軍学校へ
私が初めて会議に参加してから早3か月。バルデスは独立したけれど、変わったことと言えばアルセリアと会えなくなった程度で、早々に日常に回帰していた。
しかし、今日は私にとって特別な日。午前中に王女としての勉強を済ませ、待ちに待った自由な午後。
「ベルトラン将軍、私を鍛えてください!」
勢いよく頭を下げる。まずは挨拶、とか、印象が良くなるお願いの仕方は、とか、考えていたのに、何も実行できていない。
しまったと思いつつ、下げた頭を上げられずにいると、笑いの混じる声が響く。
「アリシア殿下、わしのような者に簡単に頭を下げるものではありませんぞ。」
「師匠になっていただくのです。礼儀を尽くすのは当然です。」
先ほどの失態を隠すように、背筋を伸ばして、真っ直ぐと見つめる。
「何故、鍛えてほしいと思ったのか、聞かせていただけますかな。」
「私はいずれ、国を背負うことになる身です。民の命を背負う人間が、命をやり取りを知らずして、如何にいたしましょう。」
白馬に跨る凛々しいベルトラン将軍の姿が、目に焼き付いている。あれがきっと、私の目指す場所だ。女王は優しいだけでは務まらないのだから。
しばし見つめ合うと、ベルトラン将軍は行き先も告げずに私を連れ回した。
最初に連れられたのは、軍人たちの稽古場。
「バルデス独立の折に出向いた王国兵も、ここで日々訓練を行っております。」
「彼らが…。ありがとうございます。」
土が剥き出しの地面に、天井もない場所。平らに整えられているだけで、体を鍛えるための道具が置かれているわけでもない。ここにいる大半の兵は、二人一組で打ち合っていたり、素手で組み合っていたりしている。その動きは到底真似できそうになく、睨み合っていたかと思えば、双方素早く接近しては離れる、というのを繰り返している者たちもいる。
そんな場所からロープで区切られた場所に、円形の的が幾つも並んでいる。的の前には弓や銃を構えた兵が立っており、話しかけるのが憚られるほどの集中を見せている。
その中の一人に、ベルトラン将軍は声を掛けた。
「ビセンテ!応接間で待っている。」
大きな声で返事をしたのは、弓を構えていた大柄の青年。彼が片付け始めるのを横目に、屋内へと案内される。
「お待たせしました、ベルトラン将軍。こちらの、」
私を見た彼は、はっと目を見開き、膝をついた。
「失礼いたしました、王女殿下。」
私はまだ一般に姿を見せていない。貴族でない限り、誰か分からないはずだ。
「構わないわ。えっと、ビセンテ、で良いかしら。アリシアよ。楽にして頂戴。」
「ありがとうございます、アリシア殿下。ビセンテ・センテーノと申します。」
「今日はアリシア殿下に、戦場での話を聞かせてやってほしくてな。初めての戦場は如何だったかな。」
私はベルトラン将軍からの話のほうが興味を惹かれるが、真面目に話そうとするビセンテの手前、口を挟むことは躊躇われる。将軍にも何らかの意図があるかもしれない。
「非常に、恐ろしいものでした。国と民を守るためと己を奮い立たせても、この先に誉れがあるのだと言い聞かせても、足が竦みました。情けないことですが。」
カップに伸ばされた手が、微かに震えている。こんなに体の大きな男性でも、ここまで恐怖を感じるものなのか。
「けれど戦ってくださった。どうやって足を動かしたの?」
「母の言葉を、思い出したのです。センテーノ公爵として兵を鼓舞していた母の言葉を。「恐怖は身を守る盾だ」「それを構えて進め」「それが全てを守ることに繋がる」と言っていたのです。」
恐怖は盾。恐れず敵に立ち向かうことが、その勇気が、国を守るために必要なことではないのか。
「怖がっていても良いのだと、むしろそれを持てと言われて、前に進めるようになりました。恐れている状態を受け入れられ、こんな自分でも国を守れるのだと、そう思えたのです。」
「怖さは軽減されていないままよね。」
「はい。今の状態を受け入れ、それで守れると勇気を得るのです。だから、怖いと思ったままでも進めるようになるのです。」
ビセンテの手の震えは収まり、穏やかな笑みを浮かべている。ベルトラン将軍も納得するように聞いていて、意味ありげに私を見つめている。不思議だ。それほどの恐怖を薄れさせることなく受け入れられるビセンテも、この話を私に聞かせたベルトラン将軍も。
「あの、ここは…?」
次に連れられたのは、長方形の建物が幾つも並んでいて、私と同じくらいの年齢の子どもが大勢いる場所。見たことのないような子どもばかりで、みな軍服に似た揃いの服を着ている。
「殿下、ここは軍学校です。ここの卒業者が、王都軍や各地の領軍に就いております。」
「それは平民の話でしょう。私は母が手配してくれないから、貴方に頼んだのです。」
私の年齢で軍学校に通う貴族はいない。みな、自宅でより深い教育をられるからだ。12歳以降なら、軍での生活に馴染めるように、であるとか、戦闘技術以外のものも学べるように、など、それぞれの理由で通うこともあるが。
返事のないベルトラン将軍の先導で、校舎内を進んでいく。
その先の小さな応接間には、若い男性と私と同じ年頃の男の子が並んで座っていた。
男性のほうは私を見ると、素早く膝をついた。
「お待ちしておりました、第一王女殿下、ベルトラン将軍。」
「アリシアで構わないわ。貴方は何てお名前なのかしら。」
「タイラ・アルメンタと申します、アリシア殿下。」
「アルメンタ、ね。今日は時間を作ってくださってありがとう。楽にして頂戴。」
座り直したアルメンタは、黒い目をしており、この国では珍しい容姿だ。茶色の髪は珍しくないが、大きくて丸い目も、小さな口も、全体的に小柄な体格も、軍学校の教師とは俄には信じがたい。
隣の少年に目をやると、彼はゆっくりと立ち上がった。
「初めまして、エミリオ・ベルトランです。将軍の孫です。」
頭を下げるだけの簡単な挨拶。ベルトラン将軍と違って凛々しさは全くない。目が同じ緑なだけで、髪もくすんだ金色と、孫だと言われなければ気が付かないだろう。
「エミリオ、学校ではどうなんだ。アリシア殿下にも伝わるように説明してくれ。」
そこから、エミリオの興味深い話が始まった。
「午前中に座学、午後から訓練です。午前中のお勉強は、50分の授業と10分の休憩を繰り返して行われます。今日の授業は、主に怪我の原因とその対処法について学ぶ保健という授業、自国や他国について学ぶ社会という授業、作物や動物を育てる生活という授業、計算の仕方を学ぶ算数という授業、でした。」
一部、王女教育の中で行われる内容も含まれていたが、
「作物や動物を育てるの?」
これが一番理解できなかった。それは農民や庭師の仕事だ。将来軍人になる子に学ばせてどうしようというのか。
「はい。日頃の世話から自分たちで行うのです。」
説明しきった、というような顔をするエミリオだが、私が聞きたいのはその理由だ。アルメンタへ視線をやると、穏やかな笑みを浮かべ、私の欲する情報をくれる。
「ここに来た子どもたちは、軍人を目指しています。それは将来、命を奪うことになる職業です。だからこそ、その大切さを教えるため、自ら育てさせるのです。教師の中には、自分の子を連れてきて、その成長過程を見せる者もいるほどです。」
私にはそれがどれほどの意味を持つのか理解できない。いざ戦う時に躊躇してしまうのではないか。
「ベルトラン将軍もここで学ばれたのですか。」
「もちろんですとも。今の王国軍に所属している者は全て、この学校の出身です。」
このベルトラン将軍を育んだ学校なら、何かを得られることはあるはずだ。私の目指すものに近づけてくれるかもしれない。
「エミリオ、貴方もベルトラン将軍のような軍人を目指しているのかしら。」
「おじい様のような、というわけではないけれど、軍人を目指しています。」
一番近くにいるのに、目標ではない。身近な人間には違う一面を見せているのかもしれない。エミリオと仲良くすれば、何か聞けるかも。
その後も簡単にベルトラン将軍もかつて通ったという学校の様子を聞かせてもらい、非常に有意義な時間となった。
王宮まで送ってくださった時には、完全に陽が落ちていた。
「本日はありがとうございました、ベルトラン将軍。」
「こちらこそ、お付き合いいただき有難うございます、アリシア殿下。」
多くを得られる一日ではあったが、ほんの少し心残りがある。稽古をつける約束をしてくださらなかったことだ。ただそれも、軍学校に通うことで解決されるだろう。ベルトラン将軍から教わるのは、そこで基礎を学んでからで良い。
夕食前、政務の終えた母上を捕まえる。
「母上、お願いがございます。私を軍学校に入れてください。」
「何故、入りたいと思ったのかしら。」
他の人間と同じように全ての授業を受けることは不可能だ。私には王族としての勉強と、未来の女王としての勉強がある。一部通う、という形が妥当だろう。
それを理解した上で、なお入りたいと言う理由。そして、母上を説得するに足る理由。
「私に、足りないものが学べるからです。」
「それは王宮での勉強では得られないものかしら。」
「はい、おそらく。書物を通してでは理解できないことが、きっとそこにはあるのです。」
ここは説得する場面だと、私は真剣なのに、母上は微笑んでおられる。
「それで、本当の理由は?」
「…ベルトラン将軍も通っておられたと。彼の孫も通っています。」
「エミリオ君ね。良いんじゃないかしら。」
本当の理由、という問いの意図は分からない。ただ、私にとって重要なのは、軍学校への入学を認められたということだけだ。
「お姉様ばっかりずるい!お母様、私はいつお姉様のような勉強を始められるの?」
「イリス、突然どうしたの?」
夕食後、無邪気な声を上げる4歳の妹。私に対するのとは違い、母上は愛情に満ちた声をしておられる。
「お姉様は軍学校にも通うんでしょ?私は教師もまだ手配されてないのに。」
「早く始めれば良いというものでもないのよ。」
私が4歳の時には、既にアルセリアと共に勉強を始めていた。それが失敗だったとでも言うのか。
「そんなぁ。お姉様は会議にだって参加したのに。」
「貴女は貴女で良いのよ、イリス。」
妹には愛に満ちた顔を見せる母上が、私を見ると難しい顔をすることは知っている。
私には王族としての在り方を説く母上。しかし、妹にはそのような話を一切しない。ただ貴女の思うように在りなさい、と言うだけだ。
「お姉様にできたのなら、私にもできるもん!」
「お友達と仲良くして、遊ぶことも勉強よ。ほら、大きくなったらできなくなってしまうのだから、今のうちに、ね。」
聞いたこともないほど甘い母上の声。頭を撫でられて、先ほどまで叫んでいたのを忘れたような妹の笑い声。
私が妹ほどの愛らしさを持っていれば、何か変わっただろうか。それとも、第一王女という未来の女王と、第二王女という肩書の違いが、母上の対応の差だろうか。
「なら、私も軍学校に通うわ、お姉様と一緒に。」
「駄目よ、貴女にそんなことはさせられない。危ないでしょう?」
私が通うことは認めたのに。自分で希望したこととはいえ、少々納得できない。妹は危険な目に遭わせられないけれど、私は構わないの?
「母上、私はこれで失礼いたします。」
「僕もこれで。」
私に続いて、いつも母上の前では沈黙を貫く兄レオンも、その場を辞した。
「ごめんね、アリシア。」
「いいえ、兄上のせいではないわ。私は未来の女王だもの。仕方のないことだわ。」
兄上は6歳で勉強を始めている。しかし、王女と王子では内容が異なる。
「僕は君にも危ないことをしてほしくないと思っているよ。」
心配してくれていると理解しながら、私は返事もせず自室へと引きこもった。
母上も誰も、私が立派な女王になることにしか興味がないのだ。兄上だって、その重圧も何も、理解できるはずがないのだから。
母上に軍学校への入学を申し出て、数か月。ようやく初登校の日がやって来た。
教室の扉の前で副担任のクルス先生と待機する。彼は切れ長の目をさらに細めて、微笑みかけてくれている。
「大丈夫、みんな良い子だから。自慢の子たちだ。君のことくらい、受け入れられる。」
教室の中からは子どもたちと話すグラシア先生の声が聞こえる。
「みんな、久しぶり。夏休みは楽しめたかな。」
グラシア先生も素敵な先生だ。今日までに数回あったが、美人で、理想の母親という雰囲気を持っている。同年代の子との交流が少ないと零した私のことをとても心配してくれていたのだ。
「あのね、先生、お手伝いして褒められたの!」
「私もー!」
「お婆ちゃんに大きくなったねって言ってもらった!」
「縄跳びできるようになったよ!」
みな、口々に自分のことを報告しており、中には先生に会いたかったという言葉まで聞こえてくる。それでも、グラシア先生が手を叩くと、きちんと話を聞く態勢に入る。
「みんなに会えて、私も嬉しいわ。みんなのお話は休み時間に聞かせてもらうね。今日は、新しいお友達が来てくれてるの。」
「えー、誰?」
「どんな子、どんな子?」
自分の心音が途端に大きくなる。胸元を握りしめ、落ち着け、と心の中で繰り返す。この程度で動揺していてどうする。こんなことでは、ベルトラン将軍には程遠い。
「みんな、笑顔で迎え入れてあげてね。」
「はーい!」
「早く早く!」
クルス先生に開いてもらった扉の前で、一瞬躊躇する。しかし、グラシア先生の微笑みに促されて、いよいよ教室へと足を踏み入れた。
整然と並んだ机と椅子、そこに着席している何十もの子どもたち。注目する30対の瞳を感じながら、グラシア先生の隣に立った。
「初めまして、アリシア・サントスです。ベルトラン将軍に憧れてここに来ました。一緒に受けられる授業は少ないけど、今日からよろしくお願いします。」
ここでは身分を気にせず行動してほしい、とのことだった。孤立してしまわないようにとの配慮だろう。他に貴族の子なんていないのだから。
そう思って丁寧に挨拶したのだけれど。平民の子ばかりとはいえ、流石に自国の名、つまり王族の名くらいは知っていたようで、ざわつきがなかなか収まらない。それを待って、グラシア先生が問いかける。
「貴女はなんて呼んでほしいのかな。」
覗き込むグラシア先生の顔は優しく、その声も母上に掛けられたことのないほど柔らかい。
「アリシア、と。」
「アリシアちゃん、で良いかな。」
「はい。」
練習した以上の言葉を出せない私の代わりに、グラシア先生がクラスの子たちに伝えてくれる。
「アリシアちゃんは大勢の子と遊んだりすることに慣れてないから、みんな助けてあげてね。」
「「「「はーい!」」」」
「良いお返事ね。アリシアちゃんの席は、一番後ろの窓際の席よ。アナちゃん、何かあったら助けてあげてね。もちろん、私も気を付けるわ。」
「うん!アリシアちゃん、こっちだよ。」
机の間を通り抜ける間も、30の視線は私から離れない。やっとの思いで長い金髪を高い位置で二つくくりいた女の子の隣に辿り着くも、黙って座って良いものか、話すとしても何を言えば良いのか、見当が付けられない。
「よろしくね、アリシアちゃん。」
「うん、よろしく、アナ。」
結局、同じような言葉を返すという選択しかできず、この先が思いやられるような始まりとなった。
授業は、国語、算数、理科、社会に、生活、図工、音楽、保健の8種類。前の四つは自分の学習のほうが早いため、学校では受けない。私が受けるのは後ろの四つだ。
生活は、以前ベルトラン将軍の孫が言っていたように、動物や植物を育て、それを材料に調理などをする授業。
「見て、アリシアちゃん。ふわふわしてて可愛いでしょ。」
今アナが見せてくれているのはクラスで飼っているという鶏。それは、小さくギョロリとした目に、鋭い嘴、羽に覆われていない細い脚、威圧感さえ感じさせる赤いトサカと、むしろ不気味だ。
「可愛い…?それ、アナだけが言っていること?」
「みんな可愛いって言うよ。」
全体的に白い羽に、尻尾とでも呼べば良いのかお尻近くのぴょこんと飛び出た羽は、見ようによっては可愛く映る可能性もある。
「へぇ、そうなんだ……。」
「信じてないでしょ!最初はヒヨコでね、小さくて、淡い黄色なの。その時からお世話してるとね、可愛く見えるのよ。私も最初に鶏を見た時は怖かったんだけど、ヒヨコから育つ姿を見ると、可愛いって思うようになったの。」
変化の過程を見ることによって、受ける印象が変わる。これは経験しなければ分からないことか。
「私は来年ね。」
「うん。この子は今月で捌かれちゃうから、寂しいなぁ。」
まさか自分で捌くのではないだろう。少々不安だ。綺麗に調理されたものしか見たことがないのに。
図工は、絵を描いたり、棚を作ったりする授業。
「こんなの、何に使うの?」
「長期休みの時に持って帰ったら、お母さんとかが喜んでくれるよ。物の整理に役立つんだって。」
以前は片手で持てるような大きさの小物入れを作ったそうだ。今日は両腕で抱えるような大きさの棚。遠征任務などで非常事態に見舞われた時に、現地で必要な物を作れるようにするという目的がある。
しかし……
「何だよそれ!」
「何でも良いでしょ。」
誰にでも得手不得手はある。私は壊滅的に工作が苦手らしい。
「リノの目はおかしいんじゃない?とっても可愛い置物じゃない、ねえアリシアちゃん。」
アナは庇ってくれようとするが、
「今日の製作物は棚だよ、アナ……」
「あっ、そうだった!ごめんね、アリシアちゃん。」
隣ではリノが笑いすぎて涙を滲ませている。
「ううん、自分が不器用だって、分かったから……」
少々気落ちしつつ、再挑戦だ。
もう一度、板を手に取ると、リノが手を伸ばしてきた。
「不器用っつーか、前回やったこと聞かないからだろ。」
意外にも丁寧な説明で、何とか形にすることはできた。だが、私は誰に渡せば良いのだろう。
音楽は歌ったり、踊ったりする授業。貴族なら楽器の一つくらい演奏できるものだが、そんな高価なものをこの学校は置いていない。
「楽器もなしに、どうやるの?」
「上級生が作ったのがあるんだ。今までの人たちが作ったのもあってね、出来の良い物を学校に寄付してもらうんだって。」
そう言って出て来たのは、筒に革が張られただけのもの。
そのリズムに合わせて足を踏む。しかし、私が習ったような型のあるものではなく、優雅さを感じられるものでもない。
「これって、何のための授業?」
「聞き慣れて、叩き方の違いとかを感じるんだって。楽しくやれるように踊ったりもするし、自分の村とか地域のお祭りの話をお互いにしたりもするの。」
戦場での合図がこれと似た楽器になる。他の高価な楽器は、文化人と呼ばれるような貴族が難色を示したことで、戦場に持ち込むことは避けられるようになったからだ。
保健では怪我の治療法などを学ぶ。日常生活でも役立つことでもあるため、みな特に真剣だ。
そして、一番の楽しみは午後の訓練。
「よう、アリシア。」
「ここでは丁寧じゃないよね、エミリオ。」
「そりゃな。おじい様の前では緊張してああなるけど。」
訓練も生徒の自主性が重んじられている。意欲のない者にやらせても、無駄な怪我が増えるだけだからだ。ただ、成績によっては退学になるため、ほとんどの生徒がきちんと取り組んでいる。
学校の敷地の大半を占めるのが、これら訓練場だ。午前、午後、放課後で区切られてはいるが、放課後なら誰でも使用できるようになっている。
私たち下級生は午後。自分の意思による参加のため、クラスも下級生の中でなら学年も関係なく交流する機会が多くなり、1学年上のエミリオとも話す機会が得られている。
「エミリオは家でも訓練してるの?」
「いや、全く。あのおじい様に見られるなんて恥ずかしいだろ。まだまだなのに。」
「教えてもらえば良いのに!」
「アリシアはおじい様のことが好きだよなぁ。」
「そりゃもう!一番尊敬してる人だよ。」
当然だ。あれほど格好良くて、目指すべき先として相応しい人、他にはいない。
ベルトラン将軍のことになると声が大きくなってしまう私を、エミリオはまじまじと見つめる。あのベルトラン将軍のことを褒める人なんて、いくらでもいるだろうに。
「…学校に友達がいるのか、とか、クラスで孤立してないか、とか、心配してた。」
「本当に!?アナとかリノとか、あと担任のグラシア先生と副担任のクルス先生も、気にかけてくれています、って伝えて。気にかけて下さりありがとうございます、とも。」
私が軍学校への入学を決めたのは、ベルトラン将軍に連れられてきたことがきっかけだ。だからかもしれない。きっと責任感も強い人なのだろう。
エミリオからベルトラン将軍の話を聞いて、私のことを伝えてもらって。訓練や次期女王としての勉強が並行的に行われていても、ベルトラン将軍に近づくためだと思えば、苦でも何でもなかった。
そんな幸せな一時を経て、次の選択の時期がやってくる。




