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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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〔始祖の地〕って?

 お茶会を終えて女子寮へ戻る途中、暗い色のコートにフードまで被って顔を隠した男子生徒に話しかけられる。


「〔赦しの聖女〕に伝えろ。〔琥珀の君〕が大切なら、四日後、〔始祖の地〕に来い、と。」

「えっ、何?」


 そのまま通り過ぎて行った彼の特徴は見つけられず、不気味さだけが残った。

 誰かに言うべきだ。〔赦しの聖女〕以外に言うな、とは言われていないのだから。きっと、マリアだけに向かわせてはいけない。



 初めて入る男子寮で、秋人の部屋まで入口近くにいた男子生徒に案内してもらう。すぐに接触できて、言いふらさないだろう相手だ。美華もすぐに接触できるけど、どこに話が伝わるか分からない。〔瑠璃の君〕の話が伝わっていたからね。


「ラウラ、どうしたんだ?」

「ちょっと、こっそり伝えたいことがあって。」


 状況と内容を小声で伝える。うっかり部屋の外に聞こえると困るから。


「……〔始祖の地〕?」

「何か知ってる?あとこれ、どうしたら良いんだろう。」

「始祖教の聖地、光陽から彩光を挟んで反対側の透影って島にある。あんまり広めると良くないってのは分かるけど。」


 始祖教についての説明を求めて、聞いていく。

 始祖教とは、虹彩皇国で幅を利かせている宗教の一つ。リージョン教では神と指導者が別の存在だけど、始祖教では同じ存在。神が何度も生まれ変わり、そのたび始祖教の指導者になっていると。そしてリージョン教とは一部、敵対関係にある。

 今回の件では、〔聖女〕に伝えろ、であるため、相談できる相手はいることが救いだ。


「島口さんに伝える?」

「ああ、お前の〔瑠璃の君〕に。まあ、それが妥当かな。」


 この状況で揶揄してくるなんて、真面目に考えてくれてないな。


「そう、〔瑠璃の君〕に会いに行く口実もできるから。ふざけてんの?」

「……悪かった。言いに行くならなるべく早いほうが良いよな。週末なら行きやすいけど。」


 一瞬だけばつが悪そうにするけど、すぐ誤魔化すように話を戻す。事が解決したら覚えておけ。


「四日後に来い、だから、遅いよ。四日後は日曜日でしょ、ちゃんと授業に出たら早くても金曜日の夕方の便で伝えに行くことになる。」

「そんなの、抜け出せば良いだろ。急いで伝えること、だと伝言にされるだけか。」


 光陽から出る船は、平日なら朝と夕方の二往復しかない。休日ならもっと多いけど。乗船時、下船時には外出許可証を確認されるため、それもくぐり抜ける必要がある。

 二人で数分考えるけど、良い案は思いつかない。


「エリスに言ってみよう。何か良い案を出してくれるかも。」


 エリスって誰!?と騒ぐ秋人を引っ張り、女子寮に連れて行く。基本的に異性の寮には入ってはいけないけれど、誰かが連れて入る分には問題ない。さっきは急いでいて忘れていたから、明日、私は呼び出されるかもしれない。



「エリス、今日か明日、彩光に行きたいの。」

「唐突だな。私一人なら調査の名目で出かけられるが、君と、そっちの君もか、二人を連れて行くのは難しい。君たちには授業があるだろう。」


 エリスは研究部の一年生。論文の提出などで単位を取る方式に変わるため、授業形態が高等部までとは大きく異なる。授業自体、それぞれで必要だったり好きだったりするものを取るだけで良い。そのため、平日でも申請すれば簡単に光陽から出ることができる。

 しかし、高等部生である私たちは、おそらく許可が下りない。エリスのもっともな発言に私は反論できなかったが、秋人は真剣な表情で粘ってみせた。


「友人の身の安全のために、必要なんです。金曜日なんて待っていられない。お願いします。」


 頭を下げた秋人にエリスは目を細め、静かに告げる。


「君は自分の立場を考えるべきだ。どこの誰かも分からない相手に、頭を下げるな。……伝言か、手紙を届ける程度なら、私にもできるが。」

「エリス、今から手紙を書くから、お願いして良い?」

「ああ、任せてくれ。明朝の便で、届けよう。」


 エリスなら大丈夫、たぶん。今は他に頼れないのだから仕方ないし、簡単に手紙を書いて託した。秋人はエリスと初対面だから不安そうだけど、何とか納得してもらわないと。エリスは秋人を知っていそうな口ぶりだったけど。



 エリスと別れると案の定、秋人から懸念が飛んできた。


「自分たちで伝える方法、まだ考えられたんじゃないか。」

「あんまり無理言って困らせても駄目でしょ。」

「でもさ、」

「なら秋人が考えてよ、自分たちで行く方法。」


 そんな都合の良い案、あるはずがない。船には許可証を貰わないと乗れないのだから。秋人も黙り込んだということは、それが分かっているのだろう。


「こっそり乗れば良い、船に。」

「はあ?」


 無理のある提案だ。現実的とは思えない。乗船には橋を渡る以外に方法はなく、そこで乗船許可証を確認される。それをすり抜けるのは不可能だ。


「無断欠席と無断外出になるけど、それしかないだろ。」

「未遂で反省文だね、普通に考えて。」

「夜のうちに乗り込んでおけば良いんだよ。授業に出てないって分かっても、もう船は出た後だ。大丈夫、いけるって。」


 光陽に戻って来る夜の便の後は、翌日まで船が出ることも入ることもない。船着き場の警備も薄いだろう。学園関係者以外は入島できないはずだから。それを踏まえれば、試してみる価値くらいはあるかもしれない。




 全員が寝静まった深夜の寮を抜け出し、船着き場で待ち合わせる。黒いコートのおかげで秋人は見つけにくかったけど。


「あれだね、明日出る彩光行の船。」


 船を見張っている人はおらず、船内も歩いている人はいない。授業期間中に出港する、隣の島に行くだけの船で、目的も学生や教師を運ぶだけ。さほど荷物もなく、外部の人間も厳しく規制されるここでは、内部に対する警戒が甘いのだろう。入り込むことは簡単だった。


「ほら、いけただろ。」

「まだ乗り込んだだけでしょ。」


 降りるまで見つかるわけにはいかないのだから。

 どこに隠れようか。船室は誰が来るか分からない。操縦に必要な場所は必ず見つかる。到着もすぐに分かる場所が良い。

 明かり一つに船内を歩いて、都合の良い場所を探す。毎週二回乗っているおかげで慣れた揺れも、この状況では不安を煽る。しっとりとした秋人の手からも緊張が伝わってくる。その上、なぜか痛いほど強く握ってきている。


「ここにしよう。」


 ロープが吊り下がっていたり、木箱が積み上げてあったりする部屋。倉庫だろう。ここなら身を隠す場所が沢山ある。奥のほうに置かれた木箱を少しずらして、隙間に体を滑り込ませることだってできる。


「秋人は?入れる?」


 私は同年代の女子と比べて少し体が小さい。だけど秋人は大きいほう。私には余裕で入れるここも、秋人には狭いかもしれない。


「俺は別の所に隠れてる。港で合流な。どちらかが見つからなかったら良いんだから。」

「分かった。騒ぎを起こさないようにね。」




 ばたばたという足音がする。出港の時間が迫っているのだろう。今更、自分の白いコートが気になる。暗い中では黒いほうが目立たなかったかもしれないと思っても、私はそう何着もコートなど持っていないから諦めるしかない。

 足音がほとんどなくなるが、揺れは変わらない周期で訪れる。もしかして、下船の足音だったか。

 静かに扉を開け、廊下の様子を伺うが、人は見えない。甲板まで覗けば、数名見えるが、その背景は皇都の船着き場だ。


「強行突破、かな。」


 見つからずに降りる方法が思いつかず、外出許可証を確認する人を蹴飛ばし、呆気にとられる数名を置き去りにする。蹴られた人が何か叫び、慌てて取り押さえようとする人もいるが、もう遅い。

 港の一般人に紛れて彼らを撒けば、もう安心だ。後は港のどこかにいる秋人と合流するか、先に宗教省に行ってしまうか。



 探しながら向かえば、政府の窓口で秋人が既に目的を果たそうとしていた。


「宗教省リージョン教庁の島口弘樹に会いたい。」

「ご用件は何でしょう。」

「極秘の要件で伝言を預かって来た。詳細は伝えられない。有栖秋人が緊急の要件、と伝えてくれ。」


 堂々と嘘を、いや本当のことではあるけれど、騙し討ちのような真似をしてくれている。悪い貴族の見本のような行動だ。きっと私が同じことをしても、繋いでくれないだろう。侯爵家の人間だからできることだ。


「現在来客対応中ですので、お時間をいただくことになりますが、よろしいでしょうか。」

「ああ、構わない。」


 こういう時の対応は秋人もお貴族様らしい。とても丁寧な受付の人に対して、後ろめたいことがあっても、こんなに平然と返せるのだから。



 待っていると、出て来たのはエリスだった。手紙を預けただけなのに、何か話していたらしい。


「ラウラに、ご友人。今日は授業だろう。抜け出して来たのか。」

「あは、はは。」


 私も秋人も笑って誤魔化すしかない。授業があるから私たちを連れて行けないと断られているのだから。エリスの気迫に一歩下がりたくなる気持ちを我慢していると、バタバタと足音が近づいて来た。


「エリスさん、情報ありがとうございます。すみません、慌ただしくて。」

「いや、急に訪ねたのはこちらだ。結局、問題児たちも来てしまったがな。」


 島口さんの視線がこちらに向き、鋭くなる。


「授業はどうしたんだよ、お前ら。」

「つ、伝えることが、ありまして……」

「手紙じゃ不十分だったか?」

「不十分だと思ったから来たんだよ。色々教えてもらうからな!」


 今までの印象より厳しい口調の島口さんに怯んだ私とは対照的に、秋人は強気だ。そんな私たちに溜め息を吐いた島口さんに、エリスが気遣う様子を見せた。


「大変だな。私も同席させてもらっても良いだろうか。近くで止められる人間も必要だろう。」

「エリスさんさえよろしければ、ぜひお願いします。」



 手紙に記したのとおおよそ同じ内容を説明する。どんな人が、いつ、どこで、どんな状況で、何を。フードを被っていたせいで、相手の特徴が分からなかったのが残念でならない。


「〔琥珀の君〕が大切なら、四日後、今日から言えば三日後、〔始祖の地〕へ来い。人質に取ったとしか思えない内容だな。」


 エリスが伝言の内容を確認する。マリアに伝えろ、とも言われたけど、この場合心配なのは〔琥珀の君〕の身の安全だ。マリアは行かなければ良いから。


「でも、その直前まで、〔琥珀の君〕と一緒にお茶をしていたんです。」

「行く方法さえ分かれば、自分たちで行けるんだけどな。船なんてないだろ。」


 透影自体、始祖教の島のようになっていて、定期船などがないらしい。


「教えたら行くだろ。とりあえず二人はこの話を広めないように。相手を刺激すれば何をするか分からないからな。エリスさんも、お願いします。」

「ああ、もちろんだ。」

「教えてくれないんですか。」


 秋人も考えてくれているようだけど、期待しないほうが良いだろう。だから諦め半分でエリスを見つめ続けると、〔始祖の地〕に関する説明を始めてくれた。


「〔始祖の地〕は、始祖教の教義では、神が最初に創った地だ。通常は始祖教関係者しか入れないが、君たちの情報があれば、緊急の船が出されるかもしれんな。」

「エリスさん、あまり教えないでいただけますか。」


 お疲れ気味の島口さんが苦情を入れる。しかし、エリスに悪びれる様子はない。


「学園の図書館でも得られる程度の情報と、簡単に推測できる程度のものだ。黙って行かれるほうが困るだろう。」


 つまり、言ってから行けば良いと。それなら、色々と情報収集が必要だ。


「どうして〔始祖の地〕にマリアが?」


 まずはこれ、と思った質問には、諦めた様子の島口さんが答えてくれる。


「神がいるのに神の代わりに救う、と言うリージョン教に対して敵意を持つ者もいるんだ。神への冒涜だ、ってな。で、〔聖女〕の現れた今、緊張感が高まっている状態なんだ。」

「〔聖女〕がいなくなれば、リージョン教が弱体化する、というわけだな。」


 少し難しい話になってきた。エリスの補足にも秋人は難なくついて行っているようだけど。とりあえず、リージョン教と考えの合わない始祖教がマリアを狙った、という理解で良いかな。それなら解決法は簡単。殴り込めば、マリアを守れる。

 ぐっと拳に力を込めれば、それを島口さんに見咎められる。


「だから、二人は大人しくしていてくれ。余計な首を突っ込まれるほうが困る。騎士団と宗教省で協力して、被害を抑える形にしようとしてるから。秋人は、分かるよな。」


 分かるけど分かりたくない。そんな仏頂面で黙り込んでいる。完全に言い聞かされる形だ。だけど、また今回のようにこっそり乗り込んでしまえば良いだけ。一度できたなら、二回目だって上手くいくはず。

 返事をしない私たちに代わって、エリスが締めにかかる。


「時間を取らせて申し訳ない。この二人は私が見張っていよう。今日もどうやって抜け出して来たか分からないが、きつく仕置きをしておけば、多少は懲りるだろう。」

「ええ、申し訳ありませんが、お願いします。やることができましたので。」



 建物を出ると、エリスに首を掴まれる。


「さて、二人とも、覚悟は良いか。」


 引きずられるようにして連れて行かれたのは、皇国の管理する施設。防衛省の管轄で、騎士団や軍兵団の訓練場だという。慌ただしく挨拶を済ませると、その一角を借りる。


「さあ、二人ともかかって来い」


 エリスは私たちに木剣を投げ渡し、自分も構える。その上、人差し指でくいっと挑発までしてくる。学年で上位一割に入る私たち二人を同時に相手しようというのか。

 私は素早く剣を両手で構える。秋人にいたっては拾うとすぐさま真っ直ぐに向かっている。それを避ける動作もせず、エリスは真正面から軽々と受け止めた。


「何だ、軽いな。まあ、まだ一年生ならこんなものか。」


 さらに力を込めて押しつぶそうとするが、急に体を反転させたエリスに、秋人は地面に踏みつけられる。さらに踵で抉るようにするあたりがえげつない。


「ほら、ラウラも来るんだ。」


 私はあんな馬鹿な真似をしない。大方、道中で首を掴まれて、簡単にいなされたことで頭に血が上っていたのだろう。

 つま先で地面を抉り、視界を奪う。その隙に横から攻める。エリスといえど、片手での対応は難しいはず。さっきは何の技巧もない正面からの力押しだったから受け止められただけだ。


「目だけで動くからこうなるんだ。」


 受け止めづらいだろう角度で攻めたはずなのに。なぜか肩に大きな衝撃を受け、尻餅をついてしまう。


「さて、仕置きの時間だ。」




 光陽行の船が出る時間まで、二人がかりで挑み続けた。けれど、エリスに当てられたのは片手で足りるほど。エリスが強いのは皇国に来る途中でも分かっていたけど、ここまでだったなんて。

 私も秋人も痣だらけになって息も絶え絶えなのに、エリスは一人涼しい顔をしている。


「これに懲りたら、二人だけで〔始祖の地〕に行くなんて考えないようにな。」


 黙って顔を見合わせる。お互い、相手が行く気満々であると確認できた。言うとお仕置きが続くから、黙るけど。

 そうして、学園まで送り届けられた。先生に反省文を書かされると、自由の身だ。


「なあ、ラウラ。」

「もちろん行くよ。見つからなければ良いだけだから。」

「ああ、次は日曜日だから、今日より安全だ。」


 待ち合わせは船の前に決めた。虹彩には正規の手続きで行けるし、透影への船は秋人が手配してくれると。どうにかできるあてでもあるのだろう。

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