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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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再挑戦

 一週間待った。今度は相手のこともある程度聞き出して来たし、場所も分かっているから一人で行ける。今日こそ、マリアが何があったのか聞いてやる。


「こんにちは、〔琥珀の君〕。」

「あっ、ラウラ。」


 返事は無邪気な女の子の声。愛良ちゃんだ。なぜか秋人までいる。


「君は名前で呼んでくれないね。」

「マリアのことを聞き出すまでは、潜在的な敵ですから。」


 今日はしっかり気合を入れて来た。愛良ちゃんがいるのは想定外だけど、前回のように、あの不思議な飴細工で誤魔化されたりしない。


「敵なの?仲悪いの?なんで?」


 悲しそうな愛良ちゃんと、その頭を撫でながら睨んでくる〔琥珀の君〕。私が悪者みたいな扱いは納得できない。だけど、誤魔化さないと話も聞けないだろう。


「いや、えっと。仲が悪いわけじゃなくて、ね。そう、ライバルなの。」

「ライバル?」

「そう。ねえ、〔琥珀の君〕。」


 違うとは言わせない。そもそも〔琥珀の君〕がマリアに余計なことをしなければ良かっただけだから。何をしたかは知らないけど、話くらい合わせてもらわないと。


「ああ、うん、まあ、そうかな。」

「そっか、良かった。じゃ、今日も一緒に作ろう。」


 〔琥珀の君〕の指示に従って、愛良ちゃんが手を動かす。一緒に作るというより、教えてもらっているようだ。




 そんな風に会いに行き始めて数週間。十二月も半ばを過ぎるが、私はいまだに〔琥珀の君〕から何も聞き出せずにいた。


「ねえ、ラウラはなんで毎週、慶司に会いに来るの?」

「え?」


 まあ、会いに来ているようなものか。聞き出すためにはいてもらわないと困るから。マリアのことをどう思っているのか、私からマリアを奪うつもりなのかどうか、聞かないと。毎週愛良ちゃんもいるからそれはいまだ成功していないけど。


「なんで、会いに来るのに、あんまりお話しないの?私とはいっぱいお話してくれるのに。ねえ、秋人も不思議に思うよね。」

「俺に聞くなよ。」


 いる時といない時のある秋人は必死に存在感を消そうとしていたけど、四人だけのこの部屋では無駄な努力だ。

 私はというと、自分の行動を思い返していた。聞きたいから話す機会は伺っていたけど、愛良ちゃんの話を聞くことが多く、〔琥珀の君〕との会話も愛良ちゃん関連のものが多かったように感じられる。


「そう、かな。」

「そうだよ、なんかね、変なの。慶司もラウラも。だって、睨み合ったと思ったら、すっと目を逸らすんだよ。」


 そんなことをしていたか。マリアを巡る敵だから、私が睨む理由はあるけど。〔琥珀の君〕が私を睨む理由は何だろう。


「それにね、ラウラは〔聖女〕様のお話をするときだけ、すっごく真剣なの。慶司はなんか嘘吐く時みたいなことするし。」


 やはり〔琥珀の君〕は何かを隠している。ここは愛良ちゃんの力を借りて、今日こそ聞き出そう。秋人は頼りにならなさそうだし。


「でね、その慶司の返事にね、ラウラは納得してなさそうなのに、黙ってそれ以上何も聞かないの。おかしいでしょ?」


 それは愛良ちゃんの手前、追及して、真っ直ぐ問いかけることが躊躇われたから。返答によっては殴ることになりかねない。


「ラウラは、本当は何が聞きたいの?慶司も嘘吐くのは駄目だよ。」


 素敵な後押し。こんなに可愛い、四つも年下の女の子に後押しされるのは、少し情けなくもあるけれど。


「マリアのことを、〔琥珀の君〕に聞こうと思ってたの。でも、愛良ちゃんには少し早いかもしれないから、あまり聞かせたくなかったの。」

「私、少しお外に出てる?」


 気遣ってくれた愛良ちゃんだけど、彼女は〔琥珀の君〕が初めての友達で特別だと言っていた。だから、これはきっと彼女も聞いて良い話。それより秋人のほうがその気遣いをすべきだろう。

 愛良ちゃんをその場に留めて、ついに問いかける。


「桐山さん、マリアは貴方のことを素敵な人、救ってくれた人、って言ったんです。そして、そのせいで、私に隠し事をするようになったし、一緒にいられる時間も短くなっている。だから、貴方がマリアのことをどう見ているのか、気になったんです。」


 マリアであればこんなことはしない。人が話したことを勝手に人に伝えるなんて。特に本人に伝えるなんて、絶対に。


「俺からしたら、お客さんの一人ってだけ。最初にも答えたけどね。」

「噂については何も思わないんですか。」

「他人なんて好き勝手言うものだからね。君は踊らされてるみたいだけど。」


 腹立たしい言い方だ。事実だけど。恋の話で、もっと大切というマリアの言葉で、とても不安になった。


「恋云々の話は気になるの。マリアを奪う相手なら倒さなきゃ。」

「奪わないから。それはただの噂でしょ。」


 握り拳を作る私に、深い溜め息を吐く〔琥珀の君〕。だけど、万が一にも本当で、マリアをどうにかするつもりなら困る。〔聖女〕として生きて来たマリアに、恋愛耐性なんてついているわけがない。罪の告白には慣れていても、愛の告白なんてされたことがないだろう。


「マリアの側の話は本人に少しなら聞けますけど、そっちの話の真偽は分かりませんもん。」

「分かった。じゃあ、噂では何だっけ?色々あったよね。まず、婚約してるって話。」


 〔赦しの聖女〕と〔琥珀の君〕に関する噂を一つずつ丁寧に否定していってくれた。

 婚約はしていない、求婚も告白も双方共にない、少なくとも〔琥珀の君〕からの恋心はない、マリアからそういった恋愛感情を向けられていると感じたこともない、二人で出かけたこともない。


「こんなもんかな。これで良い?」

「ま、ひとまずはそれで許してあげますよ。」

「なんで上から目線なんだよ。」


 〔琥珀の君〕は面倒そうにこちらを見るだけ。その代わり秋人が口を挟んでくる。今はマリアが奪われる心配がないと分かったことだし、それも許してあげよう。


「心配なら今度一緒に店に来たら良いよ。いつもの時間なら、話すくらいの余裕はあるから。」

「わざわざ休みの日まで会いたくありません。週に一回で十分です。」




 これで私の不安は大きく和らいだ。マリアの心がどこにあるか分からないから、全部なくなったわけではないけれど。ほっと一息ついて、ようやく心に余裕を持ってマリアと話せるようになった土曜日のこと。


「ラウラ、いよいよ再来週なの、私の初舞台。今日はラウラにも見てもらいたくて。一緒に来てくれる?」



 先月も訪ねた儀式の間。今回は急な予定変更もなく、きちんと島口さんが案内してくれる。

 本番では私に与えられた役割がない。まだ学生だからだ。不審者が近づかないか程度は勝手に気を付けようと思っているから、ゆっくり眺められるのは今日だけ。

 今日はしっかりと明かりが点けられ、部屋全体が照らし出される。その真ん中でマリアが踊る。祈る仕草と、何かを撫でるような仕草の多い舞を。手には何も持っておらず、その指先からも人への愛を感じられそうだ。このマリアに相応しい〔赦しの舞〕は、そのような動作を繰り返す。年末に行うのも、一年間の罪を全て赦すという意味合いを込めてのものだそうだ。これが選ばれた理由はもちろん、マリアが〔赦しの聖女〕だからだ。


「……綺麗ですね、マリアの舞。」

「ああ。聞いていると思うが、〔赦しの舞〕だ。俺も実際に見るのは初めてだな。虹彩で好まれるのは〔豊穣の舞〕や〔雨乞いの舞〕だから。」

「色々あるんですね。見てみたいな。」


 どんなものなのだろう。見たら意味が想像できるようなものだおるか。今はどのような動きか想像できないけど。

 マリアの舞はゆっくりと大きく回り、何かを抱き締めるような動きに変わっていく。


「演劇の中でなら、すぐに見られる。」

「本当ですか。」

「席が手に入るかは分からないけどな。次は来週の日曜日、演目は『聖人の舞』。」

「どうやったら見れますか。」

「お友達に聞いてみたら良いんじゃないか。」


 演劇を見に行くなんて、貴族のすることだ。たまに平民向け公演もしているそうだけど。あくまで例外だから、美華に聞いてみよう。

 マリアの舞がまた、祈る仕草になり、何かを撫でるような仕草に戻る。


「そうだ。〔琥珀の君〕に会いましたよ。マリアのこと、何とも思ってなかったみたいです。」

「良かったな。」

「はい、安心しました。」


 話している間に、マリアの舞は終わった。ゆったりとした動作が多いように見えたけど、体力を消耗したようで、呼吸を乱している。


「綺麗だったよ、マリア。」

「ありがとう、ラウラ。見られながら舞う練習にもなったわ。」


 見られることなんて慣れているだろうに。いつも〔聖女〕様と言われ、注目されているのだから。それでも気になるのは、マリアも緊張しているのか。それなら、舞のことで頭がいっぱいなだけだから、それが終わればきっと私の質問にもきちんと答えてもらえるし、一緒に過ごせる時間がこれ以上減らされることもない。

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