね、幽霊さん。足も生えていて、昼間も出歩ける。それなら寂しくないね。なんで伝えてって言ったのかな。
私は幽霊さんが来て安心したのに、秋人はガタガタッと素早く生徒会の人の背後に隠れた。それを見た幽霊さんは楽しそうだ。
「ふふ。まさかまだ秋人が信じるとは思わなかったわ。」
「桃子さん?」
知り合いかな。なんで昨日は何も言ってくれなかったの。
不思議だったけど、私も幽霊さんに見覚えはないかともう一度明るいここで見ていると、幽霊さんは秋人から視線を移して、微笑んでくれる。
「改めまして、岩城桃子よ。ごめんね、嘘吐いて。」
「幽霊さんじゃないの?」
「ええ、違うわ。ごめんね。」
「そっかぁ。」
寂しい幽霊さんはいなかったのかな。それとも、見つけられなかっただけかな。今晩また探そう。
「お友達になろうとしているなら、普通に注意しても帰らないと思ったから、幽霊のふりをさせてもらったの。駄目よ、波を攫われちゃうかもしれないでしょう?」
海岸のほうから探さなかったらいいよね。私はそう納得していたのに、生徒会の人はなぜか大きな溜め息を吐いて、話を続けたの。
「まあ、でも、桃子さんが来たなら、話は早いか。」
それから、ガッと秋人の頭を掴んだ。秋人は必死に言い訳をしているけど、こういう時は素直にごめんなさいしないと。
「やっ、でも、愛良が行きたいって。それに、そう、慶司先輩が言ってたから!」
「お前はまた人のせいにするわけだ。」
「だって、慶司先輩が白い布切れが見えたって!愛良を一人で行かせるよりマシだろ!」
また?秋人はいつも人のせいにして、この人に怒られているのかな。
今回は、校則を破って、遅くに出歩いたことを怒られている。幽霊さんのことをしっかり確認しなかったことも、かもしれない。慶司は「何かが流れ着いただけかもしれない」と言って、場所も曖昧だった。確かめなかったのは危なかったことが理由かも。
だから、遅くに出歩いてごめんなさい、を最初に言うべき。
「あのね、校則破ってごめんなさい。遅くに出歩いてごめんなさい。」
「愛良は良い子だな。」
「うん。お兄さんは、」
「島口弘樹だ。」
「すっげぇ怖~いお兄さん。」
弘樹は手に力を込めてから、ようやく離す。痛い痛い、ごめんなさいと秋人が騒いでこちらに逃げてくるけど、それなら最初から余計なことを言わなければいいのに。
「弘樹は花嫁の幽霊さん、どうするの?一人のままだよ。」
「本当はいないから大丈夫。」
「いないの?え~。」
幽霊さんのお友達、できると思ったのに。残念、と思っていると弘樹と桃子が目を会わせて、桃子が一つだけ質問をしてきた。
「愛良は秘密にできるって約束できる?」
「うん!」
特別なお話をしてくれるのか。胸がドキドキする。弘樹の隣に座って、桃子はお話を始めてくれる。
「じゃあ、二人にだけ教えてあげる。花嫁の幽霊さんは、また学園に通って、お友達がいっぱいできたの。生徒会に入って、素敵な人とも一緒に活動して、幸せな毎日ね。」
「そう。だから、一人じゃないんだ。」
弘樹も補足して、桃子は本当に嬉しそう。寂しい幽霊さんはいなかった。花嫁の幽霊さんということを隠しているだけ。こんなに幸せな話なのに、秋人はなぜかうんざりした顔をしていた。
「なあ、俺もう帰っ」
「よし、お説教の続きだな。」
扉へ向かいかけるけど、強制的にソファに戻されている。さっと桃子も背後に回って、肩に乗せた手でそこにいなさいと言っている。その上、桃子は不思議と楽しそう。
「まず、愛良は何が悪かったか分かったわけだが、お前は分かってるのか。」
うん、校則を破ること、遅くに出歩くこと、海岸の近くを歩くこと、がいけないこと。幽霊さんが本当に幸せなら、どれもする理由がないから、もう問題ない。
秋人もなんで怒られているのかは分かっているみたい。
「校則を破ったこと。」
「愛良を連れて行ったこと、それから、人のせいにしたことも、だな。」
後者はすぐに謝らないからだよ。それなのに、秋人は不満があるみたいで、口を尖らせている。
「だって、愛良が友達になりに行こうって言うから。一人で行って魂取られたら困るだろ。」
これは本当だよ、という意味を込めて、弘樹にうなづいて見せる。秋人は守ろうとしてくれていたの、って。私は人のせいにしないいい子だから。それにしても、秋人は心配性だ。友達になれば魂を取られるはずないのに。
きちんと教えてあげたのに、弘樹は少し黙ってしまう。それから、呆れたように言うの。
「……それ、誰から聞いたんだ?」
「慶司先輩。」
またあいつか、と呟き、疲れた様子を見せる。どこにそんな要素があったのかな。秋人も今は本当のことを答えているのに。
「なんでお前は毎回信じるんだよ。あるわけないだろ、そんなこと。」
「分かんないだろ、そんなの!」
「うん、じゃあ、次な。白い布切れ、だったか。昼間のほうが確認しやすいだろ。」
ムキになって返す秋人を、弘樹は軽くあしらっている。でも、白い布切れは幽霊さんの服の裾かもしれないから、夜でないと確認できないよ。
だけど反論はしない。注意されている時に口を挟むのはいけないことだから。まだ弘樹のお説教は続いている。
「それから、全部慶司のせいにしたこと。話を聞いて、実際に行ったのはお前だろ。」
「愛良も行った。」
「その子は反省してる。だから、お前にも言ってるんだよ。」
弘樹は優しく言ってくれているのに、秋人はまたほんのりと口を尖らせて不満を露わにする。
「……愛良を連れて行ったって。俺が積極的に行こうって言ったわけじゃないのに。」
「それは悪かった。」
「うん。」
少し機嫌が直った。全部自分のせいにされたのが嫌だったのかな。
ここまでずっと黙って見ていた桃子が秋人の肩に乗せていた手を頭にやって、優しく話し出す。
「とりあえず、二人とも夜遅くに出歩いちゃ駄目ってことね。暗くてよく見えないから、危ないでしょう。だから、校則でそう決められているの。心配している人もいるというのも忘れないでね。」




