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シキ  作者: 現野翔子
翠の章

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新しい名前

 アルセリアは迎えに来てくれなかったの。黙って出て行ってしまったからかも。でも、エミリオがもっと遠い所に連れて行ってくれるって。そこでは好きにお出かけしていいし、お友達もいっぱいできるって。お人形とは違う、本物の人間のお友達が。


「神野愛良。それが君の新しい名前だ。」


 愛される良き人生を。そんな願いが込められている、って。エミリオも、神野優弥になって、私のお兄ちゃんになってくれるの。




 初めてのお船で、初めての海。全部が全部、初めてなの。お洋服もね、今までとは違うの。もっとふかふかの上の服に、ズボンを履いていて、コートも着ているの。


「はしゃぎすぎて落ちないようにな。」

「はーい!」


 青いお空と、碧い海。その上を白い鳥が羽ばたいていく。


「お兄ちゃん、虹彩皇国ってどんなとこ?」

「さあな、俺も初めてだから。」

「そうなの?じゃあ、私と一緒だね!二人でいっぱい歩いて、冒険して、お友達ができて、ただいま、って言うの!」


 楽しみだね。初めてのことをたくさんするの。




 お船もだけど、それよりももっとたくさんの人がいる。


「ここが虹彩皇国の皇都、彩光。」


 色んな服の人がいて、色んな髪の人がいて、色んな大きさの人がいる。お兄ちゃんと手を繋いで歩けば、もっとたくさんのお家が並んでいる。


「お家がいっぱいだね。」

「これはお家じゃなくて、お店なんだ。」


 お店。色んなものが並んでいて、お人形もいるし、ご飯の絵もある。


「あれは何?」

「どれのことかな。」

「四角くて、四角の柄がいっぱいで、色んな色がついてるの。」


 両手で持つくらいの大きさで、他のお人形たちと並んでいる。他にも本で見たおもちゃがたくさん。


「ルービックキューブのことかな。同じ色を同じ面に集めるおもちゃだよ。」

「じゃあ、あれは?」


 細い木が丸かったり、曲がっていたりして、絡まっている。


「知恵の輪だな。外して遊ぶんだ。」

「ええ、おもちゃにも色々あるんだね。」


 お店の外からでも初めてがいっぱいだ。



 何だろう、あれ。きらきらしていて、鳥さんみたいな形で、でも半透明で。


「こんにちは、一人かな。」


 ガラスに両手をついて透明な鳥さんを見ていると、声をかけてくれたのは鳥さんと同じ色の髪と瞳をしたお兄さん。


「ううん、お兄ちゃんと一緒に来たの。……あれ?」


 振り返ると、お兄ちゃんがいなかったの。


「迷子かな。お兄ちゃんってのはどんな人?」

「えっとね。大きくて、金色の髪で、翡翠の目で、お手手繋いでくれるの。」


 手を繋いでいたはずなのに、どうしていないのかな。


「そっか。じゃあ、ここで一緒に待っていようか。」


 お兄ちゃんは迎えに来てくれるから。


「うん。あ、初めまして。私は愛良。お兄さんは?」

「初めまして。俺は慶司。」


 これも初めてだ。初めてのお友達。


「寒いから中で待っていようか。大丈夫、きっと来てくれるから。」


 うん、知っているよ。それから、慶司がお店の中に連れて入ってくれる。上着を脱いでも大丈夫なくらい暖かい。それに、お店の中なのに緑があって、不思議な雰囲気。


「愛良は、皇都は初めて?」

「うん、お船に乗って来たの。すっごかった。海がおっきくてね、白い鳥さんが飛んでてね、人がいっぱいだったの。」

「そっか。じゃあ、これも初めてかな。」


 慶司はとろっとした液体と、白いお粉をお鍋に入れて、混ぜている。


「何をしてるの?」

「ちょっと待ってね、すぐ分かるから。」


 混ぜていると、お粉は溶けて、とろとろした液体と一体になった。


「愛良は何色が好き?」

「緑!」


 お庭の色だから。どんな時でも変わらずにいてくれる、優しい色。

 答えると、慶司は緑の水滴をそのとろとろの中に少しずつ入れていく。そうすると、とろとろ全体が緑色になった。


「綺麗!」

「これからもっと綺麗になるよ。」


 しばらくぐるぐるしたかと思うと、慶司は液体とは呼べないようになった物を取り出して、捏ねたり引っ張ったりし始めた。そうすると、本当にもっときらきらの、綺麗なものになった。

 そのきらきらを丸くして、引っ張って、くっつけて、あっという間に鳥さんの形にしてしまった。


「すごい!きらきらの鳥さんだ。魔法だね!」


 慶司は魔法が使える。白いお粉から、きらきらの鳥さんを作る魔法。渡してもらって、角度を変えつつじーっと見ていると、お兄ちゃんの声が聞こえた。


「ここにいたんだな。」

「お兄さんですか、良かった。」

「お兄ちゃん、あのね、魔法なの!鳥さんの魔法。見て!」

「え?ああ。」


 私がさっきの慶司の魔法を説明している間に、お兄ちゃんは慶司に何か言って、慶司は甘い食べ物も出してくれたの。


「今日は初めてがいっぱいだね!こんなに可愛くて甘いのも初めて食べる!」

「兎饅頭って言うんだよ。」

「兎さん!可愛い、けど食べちゃう!」


 白い皮に赤いお目目、中は黒いけど甘いの。もう一口。大きいから一口では入らないの。


「お友達も初めて!この鳥さん、すごいよね!」


 また鳥さんを見せる。何回見ても綺麗だよね。


「気に入ったのなら、買って帰りますか。」

「お願いします。」


 ゆっくり兎さんを食べたら、慶司とはバイバイしてまた街を歩く。お兄ちゃんが鳥さんを買ってくれたから、お家に帰ってから好きなだけ見られるよ、って。今度はしっかりと手を繋いで、逸れないようにするの。




 今日は一日たくさん遊んだの。お兄ちゃんともお休みを言って、また明日、お出かけするの。あ、そうだ。


「ねえ、お兄ちゃん、一緒に寝よ!」

「はいはい。」


 そんなお話もあった。家族で一緒のお布団で寝るの。本には干し草のベッドと書いていたけど、違ってもいいよね。




「今日はお仕事に行ってくるから、一人でお留守番できるかな。」

「お出かけしちゃ、ダメなの?」


 楽しみにしていたのに。でも、昨日たくさん遊んだから、大丈夫。だって、前のお部屋では、ずっとお部屋の中だったから。


「うーん。一人で帰って来られるかな?」

「うん!じゃ、行ってくる!」


 やった、嬉しい。それなら、今日は一人で冒険だね。慶司の所にも遊びに行こう。



 お家を出て、どこか目的地を設定するの。まずは慶司の所かな。そう思っていたのに。


 こんなに道は見やすかったかな。こんなに人は少なかったかな。歩き疲れて、座り込んでしまう。木箱に凭れて、少し休憩。お膝を抱えて、寒くないようにするの。


「どうしたの、君。」


 お庭の色の瞳の男の人。ベアトリスやアルセリアよりは大きいけど、お兄ちゃんや慶司よりは小さい。


「あのね、慶司に会いたいの。」

「慶司?」

「魔法が使えるの。綺麗なんだよ。鳥さんが作れるの。食べられる鳥さんなの。」


 屈んで目を合わせてくれる。だけど、なんだか困っているみたいなの。


「お友達、かな。」

「うん、会いに行くの。でも、どこか分かんないの。」

「誰かと一緒だった?」

「ううん。一人で行こうとしたの。でも、分かんなくなっちゃったの。昨日ね、お兄ちゃんと一緒に行ってね、兎さんのお饅頭も食べたの。甘くて、美味しかった。お兄ちゃんは今日お仕事だから、一人で行こうとしたの。」


 そうしたら、その人は何かを閃いたみたいな顔をして、次ににっこり笑ってくれるの。それから、両手で私の手を包んで、優しく話してくれる。


「お店の名前は分かるかな。」

「分かんない。」

「そっかあ。じゃあ、お兄さんと一緒に行こうか。大丈夫、連れて行ってあげるから。」

「本当!?ありがとう!あ、私ね、愛良っていうの。愛される良き人生を、って意味で、愛良なの。」

「大切にされてるんだな。俺は友幸。じゃ、行こうか。」


 差し出してくれた手を取って立ち上がろうとする。でも、なぜか立てなくて、転びそうになってしまう。


「大丈夫?」

「うん。」


 もう一度立ち上がろうとしたけど、やっぱり立てなくて、座り込んでしまう。すると友幸は私の足を見て、痛そうな顔をしたの。


「あぁ、酷い靴擦れ。抱っこして行くけど、良いかな。」

「うん。」


 よいしょ、って抱っこしてくれるの。エミリオの時はもっとしっかりしていて軽々だったけど、友幸の抱っこは少し心配になる。落とさないでね。

 ぎゅーっとしていると、昨日の鳥さんの前にいた。


「あっ、ここ!」

「ここかぁ。なら、今日はいないなぁ。」


 今日は学園に行っているから、って。明日も明後日も。次の土曜日になったら会えるって。


「じゃ、友幸、一緒に遊ぼ。」

「え?ああ。まあ、うん。お兄さんの他にお家の人はいるかな?」

「ううん、いないよ。暗くなったら帰っておいでって。昨日はね、ここの通りを歩いたの。」


 そうしたら、友幸は別のお店に連れて行ってくれたの。それでね、お薬を塗って、靴擦れに手当てしてくれた。

 また別の所に連れて行ってくれる。昨日の所は建物がたくさんあったけど、今日の所は緑がたくさん。お花の冠を作ってくれて、蝶々さんを呼び寄せてくれて。それぞれの仕方も教えてくれたの。他にも色んなことを教えてくれた。


 気が付くと暗くなっていて、友幸に帰ろうと言われてしまう。


「うん。ただいまって言うんだ。」

「お家は分かるかな。」

「分かんない。」


 は、と小さく言って黙ってしまう。それからとても困った顔になった。


「……詰所に、行こうか。」




 小さな机と椅子のある、武装した人のいるお部屋にいれば、迎えに来てくれるって。その上、お兄ちゃんが来るまで、一緒に待っていてくれたの。ぎゅっと抱き締めてくれて、寒くないか、って。寒いって言って、ぎゅーっと抱き着くと、抱っこもしてくれた。

 バタバタという足音の次に駆け込んでくるお兄ちゃん。私を見ると、ほっとした顔をした。


「帰って来ないから、心配した。」

「友幸が一緒にいてくれたから、平気。」


 それからお兄ちゃんと友幸は色々お話していたけど、私は途中で眠ってしまった。だから、友幸とばいばいも、お兄ちゃんとお休みもできなかった。




 お兄ちゃんとは毎日、夜に話す。それから、土曜日と日曜日は慶司と遊んで、それ以外の日の一部は友幸とも遊んで、というのが私に日常になった。


 梅の季節から桃の季節になっても、それは変わらない。一人で慶司の所に行けるようになって、一人で帰れるようにもなった。慶司が平日にも遊んでくれるようになって、友幸がお歌を教えてくれて。お兄ちゃんは相変わらず、騎士としての仕事で忙しいみたいだけど。

 でも、桜の季節には、私はまた別の所に行くの。


「四月からは愛良も学園生だな。」

「お兄ちゃんとはいられないの?」

「お休みの日だけだな。土曜日と、日曜日。」

「そっか。」


 毎日は一緒にいられない。でも、お友達がたくさんできる。それを慶司にも教えたの。そうすると、こう言ってくれたの。


「俺と一緒だね。次は高等部一年生。愛良は何年生に入るの?」

「初等部の五年生だって。会いに行くね!」

「魔法も教えてあげられるね。」

「やったー!」


 学園でも慶司には会える。でも、私も平日に学園なら、友幸には会いにくくなってしまう。お休みの日だけだね。

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