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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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〔赦しの聖女〕襲撃事件

 本当に、ここに島口さんがいるのだろうか。


 私は島口さんに話を聞きに行こうとした。しかし当然ながら私がいけるのは休日。特別に予定を組んでいない限り、宗教省に行っても島口さんはいない。そのため、オルランド様にどこに行けば会えるか尋ねたところ、一つのお屋敷を教えていただいたのだ。

 そして今、目の前にあるお屋敷がそれなのだけれど、明らかに一般人の家ではない。門の前に私兵が立っているし、家自体もいったい何人で住んでいるのかと言いたくなるような大きさだ。オルランド様のお屋敷と同じくらい大きい。この通りには同じような屋敷がいくつも並んでいて、貴族街と呼ばれているそうだ。


「あの、すみません。島口さんに会いに来たんですけど……」

「どちら様でしょうか。」

「ラウラです。〔赦しの聖女〕の妹の、」

「ああ、貴女が。しばしお待ちください。」


 数分もすれば、別の人がやってきて、家の中に案内してもらえた。オルランド様の屋敷とは違い、高価そうな壺や絵が廊下に飾られていて、歩くだけで緊張する場所だ。


「お、おはようございます。すみません、お休みの日に、突然。」

「おはよう。そんなに緊張しなくて良いから、座ってくれ。」


 ふわりと軽く沈み込むソファ。寝台にしても十分安眠できそうだ。

 さっと侍女と思しき人がお茶を入れてくれて、静かに部屋を出ていく。すすす、と静かなのに素早くて、特殊な訓練でも受けているのだろうかと思わせる。


「わざわざ来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」


 珍しいなんてものじゃない。よく考えれば貴族の家に来るのは初めてで、それに気付いてしまったからさらに緊張感が高まってしまう。そうだ、聞きたいことがあったんだった。


「〔赦しの聖女〕と〔琥珀の君〕の噂なんですけど……」

「ああ、まだ続いてるな。気になるのか。」

「いえ、あの、内容はもう良いんです。けど、あ、〔琥珀の君〕と友達になったんです。」

「そうか、良かったな。」


 前は〔琥珀の君〕と話して、マリアのことを何とも思っていなかった、とだけ伝えている。だから、ここから説明する必要があって、次にすべきが嫌がらせの話。


「で、その噂のせいで〔琥珀の君〕が嫌がらせ、というか暴力を振るわれたんです。」

「……ああ。」


 途端に返事が重くなった。こんな学内の話をされても困るかな。何も分かるわけないし、どうにかしようもない。


「何とかしたいんですけど、えっと、新井栄太って知ってますか。」

「ああ、知ってるが、何か関係があるのか。」

「〔琥珀の君〕を殴った人です。先生にも言ったらしいんですけど、秋人、あ、私の貴族の友人が、貴族相手なら何もしてもらえないって。だから、自分たちで調べているんです。島口さんも何か知りませんか。」


 悪いことをしているとか、前科があるとか。秋人は親しいみたいだし、その辺りは教えてくれなさそうだから。


「新井栄太は新井子爵家の第一子だな。本人はあまり印象に残らない人物だ。悪いがこのくらいしか分からない。その友人のほうが詳しいだろうな。」


 この程度ならそうだろう。だけどなぜ、それが島口さんにも分かるのか。秋人と新井栄太が知り合いかどうかなんて、分からないはずなのに。それも疑問だけど、目下の問題は別のこと。わざわざ聞きに来たのだから、少しでも多くそれに繋がる情報を仕入れたい。


「うーん、じゃあ、〔琥珀の君〕関連で何か知りませんか。」

「友人になったんだろう?」

「そうじゃなくて、何かこう、リージョン教関連で何か、分かりませんか。」

「あくまでも国と宗教の関係を良好に保って、国民を巻き込んだ争いにならないように、っていうのが仕事だからな。全てを把握してるわけじゃないよ。」


 苦笑を返されてしまう。それもそうか。〔赦しの聖女〕の身の安全に気を遣うのは基本的にリージョン教の人だし、〔聖女〕関連で危険な目に遭うのはよほど関係を悪化させるものではない限り、リージョン教内部の話であって、国には関係のない話。リージョン教との窓口に過ぎないらしい島口さんが全部の情報を知っているわけはない、ってことかな。

 だったら誰に聞けば分かるだろうかと悩んでいると、一つ注意されてしまう。


「友達のために何かしたいって気持ちは悪いものじゃないけど、あんまり危ないことはしないようにな。」


 その後は、知り合いの子にもそういう子がいていつも大変なんだ、とか、ちょっとした話に変えられてしまった。それに流されて、何も聞き出せないまま、帰ることになった。



 大いに不満の残る訪問だった。せっかくマリアとの時間を削って会いに行ったのに。マリアもマリアで〔琥珀色の時間〕に行っていたけど。


「お帰り、ラウラ。」

「ただいまー。」


 元気な声を出してみるけど、マリアと会ったのに気分が上がらない。愛良ちゃんの真似をして抱き着いてみれば何か変わるだろうか。彼女はよく〔琥珀の君〕に抱き着いて楽しそうにしているから。


「どうしたの?」

「別に。」


 優しく抱き留めてくれるけれど、何かが違う。愛良ちゃんと〔琥珀の君〕の雰囲気は、もっと優しくて暖かかった。なぜかマリアも気落ちしているようでもあるし、そのせいかな。


「マリアこそ、何かあった?」

「え、いや、何でもないのよ。あっ、そうだ。〔琥珀の君〕がね、お店にいなかったの。怪我をしたと言っていたわ。」


 水曜日に会った時はそこまで酷い怪我ではなかった。あの後、さらに何かあったのか。そして、マリアにとっても、〔琥珀の君〕の怪我は気がかりなのか。私のことは気にしなかったのに。今怪我すれば、私のことも心配してくれるって信じているよ。だからこの違いは、相手によるものじゃなくて、時期によるものってことにしておくの。


「マリア、あのね、〔赦しの聖女〕と〔琥珀の君〕は恋人同士って噂があるでしょ。それで嫉妬した人が〔琥珀の君〕に何かしてたりするの。」

「まあ。」

「だから〔琥珀の君〕のためにも、少し店に行くのは控えたほうが良いんじゃないかな。」

「そうね。」


 その代わり私との時間が増える、と。離れていればその時の感情も忘れてくれるかもしれない。〔琥珀の君〕には悪いけど、少し得した気分。




 今週末からはマリアとの時間が増やせる。そんな浮ついた気持ちで向かう、いつものお茶会。教室ではしにくい情報共有がしやすいからという選択だが、そこで待っていたのは顔にまで湿布を張った〔琥珀の君〕。


「どうしたの、それ!?」

「慶司は絶対教えてくれないの!」


 前回同様、愛良ちゃんは〔琥珀の君〕にぴったりとくっついている。表情も眉を下げ、口もへの字に曲げていて、心配や不満を前面に押し出している。〔琥珀の君〕は痛そうなそぶりを見せないけれど、秋人はそんな様子も不服そうに見ており、声にもそれが表れている。


「一応、新井子爵家に聞きに行ってきたんだけど。」


 〔琥珀の君〕はいつものように飴細工の準備をしているけど、そんな場合かな。そう感じたのは愛良ちゃんも同じだったようで、〔琥珀の君〕の手から砂糖の袋を奪っている。


「今日は全部私がやる!」

「じゃ、お願いしようかな。」


 二人が飴細工に取り掛かったところで、私と秋人は情報を共有していく。


「で、どうだったの。」

「新井子爵が、確かに最近少し様子がおかしかったって。休みの日に珍しく皇都の屋敷に帰って来たと思ったら、学生でもないし貴族でもないし、っていう相手と会って、それから変らしい。」


 新井栄太が誰かから唆された可能性。それか、悪乗りした誰か。前者のほうがあると思うけど。学生なら学園で会えば良い。貴族でないと分かった理由は分からないけど、お貴族様同士なら何かあるのかもしれない。問題は、その会った相手が誰か。


「特徴は?」

「フードを被っていたから分からないってさ。それに栄太って嫉妬したとしても、自分で殴りに行けるような奴じゃないんだよ。そんな度胸のある奴じゃない。相手が平民だから強気に出られた、ってのはあるかもしれないけど。」


 身分で態度が大きく変わる部類の人か。マリアなら神の前では王侯貴族も罪人も等しい価値を持っているとか言いそうだけど。人間にとっては違うからね。マリア以外の人はたいてい、貴族か平民か、高い地位に就いているか否かで態度を変える。私もそうだ。


「そっか。私も一応、知り合いに聞いてみたんだけど、子爵家の人ってだけ。秋人のほうが知ってるんじゃないかってさ。」

「他に貴族の知り合いなんていたんだな。」

「いるわ!宗教省の、人。」


 失礼な。私には他に友人がいないとでも思っているのか。〔赦しの聖女〕の妹だから少し距離を置かれている部分はあるけれど。美華と秋人だけじゃないし。島口さんは友人とは言い難いけど、ある程度親しくはある。お貴族様だと知ったのは家に会いに行ったからで、それまでは知らなかったけど。そう会いに行った時のことを思い出していると、秋人がからかうような、憐れむような目で見ていた。


「ああ、〔瑠璃の君〕。」


 どうして知っているの。確かに、三学期に入ってから自分にとっての特別な人を〔〇〇の君〕と呼ぶのは流行っているけど、島口さんの話はした覚えがない。もしかして、美華から聞いたか。

 この呼び名の流行りの始まりはもちろん〔琥珀の君〕。その後、美華が〔萌葱の君〕を言いふらした。〔瑠璃の君〕は噂にはなっていないけど、一部の人には彼女から話していても不思議ではない。そのような呼び方をされるほうは恥ずかしいらしいから、本人に向けて言う人は少ない。


「じゃあ秋人は〔珊瑚の君〕ね。」


 侯爵家の子のわりに軽んじられている雰囲気は私も感じている。おそらく、このように呼ばれることはないだろう。呼ばれて喜ぶ性格でもない。効果的な嫌がらせになるはずだ。だって私が島口さんに特別な想いを抱いている、と捉えられるのは不服だから。

 秋人の髪と瞳は絵に描いた珊瑚のような色。だから、にやにやと言ってやれば、無言で睨み返されるが、上手い言葉は出てこないらしい。まあ、私の髪も瞳もそんな素敵な表現ができるものじゃないからね。

 そうして軽く睨み合っていると、愛良ちゃんが口を挟んで来た。


「宗教省の人って弘樹のこと?」

「え?」

「秋人のお母さんみたいな人でね、去年はよくお話してたんだよ。今もお休みの日に時々会いに行くの。」


 年齢を考えればおかしくはないけど、秋人の名前を出した時に何も反応はなかった。一方で、秋人のほうがよく知っているだろうと言えたことから、知り合いだと判断することもできる。


「俺たちがしっかり調べるから心配しなくて良い、って言ってたよ。後ね、これは教室で聞いたんだけど、土曜日に〔赦しの聖女〕も襲われたって。」

「マリアが襲われた?」


 土曜日なら、〔琥珀の君〕がいなかったという話をした時だ。あの時はそのことを気にしているのかと思ったけど、自分が襲撃されていたのか。〔琥珀の君〕の話題を出したのは、私に心配をかけないため。でも、私は言ってほしいし、頼ってほしい。


「怪我はしてないって。でも、酷いよね。〔聖女〕様は悪いことしてないのに。慶司もだけど。」

「私は何も聞いてない。マリアは何も教えてくれなかった。マリアにとって私は、支えとなれる存在じゃないのかな。」


 『聖人の舞』の付き人と聖人は、互いに支え合う関係になれていた。兄弟ではないけれど、そんな間柄に。でもマリアにとって私はまだ、一方的に守って、救うだけの存在なのか。

 俯けば、愛良ちゃんの困った雰囲気を感じるが、それに応えてあげることはできない。代わりに、意外にも〔琥珀の君〕と秋人が慰めてくれる。


「なら、頼れるところを見せてあげたら良いんじゃない?妹には良い格好したいだけかもしれないでしょ。」

「襲撃した奴らをやつける、とか。俺も協力するからさ。」

「そっか、そうだよね。よし、まずはマリアを襲った犯人を突き止める!」


 私は完全にマリア襲撃に意識を取られた。秋人もそれに付き合ってくれている。だけど愛良ちゃんにとっては〔琥珀の君〕の問題のほうが当たり前のように大切だ。


「慶司のほうはどうするの?このままじゃ危ないよ。」

「俺のほうは良いよ、放っておいて。」

「いいわけないの!先生に言ってもダメなんでしょ?友兄に相談してもね、お貴族様の話は自分じゃどうにもできない、としか言ってくれないの。」


 友兄というのは愛良ちゃんのお兄さんのような人だから、当然の返答だろうとは思うけど。愛良ちゃんのためにも、〔琥珀の君〕のほうもどうにかしてあげたいな。やる気的には、秋人のほうが適任か。


「〔琥珀の君〕のほうは秋人に任せて良い?子爵家の人なら私にはこれ以上調べようがないし。〔聖女〕関連のほうがまだ何かできるよ。」


 一応の結論が出たところで、他愛もない話をしつつのお茶会に戻る。愛良ちゃんは自分が作ると言っていたけど途中から会話に夢中で、結局〔琥珀の君〕が前回とはまた違った形の花びらのお花を作っていた。

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