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シキ  作者: 現野翔子
紅の章

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最初の罪、楽観

誤字を訂正。「時期女王」を「次期女王」に、など。2020年9月27日

 大陸南部に位置するサントス王国は女王制だ。女王のお腹から生まれた女児にのみ王位継承権を認めるという方法で、確実に王家の血を受け継いできた。

 私はその女王の第二子にして第一王女。つまりは王位継承権第一位の人間だ。将来、国を継ぐという観点から、幼い頃より教育を受けている。

 そして、13歳を迎える年、私には再び選択の機会が与えられた。



 この年の選択が将来を決定づけると言っても過言ではない。その大事な選択で、私は軍学校に通い続けることを決めた。


「殿下、貴女は死んではならない人間です。わざわざ自らの身を危険に晒さずとも、我々はついてまいります。」

 それまで通っていたのとは重さが異なる。そう、アルファーロ侯爵の反対があった。


「アリシア、同じ危険に身を晒すことが、統治者の役割ではありません。」

 現実的な戦場が近づく場所。母も、民への慈しみをはき違えてはならない、と。



 それでも私は、学校に通った中で知ったことがある。書物で学び、報告を聞き、同情をするだけでは、共有できないものがあると。

 遠い立場の尊い人ではなく、同じ国を想う仲間として、彼らの傍に在りたかった。




「殿下、今日も熱心ですね。」

「ここではただのアリシアだ。いざ戦場に立てば、身分など気にしていられないのだから。」

 去年までとは違い、みな真剣に軍人になることを目指している。自分の周りのことを理解できる年齢になっていることもあって、新しいクラスにはなかなか馴染めなかった。

 一部の式典では私も姿を現すようになっていたため、私が王位継承権第一位の王女であると生徒たちに知られてしまっていたのだ。軍人として将来仕えることになるであろう相手に、礼儀を尽くそうとするのは自然な流れだった。



 しかし、入学当時からの友人であるエミリオは、変わらず声を掛けてくれる。最初から王女と知っていて、それでもなお普通の子と同じように接してくれるのだ。

「アリシア、手合わせをしよう。」

「今日こそ勝ってみせるから。」

 体格もさほど変わらない少年を相手に、私はあまり勝てていない。訓練の一環であるから、そこから何かを得られているのならそれで良いとは言われているが、やはり悔しいものがある。



 いつも通り、膝をつくことになったのは私。そこへいつもとは違う問いかけがなされた。

「何で姫様がわざわざ軍に入ろうと思ったんだ?」

 この年齢で軍学校に通うのは、将来軍に入ると言うも同然の行為だ。かつての王女が通ったという記録もない。

「民を守る者として、必要だと思ったから。」

「相変わらず堅苦しいのな。」

 彼は否定するでも肯定するでもなく、そう呟いた。

「なら何故、お前は軍に?」

「おじい様が将軍なのは知ってるだろ?その周りの人たちを見る機会も多いんだよ。軍服で、悪い奴を捕まえて、みんなを守る。格好良いだろ?大変なのも知ってるけどさ。」

 拳を突き上げる少年。それがただの幼い憧れに近いものでも、それを持ち続け、ただ前向きに夢を語る姿が、私にはやけに眩しく映った。




 そうして少しだけ変わった生活の中、2年が過ぎた。私にも明確な目標ができ、サントス王国とバルデス王国の関係にも変化が見え始めた。



 遂に、サントスとバルデスの友好会談が実現したのだ。




「お久しぶりです、アリシア殿下。」

 跪くバルデス王女となったアルセリア。彼女は、バルデス独立のせいで、突然国を背負う立場にされてしまった。

「やめるんだ、アルセリア。今は対等な立場なのだから。」

 幼き日は共に勉学に励んだ友だ。民の中には互いを憎み合う者もいるけれど。


 私たち二人のように、互いの国民が友人になれれば良い。そんな願いを込めた友好会談、今日はその記念すべき第一回。これからのサントスとバルデスの関係性を決定づけることになるだろう。


「そうね、バルデスの次期女王が、サントスの次期女王にへりくだっている姿を見せるのは問題だわ。」

「あまり無理しないでほしい。貴女が思っているほど、民は厳しくない。」


 生まれた時から次期女王として教育を受けている私と、突然その立場に置かれてしまった彼女。真面目で優しい人間だと知っているからこそ、その重圧に押しつぶされてしまわないか心配になる。

 国の象徴として、自分たちを導く存在として、彼らが私たちに期待するものは大きい。されど、私たちが人間であることも分かってくれている。その辺りを上手く伝えられると良いのだが。


「ええ。けれど、独立から9年を経た今でも、民同士の憎しみは消えていないわ。母たちが努力しているにもかかわらず。」

「たったの9年だろう。何百年と繰り返した争いの記憶は、そう簡単に消えはしない。」

 多くの民にとって、独立時の争いは記憶に新しい。そこで家族や友人を失った者も多く、そう簡単に許せるはずもない。


「それなら、私たちが目指すは、真の平和かしら。」

「曖昧だな。もっと分かりやすく表現するなら、両国の民の互いに対する憎しみを軽減する、といったところか。これでもまだ抽象的だ。」

 抽象的な理想も忘れてはならない。理想へ近づく目的のために、手段を選ばなくなってしまわないようにするには。

「志は高く持ちましょう。幼い頃はサントスで過ごした私だもの。きっとやれるわ。これからは独立したバルデスしか知らない世代も増えてくる。その時、サントス憎しの前時代の声が残っていては、争いの歴史が繰り返されるだけだもの。」


 アルセリアの言うように、今はまだ、反サントスの人々もサントス統治下のバルデスを知っている。それが如何に気に食わないものでも、サントス人との交流はあったし、サントス人が化け物ではないことも分かっている。

 一方で、憎いという話だけを聞いて育った世代はどうだろう。想像がより悪い方向へ働く可能性も否定できず、語る人によってはサントスが悪逆非道であったかのように表現されることもあるだろう。

 その状況で、いきなり自由な人の行き来は無謀だ。


「当面は国民同士も気軽に交流できる機会を設けることが目標になるだろう。」

 王族同士の正式な交流は実現した。ここから、互いに関する知識を広めて行けば、過去に起きたことと、今目の前にいる人間を区別してもらえるようにはなるだろう。

「そうね。私たちの代で、自由な行き来ができるくらいにまでなれば良いわね。」

 現状、サントス国民が簡単な確認だけで行き来できる国はごく一部で、100年以上親密な関係を続けている数か国だけだ。完全な自由は実現しないだろうし、その水準の交流すらバルデスとは困難だろう。そのくらい、バルデスとの行き来は厳しく制限されており、一般の民の行き来はほぼ不可能な状況だ。

「私がバルデスの女王で、貴女がサントスの女王になった日、そこからまた始めるのよ。私たちなら、きっとやれるわ。約束よ、私たちで、憎しみの連鎖を断ち切りましょう。」

「ああ、約束だ。」



 この時、彼女は既に思い詰めていたのだろうか。それとも、この時の言葉が呪縛となってしまったのだろうか。ここで別の言葉を言えていれば、彼女の選択も違うものとなったのだろうか。

 私は、何も気付けなかった。私だけが、彼女と同じ立場で、同じものを見ることができたというのに。私は、ただ無邪気に、アルセリアと手を取り合い、ゆっくりと二国の民を導いていく未来を見ていた。




 人々に見せつけるための友好会談。具体的な内容を詰めるより、両国の王族が親密な関係にあることを示すことが主な狙いだ。


 バルデス女王が直々にサントスの王都までやってきていた。

「本日はお招きいただきありがとうございます、サントス女王。」

「こちらこそ、ご足労いただき感謝します、バルデス女王。」

 それぞれの国の頂点に君臨する者が言葉を交わす。他の人を遠ざけているためか、言葉のわりに場の空気は柔らかい。両国女王の表情も親しい者に向けるような笑みだ。

「アルセリア王女も大きくなられましたね。」

「ええ、アリシア王女も立派になられて。」

 9年前までは女王とそれに仕えるバルデス領主という立場であった二人。私的な時間には仲の良い友人でもあり、彼女たちが一番、この時間を心待ちにしていたことだろう。



 友好会談は恙なく終了した。行ったという事実が重要であるため、来年以降も行うと決定したこと以外は、特筆すべきこともない。彼女たちが楽しみはむしろ、その後に開催する晩餐会。


「今日が、サントス王国とバルデス王国の、対等な隣人としての始まりの日です。互いに憎しみ合うのではなく、同じ大陸の人間として、手を取り合う未来への第一歩を祝して、乾杯!」

 開催国であるサントス女王の言葉で晩餐会は始まる。王族同士が食事を共にしたとすれば、親密に見えるだろう。そうなれば、相手国を蔑み、侮るような行動は取りにくくなるはずだった。




 バルデス王国とは友好への道を見て、大陸諸国とは同じ連盟の加盟国として連盟裁判所という主に外交問題の仲裁を担う組織まで立ち上げた。そうして、サントスを取り巻く大陸諸国との関係は、穏やかなものになっていくかと思われた。


 そんな希望に満ち溢れた時間から1年に満たなかった。バルデス女王が暗殺され、アルセリアが女王となったことをきっかけに、バルデス国内に暗雲が立ち込め始めたのだ。





「サントスに侵略され、支配された屈辱を忘れるな!我らが魂を以て、受け継いだ祖先の無念を晴らすのだ!」


 かつて両国の友好について語った彼女はどこにもいなかった。憎しみを語る彼女の目には、何が映っているのだろう。


 自分の母を殺した人々だろうか。反サントスでなければ、独立を実現した女王であれ殺すことを厭わない人々だろうか。それに怯えて、反サントスを装っているだけだと期待しても良いだろうか。


 それでも自国の民に対する行動は説明がつかない。


 何故、強制的に民を兵士に仕立て上げるのか。サントスがバルデスの独立を認め、同じ大陸連盟に属している以上、そこまでの軍事力は必要ないはずだ。

 何故、税率を1割も上昇させたのか。何故、不敬罪の適用範囲を広げたのか。何故、議会を解体したのか。


 彼女の行動は、以前の彼女を知っている身からすれば、不可解なことだらけだ。そのようなことをすれば、民からの反感を買い、国がばらばらになってしまうことなど、彼女にも理解できるはずなのに。




 そんなふうに、隣国バルデスで不穏な動きが見られる中、私の成人の儀は執り行われた。

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