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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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お説教

 二つの宗教の指導者の対談と、今回の事件を受けてそれらの関係性についての仕事で忙しくなるからと、私たちは一度学園に戻された。次の呼び出しに応えて、島口さんお家に行くことを条件に。

 〔赦しの聖女〕襲撃事件、〔琥珀の君〕誘拐事件は解決した。しかし、学内で〔琥珀の君〕が襲われた事件に関してはまだだ。ちょっとした情報交換なら教室でも大丈夫かな。


「ねえ、秋人。新井って人のほうは解決したの?」

「全然。だけど、始祖教と全く関係ないとも思えないよな。」


 普段と大きく異なる行動をその新井をとっていること、〔琥珀の君〕襲撃直前に怪しい男と会っていたこと。そのあたりが気になるけど、会った男のことは分からないままだ。

 判明はしていないけど、〔琥珀の君〕がそれ以上怪我をすることなく、日々を平穏に過ごせていた。



 そんな中、私たちは呼び出しを受けた。


「どうして呼び出されたかは二人とも分かっているよね。」


 口火を切ったのは川崎さん。完全にお説教の準備を整えた雰囲気を島口さんと二人して出している。

 怒られる心当たりはいくつもある。授業を無断欠席したこと、光陽から無断外出したこと、〔始祖の地〕に来るなと言われたのに行ったこと、エリスにも迷惑をかけたこと。だから私は頷いたけど、秋人は反論した。


「でも、慶司先輩を助ける役には立っただろ。」

「今はそういう話をしているんじゃない。」


 さらに厳しくなる川崎さんの声。素直に頷かなかったから、怒られる中心は秋人かな。大変そう。


「ラウラも、他人事じゃないからな。」


 島口さんって結構目ざとい。気を抜いた一瞬に注意されてしまった。気を引き締め直せば、川崎さんからお説教が始められる。


「君たちの行動は、結果的には〔琥珀の君〕の救出の助けになったかもしれない。だけど、状況にとっては君たち自身の身も危険に晒したというのは分かるかな。」

「俺が負けるわけないだろ。」


 私もいるし。二人ならきっと対処できたよね。エリスほどの人が何人もいるとは思えないのもある。だけど、島口さんも川崎さんも深い溜め息を吐いて、お説教は続けられる。


「これはラウラちゃんも聞いておいてほしいことなんだ。秋人君、君はかなり問題のある行動を取った。その自覚はあるかな。」


 答えない。しかし、目を、というより顔を逸らしているから、自覚があることは明らかだ。


「まず、今回のことは宗教省始祖教庁、そしてリージョン教庁が共同で事件の解決にあたっている。そのために、防衛省にも協力を仰いだ。その三つが関わる作戦を壊す可能性のある行動だった。」

「知らねえよ、んなこと。親しい人を助けたいのは普通だろ。」


 普通か。親しい人でさえ自身の信ずるもののためなら、顧みないことも犠牲にすることもあるというのに。


「次に、その作戦に関わっていると嘘を吐いたこと。」

「でないと透影に行けなかったんだよ。」


 船の人に嘘、かな。そんなことをしていたのか。おかげで助かったけど、私もその船に同乗していた点から同罪だろう。知っていても乗るからね。


「その嘘を信じさせるために、色々やったよな。

 一つが有栖侯爵家の第四子だと言ったこと。貴族の責務を忘れたか。」

「だって……」


 身分を笠に着る、悪いお貴族様の行動だ。だけど、友人を助けるため、と言われればどうだろう。


「二つ目に、僕や弘樹君と親しいと言ったこと。僕たちの立場を失わせるつもりかな。職務規定違反という罰則も受け入れなければいけなくなるし、信用もなくなる。」

「ご、ごめんなさい。」


 私的な関係の秋人に情報漏洩した、ということになってしまうから、かな。本当は別の方法で情報を入手して、作戦に関わらせてもらっていたわけでもない。強引に割り込んだだけ。だけど、秋人の言い分が全面的に聞き入れられると、そういうことになってしまう。


「三つ目が、〔琥珀の君〕、〔赦しの聖女〕の妹と親しいと言ったこと。四つ目が〔始祖の地〕に誘拐されたという情報を掴んだのは自分だと言ったこと。どちらも、相手を信じさせるために選んだ言葉だな。」

「だって、慶司先輩が危なかったし、ラウラも困ってたし、弘樹さんも何も教えてくれないし、家で聞いても分かんねえし。自分で何とかしなきゃって思うだろ。」


 私が真っ先に相談したのが負担になってしまっていたのか。次からは話す相手をよく考えてからにしよう。それとも、今日がお説教で済むのならこれで良かったのかな。

 川崎さんが秋人に叱るのが一段落すると、今度は島口さんが私に幾分柔らかく話し始める。


「ラウラ、君もだ。危ないことをしないように言ったよな。それにも関わらず〔始祖の地〕に来て、〔琥珀の君〕を守ろうと、剣を持つ男に飛び掛かったよな。」

「じっとしていられなかったんです。」


 〔琥珀の君〕がもう、私にとってマリアを奪うだけの存在じゃないと分かったから。危険ではあるけど、友人でもあると。


「だけど〔琥珀の君〕誘拐に関しての情報を提供してくれたこと、それを無暗に広めなかったことには感謝する。」

「僕からも。始祖教の人間が、リージョン教への敵対心から、一般人に危害を加えたなんて話が広まれば、多少の混乱は生じただろうから。」


 川崎さんからも感謝の言葉を伝えられる。これは、〔琥珀の君〕救出の力になれた、ということで良いのかな。


「私は、混乱を避ける助けとなれましたか。」

「そうだね。君がもし〔赦しの聖女〕だけに伝えて、その〔聖女〕が〔始祖の地〕に一人で向かえば、始祖教とリージョン教の全面対決になった可能性すらある。」


 大変だ。私も呑気に学園に通っている場合じゃなかったかも。良かった、マリアに伝えなくて。〔聖女〕という立場は私たちよりも危険な目に遭いやすいのに、マリアはどんな相手でも教えを説こうとするから。


「私はマリアを守れたんですね。」

「そうとも言えるけど、危険を冒したことに変わりないということは分かっておくように。」


 細かいお説教は続いたけど、これくらい何ともない。だって私はマリアを守れるんだから。傍にいなくても。




「お帰り、ラウラ。」

「ただいま、マリア。」


 オルランド邸に帰ると、玄関でマリアが待っていてくれていた。その上、いつもはしないのに、抱き締めてくれる。


「ありがとう、守ってくれて。本当はもっと早く言いたかったんだけど、きちんと叱らないといけないから、それまでは黙っていてほしい、って言われていたの。」

「ううん、マリアを守るのが私の役割だから。私を拾い上げてくれたマリアだから、一緒にいてくれる時間が短くなっても、それは変わらないの。」


 一緒にいなくても守れると今回のことで分かったから。寂しくはあったけど、マリアにも私が赦すべき存在というだけではないと分かってもらえたのなら、それで良い。


「ラウラも、もう一人で大丈夫なのね。……出会ってから皇国に来るまで、私たちはずっと一緒だったでしょう?だから少し離れてみるとどちらも成長できるんじゃないかって、オルランド様がね。もちろん、ラウラは頼りになるし、一人で大丈夫だと思っていたわよ。」


 離れていたのは成長のため、それをマリアも了承したのは信頼の証。これは学園に行く話だとは思うけど、少しずつ共に過ごす時間も減らすつもりだったのなら、〔琥珀の君〕に奪われるという心配は杞憂になる。


「じゃあ、〔琥珀の君〕のことは関係ないの?」

「何の話かしら。」


 惚けているようには見えず、私の質問の意図が伝わっていないらしい。それなら、後の問題は新井栄太という人に〔琥珀の君〕が襲われたことだけ。私が〔琥珀の君〕を殴る理由もなくなったし、心おきなく心配できる。




 翌水曜日。お茶樹で愛良ちゃんが安心できる情報を秋人が持ってきてくれた。


「新井栄太は、捕まった始祖教の人に唆されてやったんだって。その始祖教の人は捕まったからもう同じことは起きないだろ。あれは自分で何かできるほどの度胸はねえし。」

「そっかあ、良かった。」


 愛良ちゃんはほっとした表情でいつものお菓子作りに取り掛かる。だけど浮かない表情の秋人は続けた。


「慶司先輩が平民で、大きな怪我もしてなかったから、お咎めなし、だってさ。」

「何それ。」


 これだから貴族は困る。同じようなかたちで平民が貴族に怪我をさせたら、小さくてもしっかり処罰するのに。私たちの不穏な空気を察したのか、愛良ちゃんは少し考える様子を見せたけれど、その表情を真剣なものに変えて疑問を投げかけてきた。


「慶司は〔聖女〕様と仲良しって噂のせいで、痛いことされたんだよね。」

「簡単に言えば、そうだね。」

「じゃあ〔聖女〕様はどうしたの?〔聖女〕様も痛いことされたの?大丈夫かな。」


 マリアが噂のせいで襲撃されることはない。それとは関係なく、〔聖女〕であるというだけで狙われるから。そのあたりは説明したほうが不安にさせるか。優しい愛良ちゃんをこれ以上不安にさせないように、ね。


「狙われたけど大丈夫。街には見回りの兵もいるし、最近はオルランド様が護衛を付けてくれてるから。」


 納得がいっていない様子を見せる愛良ちゃん。ぶつぶつと一人考え始めた。


「〔聖女〕様ってラウラのお姉ちゃんだよね。うーん、と。お兄ちゃんが痛いことされたら……」


 愛良ちゃんにはお兄さんが一人か二人いる。「お兄ちゃん」と呼ぶ人と「友兄」と呼ぶ人と。どちらのことも大好きみたいで、よく彼らの話を聞かせてくれる。


「嫌だ!ラウラ、平気だったの?だって、お兄ちゃんに痛いことできるなんて、すっごい強い人だよ。護衛なんていても意味ないよ!」


 「お兄ちゃん」のほうならそうかもしれないけど、マリアに戦闘能力は一切ない。刃物だって包丁や鋏程度しか使ったことがないくらいだ。小さなナイフくらいはあったかな。人に向けて使ったことはないだろう。


「マリアは強くないから、護衛がいれば大丈夫なの。」

「そっか。でも心配だよね。だって友兄がそんな目に遭ってもすっごく嫌だよ。だって昔の傷跡でも痛そうなんだもん。友兄はもう痛くないから大丈夫って言うけど。護衛がいないとダメなくらい危ないのも、心配。」


 危ないのは確かだけど、護衛がいるだけ良い。ヴィネスにいた頃なんて、誰も守ってはくれなかった。周りの全てが、潜在的な敵だ。


「マリアはそういう立場になってしまったの。」

「そっか。じゃあ、〔聖女〕様は心配したの?えっと、〔聖女〕様が、慶司のこと心配したりしないの?だって、お話してたら仲良しって言われて、慶司が危ない目に遭ったのに、〔聖女〕様はお話続けようとしたんだよね。〔聖女〕様は慶司に会いたいけど、心配はしないの?」


 本当に会いたい、だったのかな。よく思い出してみれば、もっと大切ではなくて、「もっと違った大切なもの」だった。あの「もっと」が「違った」にかかっていたなら、私と離れている時間を作るために、会いに行っていたと思って良いよね。


「愛良ちゃんが聞いてみて。今週、一緒に来れば良いから。」

「うん!またお友達が増えるね。」


 その時、一緒に確かめれば良い。きっとマリアは赦してくれる。

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