表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シキ  作者: 現野翔子
翠の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/192

記憶の始まり

 白く綺麗な部屋、可愛いお人形、たくさんの本、窓から見える風景、時々会いに来てくれる二人の女性。それが世界の全てだった。




 きょうは、いいおてんき。くもがなくて、おにわがみえる。みどりと、きみどりと、あおみどりと、あとはいろんなおはな。

 それに、きょうは、とてもいいひ。あいにきてくれたの。おおきいほうの、おんなのひとが。


「お待たせ。今日は何のお話が聞きたい?」

「くまさんのはなし!」


 くまさんが、おともだちと、ぼうけんにでるの。いっぱいあるいて、ころんで、でも、たちあがって、いろんなものをみるの。おおきいおやまに、ながれるかわに、おさかなさんに、ほかのどうぶつたち。おおかみさんとか、りすさんとか、おともだちがもってふえて、おうちでおかあさんくまと、おとうさんくまが、おかえり、っていってくれるの。


「じゃあ、今日は前のとは違う、熊さんのお話にしましょうか。」

「うん!」


 なんだろう。はやく、じぶんでも、よめるようになりたいな。だって、おおきいおんなのひとか、ちいさいおんなのひとが、いないとき、おにんぎょうさんと、あそぶことしか、できないんだもん。


「昔々ある所に、仲良しの熊さん家族がおりました。」

「くまさん、かわいい!このこたちだね!」


 おたがいをみて、わらいあっているの。くまさんのおはなしは、いっぱいで、だいすきだから、おにんぎょうさんも、いっぱいもらったの。

 いちばんおおきい、くまさんにんぎょうが、おとうさんくま。つぎにおおきいのが、おかあさんくま。つぎが、おねえちゃんくま。それで、おにいちゃんくまがいて、いちばんちいさいくまさんがいるの。みんな、おめめはわたしとおなじ、みどりなんだよ。おおきいおんなのひとも、ちいさいおんなのひとも、おんなじ。


「ふふ、そうね。お姉ちゃん熊とお兄ちゃん熊は、一緒にお庭でお花を植えていました。」

「ちいさいくまさんはー?」


 おねえちゃんくまと、おにいちゃんくまを、ならべておくの。おにわはないけど、あるつもり。ちいさいくまさんも、いっしょがいいよ。


「一番小さい熊さんは、まだ小さいからそれを傍で見ていました。でも、少し気になって、お庭から離れてしまいました。」


 ちいさいくまさんを、ことばにあわせてうごかすの。あれ?


「なにが、きになったの?」

「自分よりも、もっと小さな小さな栗鼠さんが、覗いていたのです。」

「おともだちかな。」


 おはなとおなじくらい、ちいさいりすさん。りすさんのおにんぎょうも、あるの。おはなは、りすさんには、すこし、おおきいね。


「栗鼠さんが、おいでおいで、と森の中に誘ってきます。」

「いくー!それで、おともだちが、もっと、いっぱいになるの。」


 あれ?それは、ほかのおはなしだね。


「一匹で森に入った小さい熊さんは、」

「いっぴきじゃないよ!だって、りすさんが、いっしょだもん。」


 おねえちゃんくまと、おにいちゃんくまが、いっしょじゃないだけ。


「栗鼠さんと二匹で森に入った小さい熊さんは、栗鼠さんが小さすぎて、見失ってしまいました。」

「さがさなきゃ!ほかのおともだちにも、てつだってもらったら、だいじょうぶだよね。」


 ひとりでは、みつけられなくて、みんなでさがせば、みつかるの。ほかのおはなしでは、そうだった。


「ええ、そうね。でも、気が付いたら小さい熊さんがいなくなっていた、お姉ちゃん熊とお兄ちゃん熊はびっくりしていまいます。」


 ちゃんと、つたえてから、いかないと、だめだよね。だまって、でていっちゃ、だめなの。


「あとで、ごめんなさい、しよう。」

「そうね。でも、森の入り口に、小さい熊さんが着けていたリボンが落ちていたのに、気付きます。小さい熊さんは、栗鼠さんに夢中で、リボンを落としたことに気付かなかったのです。」

「りぼんは、だいじじゃないの?」

「リボンよりもお友達のほうが大事だったの。」


 そうだね、おともだちは、いちばんだいじ。りぼんは、おとしても、きれいにできるもん。


「お姉ちゃん熊とお兄ちゃん熊は、お父さん熊とお母さん熊に、小さい熊さんがいないことを伝えました。」

「えらい!ちいさいくまさん、ちょっとうっかりしてたね。」


 わすれちゃうことも、あるの。ちいさいくまさんは、まだちいさいから。


「そうね、あわてんぼうの熊さんだったのね。それから、四匹で一緒に、小さい熊さんを探しに森に入りました。」

「ちいさいくまさんは、どうしてたの?りすさんは?」

「四匹の熊さんは、まず、栗鼠さんを見つけました。」


 ちいさいくまさんは、みつけてもらってないね。


「りすさん!ちいさいくまさんと、はぐれちゃってるよ?」

「だから、栗鼠さんも一緒に探します。」


 おとうさんくまと、おかあさんくまと、おにいちゃんくまと、おねえちゃんくまと、りすさんが、いっしょ。みんなでさがしているから、みつけてもらえるね。


「ちいさいくまさんは?」

「小さい熊さんは、栗鼠さんを探しながら歩いていると、綺麗なお花畑に出ました。」


 おはなばたけ!でも、みんなといっしょがいいな。


「いっぴきでぼうけんしてる!だめだよ、りすさんにもおしえてあげないと。」

「後で教えてあげようと思いながら、そこで出会った蝶々さんに栗鼠さんを見ていないか聞きました。」

「ちょうちょさん、りすさんみたー?」


 ちいさいくまさんは、りすさんと、おおきいくまさんたちが、いっしょにいるって、しらないもんね。


「見てないよ、でも、小さい熊さんを探してる大きい熊さんたちは見たよ、と教えてくれます。」


 いっしょにいるのに、きづかなかったんだ。りすさんは、ちいさくてみえなかったんだね。でも、おおきいくまさんとも、いっしょにいられるようになるね。


「おおきいくまさんのとこいくー。それで、おはなばたけを、おしえてあげるの。あっ、ちょうちょさん、ありがとう。」


 いいばしょは、みんなでみたいもんね。おれいも、わすれないの。


「蝶々さんにお礼を言って、その大きい熊さんたちがいたと言われるほうへ、小さい熊さんは歩いて行きます。」

「りすさん、いた?」

「無事、合流できた小さい熊さんと、栗鼠さんたち。」


 わたしは、ちゃんと、おぼえているの。ちいさいくまさんも、うっかりしなかったら、ちゃんと、つたえられるよね。


「おはなばたけ、おしえてあげなきゃ!」

「嬉しくなった小さい熊さんは、みんなをお花畑まで案内して、蝶々さんも一緒に、みんなでピクニックをしました。めでたし、めでたし。」


 みんなでおでかけ、いいな。


「わたしも、おでかけしたい!」

「ごめんね、本当のお外は危ないの。だから、一人では出ちゃ駄目よ。」


 いつも、そういうの。だから、いつも、まどから、おにわを、みるだけ。


「きょうは?」

「もう行かなくちゃいけないから、ごめんね。」

「じゃあ、もうひとつだけ。わたしにも、ちいさいくまさんみたいに、おとうさんとか、おかあさんはいるの?」


 あったことないね。それに、おでかけしないから、ただいまも、おかえりもないの。いっしょに、ごはんをたべるのも、しないの。いっしょに、おねんねも、しないの。


「いないわ。お父さんも、お母さんも、お姉さんも。」

「おにいちゃんは?」

「いるかも、しれないわね。探せば、きっと。」


 おにいちゃんだけは、いるかもしれないんだ。ほかは、いないけど。




 おおきいおんなのひとが、いてくれるのは、ごほんいっさつぶんの、じかんだけ。でも、ちいさいおんなのひとが、きてくれるときも、あるの。


「ねえ、おでかけしたい。」

「お出かけ?」

「おにわでね、おともだちを、さがすの。」

「うーん、少しだけよ。」


 ちいさいおんなのひとは、すこしかんがえたんだけど、つれていってくれたの。

 はじめてのおそと。あぶないから、やねのなかから、みるだけなんだけど、いつもよりすっごくちかいの。いつかはきっと、あのみどりに、さわるんだ。


「もう良いかな。帰るよ。」

「うん……」


 もっと、いっぱい、みたいけど。もっと、ちかづきたいけど。おへやに、もどってからの、ぷれぜんとも、だいじ。


「はい!」

「どうしたの、これ。とても綺麗ね。」

「かいたの!」

「私を描いてくれたの?ありがとう、とっても嬉しいわ。」


 わらってくれた。しずかにしないと、いけないから、おうたは、だめ、なんだって。でも、おえかきは、しずかにできるから、いいの。






 なぜか、二人ともほとんど来なくなってしまった。たまに来てくれるほうも、だんだんと来なくなって、お外を歩く人の音もしない。お庭のお花たちも元気がない。それでも、元気な緑もある。でも、手を伸ばしても届かないの。連れ出してくれる人がいないから。

 今までは雪が降る季節でも、色んなお花が咲いていた。会いに来てくれる人も、今はいない。代わりに、お人形のお友達が私を温めてくれているの。


 そうやって今日もお兄ちゃん熊を抱き締めて、誰かが来てくれるのを待っていた。


「こんばんは。」


 知らない人の低い声。掛けてくれた上着が暖かい。


「お兄さん、誰?」


 見た目もやっぱり、知らない人。ご本の聖女様ほどではないけど金っぽくて短い髪に、図鑑に載っていた翡翠のような瞳。今まで見たどんな人より背が高くて、体が大きい、男の人。


「俺はエミリオ。君は?」

「モニカっていうの。最近なんだか人が少ないみたいなの。どうしてか知ってる?」


 お外から来たこの人なら、何か知っているかも。それに、二人とも違うから、教えてくれるかも。そうしたらね、エミリオは私のほうをじっと見ながら、本当に答えてくれるの。


「このお家の人が忙しくて、お友達を呼べなくなったんだよ。」


 今まではお友達がいっぱいだったんだね。あの二人は、このお家の人のお友達だったんだ。それなら、私はこのお家の人に会ったことがないね。


「そうなの?そういえば、アルセリアもベアトリスも会いに来てくれないの。特にベアトリスはね、ずっとずーっと、来てくれないの。」


 前はご本を読んでくれたり、お庭を近くで見せてくれたりしたのに。


「その人たちとはどんな関係なのかな。」

「お話に来てくれるの。でもお外には出ちゃダメって言うの。それなのに来てくれないんだよ。お庭もね、前は綺麗なお花がいっぱい咲いてたのに、今はみんな枯れちゃってるの。」


 エミリオは私のお家をぐるっと見回す。お人形のお友達がいっぱいだけど、それには興味がないみたい。


「他の人は来るのかな。」

「ご飯持ってきてくれる人と、お着換えをくれる人。でも、何にもお話してくれないの。話しかけても、なーんにも。アルセリアとベアトリスも、お喋りしちゃダメって。」


 だから、お話しできるのは二人だけ。エミリオで三人目。そうだ。


「ねえ、エミリオ。お散歩しよ。会いに来てくれないんだから、出てもいいよね?」


 ずっと来てくれないの。いつになったら、お庭をお散歩できるのかな。だから、この機会にお願いするの。

 お兄ちゃん熊を抱き締めたまま、エミリオの服の裾を引っ張って、訴えるの。一人で出ちゃダメなだけだから、エミリオと一緒ならいいよね。


「そうだな。じゃあ、おいで。」


 お兄ちゃん熊にはお留守番をしておいてもらおう。



 手を引いてエミリオが連れて行ってくれたのは、行ったことのない場所。アルセリアとは階段を下りた所まで。エミリオはさらにたくさん扉をくぐって、どんどん遠い所に連れて行ってくれるの。


「わぁ。初めてお外に出たの!」


 屋根はあるけど、今までよりももっとお外。もう、一人では戻れないくらい遠い。


「良かったな。」

「うん!ねえ、エミリオは何をしに来たの?」

「アルセリアを探しに。」


 お友達なんだ。でも、居場所は知らない。一人より二人のほうが、早く見つかるよね。ベアトリスのことも頼んじゃおう。


「私もアルセリアに会いたい!手伝うから、ベアトリスも探すの手伝って!あのね、ベアトリスはね、よく絵本を読んでくれたの。」

「そっか。じゃあ、一緒に探そうか。」

「うん!」


 もしかしたら、エミリオがお兄ちゃんなのかな。だから、私を探しに来てくれたのかな。



 色んな所を歩いて行く。お手手を繋いで、一緒に歩く。見たことのない物だらけで、初めての場所もたくさん歩く。

 お話は大事。たくさんお話すると、仲良くなれる。だから、アルセリアとベアトリスのことを、たくさん伝えたの。二人とも優しくて色んなことを教えてくれた。ベアトリスは絵本を読んで、文字も絵も教えてくれた。アルセリアは本当のお外での話をしてくれて、お庭から緑とお花を持ってきてくれた。


 エミリオは、そんな私の話を聞きながら、たくさんのお家の扉を開けていく。どれも見たことのないお家だけど、一つだけ、知っている物を置いていた。


「あっ、これアルセリアのだ!私があげたの!上手に描けてるでしょ?」


 初めてのプレゼント。ベアトリスに絵を教えてもらってから、こっそり描いていたアルセリアの似顔絵。指を差して、エミリオにも見てもらおうと思ったのに、エミリオはお家の中を見渡している。だけど、一瞬だけ私の絵を見てくれた。


「そうだな。今はいないのか。」

「すっごく喜んでくれたんだよ。自分を描いてくれて嬉しいって。」

「そっか。」


 簡単な返事だけで、エミリオは別のお部屋に行ってしまう。でも、すぐに戻ってきてくれた。


「モニカ、他にアルセリアがいそうな場所は分かるかな。」

「うーん、とね。お仕事するお部屋もあるって言ってたよ。でも、夜はちゃんと寝なきゃダメって言ってたのに、アルセリアはまだお仕事してるの?」


 窓の外はエミリオを歩いているうちに真っ暗になってしまった。聞いてもエミリオはまだ何かを考えていて、答えてくれない。他のお部屋も探すのかな。


「あとは、お客さんとお話する小さい部屋とか、大事な人とお話する大きい部屋とか、いっぱいの人と話し合うお部屋とか、色々あるんだって。あのね、大事な人とお話する一番大きいお部屋は「えっけんのま」って言うんだって。」

「行ってみようか。」


 アルセリアのお家から出て、エミリオがまたどこかへ連れて行ってくれる。エミリオが一緒なら、まだ寝なくていいよね。



 広い所を見て、机と椅子がたくさんで。でも、エミリオはがっかりしてまた出ていく。そんなことを繰り返して、今までのどこよりも大きい扉を開いた。


「モニカ、ここが謁見の」


 言いかけて全部の動きを止めたエミリオ。扉の中を覗き込もうとすれば、止められる。


「エミリオ?」

「ちょっと、外で待っててくれるかな。」

「うん。」


 エミリオはきちんと戻って来てくれるから。



「お待たせ、モニカ。」

「お帰り!」


 座って待って、戻って来たエミリオに抱き着いたの。そうしたら、頭をぽんぽんとして、また手を繋いでくれた。


「アルセリアはもうここにいない。一緒に行こう。」

「誰かに聞いたの?」

「ああ。」


 また遠くへ、遠くへ連れて行ってくれるの。こんなに冒険ができるなんて、お話の中の人みたいだね。


「ねえ、今度はどこへ行くの?」

「俺のお家に帰ろうか。アルセリアたちが迎えに来てくれるまで。」

「うん!」


 秘密の通路を通って、エミリオと初めて屋根のないお外に出た。それから、エミリオのお家に連れて行ってもらったの。今度はここで、アルセリアが来てくれるのを待つんだって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ