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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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『聖人の舞』

 少しだけ晴れやかな気分で迎える月曜日。


「おはよっ、美華。」

「悩み事、解決したの?なんだか元気ね。表情も明るいわ。」


 隠しているつもりだったのに。落ち込んでいるのなんか、理由も全て暴かれてしまいそうだったから。噂好きの美華に追及されて言い逃れる自信なんてない。


「うん、ごめんね。心配かけた?」

「ううん、こっちこそ、力になれなくてごめんね。その代わり、じゃないのだけれど、贈り物を用意したの。」

「何?」


 何かを持っているようには見えない。後で渡してくれるつもりかな。


「ラウラは見たことないでしょう?〔虹蜺〕の観覧権よ。演目が『聖人の舞』だから、ラウラも興味があるのではないかと思って。今度の日曜日、一緒に見ましょう。」

「行く!行きたい!」


 島口さんが言っていた、他の舞が見られる公演だ。聞く前に言ってくれるなんて、不思議だ。勢い込んで答える私に美華は一瞬驚いたけど、すぐ笑顔になってくれた。


「そんなに喜んでもらえるとこっちも嬉しいわ。当日、迎えに行くわ。」

「うん、わざわざありがとう。」

「一人でも行くつもりだったもの。楽しみにしていて。観劇後は主演の方ともお話できるように頼んでおいたから。」


 そんなことまでしていてくれるなんて。本当に嬉しい気遣いだ。

 喜びを隠さずに抱き着けば、横から口を挟まれる。


「ラウラも行くんだ?こういうの、興味あったんだな。」

「秋人も行くの?」


 意外だ。授業は大人しく聞いていないのに。


「知り合いが出てるから。」

「へえ、どの人かしら。」

「教えねえ。」


 興味津々の美華の質問への回答を、優越感も露わに断る。だけど美華は諦めない。美華は観劇とか好きそうだよね。


「知られると不都合でもあるのかしら。」

「相手の人から秘密にして、って言われてるからな。」


 約束は守るみたい。それに関連する信用がないわけではないらしく、美華も一回粘ったわりに今度はあっさりと引き下がった。




 待ちに待った当日。たったの数日で、心待ちにしていたのは美華のほうだけど。始まるまでの間も、演者について教えてくれていた。


「今日の主演は、杉浦友幸様。皇国の外から来られた方なの。〔虹蜺〕ってかなり広い範囲で活動していて、皇都に来られるのはほんの一握りなのよ。皇国内の人間でさえなかなか辿り着けないそこに、皇国外から実力だけでのし上がってきたのが、杉浦様。」


 よほど今日の主演の人が好きらしく。話の大半が彼に関して。〔虹蜺〕に関しては文化の一つとして勉強にもなるけど。


「皇都に来られた時は幼いと言って差し支えのない年齢だったそうよ。でも、皇国の外から来たことしか分かっていないの。それまでのことは、具体的にどこにいたのか、とか、何をしていたのか、とかは何も。幼いのに大人顔負けの演技力と多芸さを見せつけたんだって。」


 こんな情報、どこから入手しているのだろう。というか、幼いなら何をしていたかより親はどうしたという話だ。彼も両親がいないのだろうか。少しだけ親近感が湧く。


「演者の中には貴族の後ろ盾を持っていたり、愛人になっていたりする人もいるの。でも、杉浦様にはそういった噂も一切ないのよ。潔癖な人なんじゃないかって話も出たくらいなの。でも、会った時には丁寧に話してくださるのよ。確かに他の人より距離を詰めさせてくれる感じはないけどね。

 私が初めて会った時もね、」

「あっ、始まるよ。」


 長い美華の話を遮り、壇上で口上を語り始めた演者に視線を向けた。



「物語は小さな田舎の島から始まります。野盗に襲われて村人たちが命を失い、その中で逃げ延びてしまった、たった一人の男の子。」


 幕が上がる。中央付近に、マリアと出会う前の私のようなぼろぼろの格好をした、焦げ茶の髪の少年が蹲っている。


「ううっ、お父さん、お母さん……」


 涙声が響く。何もない空間に抱き着くような少年の仕草が、そこに遺体を見せてくる。そこへ、白いローブで黒髪の青年が近づいた。


「天使様?僕も、迎えに来てくださったのですか。お父さんとお母さんの所に、連れて行ってくれますか。」

「……ああ。だから、こっちへおいで。」


 少年は差し出された青年の手を取り、舞台上から消えて行く。

 次に出て来た時、少年の服は綺麗な白いローブに変わっていた。手を引く青年とより近く、凭れるようにして歩いている。


「今日は君のための舞を見せてあげよう。〔生者の舞〕だ。」


 屈んだ状態から、腕を大きく開き、立ち上がる。そして、ローブの袖をたなびかせるように舞台上を滑るように移動する。次第に飛んだり跳ねたり、動きは激しくなっていき、途端に屈みこみ、ぴくりと動かなくなる。


「君は、君を生きると良い。」


 去っていく青年。少年は噛みしめるように呟いた。


「僕を、生きる。」



 そこから少年は聖人だった青年の後について旅を始め、付き人として聖人を支えるようになる。最初は何も分からなかった少年が、聖人のしていることの意味を理解し始め、舞の意味も知っていく。時には共に舞い、立ち止まる聖人のために自ら舞って見せる。

 私と同じ付き人だけど、共に歩いている姿は大きく異なる。彼らは、共に学んでいた。私はまだ、マリアのしていることのほとんどを理解できていない。これから、学んでいくことだ。

 舞は本物を参考にしているそうで、出てくる度に登場人物の誰かが名前を言ってくれた。島口さんから聞いた舞も、聞いたことのない舞も、見ることができた。




「御機嫌よう、杉浦様。」

「いつもありがとうございます、藤木美華様。ご友人は、初めまして。」


 にこやかに出迎えてくださった杉浦さん。いつもということは、美華はよく会いに来ているのだろう。劇の中ではか弱い少年だった杉浦さんが、今は私たちよりも大人に見える。背はエリスと同じくらいしかないけど。綺麗な緑の瞳が、なぜか愛良ちゃんを思い出させる。


「初めまして、ラウラです。自分の立場と重なるところもあって、見入ってしまいました。」

「重なるところ、ですか。」

「はい。私も〔赦しの聖女〕に拾われて、今はまだ違うんですけど、付き人になる予定なんです。」

「そうなんですか。そんな方に見ていただけて、光栄です。」




 そうやって色々と話した帰りの光陽行の船の中で、美華は興奮気味だった。杉浦さんの前ではあんなに完璧なご令嬢を演じていたのに。


「あんなにたくさん話せたのは初めてだわ。ラウラのおかげね、ありがとう。」

「ううん、興味を持って話を聞いてくださったからだよ。それに、知り合いも勧めてくれてたんだ。このお話、見たことあったのかな。」

「知り合いねえ。男性?女性?どんな人?」


 ふわふわした雰囲気になっていた美華が、その関心をこちらに寄せる。噂話をしている時と似た様子で詰め寄って来る。そんなに面白い話じゃないんだけど。


「男の人。宗教省の人だよ。どんな人かは、えっと、優しい人、かな。」


 足を斬られた時、心配してくれたし、医務室まで連れて行ってくれたし、色々話も聞いてくれた。それに私と違って、綺麗な漆黒の髪で、瑠璃色の瞳をしている。


「へえ~、ふ~ん、そっか~。」

「な、何?」

「いや~、な~んでも。〔琥珀の君〕って、どんな見た目してたって話だっけ?」


 やたら伸ばして話し、ニマニマと笑っている。そして、途端に話題を変えた。何を考えているのだろう。


「琥珀色の髪と瞳、でしょ。」

「じゃあ、そのラウラの知り合いは?」

「漆黒の髪に、瑠璃色の瞳、だけど。」


 共通点はないように思える。〔琥珀の君〕は格好良くもないし、素敵でもない。嘘を吐いて、周りの人間で遊んでいる。


「〔聖女〕様にとっては〔琥珀の君〕、ラウラにとっては〔瑠璃の君〕、かな?」

「何それ!そういうのじゃないの!マリアだってたぶん違うし、そのうち目を覚ますから。だってあんなの、全然駄目。」

「そうだよね、ラウラは〔琥珀の君〕じゃなくて、〔瑠璃の君〕が良いんだもんね。」

「だから!」


 どうして突然そんなことを言い出したのだろう。美華には〔琥珀の君〕に会った時の詳細を伝えていないから、噂と大差ない知識のはず。もちろん、きちんと噂は事実じゃないと思ってくれているだろうけど。それなのに、あの噂の〔琥珀の君〕に対するマリアと同じと言われるのは理解できない。あの人とは個人的に会ったことがないのに。あの足を斬られた時が、初めてのほぼ二人きりだった。医務官はいたかもしれないけど。


「あんな顔で、優しい人、なんて言っておいて?やあ~、ラウラも可愛いなあ、気付いていないなんて。すっかり恋する乙女だわ。」

「もう!美華はどうなの?〔〇〇まるまるの君〕っていう呼び方気に入ってたよね。」


 以前もマリアのその名付けの感性は素晴らしいと褒めていた。


「そうね、私は……〔萌葱もえぎの君〕、ね。あら、なかなか素敵じゃない。」


 とても幸せそうな顔。これが恋する乙女なら、まさか私もこんな顔をしていたの?

 〔萌葱の君〕って誰だろう。美華が素敵だと思う男性で、萌葱色の瞳の人。


「杉浦さんのこと?」

「もちろん。本人に向けては言えないけどね。でも、なんだか特別な響きがあって、ドキドキするわ。」

「案外、喜んでくれるかもよ?」


 知らないけど。今日話した雰囲気では、あからさまに嫌がったりはしなさそう。控えめに拒否はされるかもしれないけど、一度言ってみても良いとは思う。


「そんなに親しくないもの。名前は覚えてくれても、決して触れさせてはくれないの。本気で告白した令嬢るけれど、まともに取り合ってもらえなかったって。冗談みたいにして、簡単にあしらわれただけ、って泣いていたわ。」


 本当にそんなことをする人がいるとは。あちらからすれば、よく知らない人から愛の告白をされたみたいなものだろうし、当然だと思う。お客さんとして丁寧に対応してくれているなら、心も休まらないだろう。

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