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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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いざ〔始祖の地〕へ!

 エリスからのお仕置きで、体はあちこち痛むこととなった。だけど私たちはめげずに船着き場の隅にいた。


「ばれなかったよな?」

「もちろん。日曜日に朝から一人でお出かけなんて初めてだから、多少怪しいかもしれないけど。」


 大丈夫かよと言いたげな目で見られるが、今までの行いは変えられない。それでも見つからずに来ただけ褒めてほしいくらいだ。


「これに乗るの?」

「そ。頼んでおいたから。」


 多くても六人程度しか乗れなさそうな小さな船に乗り込み、二人の船員に透影まで連れて行ってもらう。けれど、一人が着いた所で疑問を発した。


「坊ちゃん、本当に正規の依頼なんですかい?」

「そうだよ。だから、見つからないうちにここを離れてくれ。」


 疑念を露わにしつつも、彼らは船を透影から離した。


「で、具体的に〔始祖の地〕ってのがどこにあるのか分かんの?」


 図書館で少し調べたけど、地図の類はあまり置かれておらず、島の内部の地図までは手に入れられなかった。


「ああ、ラウラは知らないか。毎年、初等部五年生の遠足は〔始祖の地〕に行くんだよ。俺もその時に行ってるし、大丈夫。」


 周囲が森で、石碑があるらしい。細かい道順は覚えていないと言っていったことが迷わないか不安にさせるけど、まあ大丈夫だろう。



 獣道を辿りつつ、秋人に始祖教の説明をされていると、自分たち以外の人の声が聞こえてきた。


「〔赦しの聖女〕に来いと言ったはずだ。なぜ、お前が来ている。」

「僕のことを知ってくださっているのですね、ありがとうございます。」

「知らないはずがないだろう。お前のせいで抑えられているんだからな。」


 草木の間から覗き見れば、開けた空間がある。〔琥珀の君〕が手足を縛られ、すぐ傍に腰に剣を下げた男が一人立っている。それを囲むように何人も武装した男が構えていて、動揺してしまう。


「ちょっと、秋人っ。」

「しーっ、見つかるだろ。まだ大丈夫。」


 小声でのやり取り。幸い気付かれずに済んだが、背をこちらに向けた状態で倒れている〔琥珀の君〕はぴくりとも動かない。

 その〔琥珀の君〕の横に立つ男と対峙しているのは、光の加減か紫紺に見える髪の男性。その一歩後ろには島口さんも見えるし、騎士たちの姿もある。


「皇国の法に則った範囲なら、特に何も言わないんですけどね。」


 紫紺の男性の視線は倒れた〔琥珀の君〕に向けられている。


「俺たちは皇国のペットになるつもりはねえ!」

「何を信じるも自由ですけど、人に危害を加えるのはいただけませんね。そちらの少年、解放していただけますか。」

「〔聖女〕を連れて来なかった時点で、交渉の余地はねえんだよ。」


 男が剣を抜き、〔琥珀の君〕へ向ける。反射的に飛び出してしまい、その手を蹴飛ばす。秋人も同時に男へ飛び掛かり、押さえつけた。

 後ろからの私たちに囲む男達も意識を取られた一瞬、騎士たちが彼らの拘束にかかる。それを確認した紫紺の男性が、静かに私たちに近づく。


「首謀者は誰ですか。」

「教えるわけがないだろう!」

「始祖教徒リージョン教の勢力図が大きく変わるのは僕たちにとっても歓迎できません。〔聖女〕が人気になり過ぎるのも、その〔聖女〕を手にかけたとして始祖教の処罰が必要になるのも、避けたいのです。首謀者との話し合い次第では、内々に事を片付けることも可能ですよ。」


 男は秋人に抑えられたまま、紫紺の男性に向かって吠えるが、男性は動じずに返した。それでも男はまだ唸っている。


「我らが神への冒涜の最たる存在が、リージョン教の〔聖女〕だ。」

「そうですか、残念です。……彼らを護送しなさい。少年は保護。乱入者とはこちらで話し合います。」


 騎士たちが指示に従い動き出す。〔琥珀の君〕の拘束は解かれ、抱えあげられていくがやはり動かない。

 紫紺の男性も島口さんも、それを見送ると、鋭い視線をこちらに向けてくる。


「大人しくしてろ、って言ったよな。首を突っ込むな、って。」


 低く静かに告げられる。怒鳴られているわけじゃないのに、ヴィネスにいた頃の恫喝よりも恐ろしい。


「おや、弘樹君の知り合いかい。困ったね、情報漏洩かな?」

「拓真さんもご存じでしょう。」


 秋人は完全に腰が引けていて、私の裾を握り、逃げようとしている。その上、無意識にか、やべえ、と呟いている。逃げたいのは私も同じだ。


「秋人君?どこへ行こうとしてるんだい。」

「や、あの、そう!ラウラが、彼女が、ほら、助けようって。ちょっとしたお願い事聞くのは紳士の条件って言ってたよな!」


 売りやがった、こいつ。紳士らしい面なんてない奴が、何を言っているのだか。〔琥珀の君〕を助けたい気持ちは秋人のほうが強いはずなのに。だけど、ここまで来られたのは秋人のおかげだ。


「言い訳は結構。そろそろやんちゃでは済まされないよ。」

「あの、私、〔聖女〕の妹なんです。だから、話し合いなら、こう、力になれるんじゃないかなと。で、一人よりは、その、護衛とかもいたほうが安心ですし、」


 必死で頭を回転させる。非常に苦しい言い訳だ。今の秋人は使い物になりそうにないから、私が何となしなければ。だけど、今度は島口さんのお説教が始まった。


「〔聖女〕の妹だからこそ、危険だってのは分からなかったのか。それと、ここに来るには秋人の積極的な協力が必要だ。それを無視して、平民の女の子にだけ罪を被せるつもりなんだな。」

「わ、私がお願いしたんです。」


 戦えば勝てる。紫紺の男性にも、島口さんにも。その自信はある。だけど秋人に詰め寄っている島口さんが今までの誰よりも怖くて、声を出すだけで精一杯になってしまう。ヴィネスでは殺し合いもたくさんしたのに、その時より怖いなんて。


「ラウラ、ここは入島規制が行われている。」


 だけど今日は秋人が何か頼んでくれたおかげで、大きな障害もなく入れた。当の本人は後ろめたいことがあるのか、俯いている。


「僕は秋人君がどういう「お願い」をしたのかが気になるなあ。」


 わざとらしく紫紺の男性も言い放つが、すっと秋人から目を離し、騎士たちが向かったほうへ歩き出す。


「二人とも帰るんだ。これは、部外者が関わって良いことじゃない。」

「帰りません!部外者でもありません。マリアを守るために、ついて行きます。」


 短く告げて、紫紺の男性の後に続こうとする島口さんに強く主張する。秋人も気を取り直して、強く睨んでいる。

 先に行っていた紫紺の男性は振り返り、溜め息を吐く。


「お説教はまた今度だね。今帰しても勝手について来そうだし、連れて行こうと思うんだけど、弘樹君も構わないかい?」

「ええ、これ以上勝手をされても困りますから。」


 二人とも少しお疲れのようだが、ここで帰る選択はない。



 私たちが来た方向とは反対、騎士たちが去って行った方向へ四人で向かう。ピリピリした空気で、私と秋人は小さくなりながらついて行く。

 緑がいっぱいの場所で、建物がまだ見えない。皇都の近くにこんなに人が住んでいなさそうな場所があるなんて驚きだ。その上、私にはどこに向かっているのか分からないが、そんなどこを見ても緑しかない場所を、前を行く二人は確実に目的を持って歩いている。


「君は初めまして、だね。僕は川崎かわさき拓真たくまだ。始祖教庁の外交役、でどういう立場か分かるかな。まあ、おおよそ弘樹君と同じだね。」

「ラウラです。〔赦しの聖女〕マリアの妹です。〔始祖の地〕の伝言を頼まれましたので、自分でも来たんです。」


 秋人のことをよく知っていそうなこの川崎さんは、どのような関係の人なのだろう。緊張感の漂う自己紹介の間も、秋人は必死に存在感を消しているし。


「その件に関しては後でじっくり話し合おうか。ひとまず、これから向かうのは始祖教の指導者、三木みきはじめさんの所。始祖教については、どのくらい知っているんだい?」

「え、と。少しだけなら。」

「中等部までに習う程度なら、俺が伝えた。」


 上手く答えられない私に代わり、秋人が答えてくれる。もっと複雑な事情とか、教えの核心とか、様々なことを島口さんと川崎さんは知っているのだろう。


「まあ、今回はそれで十分かな。君たちを連れて行くけど、これは例外的な扱いだ。関わることを認めたわけじゃないから、基本的には大人しく、黙っていてもらうよ。」

「はい。」


 これは仕方ない。騎士たちに命じて、強制的に帰らせられなかっただけ、ありがたいと思わなければ。



 いくつもの分かれ道を経て、開けた場所に出れば、大きな木をそのままくり抜いたような見た目の家があった。窓から少年がこちらを覗いていて、軽く手を振る。


「一さん、おはようございます。」

「おはようございます、今出ます。」


 扉から出て来た少年は、私より小さく、華奢な体からは大きな宗教の指導者という風格を感じられない。何より、私と秋人を不思議そうに見つめるその瞳からは、愛良ちゃんと同様の純粋さを感じる。


「え、と、初めまして。三木一です。始祖教の、自分で言うのは恥ずかしいんですけど、神の生まれ変わり、と言われています。」


 頬を染めつつ、本当に照れた様子を見せる。〔琥珀の君〕やマリアを狙う人々と同じには見えない。


「ラウラ、〔赦しの聖女〕の妹です。」


 一君ははっとしたように目を開き、頭を下げる。


「ごめんなさい。うちの人たちが貴女のお姉さんを傷つけようとしました。僕はそれを止められませんでした。神だって祀り上げられているのに。」

「一さん、その話はまた後で。まずは簡単に起きたことを説明させていただけますか。」

「あ、はい。お願いします。」


 入ってすぐに設置されている円卓で、先ほどのことを川崎さんが伝えていく。その中で私と秋人がやらかしたことも説明されてしまうが、そんなことよりどんどんと顔色が悪くなっていく一君が心配になってくる。


「そんな、関係のない人まで、巻き込むようになっていたんですか。僕は、気付けなかったんですね。あの、でも、特にリージョン教に敵対心を持っている人は分かります。この後、ここに来る予定なんです。良い報告ができると言っていました。八田はった次郎じろうというおじさんです。」


 ちょうどよく扉が叩かれ、一君が招き入れる。いかつい顔の男性で、拳には自信がありそうだ。彼は円卓に座る面々を見回し、川崎さんの所で視線を止めた。


「以前伝えなかったか。これ以上、我らが神を洗脳するな、と。」

「もう、八田さん。僕は川崎さんと会うの、楽しみにしてるんですから。仲良くしてください。」


 恫喝するような這ってという男に全く動じておらず、友人同士の喧嘩を注意する程度の軽さだ。

 一君の隣に陣取った八田は不機嫌さを隠そうともせず、さらに言い放つ。一君よりよほど偉そうだ。


「それで、今回は何用だ。随分人数が増えたな。」

「〔琥珀の君〕を誘拐したこと、リージョン教の〔赦しの聖女〕を襲撃したこと、それからリージョン教との今後の関係についてです。」


 川崎さんの説明で、島口さんが立ちあがり自己紹介をすると、八田はさらに苛立った様子を見せた。私たちは場違いかもしれないと気後れしそうになりながらも、島口さんが座ったのを見計らって、私も立ち上がり自己紹介をする。後で怒られたって構うものか。


「〔赦しの聖女〕の妹、ラウラです。」

「冒涜者め。」


 八田との睨み合い。外見に迫力があるだけで、目力はさほどないようだ。エリスや島口さんのほうがよほど怖かった。島口さんが私に手で座るように促し、川崎さんもこちらを呆れるように見ているけど、こんな言葉では引き下がれない。

 一君も立ち上がり、真っ直ぐに私を見た。


「ラウラさん、始祖教最高指導者として、正式に謝罪いたします。リージョン教〔赦しの聖女〕にして貴女の姉、そして一人の人間であるマリアさんを襲撃したこと、誠に申し訳ありません。このことは、ここにいる彩光皇国宗教省始祖教庁、川崎拓真さん、並びに、リージョン教庁、島口弘樹さんが証言してくださるでしょう。」


 二人は一君に頷いた。それから島口さんが私に言い聞かせ、川崎さんが八田に挑発する。


「始祖教の最高指導者からの正式な謝罪だ。これを受け入れないわけにはいかない。引き下がってくれ。」

「八田さん。自らの神にこのようなことをさせて、まだ恥をかかせるおつもりですか。」


 八田が浮かしかけた腰を椅子に沈め、私も大人しく座る。そうしていったん場が落ち着いたところで、川崎さんが仕切り直す。


「まず、リージョン教会の人間ですらない〔琥珀の君〕誘拐に関してです。」

「さあな。俺は何も知らん。あいつらが勝手にしたことだ。」

「川崎さん、先に八田さんから良い報告を聞いて良いですか。」


 おそらく〔聖女〕に何かできた、という話だから、何もなくなっていると思うけど。

 八田は川崎さんに対して下手に出るような一君の姿も気に入らないようで、川崎さんを睨んでから、一君には丁寧に話し始める。


「主よ、貴方が誰かに許可を取る必要はありません。彼らのせいで良い報告は残念ながらなくなってしまいましたが、次こそはお耳に入れて見せます。」

「もう、いつも僕の話を聞いてくれないんですから。名前を呼んでくださいって言ってるのに。それで、その良い報告では、何を聞かせてくれるつもりだったんですか。」

「〔聖女〕を無力化できた、と。これで始祖教がリージョン教に邪魔されることはない、と。」


 無力化、か。殺すつもりはなかったのか、言うことを聞かせたかっただけか、暗に殺すということか。


「〔琥珀の君〕と〔聖女〕に何かするつもりだったんですか。」

「具体的な方法など、主が知る必要はありません。」

「危害を加える気だったんですね。……悪いことをしたら、怒らないといけないんでしたよね。」


 一君はなぜか川崎さんのほうを見て言い、川崎さんもそれに頷き答える。


「ええ、そうですね。」

「じゃあ、八田さんのこと、任せても良いですか。八田さん、怒られてきてください。」

「主よ、彼らに惑わされてはなりません。」


 八田が一君に訴えるが、一君はそれを無視して、今度は島口さんに話しかける。その様子は大人びて見えて、一君がどのような子なのか、まったく掴めない。


「それから、オルランドさんともお話したいです。あちらの〔聖女)に危害を加えたんなら、僕もちゃんと謝らないと。僕の意思、伝えてください。」

「ええ、オルランドさんも話し合いに積極的です。ですが、八田さんを預かるには証拠が足りません。」

「八田さんって意外とマメな部分があるんです。たぶん、メモとかが家にあると思います。」


 一君が厳命を下し、八田を置いて行く。それだけで本当に待っているのか。そんな懸念を私は胸にしまったまま、一君の先導についていく。


「ここです。綺麗でしょう?」


 自然の中に紛れ込んでいる家は小さく、可愛らしいものだ。大きな特徴は自然に生えた木々を柱に、葉を屋根にしていることか。

 内部も自然味溢れる材質で、家というよりも簡易の休憩所か作戦室か。床は土に葉を重ねているだけ、部屋も一つで、寝床も藁を敷いて作られている。それ以外には木で作られた小さな机と椅子、それらに筆記具と紙が積まれているだけで、無駄な物は一切見当たらない。そのおかげで、目的の物はあっさりと見つかった。


 まず〔赦しの聖女〕に関する情報。ラウラという義妹がいること、日課、〔琥珀の君〕との関係、性格。事細かに書かれているにも関わらず、〔琥珀色の時間〕で過ごす時間だけで、ほとんど噂を信じているような記述だ。

 次に〔琥珀の君〕に関する情報。どこの誰か、いつ一人になるか、とかその程度。それでも把握されているのは怖いけど、〔琥珀の君〕の人格に関する情報はない。完全に〔赦しの聖女〕を御するための道具、と捉えているようだ。


 一枚の紙に簡単なまとめが書かれていて、その近くには詳細な記述が置かれていた。見た目に反して几帳面な人物なのだろう。


「これだけあれば十分ですよね。」




 始祖教の指導者自ら捜査に協力し、その処罰を望んだことで、八田次郎は誘拐と傷害の指示をした罪に問われ、実行犯たちも皇国の法で裁かれた。

 リージョン教の指導者オルランド様と始祖教の指導者である三木一君が会談を行ったという報も広く知らしめられた。詳細な内容は伏せられているが、あのオルランド様と一君だ。穏やかな会談となったことだろう。


 これで二つの事件が解決した。だけど、私たちにとっては大きな問題が残っていた。

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