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シキ  作者: 現野翔子
翠の章

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お兄ちゃん

 ケーキでは私もお手伝いしたの。クリームを塗って、切ったリンゴやイチゴを挟んで。なぜか自分でするより慶司がしたほうが綺麗にできたけど、ただの粉を甘くて綺麗なお菓子にできたから満足。


 それから、始業式が金曜日だったから次の日、お家に帰って、早速お兄ちゃんに誕生日を聞いたの。


「え?いつだろうな。」

「知らないの?」


 知っているはず、と聞いたのに、知らなかった。


「なんかね、普通は自分とか家族の誕生日は知ってて、お祝いするんだって。」

「そう、だな。」


 とても難しい顔をして、黙り込んでしまった。じーっと見て待っても、何も答えてくれない。


「……もう、いい。友幸に聞いてくる。」


 呼ぶ声は聞こえないふりをして、家を出ていく。




「友幸ー、ねえねえ、私の誕生日知ってる?」


 玄関で出会い頭に聞くと、ぽかんとして、答えてくれない。だけど、お家には上げてくれる。


「お兄ちゃんはね、知らなかったの。でね、あ、そうだ。学園でね、エリーちゃんっていう子が友達になってくれたの。すっごい親切なんだよ。でね、その子がね、家族の誕生日は知ってるものなんだって。毎年、お祝いもあるって。」


 お兄ちゃんは教えてくれなかったから、お兄ちゃんのお誕生日を祝いしてあげないの。いつか聞いてないけど。


「愛良は、自分の誕生日、知らないんだ。」

「うん、友幸は知ってる?」

「……五月十九日だよ。お祝い用意しとくから、楽しみにしておいて。」

「うん!じゃあ、友幸がお兄ちゃんだね!」


 教えてくれたから。お兄ちゃんの前で、友幸をお兄ちゃんって呼ぶの。


「……違うよ、それは。」

「えー。じゃあ、友兄って呼んでいい?」

「うーん。まあ、良い、かな。」

「やった!お兄ちゃんにも教えてくる!私の誕生日!」



 走って帰ると、お兄ちゃんはまだ心配そうな顔をしていた。


「お兄ちゃん、あのね、私の誕生日は五月十九日なの。友兄が教えてくれた。」

「そっか、良かったな。」


 知らなかったことに何も感じていないように、微笑んで頭を撫でてくる。その手を振りほどいて、キッと睨みつける。


「だから、友兄がお兄ちゃんなの!」


 叫んだのに、お兄ちゃんは何も反応してくれなかった。

 だからその日の晩は、別々の布団で眠った。だって、きちんとお兄ちゃんだよって言ってくれなかったから。それなのに、ほとんど寝ているような意識の薄い状態になった時、お兄ちゃんが枕元に座った振動を感じた。

 触れるか触れないか分からないほど、そっと近づけられる手。ほんのりと体温だけが感じられる。


「ごめんな、愛良。」


 少しの静寂。そうして自分の布団に戻って行くお兄ちゃん。何に対する謝罪なのかな。なんで、寝ている時に言うのかな。

 起きていたと気付かれないように、息を潜めながら考えている間に、私は眠りに落ちていた。




「エリーちゃん、あのね、聞いて来たの。だから、調理室行こ。」

「ここではいけないのね。仕方ないわ。一緒に行ってあげる。」


 慶司と秋人にも聞いてもらおうと思って、水曜日まで待ったの。エリーちゃんにだけなら、寮でもお話できるけど。


 調理室では既に二人が待ってくれていた。飴細工用のお砂糖とかを温めながら、私は三人に相談する。


「あのね、誕生日ね、お兄ちゃん知らなかったの。なんでかな。」

「そ、そういうこともあるわよ。聞けば良いじゃない、どうして知らないの、って。」


 そっか、聞けばいい。


「でね、友兄が教えてくれたの。だから、友兄がお兄ちゃんなの、って言っちゃったの。」

「それは謝るべきよ。家族じゃない、なんて言われたら悲しいもの。愛良は悪い子ね。」


 悲しい、のか。それなら、その家族って何かな。いなくても困らなかったけど。エリーちゃんはずっといるから、そう思うのかな。


「家族ってどういうものなの?」

「愛良ちゃんにはお兄様がいるのではなくて?」

「でも、前のお部屋にいた時はいなかったの。お兄ちゃんが初めて。」


 それに、同じ人なのに、エミリオは違うけど、優弥はお兄ちゃん。それから、アルセリアとベアトリスと、エミリオの話はしちゃいけないの。だから、エリーちゃんたちにも説明できない。


「では、私が教えてあげるわ。感謝なさい。家族というものはね、血と絆で繋がっているのよ。なんとなく似ている部分があったり、なんとなく分かることがあったりするの。」

「似てる部分?」

「そう、外見でも内面でも。貴女とお兄様にもそんな部分があるのではなくて?」


 血と絆、似ている部分。自分では分からないから、帰ったらお兄ちゃんと友兄に聞いてみよう。


「ああ、でも似てない場合もあるわね。秋人とお兄様なんて見た目だけだもの。」

「ほっとけよ。年が離れてるんだから、しょうがないだろ。」

「秋人にもお兄ちゃんがいるの?」

「いるけど、絵里奈さんの言うように、見た目だけ、はよく言われるよ。」


 性格は似ていなくても、見た目は似ている。逆の場合もある、のかな。

 じっと考えていると、不満そうな秋人にエリーちゃんが追い打ちをかけた。


「だって、秋人のお兄様は二人ともしっかり紳士なのに、秋人はよく怒られているじゃない。もう、せっかく侯爵家の第四子とかいう美味しいポジションなのに。」


 やっぱり二人は仲が良さそう。だって、エリーちゃんは秋人のお兄ちゃんとも会ったことがあるみたいだから。

 似ている見た目は、どのくらいを似ていると言うのかな。


「見た目が似てるってのは?」

「髪とか瞳の色とか、目の形とか、表情の作り方、とか言うこともあるわね。」


 髪と瞳の色は、ベアトリス、アルセリアと同じ。友兄も同じ。お兄ちゃんは、瞳の色だけが似ている。表情の作り方は、自分では分からない。


「絆は?」

「そうね、私も幼い頃は勉強が嫌で逃げ出したことがあったの。今でもそういう人はいるけれど。」


 なぜかエリーちゃんは秋人を見ながら言うの。秋人は勉強が嫌いなのかな。


「当然、家庭教師が探しに来るのだけれど、見つけられないの。でもなぜか、お父様やお母様には分かってしまう。毎回、ここにいると思った、って。不思議でしょう?」

「見つけてくれるんだ。」


 お兄ちゃんは前のお部屋にいた私を見つけてくれた。また、迎えに来てくれるかな。


「それからね、寝てる時に、ごめんな、って言ってたの。それは分かる?」

「それも聞いたら良いわ。貴女は子どもっぽいから、疑問は全て投げかけてしまっても良いのではないかしら。」


 そうだね、覚えておこう。さっき話した内容を頭の中で整理していると、慶司に注意されてしまった。


「愛良、火を使ってる時は目を離さないようにね。」


 そうだ、魔法を教えてもらっていたのに。お鍋に目を戻すと、火は消されていた。お話していたから、見ていてくれたみたい。


「何を作るの?」

「お花からにしようか。」


 同じ形をいくつも作って、繋ぎ合わせて、慶司に整えてもらって、というのを繰り返した。私も魔法が使えたの。それに、綺麗にできたね、って褒めてもらえたの。




 毎週末、私はお家に帰っている。お船で皇都・彩光に渡って、そこから歩いて帰れば、真っ先にエリーちゃんから聞いたことを伝えた。今回は聞きたいことがいっぱいだから。


「家族って、お誕生日を知らないことはあっても、似てるんだって。それから、血と絆で繋がってるんだって。お兄ちゃんと私は似てるの?繋がってるの?」

「……これは俺たちの不注意だな。」


 お兄ちゃんは小さく溜め息を吐いた。何が不注意なのかな。


「俺とは血が繋がってないよ。けど、大切だとは思ってる。」

「絆は?」

「これから、かな。」


 繋がってないみたい。見つけてくれたけど、誕生日は知らなかった。お兄ちゃんはどっちかな。


「ねえ、お兄ちゃんは本当にお兄ちゃんなの?」

「君がそう思うなら。俺だけをお兄ちゃんだと思わなくても。」


 友兄がお兄ちゃんなの、という言葉を気にしてしまっているみたい。


「先週は、ごめんなさい。」


 きちんと謝れたから、もう一つ聞いていいよね。でも、どう聞こうか迷ってしまって、じっとお兄ちゃんを見つめていると、不思議そうにされた。


「どうした?」

「あのね、夜ね、起きてたの。でね、ごめんな、って何?」


 聞き方も分からないまま、思いついた言葉を発すれば、お兄ちゃんは、しまった、というような顔をした。それから視線をうろうろさせて、ようやく教えてもらえる。


「寂しい思いをさせたか、って。不安にさせたんじゃないか、って。俺たちはまだ家族になったところだから、俺はきちんと君のお兄ちゃんになってあげられていないんじゃないか、って。そう、思ったんだ。」


 お兄ちゃんにも分からないみたい。血も絆も繋がっていないなら、分からないよね。だったら、友兄にも聞いてみよう。誕生日を知っていて、見た目が似ているから。




 今回はゆっくり、友兄のお家にいるお人形さんを抱き締めながら、話していく。


「家族って、血と絆で繋がっているし、なんとなく似ている部分があったりするんだって。なのにね、お兄ちゃんは血も絆も繋がっていなくても、私がそう思うならお兄ちゃんなんだって。」


 よく考えるとおかしいよね。


「それは、誰から聞いた話?」

「エリーちゃん。学園のお友達なの。次期侯爵、なんだって。」

「じゃあ、前提が違うんだ。」


 何のことだろう。分からなくて首を傾げると、友兄はさらに説明してくれる。


「その子の前提となる家族観っていうのは、貴族としてのものなんだ。侯爵家の一員、という意識。既に家族というものがあって、そこに後付けで、こういうものが家族なんだ、って定義づけているだけ。

 だけど、愛良の言う家族はそうじゃない。今あると断定できないものに対して、お話で読んで、こういうものであってほしい、という願望が来ている。だろ?」


 私にはお母さんもお父さんもお姉ちゃんもいない。いるのはお兄ちゃんだけ。それも「いるかもしれない」というだけ。いてほしいから、探している。今のお兄ちゃんと友兄が、きっとそうだと思っているけど。

 一緒にいて、お帰りとただいまがあって、いっぱいお話できて、遊べるの。傍にいて、暖かいの。そういうものだって、読んだから。


「うん。お兄ちゃんが本当に家族なのかな、って。友兄が家族かな、って。」

「愛良が決めたら良い。家族だと思いたいなら、そう思えば。」


 お兄ちゃんとおおよそ同じことを言っている。だから、友兄にも確認するの。


「友兄と私は血が繋がっているの?」

「どうだろうね。」


 なんで教えてくれないのかな。血が繋がっているかどうかなんて、どう確かめたらいいのか分からない。前の部屋での話はダメだよね。知っているお兄ちゃんにもダメだから。別のことを聞こう。


「なら、絆は繋がってるの?」

「さあ。」

「もう、教えてよ!」


 軽く笑うだけで、答えはない。聞き方を変えよう。


「友兄の家族は、どうなの?いるの?どんな人?」

「愛良が俺のことを兄だと思ってくれるなら、愛良は家族だよ。」


 もう!やっぱりあんまり変わらない。でも、これだと、お兄ちゃんも友兄も、お兄ちゃんで家族、ということにできる。

 二人とも私を見つけてくれた。エミリオが前のお部屋で、友兄が彩光に来てから。でも、それぞれ一回だけ。エリーちゃんは毎回だから……。




 一人で冒険。広くて平らな道から、緑がたくさんで、少し凸凹した地面へ、大きな木が生えていて、花々が咲き誇る場所に。

 友兄に教えてもらった花冠を作って、蝶々さんと遊んで。暗くなっても帰らないの。どっちが来てくれるかな。


「愛良!ったく、ここ、気に入ってたもんなぁ。」


 ほっとしたように笑って、ぎゅっとしてくれる。本当に何回だって見つけてくれる。それから手を引いて、前にも連れて行ってもらった武装した人たちのいる場所まで一緒に行ってくれる。今はその武装した人が見回りをしてくれる兵士さんだと、知っている。

 そこで待っているとお兄ちゃんが戻って来た。泣きそうな顔で、抱っこしてくれて、心配したって、探したって。


「良かった、無事で。」


 友兄が先に見つけてくれたけど、二人とも探してくれていたし、暖かいから、どっちもお兄ちゃんだと思ってもいいよね、きっと。

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