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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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有栖夏海視点:密約

 平日、珍しく秋人から手紙が来た。毎週、家で会っているのだからわざわざ手紙を出す必要なんてないのに。たった数日が待てなかったのかしら。しょうがない子ね。


  夏海姉さんへ

 今週の土曜日、友達連れて帰っても良い?ラウラがこの間の話を聞いてみてくれるって。俺も行って一緒に話を聞くから、その内容を伝えたい。それと、他に何か知らない?


 家族だから良いけれど、この文面で誰か他の人に出すとかなり問題ね。自分の名前すら書いていない。家に女の子を連れてくる意味も、そろそろ考えて良い年齢のはずだけれど。




 当日、午前中。予想していた本当に珍しい人からの手紙が届く。


「ふふ、慌てたでしょうね。」


 その手紙の到着から間もなく、秋人がラウラという子を連れて帰ってくる。


「ただいまー。」

「お帰り。貴女がラウラかしら。」


 秋人の隣に立つ、非常に緊張した様子の女の子。栗色の髪に碧の瞳で、まだ表情に幼さを残した素朴な少女だ。


「は、はい。お初にお目にかかります。〔赦しの聖女〕の妹、ラウラと申します。」

「初めまして、有栖夏海よ。いつも秋人がお世話になっているわ。」

「いいえ、私のほうこそ、いつも助けてもらっています。」


 〔聖女〕の妹。繋がりとしては悪くない。これまでの話と家に連れて来たという事実から好感情を読み取れるし、それについて来たこの子も憎からず思ってくれているはず。昼食の様子を見ても、最低限の礼儀作法はなっていた。まだ粗削りな感はあるけれど、許容範囲内。これから家庭教師をつけてあげても良いのだから。

 応接間でラウラと話していると、侍女が待ち人の到着を教えてくれる。


「通して頂戴。」


 来たのは島口伯爵家の第二子、弘樹君。


「突然申し訳ありません、夏海様。」

「いいえ、こちらこそ、うちの秋人がいつもお世話になっているわ。」


 リージョン教関連の話を秋人にした時点で分かっていた。弘樹君が宗教省リージョン教庁に配属されたことは知っているし、〔琥珀の君〕関連の話でも関わっていたのだから。そうでなくとも幼い頃から頼っている相手だ。私から情報を得られないとなれば、彼にも聞きに行くだろう。

 弘樹君が手紙で伝えられなかった詳細について話していく。おそらく、リージョン教過激派が政府内に入り込んでいるという話が広まってしまうことへの懸念だろう。暗に、まだ学生の秋人になぜそんな話をしたのか、と責めている。


「そうね、貴方はこの話をどう考えるかしら。」

「問題はあるでしょう。ですが、特定の人物と親しいという理由や、身近な人物に自分の信仰する宗教を勧めているだけでは、その職を追うことはできません。既に降格処分を受けているのならなおさら、同じ理由で追及することは不可能です。」


 当たり前の回答ね。職務上の立場の問題かしら。秋人が伝える前に過激派が入り込んでいる話は知っていたはずだから、どう話してもらおうかしら。


「ええ。だけどそれは同時に、それ以上の証拠を見つけられなかっただけ、とも考えられるわ。教義を国法にしようとして、降格だけで済んでいるなんておかしいもの。貴族の協力が必要だわ。上手く隠れているようだけれど。」

「貴女はそれを調べようとされているのですか。」

「ええ、そうよ。巻き込んでしまってごめんなさい。だけど、後から聞かされるよりましよね。」


 議会に法案を提出できるほどになっている。そして〔赦しの聖女〕が現れて、人気も高まっている。そろそろ動きだすかもしれない。そうなれば、宗教省リージョン教庁の人々は忙しくなるだろう。


「そう、ですね。」

「秋人が騎士の知り合いにまで伝えてしまったことは想定外だけれど、これでだいぶ調査しやすくなったわね。」


 過激派への道筋はできた。〔聖女〕本人にも接触できて、無理をしてもらう必要はなくなった。


「夏海姉さんのせいで怒られた……」

「黙りなさい。文句は後で聞いてあげるわ。」


 いつもごめんね、秋人の評判って話を聞き出すのに都合が良いの。私たちではどうしても警戒されてしまうから。

 後は、弘樹君に協力してもらうだけ。これは簡単ね。


「そういえば弘樹君、桃子ちゃんはお元気かしら。」

「ええ、体調を崩すこともなく、健康に過ごせております。」

「彼女を、巻き込みたくはないでしょう?」

「それは立派な脅迫ですよ、夏海様。」


 急な話題の転換に不審そうだった目が、敵意を露わにする。弘樹君もまだまだね。そんなに相手に分かるようにしては駄目よ。自分の弱みだと言っているようなものだわ。


「あら、何のことかしら。今、私たちに協力すれば貴方は目立たないと思うけれど、そちらの仕事になれば貴方がリージョン教側と交渉することになってしまうものね。」


 だから私たちに任せたほうが安全、と言ったつもりなのだけれど。


「……断った場合は、どうするおつもりですか。」

「別にどうもしないわ。ただいずれ入り込んだ過激派は行動を開始するでしょうね。その時、皇国側の人間として知られている貴方は恨まれることになるでしょう。結果として、桃子ちゃんが危険な目に遭う。恨んだ相手を傷つけるには、相手の大切な人をどうにかしてしまうのが効果的だもの。」


 弘樹君が桃子ちゃんを大切にしているのは、すぐに分かる事実だ。深く溜め息を吐く彼だけれど、そんな状況を作ったのは貴方よ。全く、夜会の度に見せつけて。


「協力、してくれるわよね。」

「……はい。」

「ありがとう。では早速だけれど、あの二人に聞き覚えはあるかしら。」


 一度は了承したのにまだ渋っている。聞いたことくらいはあるはず。知らないなんて答えは認めないわ。


「……職務上の機密があることはご存じでしょう。」

「協力していただけるのよね。」

「おおよそ、二人がマリアさんから聞いたことと同じですよ。あとは中山香さんがキアラさんと定期的に連絡を取っているという話程度ですね。ですが、新たな問題を起こさない限り、こちらから何かをすることは不可能です。」

「ええ、そうね。私たちには立場があるもの。」


 でも秋人やラウラなら動けるでしょう。そう思って二人を見るけれど、秋人には分からなかったようね。


「え、でも、夏海姉さん。さっき弘樹さんに、俺が会いに行くって言ったら怒られたんだけど。」

「身分を利用して会おうとするからよ。」


 もっと慎重に動きなさい。貴族としての心構えも習っているはずなのだけれど。父も甘やかし過ぎなのよ。

 不審に思わせないように会う方法なら、適任がここにいるというのに。


「ラウラさん、協力していただけるかしら。」

「もちろんです。」


 ラウラは乗り気。良かったわ、色々説明する手間が省けて。リージョン教にとっても利益のあることなのよ、ってね。


「だったら〔聖女〕様が彼らと会う時に同行してほしいの。そこで、貴女個人が彼らと親しくなる。そして、個人的な友人を紹介するというかたちで、秋人に会わせてほしいの。」

「私が調べるだけでは不十分ですか。」


 不服そう。ごめんね、そういうわけではないの。適材適所というものよ。


「貴女は〔聖女〕の妹だから過激派に警戒されるの。だけど秋人ならそうはならない。政府内で働いているのなら有栖の名を聞いたことがあるはずで、その中で末っ子の秋人についても聞くことはできるわ。そして彼らは思うでしょう。上手く利用できる、ってね。」


 戸惑った表情のラウラ。貴族の事情には疎いようね。


「あの、有栖家ってそんなに有名なんですか。」

「いつ三公爵の一つにとって代わるか、と言われる程度にはね。父も今は領地で大人しくしているけれど以前は色々やっていたし、兄も私もそれなりの立場にいるからね。注目される家ではあるわ。」


 父は野心を疑われるのが煩わしくて、秋人が生まれた頃に政府内の地位を返上し、自領地の運営に専念することにした。情報は私たちが集めて、兄が次期侯爵として積極的に行動している。


「それなら秋人はどう言われているんですか。」

「出来損ないだと。」


 吐き捨てるように秋人は自分で答える。心無い人が大勢いるから。後で慰めてあげないと。本人も不出来なわけではないの、ただ比較対象が悪いだけで。


「少しやんちゃで素直だから、舌先三寸で誤魔化せそう、と思われているのよね。おかげで信じてもらいやすくて、助かっているわ。」


 上辺の言葉を信じて協力する、という姿を信じてもらえる。私に伝わっていると知られないように気を付ければ、それで十分だったから、何度も協力してもらったわ。秋人は他の人から怒られることもあるけれど、後で慰めてあげれば何度でも言うことを聞いてくれるのよ。


「そうですか、分かりました。私は友人を紹介できる程度に、親しくなれば良いんですね。」

「ええ、お願い。分かっているとは思うけれど、この話は内密に。」


 ラウラは頷くが、弘樹君はまだ心配があるようだ。


「問題は後の二人でしょう。桐山慶司のほうには頼んでもらえば大丈夫でしょうけど、神野愛良のほうは騎士の神野優弥さんに伝わってしまいます。」

「これから私が向かうわ。間に合えば良いのだけれど。」


 今から手紙を出しても、会えるのは早くて来週。それまでに防衛大臣に報告が上がってしまう。大臣が会議にかけなければ良いのだけれど。




 翌週、承諾をいただいたため、現在防衛大臣を務めておられる公爵の屋敷を訪ねた。


「急に申し訳ありません、六条公爵。」

「いや、構わないよ。夏海さん、緊急の要件とは何かな。」

「それに関してなのですが、リージョン教過激派が政府内に入り込んでいるという話はご存じでしょうか。」

「なぜ夏海さんがその話を?」


 私は外務省に勤めている。内乱の兆しを調査するのは防衛省の管轄、宗教関係でも宗教省の管轄だ。六条公爵が疑問に思うのも無理はない。


「色々と、ね。公爵も色々とご存じでしょう?」

「なるほど、そうだね。君も大人になったわけだ。……先日、部下から報告が上がったよ。団員の一人が、妹からリージョン教過激派の官吏の知り合いはいないかと聞かれた、と。」


 神野兄妹の話だ。やはり既に報告されていたか。


「私は彼らの背後に貴族がいると考えています。不自然な点が多いですから。しかし、事を大きくすれば、警戒されて、切り離されるだけでしょう。」


 そうなれば、背後の貴族に辿り着けない。国内を混乱に陥れようとする、貴族の責務を忘れた者に。


「内密に、というわけか。」

「お願いできますか。」

「もちろん、私にも関わらせてもらえるのだろうね。」


 六条公爵も動けば目立ってしまう。彼も静観するのが好きな性格ではないけれど。


「ええ。ですが、貴方も私も直接動くと警戒されるでしょう。〔聖女〕の妹ラウラにも協力を仰いでいます。」

「ほう、〔聖女〕の妹に。」


 六条公爵も興味を抱いた。彼女もこれから大変になるだろう。今はまだ学園に守られているけれど、卒業後は〔聖女〕の庇護力にかかってくる。


「秋人が学園で知り合って。」

「そうか、秋人君もなかなか隅におけないね。父親に似たか。いや、母親のほうもそれなりだったな。」


 両親と六条公爵は学園で友好を深めたそうだ。今も時々連絡を取り合っていると。昔を懐かしむ公爵だあ、す、と表情を引き締める。


「……それで君は、誰が過激派の背後にいると考えているのかな。」

「まだ分かりません。ですが、親しくなれば、そこも分かってくるでしょう。」


 いきなり紹介はしてもらえないだろうけれど、近しい人物には辿り着ける。もう幼くて可愛い子どもと言える見た目ではないことが残念ね。そのほうが相手も油断して口を滑らせてくれるのだけれど。


「では私も話を聞く程度に留めよう。陛下には伝えるが構わないな。内密に片付けるという君の意向も伝えよう。」

「ええ、ありがとうございます。」


 陛下が把握してくだされば、かなり動きやすい。少なくともこちらの真意を疑われることはないだろう。事が片付いた際、他の貴族から野心を疑われる程度か。そこは兄に任せよう。


「有栖侯爵はこのことをご存じかな。」

「ええ、多少は。領地におりますので、詳細は伝えておりません。」

「そうか。何かあれば相談に乗ろう。」

「ありがとうございます。」


 心強い味方だ。六条公爵家は危うい立場でもないから、我が家を危険視することもなのだろう。両親と親しいことも理由の一部ではある。騎士に伝わったことも、結果としては良かったのだろう。


「具体的な作戦は考えているのかな。」

「既に政府内に入り込んでいる具体的な人物を二人ほど聞かせてくれました。」


 一人ずつ詳細を伝えると、六条公爵はそれを咀嚼し、誰から攻めるかを考えてくれる。


「背後に近そうなのは、上原隆か。法務省には誰が務めていたかな。」

「落葉伯爵がお勤めだったかと。」

「ああ、あの。私から聞くと不自然だな。」

「たまには叔母に会うのも良いでしょう。任せてみましょうよ、手紙は持たせますから。」


 私もあまり会っていないもの。一番自由な行動が許される子にお願いしよう。本当に立場というのは煩わしい。これまでの評判も合わせて、少しのことで野心があると言われてしまうのだから。


「期待しているよ。」

「ええ、良い報告をしてくれるでしょう。」

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