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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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マリアと愛良ちゃん

「初めまして、神野愛良です。」

「マリアよ。貴女のことはラウラから聞いていたわ。」


 土曜日、愛良ちゃんをオルランド邸へ迎える。簡単に自己紹介を終えると早速、愛良ちゃんはお茶会の時の疑問をぶつける。


「所詮、噂だと思っていたの。まさか〔琥珀の君〕がそこまで危険な目に遭うなんてって。ごめんなさいね、愛良も。」

「そっか。慶司にも謝らないとダメだよ。」

「ええ、分かったわ。」


 マリアにもこんな風に言えるなんて、愛良ちゃんて意外と大物かも。みんな〔聖女〕様って敬っているから。〔赦しの聖女〕に、謝らないとダメ、なんて誰が言えるだろう。


「それから、マリアは痛いことされなかった?大丈夫?」

「心配してくれているのね、ありがとう。大丈夫よ、ラウラもいるもの。」


 そう、守るから。離れていても。マリアに視線だけでそう答え、同じように返ってくることがこの上なく嬉しい。


「そうなの?ラウラってそんなに強い?」

「前にも言ったけど、学年で上位一割に入るからね。もちろん、強いよ。」


 エリスには太刀打ちできなかったけど。あの人、何者なんだろう。ただの研究部生じゃないよね。大陸からわざわざ皇国に来て、編入できるわけだから。私も編入しているけど、それは〔聖女〕の妹という特別な身分のようなものがあるからだ。


「へえ、お兄ちゃんとどっちが強い?」

「そりゃ、愛良のお兄さんのほうが強いと思うけど。」


 本職の騎士様なんだから、学生より弱いはずがない。エリスほどではなくても、私より弱い人が騎士だと、少々この国が心配だ。

 愛良ちゃんの話はいつも通り、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。次はまたマリアに聞きたいことがあるらしい。


「マリアはリージョン教の人なんだよね。」

「ええ、そうよ。」

「私ね、リージョン教のこと、少し学校で習ったの。知り合いにいるなら、聞いてみてもいい、って先生が。」


 長くなりそう。マリアが嬉しそうだもの。宗教関連の授業は初等部からしているみたいだけど、詳しい教義の話なんかしないだろうし。


「皇国でのリージョン教は人に見せるための儀式を数多く行っているわ。大陸でも広く信仰されている宗教というのは習ったかしら。」

「うん。舞が美しいって聞いて、私も見たの。すごかったね。」

「ありがとう。教義についてだけど、その中心は皇国でも大陸でも同じなのよ。」


 私は何度も聞いた、身近な教義を簡単に説明していく。


「リージョン教の神は〔名も無き神〕ただ一柱なの。神という言葉だけで十分だから、名が無いのね。そしてその神は、全ての人を愛され、罪をお赦しになるの。一番大事なのはこれだけ。他はここから派生した考えね。私たちは神と同じように全てを愛し赦すことを目標にしているの。」

「へえ、素敵。みんな仲良しがいいもんね。」


 そんなに単純な話ではないのだけど。ただ一柱という部分とか、罪を赦すという部分では対立が生じやすい。リージョン教内でも、教義の解釈を巡る大きな対立は起きている。


「でも、それならどうして、マリアが慶司と仲良しになったら嫌な人がいたの?」

「人は特別を作ってしまう。その特別な意味での仲良しは、たった一人に与えられる愛だからよ。私にとってのたった一人になりたい人が、〔琥珀の君〕にその愛を奪われると勘違いしてしまったのね。」


 私の気持ちもこれくらい理解してくれたら良いのに、と思うほど分かりやすくできている。だけど、愛良ちゃんには難しかったようで、首を傾げている。


「みんなにあげたらいいのに。なんで一人だけなの?みんな大好き、じゃダメなの?」

「愛良にはまだ恋愛の話は早かったかしら。誰か特別に好きな人はいる?」

「家族以外の異性で?」

「ええ、そうよ。」


 クラスで少しくらいは聞くよね。貴族とか早い子なら初等部の六年生の時にはそんな話を始めると聞くし、愛良ちゃんは興味なさそうだけど。


「だったら、一番は慶司。」


 嘘、それなのにマリアとの噂を聞いて何も思わなかったのか。いや、心配はしていたけど、そういう意味の心配には感じられなかったし、そんな雰囲気にも見えなかった。


「次が弘樹。」


 どうして?そんなに親しいの?去年は学園にいたとも、愛良ちゃんは会いに行っているとも言っていた。私は何か要件がある時しか行けないのに。いや、行けば良いのか。ちょっとした用事を作って。


「それから、秋人も、かなあ。」


 ああ、そういうこと。恋愛の意味を分かっていないだけか。そうだ、島口さんは前に秋人の名前を出した時に知らない体で話していたよね。その理由を聞きに行こう。


「あらあら、愛良は気が多いのね。それなら、その人が誰か他の人と、自分と同じかそれ以上に仲良くしていたらどうかしら。」

「んー。混ぜてほしい!仲良しの人、増やせるね。そうだ、マリアはリージョン教の人だけど、始祖教の人とか、官吏とか騎士とかとは仲良しになれるの?仲が悪いんだよって話を聞いたの。」


 リージョン教も始祖教も、それぞれ違う唯一の髪を信仰している。自分の信ずる神以外は認めない。そして、現世に干渉しない神のリージョン教と、何度も生まれ変わり自ら指導する神の始祖教。対立するのに不思議はない。

 そして虹彩皇国は、宗教間の力関係が一気に変化し、宗教対立が激化し、国民同士が争うことのないよう、調整を行っている。それはつまり、どの宗教も突出することなく、現状を維持するということだ。信者を拡大したい各宗教にとっては、障害となる。


「ええ、皇国の官吏や騎士の中にも、リージョン教徒はいるもの。」

「そうなんだ。」


 始祖教徒もその他の宗教の信者もいるだろう。


「ええ、私も親しくなった人がいるわ。リージョン教会の中で地位のある人だけでなく、一般信徒ともたくさん話すと、今まで見えてこなかったことも見えてくるのよ。」


 私がマリアの知らない友人を増やしたように、マリアも私の知らない知人を増やしている。私たちは愛良ちゃんのように何でも話しているわけではないから。


「そうだね、私も色んな人とお話して、色んなことを教えてもらったの。マリアは何を教えてもらったの?」

「色々よ。例えば、リージョン教の教えだけが正しいんだと考えている人が罪を犯してしまうことは意外と多い、とか。」


 そのせいでマリアもこの国の皇子も攫われたり、襲われたりした。それだけでなく、騎士の知り合いなら犯罪の現場に出くわすこともあるだろうし、情報も入ってきやすい。他にもいくつもの例を挙げられたことだろう。


「色んな考えがあるのがいいって聞いたよ。なのに、リージョン教の教えだけが正しいって思っちゃうの?」

「そういう人もいるということよ。」


 マリアもその一員だろうに。マリアだって〔名も無き神〕への強い信仰から、他の宗教を許容しているだけ。〔名も無き神〕があるするから、別の信仰を持つ人々とも親しくなろうとする。考えの根本は〔名も無き神〕への信心だ。


「ふーん。始祖教の一とはね、あんまり話せないの。自由にお外に出られないんだって。だから、始祖教の人とはあまりお話ができてないの。今日はリージョン教の人といっぱいお話できた、ありがとう。」

「どういたしまして、喜んでもらえたのなら何よりだわ。」


 愛荒ちゃんは信仰する気はなさそう。知識欲だけに見える。それでもマリアは気にしないだろう。


「うん、初めての話だたったから。ラウラは、いつもマリアの話を聞いてるんだよね。」

「そうだけど、いつも聞いてるから、愛良ちゃんみたいな感動はないよ。」


 何はともあれ、愛良ちゃんは満足してくれたようだ。ここからは私の番かな。色々聞いてみて、知識の共有以外の話もしてみる。愛良ちゃんがいてくれるなら、上手くいきそうな気がするから。




 次のお茶会では、愛良ちゃんが出迎えてくれた。


「ラウラ、土曜日はありがとう。マリアに会わせてくれて。」

「どういたしまして。私もマリアのことを聞けて良かった。普段はあんな話あんまりしないから。」

「ラウラはマリアといっぱいお話しないの?」

「するけど、知識の共有が主なの。」


 愛良ちゃんのように、他愛もない話やべたべたとして触れ合いが中心ではない。


「愛良も〔聖女〕と会ったんだ。」

「〔琥珀の君〕的には微妙?」


 低い声で呟いた〔琥珀の君〕が気にかかる。そのせいで酷い目に遭ったのなら仕方ないのかな。マリアを奪われるのは困るけど悪く思われるのも面白くない。愛良ちゃんとの出会いはマリアにとっても良いものになっただろうから。信仰に染まらない子ども、なんてマリアの傍にはいないだろう。


「まあ、悪い人じゃないのは分かるけど。」

「マリアも「まさか〔琥珀の君〕がそこまで危険な目に遭うなんて」って思ってたんだって。謝らないとダメって言ったらね、分かったって。」


 〔琥珀の君〕にも愛良ちゃんは報告していく。いつも通り、大したことのない話も、逐一言う。

 それが一区切りついた時、黙って聞いていた秋人が思わしくない表情で話し出した。今日もいたんだ。


「〔聖女〕の官吏の知り合いの話だけどさ。〔赦しの聖女〕誘拐事件の時に夏海姉さんから聞いたんだけど、政府内にリージョン教の過激派が入り込んでるって話があるんだよ。〔聖女〕は融和派だから、関係ないとは思うけど。」


 オルランド様の一派が融和派、アルフィオ様の一派が過激派。当然マリアはこの言い方をせず、特に親密な人々という言い回しを好むため、私には耳慣れない言葉だ。

 融和派と過激派は教えの解釈を巡って対立していて、時には殺傷沙汰に発展する。融和派から過激派に対して危害を加えることはないけど、その逆は違う。過激派が融和派の精神的支柱となりつつあるマリアを狙うことは十分考えられる。


「へえ、その過激派って誰なの?」

「そこまでは教えてもらえなかった。だから、ラウラなら知ってるかなって。〔聖女〕とも仲直りできたんだろ。」

「んー、マリアは知らないんじゃないかな。知り合いが誰かは聞いてみるけど、どの程度の信者かは分かってないと思う。」


 信者と一括りにしても色々いるから。マリアなら一般信徒、聖職者、くらいしか分かってないんじゃないかな。だからこそ、私がいる意味がある。


「弘樹さんのほうが分かるかな。拓真さんとかも何か知ってるかも。嫌だな、あの人怖いんんだよ。」

「その人にもいつも怒られてるの?」


 愛良ちゃんの悪意のない言葉で、秋人が傷ついた顔をする。ヴィネスにいる頃、純粋な子どもの言葉が一番傷つく、と言った人がいたような。川崎さんには怒られたところだから、聞きにくいのは分かるけど。

 その純粋さで、色々聞き出すのは得意そうな愛良ちゃんにも手伝ってもらおうか。


「愛良ちゃんの知り合いに、リージョン教徒っているかな。」

「知らない。だって、信仰の話なんてしないもん。」


 たいていの人はそうか。常から信仰について語るのなんか、各宗教の聖職者くらいなものだろう。


「じゃあお兄さんに聞いてみて。官吏の知り合いに、リージョン教徒で過激派の人はいるのかって。いるなら、どんな立場の人で、どんな人なのか教えてほしい。」

「分かった。」


 島口さんには自分たちで聞きに行くとして、他に官吏との繋がりがありそうな人は、と。あれ?


「秋人のお姉さんは、どうしてそのことを知ってたの。」

「夏海姉さんだから。」


 全く説明になっていない。真顔だし、本気で言っているのか。秋人がお姉さんのことを信頼し尊敬しているのは伝わってくる。


「そうじゃなくて、誰か官吏と知り合いなの?」

「本人が官吏だから知り合いも多いみたいなんだ。」


 たしか年が離れていると言っていた。あとは一番上のお兄さんと、すぐ上のお兄さん。


「じゃあ土曜日に。島口さんへの手紙は私から出しておくね。私もお姉さんに話を聞きたいんだけど、それもいい?」

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