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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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情報収集

 待ち合わせはオルランド邸。秋人が訪ねてくれることになっている。予めオルランド様にも許可は取っているから、問題はない。


「お久しぶりです、オルランド猊下。まさか猊下自ら出迎えてくださるとは。〔聖女〕様も。」

「夏海君から文を頂いてね。私用だから構わないとはあったんだが、秋人君も会っていなかっただろう?大きくなったな。」


 マリアも儀式の時とほではないけれど、〔聖女〕の活動をする時の比較的しっかりしたローブを着ているし、オルランド様も見知っている。もしかして有栖侯爵家って大きな貴族の家なのかな。だけど、侯爵の上に公爵という爵位があったはず。

 今日の秋人の服装も、装飾は控えめながら細かな刺繍は施されていて、高価なものであることが伺える。話し方も違い、別人のようだ。


「突然で申し訳ないのですが、もし時間がおありでしたら、一つお尋ねしたいことがあるのです。」

「ああ、何かね。」

「官吏の中に、リージョン教の過激派が入り込んでいるという噂を聞きまして。」


 オルランド様の表情が悲しそうなものに変わる。マリアも歓迎している雰囲気ではない。


「一般の方々がリージョン教の一部を過激派と呼んでいることは知っているが、あくまでも官吏の中にも信者がいるというだけだよ。」

「過激派と呼ばれる方々かは分かりませんが、リージョン教徒のお話ならできますよ。こちらへどうぞ。」


 マリアが案内し、オルランド様はご自身の仕事に戻られる。活動という言い方を好んでおられたか。



「何からお話しましょうか。」

「では、一番よく会う方から。お名前とその方の政治的立場、可能なら宗教的立場を教えてください。」


 マリアは何人もの話をしていくが、期待したようなものはない。しかし、少し引っかかる人はいた。


「特に最近、よく会ってくださるようになった方なら、上原うえはらたかしさん。法務省に勤めておられるのだけれど、リージョン教の教義を国法にしようとしたことがあるそうよ。そのせいで降格させられたと仰っていたわ。」


 よく辞めさせられなかったね。これはもはや入り込んでいると言っても良いような行いだ。


「それから、中山なかやまかおるさん。彼女はお話が上手で、色々な人にリージョン教のお話をしているの。内務省に勤めておられて、知り合いも多いみたい。リージョン教内にも、政府内にも。キアラ様とも親交があるのよ。」


 キアラ様はマリア誘拐の件で、降格処分を受けた聖職者。過激派の人で、皇都・彩光の司教であるアルフィオ様に心酔していた。ただ布教しているだけなら、リージョン教にとっては有難い存在だけど、キアラ様と親しいのは気にかかる。


「政府内にいるリージョン教徒の知り合いはこれで以上よ。宗教省の方は絶対に宗教的立場を教えてくださらないの。一番、知り合う機会は多いのだけれど。」

「ええ、そうでしょうね。そういう規則になっているそうですから。」


 そんな人たちに、リージョン教は一部儀式の維持を協力してもらっているのか。危なくはないかな。


「あら、そうなのね。他に聞きたいことはあるかしら。」

「いえ、ありがとうございます。」


 心の込められていない社交辞令のような会話を経て、ようやく次へ向かえる。次は島口さんの所だ。




「弘樹さん、上原隆って人と、中山香って人、知ってる?」

「いきなり何の話だ。」


 案内されるなり問いかける秋人。島口さんは呆れた様子を見せるけれど、考えてもくれている。


「知らないかなって。」

「……知らないな。」


 面倒そうに答え、なぜか間が長かった。思い出すのにそんなに時間がかかるものかな。聞き覚えくらいはありそうだ。私なら知っていておかしくない情報があるから、説得もできるだろう。


「私は、マリアとは違います。マリアは生まれた時からリージョン教徒で、とても敬虔な信者です。ですが私は違います。今もマリアを支えたい、守りたいとは思っていますが、その教義についてはあまり考えていません。」

「どうしたんだ、ラウラ。」


 秋人に対するあしらうような態度とは変わって、話を聞く態勢に入ってくれる。


「だからマリアと対立し、マリアが大切にするものを壊しかねない人には、気を付けているんです。例えば、リージョン教の過激派。彼らの行動によって皇国が不利益を被れば、今は協力関係にあっても、弾圧されるかもしれません。」

「一派閥の行動だけで、その宗教全体を弾圧することはない。そこは安心してくれて良い。」


 私はどこの国の国民でもない。ヴィネスは、地図上はエスピノ帝国の領土だ。しかし、誰が統治しているわけでもなく、エスピノ帝国内でも帝国民として扱われることはない。そして今は虹彩皇国に住んでいるが、皇民でもない。それでも、何年も過ごせば、皇民のような意識を持つこともあるだろう。

 私は皇国の学園に通われている。つまり、少なくともあと二年と少し、おそらくはそれ以上の期間、皇国を主な活動の場とするはずだ。マリアは、皇国において浸透している舞の儀式も習っているのだから。


「ですが、皇民には悪印象を植え付け、皇国の政治にも悪影響を与えるでしょう。私は、この虹彩皇国で生きていくつもりです。今はまだ余所者と扱われていても、私はここの人々と良い関係を築いていきたい。マリアやマリアの大切にするリージョン教が悪く思われるような事態は避けたいのです。」

「それはマリアさんやオルランドさんに相談したほうが良いんじゃないか。」


 彼らではいけない理由を納得させれば良いだけ。そんなの簡単だ。


「二人とも融和派です。神の愛する人々のすることだからと、過激派を排除しようとはしません。そのための情報を掴んでも、何の行動も起こさないでしょう。ですが私は違います。マリアのため、リージョン教のため、皇国のため、私にはその情報を渡す用意があります。過激派の行動によって、一番の不利益を被るのはリージョン教かもしれません。ですが皇国もまたそうでしょう。」


 内部の情報を流出されたり、リージョン教過激派幹部の指示に従う官吏が増えたり、リージョン教の教義に則った法律が作成されたり。

 皇国のための情報。そう言えば、国に仕える立場の島口さんは断らないでいてくれるだろう。


「その情報というのは?」

「先日の〔赦しの聖女〕・光輝皇子誘拐事件に関して、キアラ様の関与は否定されましたね。しかし、教会内での地位は落ちました。」

「ああ、そう聞いている。」

「そのキアラ様と親交を深めている内務省の官吏がいるのです。」

「把握している。」


 興味を引くことができたかな。だけど、その返事は思わしくない。知っているだけでは、対処してもらえるか分からないのだから。


「それから、リージョン教の教義を国法にしようとして降格されたことのある法務省の官吏。」

「上が降格で十分だと判断したのなら、その件に関して再び裁くことは不可能だ。既に処罰されている。」


 また同じことをすると思うけど。これでも教えてもらえないのか。どうしようかと思案していると、秋人が補足してくれた。


「その上、内務省の官吏は政府内で過激派の思想を広めてる。内側からそうされるのは、かなり困るんじゃねえの?」

「それが、最初に上げた二人の名前か。」

「そういうこと。内務省の中山香、法務省の上原隆。二人とも平民だろ?俺が話を聞きたいって言えば、聞きに行けるよな。」


 権力濫用だよね。こっそり会いに行くほうが良い気がする。ぼんやりとそんな風に思っていると、島口さんが秋人を睨み、厳しい声を出した。


「秋人、それがどういう意味か分かってるのか。有栖侯爵と光春様、夏海様にも大きな迷惑をかけることになる。有栖侯爵家の信用を落とす行為だ。ついこの前、拓真さんから叱られたのを忘れたか。」


 この辺りはお貴族様の事情かな。私には関係のない話だ。


「ラウラも、〔聖女〕の妹、未来の付き人、と言うのなら、それ相応の行動を心掛けるべきだ。君の行動が〔聖女〕への信頼を落とすことになる。〔聖女〕の妹が、有栖侯爵家の末っ子を騙して、皇国に混乱をもたらそうとした、ってな。」

「違う!私は、リージョン教の過激派がそうしようとするのを止めようとして!」

「本当の理由は関係ない。自分たちに都合の良いように情報を操作するのが貴族だからな。無理なことをすればそう言われかねない、という話だ。」


 任せたとして、彼らを排除してくれるとは限らない。だから自分で調べようとしているのに。


「過激派は、リージョン教しか認めません。リージョン教だけが世界を正しく導けると言うのです。リージョン教以外の宗教も、当然国家という形態さえ、許しません。奴らの勢いを弱めるには、政府内部に潜む過激派を追い出し、過激派の方法が非効率的であると示さねばなりません。それを皇国はしてくれますか。」


 追い出すことはできるだろう。しかし、するかどうかは別問題。法に反すれば罰則があるという程度のもので、何度だって挑戦できることだろう。


「君には関係のない、」

「関係あります!私は〔聖女)の妹で、これからは皇国で生きていくリージョン教徒です。リージョン教と皇国の未来を、心配してはいけませんか。」


 黙り込み、溜め息を吐かれる。だけど、ここは引けない。


「……君は、その話を誰から聞いた。」

「マリアから。」

「本当か?マリアさんは過激派のことなど気にしていなかったが。本当に、その話をマリアさんから聞いたのか。」

「はい。」


 躊躇いなく、答えられる。マリアから聞いたのは事実だから。過激派かどうかなんて、マリアが気にしていなかったことも事実だけど。


「それなら、俺に話を持ってくる必要はないよな。」

「え?」

「マリアさんがその情報を拾い上げてわざわざ話したということは、オルランドさんもそれを把握しているだろう。そうなればもう、リージョン教内部の問題だ。政府内で問題行動があれば処罰対象となるが、それだけだ。君にとってもリージョン教内でしかるべき処置がとられる以上、心配事は解消されていると思うが。」


 マリアと私はオルランド様の邸宅に住まわせてもらっている。その上、マリアは毎日顔を合わせて話をしている。マリアが私にこの情報を選んで伝えたなら、当然、オルランド様も知っている。その上で処罰がないなら、必要ないなどの判断があったとなってしまう。

 どうしよう、どうしたら説得できるだろう。秋人助けて、という思いを込めた視線を送る。


「俺が、夏海姉さんから聞いた。官吏の中に怪しい動きがある、過激派が入り込んでいる、って。だけど、誰かは教えてもらえなかったから、〔聖女〕に聞きに行ったんだよ。」

「夏海様は今日、どこに?」

「家にいる。この後、話を聞くつもりだから。」

「俺も行っても良いな?」

「うん。」


 秋人の返事を聞くとすぐに、島口さんはさらさらと手紙を書き、呼び出した侍従に持たせた。有栖夏海に届けるように言って。


「その話は他に誰か知ってるか。」

「俺が話したのは、慶司先輩と、愛良。」

「私はマリアとオルランド様です。」

「慶司と愛良か。」


 悩んでいるところに悪いけど、他にも知っているだろう人を伝えなくては。


「あと、愛良ちゃんにはお兄さんが騎士だから、聞いておいて、と。」

「……大事になりそうだな。」

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